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「私は人種差別をしていない」と言える?【親子で学ぶ差別/後編】
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親子で「差別」について考える連載。コミックエッセイストのハラユキさんといっしょに、さまざまな専門家の方々に疑問を投げかけ、子どもへの伝え方を学んでいきます。第3回目は、一橋大学大学院社会学研究科でアメリカ社会史を教える貴堂嘉之さんが登場します。
▼▼▼この記事の前編はこちら▼▼▼
人種差別に向き合えないのは「心の脆さ」
前編では、初めてアフリカから黒人が連れてこられた1619年から現在までの黒人差別の歴史と、その中でつくられてきた黒人のイメージについてお伝えしました。
レイシズム(人種差別主義)とは、制度や法律など社会に組み込まれた差別構造そのもののことを言いますが、それでも、「私は肌の色にこだわらない」「肌の色は関係ない」と主張する「カラーブラインド・レイシズム」を盾にして、自分はレイシストではないと言う白人は多いのが現状です。
たとえば、これまで差別されていたマイノリティの人種がようやく権利を手にしたら「逆差別だ」と紛糾したり、「成功するかどうかに人種は関係ない」と言いながら、社会的な不平等があるにもかかわらず、見て見ぬふりをして「個人の努力次第で乗り越えられる」と信じたり。
自分の中に人種差別的な物の見方があることを認められない、また自分がマジョリティであることで得ている特権を自覚しない態度を、回避型レイシズムと呼びます。
こうした人種差別への向き合えなさは、白人だけではなく日本人にも通じる部分があります。
BlackLivesMatter運動が起きたとき、アメリカの黒人差別を遠い国の出来事としてとらえ、「日本には人種差別なんてない」と主張する人が少なくなかったのです。
日本人が人種差別に向き合えない理由のひとつとして考えられるのは、公教育で人種について学ぶ機会がないことです。それによって、日本における人種に対する考え方は、世界的な流れから見ても遅れをとっています。
たとえば、日本で自分の人種を尋ねられたら、多くの人が「黄色人種」と答えるでしょう。
しかし現在、アメリカの学校で使う教科書には、「黒色、白色、黄色は世界三大人種」とは記載されていません。その代わりに、「人種はそもそも社会的に作られたものでしかなく、あるのは人種差別だけです」と書かれています。
つまり、権力を持つ側が、権力を持たない側を都合よく扱うために「お前は〇〇人だ」と名づけたものが「人種」であり、そもそも人種の違いに優劣はなく、社会的に差別するための捏造だった、ということを示しているのです。
そういった認識がアメリカを中心に広まりつつある中、日本における認識は変わらないままなのです。
「NO」を示さない限り、あなたは人種差別主義者だ
ここで改めて、BlackLivesMatter運動について考えてみましょう。
本当は殺す必要がないのに、白人警官が黒人を殺す事件がたくさん起きていることは事実です。そのためBlackLivesMatterは「黒人の命は大事」と訳されることがありますが、「lives」には、警察によって奪われる「命」という意味のほかに「生活」という意味もあります。
黒人が苦しい生活を余儀なくされているのはなぜなのかと考えてみると、先ほどお話したような、奴隷制の時代から延々と続く制度的に蓄積された差別の構造がありますよね。
つまり、個人レベルでの偏見や差別以上に、社会そのものを変えるために、自分たちで行動を起こしているのがこの運動だということです。
このように、政治や法律、制度、ルールなど、社会に問題があるときに、アクションを起こすこと自体は間違っていません。お子さんたちにも、自分から「NO」を言うことが必要だと伝えてみることも重要です。
「NO」と言うことについて、攻撃性の強い人物を想像する人も多いかもしれません。しかし、人種差別の問題に関して中立的な立場で傍観者でいられることは不可能です。
先ほど、「私は人種差別と関係ない」と社会にある差別構造を見て見ぬふりし、自分のマジョリティとしての特権を自覚できない人たちのことを話しましたが、そう考えると、沈黙すること自体が暴力です。
つまり、自分の立場を表明せず、何も行動しないことが一番よくないこと。この世界では、レイシスト(人種差別主義者)になるのか、アンチレイシスト(人種差別反対者)になるのかのどちらかしかないのですから。
これを理解することが、人種差別をなくすための第一歩になります。
日本人にとっても人種差別は対岸の火事ではない
今回はアメリカにおける黒人差別について話しましたが、日本人もかつて人種差別されていた歴史があることを知る人はあまりいません。
19世紀末にハワイや西海岸に渡っていった日本人は、現地で人種を理由に差別され、さまざまに苦しい経験をしてきました。そして最終的には、第二次世界大戦の時に強制収容所に入れられていたという歴史があるのです。
さらに、新型コロナウイルスの流行に伴い、アメリカでは、黒人だけでなくアジア系住民に対してもレイシズムの矛先が向き始めています。
2020年3月から2021年2月までの間に、アメリカで起きたアジア系のヘイトクライム関連の事件は3795件(STOP AAPI Hate調査)にのぼり、これは、日本人が旅行する際、レイシズムの被害者となる可能性が確実に高まっていることを意味します。
日本人にとってもまた、人種差別は身近にある問題です。
黒人差別が遠い国の話だと思う前に、こうした歴史を知れば、より当事者意識をもって人種差別に向き合えるでしょう。
【親子で学ぶ差別】バックナンバーはこちらから
第1回「人はなぜ差別をするのか?」「子どもの疑問にどう答える?」哲学者の苫野一徳さん
第2回「ハーフって呼んでいい?」「褒めているつもりが差別に?」社会学者の下地ローレンス吉孝さん
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貴堂嘉之
アメリカ史、人種・ジェンダー・エスニシティ研究。一橋大学大学院社会学研究科教授、研究科長。著書に、『アメリカ合衆国史② 南北戦争の時代』(岩波新書)、『移民国家アメリカの時代』(岩波新書)、『「ヘイト」の時代のアメリカ史―人種・民族・国籍を考える』(彩流社、共編著)などがある。
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<漫画>ハラユキ
<取材>ハラユキ、KIDSNA編集部
<執筆>KIDSNA編集部