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遺伝とは「親子が似ること」ではない?私たちが誤解している遺伝の本質
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行動遺伝学者/慶應義塾大学名誉教授
行動遺伝学者/慶應義塾大学名誉教授
行動遺伝学者、慶應義塾大学名誉教授。双生児法を用いた研究で、知能や性格、学力への遺伝と環境の影響を多方面から解明。著書に『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SBクリエイティブ)など多数。
子育てに悩む親たちの多くは、環境が子どものすべてを決めると信じ、責任を感じていまいがちです。しかし、行動遺伝学の第一人者である安藤寿康 先生は、2000組以上のふたご調査から導き出したデータをもとに、その常識に一石を投じます。本記事では、「子どもが持って生まれたものを最大限に生かすには?」という問いに対し、安藤先生に子育てをする上で押さえておきたい3つの視点を伺いました。
遺伝と環境を解き明かす「ふたご研究」
――安藤先生は長年「ふたご」の研究をされているそうですね。なぜふたごを調べることで、遺伝のことがわかるのでしょうか?
安藤:はい。私は大学院の頃から一貫して「行動遺伝学」という学問を研究してきました。なぜふたごかというと、遺伝の影響を解明する上で決定的な情報をくれるからです。
一卵性双生児は遺伝子が100%同じ「自然が生んだクローン」です。一方、二卵性は同時に生まれた兄弟で、遺伝的には50%しか似ていません。育てられた環境が同じだと仮定したとき、一卵性の方が似ていれば、その差は遺伝の影響だと言えます。これを何千組と統計的に分析することで、能力や性格が「遺伝」か「環境」か科学的に切り分けることができるのです。
遺伝の影響は、私たちが想像する以上に大きいものです。それを踏まえた上で、子どもの個性を生かすために持っていただきたい「3つの視点」をお伝えします。

視点①:子どもは「遺伝的に自律」している
安藤: 1つ目は、「子どもは遺伝的に自律している」ということです。子どもは親の遺伝子を半分ずつ受け継ぎますが、その組み合わせは唯一無二であり、一人ひとりが独自の遺伝的な素質、いわば「自分だけのみなもと」を持って生まれてきます。
よく「子どもが1人の時は育て方次第だと考える環境論者になるが、2人目が生まれると遺伝論者になる」という話があります。同じ親が同じように愛情を注いで育てても、驚くほど個性が違う。これは子どもが親の所有物や作品ではなく、生まれながらに自分自身を律する「オートノミー(自律性)」の種を持っているからなのです。
遺伝子は「形状記憶合金」のようなもの
――「鉄は熱いうちに打て」という言葉のように、幼少期の教育がその後の人生を決定づけるという考え方が一般的ですが、これについてはどう思われますか?
安藤: もちろん、環境の影響がゼロというわけではありません。特に学力に関しては、小学校から中学に入るくらいまでは、親が管理して塾に通わせるなどの「家庭環境」の影響が、遺伝と同じくらい(半分ずつ程度)出ることがわかっています。親が頑張れば成績が伸びやすい時期、とも言えるでしょう。
しかし、ここからが重要なのですが、中高生になり青年期に向かうにつれて、親が与える環境の影響はどんどん薄れていきます。代わりに、本人が本来持っている「遺伝的な自律性」が強く現れてくるのです。
私はこれを「形状記憶合金」に例えています。教育という熱を加えて一時的に形を変えることはできても、人生という長いスパンで見れば、人間は結局、自分が元々なりたい形、つまり遺伝的素質に沿った姿へと戻っていく傾向があるのです
「育て方」で性格が変わるという誤解
ーー「私の性格がネガティブだから、育て方のせいで子どもも暗くなってしまった」と責任を感じ、自分を責めてしまう親御さんも多いかと思います。性格の形成についてはどう考えればよいのでしょうか。
安藤: 結論から申し上げますと、性格は「親の育て方」という環境の影響は受けません。ここには、多くの人が混同しがちな「遺伝」と「環境」の重要な切り分けがあります。
まず、データが示しているのは、性格(パーソナリティ)において「同じ家庭で育ったことによる影響」はほとんどないという事実です。 一緒に育ったふたごでも、別々に育ったふたごでも、性格の似方は変わりません。つまり、「親の育て方や家庭の雰囲気によって子どもの性格が作られる」という説は、行動遺伝学的には否定されているのです。
――では、なぜ「親と子の性格が似ている」という現象が起きるのでしょうか?
安藤: それは環境の影響ではなく、単純に「遺伝的に似ているから」です。 親と子は遺伝子を半分共有しています。親が内向的であれば、子どもも内向的な遺伝子を受け継ぐ確率は高くなります。しかし、それは「親が暗く育てたから」ではなく、背が高い親から背が高い子が生まれるのと同じ、生物学的なプロセスに過ぎません。
――「育て方のせい」ではなく「遺伝の現れ」であると。そう考えると、親の心理的な負担は軽くなりますね。
安藤: そうなんです。性格に影響を与えるのは、親からの「遺伝」と、あとは「ランダムな環境 」だけです。 「自分の性格が悪いから、この子もこうなったんだ」と自分を責めるのは、科学的に見れば見当違いな悩みと言えます。むしろ、遺伝という抗えない個性を、親が「自分のせいだ」とコントロールしようとすること自体に無理があるのです。子どもは親の影ではなく、あくまで独自の遺伝子を持った一人の人間として、自律的にその性格を形成していくのです。
視点②:遺伝とは「親子が似ること」ではない
安藤: 2つ目は、「遺伝とは親子が似ることではない」ということです。私たちは日常的に「顔が似ているから遺伝だ」といった使い方をしますが、遺伝の本質は「コピー」ではありません。親が持つ膨大な遺伝子のストックから、その半分をランダムに受け渡し、全く新しい組み合わせを作る「シャッフル」のプロセスなのです。
――「ガチャ」という言葉が流行っていますが、まさにそのような感覚でしょうか。
安藤: まさに「遺伝ガチャ」ですね。理論的にも、たった1組の親から生まれる子どもの可能性(バリエーション)は、社会全体の多様性とほぼ同じくらい広いことがわかっています。
確かに両親の平均値あたりに来る子が生まれる確率が相対的には高いので、印象として遺伝というと親子が似るということばかりが強調されますが、親と似ても似つかぬ子どもも遺伝子の組み合わせ次第では理論的に生まれる可能性があります。平凡な親からも天才やギフティッドが育つことがあるのはまさにそのせいで、それは環境では説明できません。
つまり、自分と似た子を期待したり、逆に自分の欠点を受け継がせたと悲観したりすること自体、遺伝の仕組みからすればあまり意味がありません。子どもは遺伝的に親とは違う「独自の存在」であり、親の人生の続きを歩む存在ではないという認識を持つことが、親子双方の救いになります。
視点③:親自身の「宝」を子どもに伝えよう
安藤: 3つ目は「親自身の宝を子どもに伝えよう」ということです。残酷に聞こえるかもしれませんが、あらゆる心理的特徴の中で、最も遺伝の影響が強く出るのが「学力」と「知能」です。大人になればその遺伝率は 80%にもなり、親や教師の努力で変えられる部分は最大でも5%程度というシビアなデータもあります。
今の社会は学校の成績で人間をランク付けするような「優生社会」的な側面がありますが、社会で豊かに生きている人が全員高学歴かといえば、決してそうではありません。学力はあくまで一つの「ギフト(才能)」に過ぎないのです。
「子どものために」という自己犠牲の罠
――では、親は子どもに何を教えればいいのでしょうか。
安藤: 子どもの学力を上げようと必死に管理するよりも、親自身が自分の人生をどう生きているかを見せることの方が、遥かに重要です。親が人生で「これが大事だ」「これが好きだ」と心から思えるもの――それは仕事でも趣味でもいい。それを持っている姿こそが、子どもにとっての「生きた教材」になります。
私自身の例をお話ししましょう。私の母はいわゆる「教育ママ」的な面もありましたが、それ以上に音楽が大好きでした。私は結局ピアニストにはなりませんでしたが、母が女学生時代に音楽を親しんだ話(母はラジオののど自慢で鐘を鳴らしたこともあったそうで)を楽しそうに語る姿や、連れて行ってくれたコンサートの記憶は、今の私の感性や才能の遺伝という研究テーマの選択に強く影響しています。
「子どものために」と自分を犠牲にするのではなく、親自身が自分らしく生き、人生を「リア充」させている背中を見せること。それが結果として、子どもが自分自身の遺伝的素質を肯定し、伸ばしていくためのモデルになるのです。
子育てに正解はありません。 遺伝と環境という「偶然」の出会いの中で、親にできることは些細なことです。 だからこそ、親御さんはご自身が良いと思うこと、ご自身の「宝」を信じて、手探りでやっていくしかない。 私はそう楽観的に考えています。



























