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「黒人」のイメージはどう作られた?【親子で学ぶ差別/前編】
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親子で「差別」について考える連載。コミックエッセイストのハラユキさんといっしょに、さまざまな専門家の方々に疑問を投げかけ、子どもへの伝え方を学んでいきます。第3回目は、一橋大学大学院社会学研究科でアメリカ社会史を教える貴堂嘉之さんが登場します。
黒人のイメージは、白人にとって都合よくつくられたもの
そもそもなぜ、黒人は差別されるようになったのか?
そして、黒人にネガティブなイメージを持つ人がいるのはなぜか。
我々、歴史研究者からすると、黒人への人種差別もネガティブなイメージも「歴史によって意図的につくられたもの」だと断言できます。
日本にも根強く存在する黒人に対するこのようなイメージは、もともとは白人たちが自分たちの都合にあわせ、長い時間をかけて作ってきたものなのです。
ですから、400年以上かけて作られた“ステレオタイプの”黒人差別の歴史を知らない限り、Black Lives Matter運動を理解できないでしょう。
アメリカにおける黒人の歴史の始まりは、1619年にまでさかのぼります。
奴隷制がはじまり、イギリス植民地、そして建国後のアメリカは大農園によって多くのお金を稼いでいきますが、大農園を経営する白人たちの都合にいいように黒人のイメージを作っていきました。
第3代アメリカ大統領のトマス・ジェファーソンは、黒人のステレオタイプを作った代表的な人物として挙げられます。
皮肉にも「すべての人間は平等に造られている」と唱えたアメリカ独立宣言を作った人物です。
彼は巨大農園を持っていて、奴隷を100人以上囲う大富豪でした。独立宣言ではすべての人間の自由を謳いながら、実際には奴隷を有して自由を拘束していたのです。
トマス・ジェファーソンは自身の書物のなかで、「肌が黒いので、美的に劣る。暑さに強く、睡眠も必要としない。悲しみはすぐに忘れる」と記述しています。身体的に優れていながら、理性の面では白人に劣ることを強調しました。
その後19世紀に入り、世界的な流れに追随するかたちでアメリカは奴隷貿易を廃止。
ここで新たに追加された黒人のイメージは、「黒人男性は精力が強い」というもの。黒人奴隷の輸入が禁じられ、国内で黒人奴隷を増やすため、そして生まれた奴隷を高く売買するには、健康的な子どもがたくさん必要だからです。また、黒人女性を性的搾取の対象にする行為を正当化するため、「黒人女性は性的に淫らだ」というイメージもつくられていきました。
そんななか、南北戦争を経て、奴隷解放の時代へと移っていきます。
ここで、黒人に対するイメージが大きく変わり、「黒人は危険」「犯罪者」というイメージが徐々に強化されていきました。
日本人が無意識に使っている「ブラック」のイメージ
歴史を見れば「社会構造に組み込まれた差別」が分かる
奴隷が解放されたあとのアメリカは、社会そのものがセグリゲーションと呼ばれる人種隔離社会に突入していきます。
その後1950年代なかばから60年代にかけて起きた公民権運動の結果として、建前上、公共空間においては人種差別が禁じられるようになります。黒人の投票権も保障されるようになりましたが、今度は「差別」のかたち自体も変化し、現代まで続いています。
このことを象徴しているのが、現代の「カラーブラインド・レイシズム」です。
これは「私は肌の色にこだわらない」「肌の色は関係ない」と主張する姿勢のことで、一見、差別ではないように見えますが、奴隷制もなくなり、黒人を隔離する法律もなくなった現代だからといって、まだまだ社会の構造は黒人に不利に作られています。
長い歴史の中で培われたイメージによって、黒人たちは生まれてからずっと自分の肌の色や人種を意識して暮らさざるを得ないし、住む場所や就職活動で差別されることも多い。一方で白人は、自分の肌の色によって不利益を被ったり、自分の人種で悩んだ経験もほとんどないでしょう。
このように、現実に存在する差別から目を背け、自分と関係ないものだとみなす態度は、差別構造を黙認していることと同じです。
私たちは「差別をしてはいけない」となんとなく思っていますが、歴史を追っていくと、黒人という人種が、法律や制度に組み込まれるほどにいかに都合よく扱われてきたかがわかるはずです。
これこそが、私たち一人ひとりが個人レベルで持っている「偏見」というイメージやそれに基づいて行動する「差別」の域を超えた、「レイシズム」=人種差別主義なのです。
つまりレイシズムとは、権力のある人が権力のない人に向かって名づける“物語”であり、非対称な権力の中で起こる社会的な構築物とも言えます。
差別されている黒人は、黒人であることが悪いのではありません。社会のあり方そのものや、人々の心の中にあるラベリングが間違っているということをまず知っていただきたい。
このように、「人種差別は非対称な権力関係の中でしか起きない問題だ」ということを理解することが差別を学ぶときのファーストステップなのです。
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【親子で学ぶ差別】バックナンバーはこちらから
第1回「人はなぜ差別をするのか?」「子どもの疑問にどう答える?」哲学者の苫野一徳さん
第2回「ハーフって呼んでいい?」「褒めているつもりが差別に?」社会学者の下地ローレンス吉孝さん
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貴堂嘉之
アメリカ史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究。一橋大学大学院社会学研究科教授、研究科長。著書に、『アメリカ合衆国史② 南北戦争の時代』(岩波新書)、『移民国家アメリカの時代』(岩波新書)、『「ヘイト」の時代のアメリカ史―人種・民族・国籍を考える』(彩流社、共編著)などがある。
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<漫画>ハラユキ
<取材>ハラユキ、KIDSNA編集部
<執筆>KIDSNA編集部
【訂正】
マンガ内のセリフ「日本には白は美しくて黒はみにくいよくないという普遍的な物差しがあります」を「私たちの生活には白はよいもので黒はよくないものと思わせるような表現があります」に訂正し、「ブラックリスト」の表現を削除しました。