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【教育改革のリアル】「ありえない」企業や大学との連携を牽引した教育長
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グローバル化やAI社会を見据え、2020年にスタートした教育改革。最先端の教育改革に取り組んでいる自治体として、埼玉県戸田市が注目を集めている。今回はその実態を知るべく、戸田市教育委員会 教育長の戸ヶ﨑勤氏と、実践校のひとつ、芦原小学校 校長の藤川英子氏にインタビュー。第3回は、全国に先駆けて実践した取り組みについて戸ヶ﨑教育長に話を聞く。
第1回、第2回ではICTを活用した学習の実践校として、芦原小学校の校長 藤川英子氏にコロナ禍から現在までの話を聞いてきた。
第3回となる今回は、戸田市の教育改革の特に特色のある取り組みとして、全国の自治体に先駆けて、企業・中央省庁・大学や研究機関と協働する“産官学連携”や、SEEPプロジェクトなどについて戸田市教育委員会 教育長、戸ヶ﨑勤氏(以下、戸ヶ﨑氏)に聞いていく。
日本教育界のファーストペンギンに
学校の教育活動を支援する戸田市教育委員会は、戸ヶ﨑氏が教育長に着任した2015年より、企業や省庁が持つ“知のリソース”を学校教育に積極的に取り入れ、変化する社会の動きを教室に反映し、子どもたちが主体的に学べる環境の実現に挑戦してきた。
しかしその道のりは平坦ではなかったという。
「私は中学校教諭から小中学校の校長とずっと戸田市の学校現場に携わってきました。以前の戸田市というと、埼玉県の中でも学力・体力ともに高くなく、『戸田といえば学校が荒れている』というイメージがずっと付きまとっていたんです。
今では学力・体力ともに向上し、どこの学校も落ち着いてきました。少し前までは、ほとんど使われていないデスクトップパソコンがパソコン室に40台はあってもWi-fiの環境はありませんでした。それを、ここ5年ほどで整備をしてきたわけです。
今の子どもたちが世の中に出るのはIoTやロボット、人工知能(AI)などを使いこなすSociety 5.0の時代。そのため、この教育改革のコンセプトとして、AIでの代替が難しい能力の育成とAIを活用できる能力、つまり、『21世紀型スキル』『汎用的スキル』『非認知スキル』の育成に特に力を入れています。
ではそのために何をすればいいかと言うと、産官学(企業などの産、中央省庁等の官、大学や国の研究機関などの学)と連携した最先端の知のリソースの活用と考えたんです。
このコンセプトを落とし込むために、各学校に伝えたのは、社会の要請を受け身で対処するのではなく、自発的に“未来の創造を見据えた教育”を実現しようということ。そのために産官学との連携により、さまざまな学びのメニューを教育委員会が用意するので、それをフル活用してほしいということです。
目の前にいる子どもたちがこれからどんな社会に出ていくのかを教師が知ろうとしないのは、きわめて不誠実ですよね。変化する社会の動きを教室の中にどんどん入れてほしい、どのような力を育てるかを学年や教科を横断して議論できる、学び合う職員室になってほしいということも伝えました」
「ありえない」と言われた産官学連携
――全国でも先駆けての産官学連携とのことですが、教育委員会を含め、意識改革は必要でしたか。
「それは大変でしたよ。当初は『企業と連携を取るなんてとんでもない』という反発は強くありました。しかし私は戸田市を、リスクが待つ海へ最初に飛び込んでいく“ファーストペンギン”でありたい。それにより最先端で質の高い教育をあまり予算をかけずに提供できるはずだと信じ、改革を進めてきました」
戸田市が教育業界大手ベネッセコーポレーションとの包括連携協定を発表したのは2015年6月。企業が培ってきたノウハウを自治体の学校教育に活かす協定は当時全国的にも珍しく、埼玉県内では初だった。
――結果的に産官学連携はよい取り組みだと広く認められたんですね。
「結果的にはそうと言えるかもしれません。ですが、私もけして何でもかんでも新しいことをやればよいと考えているわけではありません。
『継往開来』という言葉がありますが、日本には150年にも及ぶ世界に誇る全人的な教育を提供しているなどのよさや強みもあります。よいものは守り抜いて、変えていくべきところはしっかり変えなくちゃいけない。教育を前に進めていくべきだろうと。そのための、産官学連携でした」
戸田市はこの他にも、アメリカに本社を置き、パソコンのCPUの製造等を手がけるインテルとの連携も行っている。21世紀型スキルを育成する学びをテーマにした「Intel® Teachプログラム」を、教師向けの研修として取り入れた。
「こうした連携を行っていくうちに、様々な産官学とのつながりが横へ横へつながり、どんどん広く展開していきました」
企業との連携で変化する社会の動きを取り込む
戸田市は現在、前述のインテル、Microsoftなどの企業をはじめ、筑波大学や慶応義塾大学、国立の研究所など、70以上の機関と連携を行っている。
国立情報学研究所等とのリーディング・スキルの視点からの授業改善、ベネッセとのICTソフトを活用したR-PDCAサイクル実践、IGS等との非認知能力データの学級・学校運営への活用など、新しい学びの創造のための研究や研修。
そしてLINEやFacebook、TwitterなどのSNSを活用した教育相談事業やLITALICOとの特別支援教育などの多様性に応じた教育の推進など、その取り組みは多岐にわたる。
――戸田市が多くの機関と連携を結べる理由はどのようなところにあるのでしょう。
「教師のスキルのみに頼るのではなく、企業の最先端のリソースをお借りして学びを構築していく。対等な立場でいるためには、教育委員会が自律した教育意思をもち、“真の協働者”になることが一番大切だと思います。
単なる利害関係や先方の提案を鵜呑みにするのではなく、自律的な教育意志をもって接する。企業等から何かをやってもらうのではなく、自分たちが何をしたいかを明確にして、協力できる場合のみ連携を結ぶ。向こうの言ってきたことをなんでも受け入れるような関係は対等ではないですから。
戸田市は産官学との連携にお金はほとんどかけていないんです」
――無償で企業が協力するというのはとてもめずらしいですよね。
「どんどんお金をかけて、市民の血税を使ってやるのであれば、企業はよろこんでくれるかもしれない。でも市民はそんなこと望んでいないし、できることも限られてしまいますよね。
いかにお金をかけないでリソースを提供してもらうかというのが、産官学連携のひとつの肝。そのために学校や教室を実証の場として提供し、企業や大学などに成果を還元してもらうなどしています。
このことは学校にとっても大きな意味をもちます。これまで閉鎖的だった学校という場をオープンにし、外の風、つまり日々変化する社会の動きを取り込むことで、少しずつ世の中と結びついた授業を構想できるようになってきています」
閉鎖的な学校をオープンにし、風通しを良くする
産官学との連携で最先端のリソースを使わせてもらっている背景には、今、教師の急速な世代交代が進んでおり、教員採用試験の倍率も低下していることもあると戸ヶ崎氏は語る。
「教師は、ある種の職人であると言えます。授業のプロとしてその意識は非常に大切です。一方、そのせいかこれまで個人プレイに頼る部分が大きく、『とにかくたくさん授業を見ろ、背中から学べ、習うより慣れろ』という教師の育成が多く行われてきました。しかし、そうした指導法だけの育成は効率的ではありません。団塊の世代が大量退職し、新規採用職員が増えているのです。どんなに若くても子どもにとっては先生。子どもや親は先生を選べませんので、産官学との連携による知のリソースを活用することは、そうした課題を改善するための一つの手立てにつながるものだと考えています。
――教育現場を変えるために、これまでの伝統や慣習などは課題になりませんでしたか。
「ひとつは、つづける・つなぐ・つかうの“3つのつ”。これが教育界の大きな課題なんです。新しいことを始めるのは簡単ですが、続けることの方がはるかに難しい。
そして、学校同士や教育委員会同士などのつながりが弱く、メソッドや教育成果などが共有されず、横展開もできなければ深化もできません。
さらに、これまでの歴史の中で、さまざまなよい教育データが蓄積されているにもかかわらず使われることが少ない。
もうひとつは、教育改革の最重要の柱としているのが“3K”、経験・勘・気合に頼らないということです。私の経験からしても、教育は今までこの3Kでやってきたところが大きい。『私の考えでは、私の経験からすると』という風にね。
でもそんなことを聞いているのではない。『今あなたが言ったことの客観的な根拠はどこにあるんですか』ということを問題にしなくてはいけないですよね。そうすると『教育に数字は馴染まない』とか『定量化すると序列化を招く』などというご批判をいただくんですが、それもここ数年で変わっていきつつあると感じます。
そういったところから脱却し、指導の質の底上げのために、優れた教師の経験や勘、指導技術をとにかく言語化・可視化・定量化するなどして、若手教師に効率的かつ効果的に伝承する。
そのために『教室を科学する』ということを掲げ、研修体制などを整え、たとえ初任者が担任になったとしても、一定の質の授業はきちんとできるような組織にしなければいけないだろうと考えてます。
そのために行っている取り組みが、SEEPプロジェクトです」
最終回となる次の第4回では、SEEPプロジェクトはどんなことを行い、子供たちの学びにどうつながるのか、そして、戸田市の目指す未来の教育のあり方について聞いていく。(2020年9月18日公開)
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部