同じ少子化でもなぜアメリカの不妊治療は成功しやすいのか【世界の不妊治療最前線】

同じ少子化でもなぜアメリカの不妊治療は成功しやすいのか【世界の不妊治療最前線】

2020年、日本の特殊合計出生率は1.34%となり、5年連続低下している。その背景にはライフスタイルや経済の変化といった外的要因だけでなく、さまざまな理由で不妊治療を断念する人々の存在も無視できない。では、世界に目を向けてみるとどうだろう。アメリカの少子化対策の課題や、不妊治療の現状、産休・育休制度について、NewsPicks 編集部・シリコンバレー支局長の洪由姫さんがレポート。

日本だけじゃない、少子化問題

2020年、厚生労働省が発表した「人口動態統計月報年計(概数)」によると、2020年、日本では一人の女性が一生の間に産む子どもの数、いわゆる特殊合計出生率が1.34になりました。これは5年連続の低下で、2007年(1.34)以来の低い水準です。

少子化は日本に長くある課題で、国としても男女が子育てしながらキャリアを築けるように働き方改革を後押ししたり、子育て家族への手当などを拡充したりするなどさまざまな施策をとってきました。

翻って、アメリカはどうなのでしょうか。実はアメリカも同様に少子化が進んでいるのです。

THE WORD BANK(https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=US)を元に、KIDSNA編集部が作成

2020年の合計特殊出生率は1.64で、過去最低になりました。

人口維持に必要な合計特殊出生率は2.1で、アメリカでは2007年以降、このラインを一貫して下回っています。この背景には、国民の死亡率が低下したこと、女性の教育水準が上がったことで妊娠する時期が後ろ倒しになったこと、子育てコストが高いといった理由があります。

この出生率の低下を補っているのが、アメリカへの移民です。ただ、移民もここ最近急激に減少していることが問題になっています。

ダラス連邦準備銀行によると、前トランプ政権の厳しい移民政策が影響して、アメリカへの移住者数は、2016年の100万人超から2019年には60万人弱へと43%も減少。

日本ほど、少子化への危機感はまだないけれど、このままでは経済に影響が出るかも知れず、将来への懸念が残る、というのがアメリカの現状です。

iStock.com/LeManna

意外と充実していない?少子化対策

では、少子化に対して何か対策がとられているのでしょうか。

最も驚くのはアメリカの出産・育児専用の休暇制度でしょう。出産・育児休暇が充実しているというイメージを持っている読者も多いと思いますが、現実はその逆ともいえるものです。

ユニセフの報告書によると、世界で最も豊かな国41カ国を対象にした2016年の調査の中で、アメリカの出産・育児休暇は最下位で、有給休暇が全くない唯一の国、という衝撃の結果になっています。

ユニセフ「FAMILY-FRIENDLY POLICIES REPORT Are the world's richest countries family friendly? Policy in the OECD and EU」(https://www.unicef-irc.org/family-friendly)を元に、KIDSNA編集部が作成

つまり、国レベルでは出産・育児専用の休暇制度はないのです。

最も近い形が「The Family and Medical Leave:育児介護休業法」という連邦法で、出産、子育て、自分の病気や、介護などを対象に12週間の無給休暇取得の権利と、企業の雇用を保証しているものです。

それでも、雇用先の企業で1年以上働いていなくてはならないなど制約があり、実際に休暇を取りづらいのが現状です。アメリカの女性の4人に1人が産後2週間で職場復帰しています。

周りの出産した女性たちが、「早く職場に戻らないと仕事がなくなってしまうかも」と話しているのを聞いていると、やはり今の国の制度は母親たちに厳しい設計になっていると言わざるを得ません。

さすがにこれは辛いということで、国の制度を補う形で、カリフォルニア州やニューヨーク州など9つの州とワシントンD.C.では独自の出産・育児休暇を実施しています。

iStock.com/monkeybusinessimages

また、保育園にも違いが見られます。日本では専業主婦は保育園に子どもを預けることができませんが、アメリカでは基本的に料金を支払えば、誰でも子どもを預けることができます。

ただ、日本と違うのは全てが自腹で賄わなくてはならず、所得差による優遇、補助金もありません。そして、金額の高さにはびっくりするかもしれません。

アメリカの大手シッターマッチングサイト「care.com」の調査によると、2020年時点で、アメリカの平均的な保育園の金額は、1週間あたり、約340ドルと言われています。一カ月にして、約1500ドル、日本円で17万円近くかかる計算です。アメリカでは57%の家族が、ベビーシッター、保育園といった子どもの育児について年間で1万ドル以上を使っています。

バイデン政権は、12週間の無給休暇を有給にしようとしたり、妊婦の健康維持のために30億ドル投資したりといった方針を打ち出していますが、少子化を食い止めるというのは簡単ではなく、少子化の傾向は長いトレンドとして続くと見られています。

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アメリカの体外受精は成功率が高い?

アメリカの都市部では、女性の社会進出も目立ちます。女性がキャリアを築くようになるにつれ、妊娠の高齢化、不妊治療の件数も増えています。

日本では6組に1組のカップルが不妊の問題を抱えていますが、アメリカでは8組に1組が不妊に悩まされています。

米疾病予防管理センターが発表した「生殖医療レポート」によると、2012年、体外受精が行われた件数は16万5172件でしたが、6年後の2018年になると約2倍の30万6197件になりました。

キャプション:米疾病予防管理センター「生殖医療レポート」(https://www.cdc.gov/art/pdf/2018-report/ART-2018-Clinic-Report-Full.pdf)を元に、KIDSNA編集部が作成

この数字を日本と比べてみましょう。日本産科婦人科学会「ARTデータブック2018年版」 によると、日本では2018年に体外受精の実施件数は45万4893件で、過去最多を更新しました。

単純に日本とアメリカの数字を比べても、日本がずっと多いわけです。

しかも、アメリカの人口は日本の約2.6倍。その点を考えると、今の日本の不妊治療の件数がどれだけ多いのかわかると思います。

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また、体外受精で生まれてくる子どもの割合をみても、2018年にアメリカでは7万3831人、日本では5万6979人です。

数字だけ見ると、アメリカの方が成功率が高いように見えます。両国の医療技術にはほとんど違いがありませんが、なぜこれだけの差が生まれるのでしょうか。

理由はいくつか考えられますが、最大の理由にあげられるのが、不妊治療を始める年齢の違いです。

アメリカでは体外受精をする年齢は35歳から37歳が最も多くなっています。2018年の場合、この年齢ゾーンは体外受精の実施件数の23%をしめています。

一方、日本では2018年、40歳の治療件数が最大になっています。日本の方が、不妊治療を開始する年齢が遅いのです。

どんなに生殖技術が進歩したと言っても、妊娠の成功の鍵を握るのは、卵子の年齢です。治療を早く始めれば始めるほど、成功の確率は上がるため、米国との差としてあらわれているのです。

iStock.com/Kiwis

また、排卵方法の違いもあります。採卵には、一月一度の排卵を待って卵子を取る「自然周期」と、排卵誘発剤を使っていくつもの卵子を採卵する「刺激周期」があります。

アメリカの主な治療法は刺激周期です。体に負担はかかりますが、一度に何個も採卵できるので、受精卵を増やすことができ、妊娠の成功率をあげることができます。

一方、日本で多いのが自然周期。体に負担がかからない代わりに、採取できるのは毎月一つです。授精の面から見ると効率が下がってしまうのです。

そして、法律の違いもあります。

アメリカでは第三者からの提供卵子を使うことも合法です。生殖医療で妊娠する方法が、日本よりも多いという背景も、アメリカの成功例の数を押し上げていると言えます。

iStock.com/SVPhilon

企業の福利厚生も充実へ

不妊治療の体外受精の価格は、一度に約2万ドルかかります。これは、簡単に何度も支払える金額ではありません。

アメリカでは、男女の夫婦が不妊症だと診断された場合には、助成金が受けられたり、一部は保険が適用されたりしています。

しかし、保険に加えて企業でも、妊活を広くサポートしようという動きが年々広がっています。

社員の福利厚生を調べるNPO団体(International Foundation of Employee Benefit Plans)によると、アメリカ企業の4分の1が体外受精への補助を出しています。

また、不妊治療にかかる薬の手当をする企業も4分の1にのぼり、この割合は2016年から3倍に増えたことになります。

 
International Foundation of Employee Benefit Plansの資料を元にKIDSNA編集部が作成

妊活へのサポートをする企業のうちわけは、IT、金融、コンサルティング、教育機関、メディア、政府機関、などほぼ全産業に渡っています。

また、大胆な支援をしているIT企業の例をあげると、フェイスブックは体外受精の4回分の治療費をサポートしていて、金額にすると、4万5000ドル、日本円で約500万円を企業が支払う計算になります。

また、グーグル、マイクロソフト、セールスフォースといったIT企業は3回分の治療費、約390万円を支援する福利厚生をもうけています。

まさに、これは社員からしたら何にも勝る大きな特典になっているのです。

 
iStock.com/piranka

“少しずつ”のローンも登場

一方で、保険も適用されず、企業のサポートも得られなければ、治療費は自費で支払うことになります。

多くの企業が福利厚生に目を向けているといはいえ、高額な支払いを余儀なくされている人たちがまだ多いのが現状です。

そこに現れたのが「フューチャーファミリー」という妊活・不妊治療専門のローンです。

一月300〜475ドルの分割払いで、5年支払うことができるプランです。治療を始めてから、薬代などかかるコストに驚かされることがないよう、支払う前に必要な金額が全てわかるのが特徴です。

また、利子もクレジットカード会社からお金を借りる場合より、3分の1まで低く設定されていて、いつまでたっても利子しか払い終わらない、ということがないように設計されています。

この金額であれば、少しおしゃれなレストランで月1〜2回の食事を諦めるのと同じーー。それでも決して安くはありませんが、都市部に住むカップルであれば、ちょっと我慢して手が届くかな、と思える金額なのです。

iStock.com/pcess609

――後編では、アメリカ都市部で増えている女性の卵子凍結について、日本との違いや、金額、サポート制度などについて解説します。

Profile

洪由姫

洪由姫

NewsPicksシリコンバレー支局長。テクノロジー、ビジネスを中心に米国から情報を発信します。米国の生殖医療、その周りに育つスタートアップに高い関心があり、フェムテック最前線の取材をしています。

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