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【天才の育て方】#24 中村一朗太~歴史を愛する13歳の船博士
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KIDSNA編集部の連載企画『天才の育て方』。#24は、小学3年生の頃に史上最年少で「船の文化検定」初級に合格した現在13歳の中村一朗太さん。お母様にも同席いただき、船に興味を持つようになったきっかけや、歴史から学び得た圧倒的な知識量をどのように社会に役立てていきたいのか、その想いを紐解いていく。
「日本人と船とは切っても切れない関係であることを、もっとみんなに伝えていきたい」
「日本を再び東洋一の造船大国に押し戻したい」
こう語るのは、小学3年生で史上最年少で「船の文化検定(通称:ふね検)」に合格し、船の設計士を目指す中学1年生の中村一朗太さん。小学校低学年のときに船に魅了された一朗太さんは、テレビ朝日『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』の出演や、日本海洋レジャー安全・振興協会広報大使に任命されるなど活躍の場を広げている。
船関連の読書数は200冊以上にもおよび、さらには憧れの船「南極観測船しらせ」のリモコン船を設計から組み立て・加工まで自作するなど船に対する探究を続けている。
また、新聞作成のコンクールである「ジュニアシッピングジャーナリスト賞」で全5回受賞や、数多くの絵画コンテストでグランプリ含め複数の受賞経験など多才な面を持つ一朗太さん。今回は母親のみづきさんにもご同席いただき、その探究心や才能が育まれたルーツに迫った。
絵画コンテストを機に船に魅了される
ーー一史上最年少で「ふね検」初級に合格した一朗太さん。そもそも船に興味を持ち始めたきっかけはなんですか?
一朗太さん:小学校低学年の頃にたまたま「明治丸」という船を描く絵画コンテストに参加して、そこで船が好きな大人の方々とお友だちになったことがきっかけですね。そのお友だちに船の色々な話を教えてもらったり、船関係の本を読んでいるうちに、どんどん惹かれていきました。
「南極観測船、オレンジ色でかっこいいな」「船はこういうお仕事していてかっこいいな」と、純粋な憧れや好奇心で船のことを学んでいるうちに、いつの間にかテレビで取材してもらえるようになったり、周りから船博士などと呼んでもらうことが増えたという流れです。
ーーふね検に合格したときはどんな気持ちでしたか?
一朗太さん:小学3年生のときに受かったんですが、「あ、合格したんだ」という感じでしたね。試験時間は50分でしたが、僕は開始15分くらいで終わりました。
母:私たちも受かるなんて思っていなかったんですが、「こんな検定があるみたいだけど、やってみたい?」と聞いてみると、受けてみたいということだったので、試しにやってみたら一回で受かって驚きました。
日本人にとって大きな意味を持つ船
ーー一朗太さんが考える船の魅力はどんなところですか?
一朗太さん:一言で言うのは難しいですが、歴史と船は切っても切れない関係にある、というところでしょうか。
船は世界で一番最初に人間が作った乗り物です。最初は動物の死骸や丸太などを使って削ったり組み合わせたりして作られた船は、やがて訪れる大航海時代に東と西を繋げます。船が文化交流の橋渡しとなったのです。
日本でも、江戸時代の黒船、太平洋戦争敗戦時の調印式など、時代の要所で度々船が登場します。島国である日本は、特に船で来た他の国と交流することによって変化してきたのです。
悲しいことに、船は戦争に使われたりもしましたが、今も日本と世界を繋げるかけがえのない存在です。
この先の時代もきっと日本人と船とは切っても切れない関係であることを、もっとみんなに伝えたいですね。
読書に年齢は関係ない
ーー船に没頭する前の幼少期は、どんなことが好きでしたか?
一朗太さん:船に興味を持つ前は生物が好きでした。昆虫を飼っていたり、床が抜けるくらい水槽もたくさん置いてみたり。
※写真提供:お母さま
母:本当に床が抜けそうになったので、水槽は減らしました(笑)。好き、とは話が外れますが、彼の幼少期はとにかく色々な経験をさせることを重視した生活を送りましたね。日々あらゆる情報にアンテナを張って、例えばワサビの収穫体験、タケノコ掘り、昆虫捕りなど、連日違う体験をしていました。習い事はあえてしませんでした。
もちろん息子にたくさんのことを経験してもらいたい気持ちで行っていますが、それよりも私が彼と一緒に色々なことをやってみたいという気持ちが強いんです。
一朗太さん:いつもSNSで情報を集めてくれるよね。実際にお母さんは、いつも僕と同じくらい楽しんでいたり、子どもみたいにはしゃいでいるときもあります。子どもの心が残っていてうらやましいです(笑)。
母:彼のほうが保護者みたいですね(笑)。でも、一緒の時間を過ごしてくれることがありがたいなと思っています。
一朗太さん:お母さんのおかげで色々な経験をさせてもらっていますが、ただの一度も強要されたことはなくて。行く/行かないの最終決定は、いつも僕に決めさせてくれます。
※写真提供お母さま(新聞作成のコンクールである「ジュニアシッピングジャーナリスト賞」で全5回受賞)
母:あと、彼は幼少期から、本を非常にたくさん読んでいました。まだ字が読めなかった頃、図書館で大人向けの本を読んでいたことがあったんです。その様子を見て、字がわからなくても写真やイラストでなんとなく理解できるんだなと気付いて。それからは対象年齢は関係なく、彼が興味を持ちそうな本を与え続けました。小学校3年生頃には児童書は読み尽くしてしまって、図書館でも大人のコーナーにいましたね。
一朗太さん:今でもとにかく本が大好きです。
子どもの興味を決めつけない
ーー今日も同じ船のTシャツを着ているように、お母さまも一朗太君と一緒に船を楽しんでいるのが印象的です。
母:私は幼いころ家庭の事情で学ぶ機会がほとんど何もなかったので。だから、彼が好きになったものは私も好きになってみたいし、私が好きなことに彼もいっしょにチャレンジしてくれると嬉しいです。
船に関しては全く知らない世界だったので、一緒に学ぶことが楽しいですね。船は知れば知るほど新たな疑問が出てくるし、歴史の勉強にもなるんです。私自身、一緒に自分を高めている感覚があります。
一朗太さん:お母さんがそんな風に思ってくれていたのは知らなかったです。嬉しいですね。
母:船のことは、私にとっては難しいことも多いけれど、彼はスポンジのように知識を吸収していきます。でも、世界は広いし、せっかくの一度きりの人生。絶対に船の設計士になってほしいとか、四六時中船のことばかり考えてほしいなんて全然思わないし、広い世界を一緒に楽しめたらいいなと思います。
※写真提供:お母さま
ーー親子のコミュニケーションを取るうえで意識していることを教えてください。
母:とにかく報連相は大切にしています。何をするにしても勝手に決めないで、ひとつひとつ細かく意見を聞いてから最終決定をするようにしていますね。たとえば息子は船が好きだけれど、もしかすると今は船に乗るより他にしたいことがあるかもしれないし、それは本人に聞いてみないと分からない。
彼が明日何に興味を持って何を始めたとしても彼は彼ですし、親は子どもの全力サポーターとなって応援することしかできません。だから、勝手に期待してそれを押し付けたり、プレッシャーを与えるようなことはしないように気を付けています。
ーーお母さまの信念のある子育ての方針はどのような経験からきているのでしょうか?
母:彼は未熟児で生まれて、生きるか死ぬかを彷徨った子なんです。だから、毎日生きてることはすごいことだし、色々な体験ができることは素晴らしいことなんだと体感していて。一瞬一瞬を大事にしたいと思った感情が、私たちなりの子育てにつながっているのかもしれません。
一朗太さん:両親はこれ以上ないくらい応援と愛情をくれて、とてもありがたいことだと思っています。この家庭に生まれて本当によかったです。
壁にぶつかるのはラッキーチャンス
ーーこれまでの人生で一朗太さんが壁にぶつかったことはありますか?
母:小学校時代は結構人間関係で壁にぶつかったり、いじめを受けたこともあります。毎日親子でたくさんケンカして、話し合って、泣きながら学校に行く時期もありました。どうしても同年代の友だちとは好きなことが違うし、世界観が合わないので。
本をたくさん読んで知識を得ることはいいことだけではなくて、同年代の子とすれ違ってしまうこともあるんだなと、親としては考えさせられました。本当は学校の友だちみたいにゲームをしたいのかな、これでいいのかなと、主人ともよく話し合っていましたね。
ーー辛い時期もあったんですね。どのように折り合いをつけたのでしょうか?
母:彼自身が何を大切にして何をやりたいのか、本当にこの状態でいいのか、どんな人生を生きていきたいのか、とにかく毎日ヒアリングをし続けました。それは今でも続けていることです。
あとは「最近なんかモヤモヤしてそうだな」と思ったら、他の分野にも目を向けられるように違う分野の本を買ってみたり、提案してみたりすることもあります。でも、壁にぶつかるのもいい経験で、むしろラッキーチャンスだと捉えています。
一朗太さん:そうなんだね。でも、小学校のときは歩いてると壁や電柱によくぶつかりました。
母:物理的な壁に(笑)。本を読みながら歩くからね。そんなマンガみたいなことが実際に起きるのかと思いました。
※写真提供:お母さま
ーー船のことと学校の勉強との両立はどうですか?
母:小学生までは好きなことに好きなだけ時間を費やしてほしいと思っていたので、学校の勉強は最低限やりつつも毎日スケジュールを決めずに、自由に好きなことをさせていました。何時に宿題をする、何時に習い事に行く、と時間に追われている人生ってしんどいと思うので。
ただ、中学生になると学校の勉強も大変だろうと思い、船を見に行ったり乗りに行ったりする時間を捻出するために、海の近くに引っ越しました。
天才に聞く天才
ーー一朗太さんが思う「天才」とはどんな人でしょうか?
一朗太さん:僕は船博士とか呼んでもらうこともありますが、普通の中学生と違うのは本をたくさん読んでいることくらいだし、全く天才ではありません。僕が思う天才は、常識にとらわれないチャレンジャー。または、長い時を経て多くの人に認められた、かつては変人と呼ばれた人かなと思います。
歴史のなかでは、たとえば絶対に不可能だと言われていた、ドイツ統一を成し遂げたビスマルクは、本物の天才だと思います。
世界が求める船をつくるために歴史を学ぶ
ーー一朗太さんの将来の夢を教えてください。
一朗太さん:船の設計士です。船ってエコな乗り物だと思われることもあるのですが、けっこう燃費が悪くて。戦艦ヤマトは1Lの石油で6cmしか動かなかったくらいなんです。現在世界各国で二酸化炭素排出ゼロの、完全自動運転の船を作ろうと挑戦されていますが、まだ完成されていません。なので、僕はそこに挑んでいきたいと思っています。そして、日本を再び東洋一の造船大国に押し戻したいです。
ーー日本はもともと造船大国だったんですか?
一朗太さん:はい。日本は太平洋戦争の前までは東洋一の造船大国でした。当時、平賀譲さんという造船の神様とも言われた海軍の船設計士がいるのですが、平賀さんに一歩でも近づき、越えていきたいです。
設計士の夢が叶ったとして、そのときに「世界が求めている船」を理解できていることが必要だと思います。そのためには世界の歴史を学ぶ必要があるので、これからもたくさんの本を読んで、勉強し続けたいと思います。
編集後記
インタビュー前の雑談で母親のみづきさんが「コンテストでグランプリを取った絵も、飾ったり残しておいたりしない」と言っていたことが印象的だった。過去にとらわれず、常に一瞬一瞬を大切に生きている親子の美学が見えた気がした。
一朗太さんはその読書量からくる膨大な知識と探究心を持って、古からの学びを未来につなげていくことだろう。今後もますます活躍の場を広げ、より多くの人に彼の想いが届く日を願わずにはいられない 。
<取材・撮影・執筆> KIDSNA STYLE編集部