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【学びはこう変わる】オンライン×オフラインで家も学校も教室に
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グローバル化やAI社会を見据え、2020年にスタートした教育改革。最先端の教育改革に取り組んでいる自治体として、埼玉県戸田市が注目を集めている。今回はその実態を知るべく、戸田市教育行政 教育長の戸ヶ﨑勤氏と、実践校のひとつ、芦原小学校 校長の藤川英子氏にインタビュー。第2回は芦原小学校の目指すこれからの学びについて話を聞いた。
第1回では、コロナ禍での5月末までの休業期間中、教員たちの自己紹介動画や授業動画の配信とオンラインでの課題などのやり取りによって、学校再開後、オンラインとオフラインを掛け合わせたハイブリッド学習の方法が急速に進んでいった埼玉県戸田市立芦原小学校の見学レポートをお届けした。
第2回となる今回は、藤川英子校長(以下、藤川校長)に、学校が再開した後の授業内容や子どもたちの様子を聞いていく。
ICTを味方に課題解決力を身につける
――各教室をのぞくと、授業中ずっとパソコンで作業しているクラス、教科書と両方が机の上にあり必要なときだけパソコンを開くクラスもありますね。
「登校再開後に感じる子どもたちの変化は、パソコンを本当に単なるツールとして使えるようになったということです。パソコンがあるから使わなきゃいけないと気負うわけではなく、状況に応じて適切に活用できるようになった。パソコンは目的ではなく手段であるということを分かっているのだと思います。
また、ひとつのメリットとして、オンラインだからこそコミュニケーションを取りやすい場合があるということも分かってきました。オフラインで行う今までの授業の中では、なかなか手を挙げて発言しない子が、オンラインだと自分の意見を躊躇なく言えることなども」
――先ほど5年生の社会科の授業を見ていて感じました。手を挙げて発言するのは勇気がいるけれど、ツールを介して投稿するとなると意見を言いやすい。結果、その意見をみんなで見て声を出して話し合うことも気軽に行われていましたね。
「休業中に朝の会をGoogle Meetで行ったときも、いつもはあまり自発的に喋らない子がしっかりと発言していたことがありました。パソコンを前にしてオンラインで繋ぐと、教室で行うより静かになるのかと思いきや、朝の賑やかな教室と同じことがGoogle Meetで起きている。あれはおもしろい発見でしたね。
オンライン学習に取り組んだ休業期間、そして6月、7月も子どもたちは新しい環境の中で、本当にがんばってきた。だから芦原小学校では、この夏休みに読書感想文や作品などの宿題は出さないと先生たち全員で決めました。今回の夏休みは3週間しかないということもあります。
ただ“何もせず過ごしていいよ”というのではなく、せっかくこの機会にICT活用のスキルを身につけたので、それを使って課題発見・解決力を伸ばすPBL(Problem/Project Based Learning)に取り組んでもらおうと。
自分が勉強したいこと、やってみたいこと、何でもいいので子ども自ら身近なことからテーマを決めて、課題を解決する3週間にしようと思っています」
――夏休み明けにまた成長した子どもたちの姿が見られそうですね。
「今回のコロナ禍やICTを活用した教育に取り組んで感じたのは、やはり変化に対応していく力を身につけていかなくてはいけないということです。いろいろな変化はこれからも起こってくるでしょう。
未来は予測不可能だからこそ、PBLで自らの課題を解決する力が身についてれば、今後どんなことがあっても乗り切っていける。
やはり挫けない力、柔軟に生きていく力ってすごく強いと思っています。
芦原小学校は地域とともにあるコミュニティスクールですが、これはSDGsの17番目の目標“パートナーシップで目標を達成しよう”にもつながると思っています。引き続き保護者と連携しながら、子どもたちが自信をもってやっていける子に育つよう、取り組んでいきたい。そのためにはICTも必要不可欠ですよね。
“あれがないからできない”“これが足りないからできない”というのでは前に進めないから、課題にぶつかってうまくいかなくてもまた次の工夫をすればいい。私たちは常に、変化し続ける今にしなやかに対応するエナジーを持っていたいですね」
――アップデートし続ける学校ですね。
オンとオフを活用したハイブリッド学習へ
ここまでは芦原小学校の藤川校長に話を聞いてきた。芦原小学校がこのような未来型の教育を実現できたのは、なぜなのだろうか?
ここからは戸田市教育委員会 教育長を2015年より務めている戸ヶ﨑勤氏に、コロナ禍における戸田市全体の対応から聞いていく。
「戸田市の平均年齢は41.2歳で、25年連続で埼玉県一若い市です。この少子高齢化の世の中にあって、小学校12校と中学校6校があり、1000人を超える児童生徒数の学校が多いということで、ちょっと特殊な自治体であると言えると思います。
私が教育長に就任してからのこの5年間で、AIでの代替が難しい力の育成、産官学と連携した知のリソース活用などをコンセプトに、さまざまな改革に取り組んできました。
後ほど詳しくお話しますが、たとえば、Subject(教科)の授業力の向上、EdTech(教育×テクノロジー)の推進 、EBPM(客観的根拠に基づく政策立案)の推進 、PBL(課題発見解決型学習)等の新たな学びの推進、この4つの頭文字をとったSEEPプロジェクトは、特に今、力をいれて取り組んでいることです。
その中で、学校や教室を実証の場として企業や研究者に提供するなど、データをもとに“教室や授業を科学する”ということを積極的に行っています」
――これらのベースがあったから戸田市の各学校が臨時休業下でオンライン学習に取り組むことができたのでしょうか。
「コロナ禍で私が各学校に伝えたのは“コンテンツよりコンタクト”ということです。オンライン学習の目的は学ぶことだけではなく、これだけ休業が長期化している中で、せめて先生と子どもの絆をつくるために可能な範囲でいいから、まずは学校から子供たちへ発信をしてほしいと言ったんですよ。
要はつながりを作るということが大切で、コンテンツの中身を充実させることが狙いじゃないよと。なぜかというと、これまではオンラインの家庭学習なんてやっていないのに、いきなりやってそれで学びを成立させるというのは、難しい話なんです。
世界的に見てもうまくいっていたと言えるのはエストニアでしょうか。他の国でも様々な取り組みが行われていましたが、どれも日本同様に課題を抱えていたと思います。
戸田市では教育委員会が統一を図るのではなく、基本的なベースとなるアイデアやそれを実現するための研修を実施し、それらをもとに各学校が創意工夫をして自走していきました。その結果として、まずは1本でいいから発信してほしいと始めたオンライン動画の配信が、多いところでは2か月の間に400本の動画を発信したり、中には双方向のコミュニケーションが始まったりした学校もありました。学校による自走と、良い意味での競走が始まったのです」
戸田市では市内の全小中学校が臨時休業となった3月からオンライン学習の検討を開始。教育委員会と各学校向けにG Suiteの研修を実施し、4月の全家庭に向けたGoogleアカウントの配布とあわせて、家庭の端末や通信環境の調査を行った。
端末がない家庭や教員の在宅勤務用にChromebookの貸し出しを行い、家庭用にオンライン学習の手順書、学校用に通信環境のないの家庭への支援に向けたオフライン対応の手順書を作成するなど、家庭支援と学校支援の両方に取り組んだという。
その結果、学校や先生を知る動画、双方向でのリアルタイム授業やオンライン朝の会、未習内容の補助動画配信など、各学校のオンライン学習が発展していった。
オンラインとオフラインの良いところ取り教育
――この過程を経て、改革の次のステージとして考えていることはありますか?
「休業期間のオンライン学習で培ってきた流れをここで途切れさせない。そのためにオンラインとオフラインそれぞれの学習の利点を組み合わせて、家庭だけでなく学校の学びにも生かしていこうということで、休業明けから市内の各学校で取り組んでいるのが“戸田型ハイブリッド学習”です。
導入・課題の提示やコミュニケーションの場、学びの動機付けや励ましなどの学習のトピックを『遠隔・オンラインでもできること』と『対面が望ましいこと』に分類するなどして、学校で重点的に取り組むべき学習活動を明らかにするとともに、オンラインとオフラインを組み合わせた新しい学びの様式を4例ほど示しました。
1つ目は、コロナ禍の休業中に行っていた、学校と家庭の双方向のやり方。2つ目は、分散登校をしつつ、各教科などの特質や学習過程に応じて家庭でのオンラインを活用するやり方。
そして3つ目は、対面が望ましい学びに重点をおいた“教室A”と個人でも行える学習活動をする“教室B”を行き来し、必要に応じてオンラインも活用するサテライト学習のやり方。最後の4つ目が、主となる“教室A”からいくつかの教室に授業をリアルタイム配信し、各教室で対面が望ましい学びを行うやり方です。
コロナ禍の学びから、効果のある方法は引き続き取り入れ、課題がある部分は無理に行わない。良いところ取りをしたハイブリッド学習ですね。
こうしたハイブリッドな学習の在り方は、GIGAスクール構想が全国的に進む中、今後主流になっていくものだと考えています」
コロナ前に“戻す”のでなく新しい学びの様式の“開始”
――芦原小学校の藤川校長も話されていましたが、戸田市全体を見ても、現在はハイブリッド学習への過渡期の段階でしょうか。
「3カ月の休業は、“ICTを活用した個別最適化された学び”や“多様な子どもたちを誰一人取り残すことのない教育”を実現しようと、まさに昭和の学校から令和の学校へ移り変わろうとしている最中に突如現れた、大きな障壁でした。
休業期間が終わって今多くの自治体が力を入れているのが、新型コロナ流行前の状態に戻すこと。3か月も休んでしまったから、どうにか取り戻して学力を保障しようと、“回復”の方向に注力している。
戸田市では回復ではなく、新しい学びの様式の“開始”だと考えています。学びの保障は当然しなくてはいけないけれど、前に戻る必要はないと。色々工夫をしながら挑戦を繰り返して、新たな学びを始める、改革のチャンスだと捉えています。実際に、各学校ではハイブリッド学習の事例が創出されつつあります。
感染予防に加えて、薄れてしまった絆と冷めてしまった心の温度を取り戻しつつ、学びの保障に務めるという、スタートラインに立っている。
学びの保障を考える上で、子どもが主体的に学び手になれているか、学習成果の基準を作るなどの“質の確保”も重要ではありますが、現時点では定量化できないため、成果を明確にすることは難しい。だからこそ“量の確保”にも最大限努めなければいけないと思っています」
――学びの質が上がっても、一定の学習量は変わらず必要であると。
「密になることを避けながら主体的・対話的で深い学びを着実に実施することや、再び休業となる可能性を考えて家庭学習を計画的に学びに組み込むことを考えると、今は文部科学省から“特例的な対応”とされている『学校の授業における学習活動の重点化に係る留意事項等について』は、全ての学校で対応すべきことなんです。
これからの教育を考えたとき、“何ができるようになるか”“何を学ぶか”というカリキュラム・マネジメントの重要性は変わらない。必要なのは、対面指導と遠隔・オンライン教育のそれぞれを整理・構造化して、本当に学習効果を最大化できるカリキュラムを開発すること。
オンラインにさえすれば、その学びはオフラインより非常に優れているなんて根拠はどこにもないんです。明らかに効果があるなというものは積極的に取り入れて、課題があるものは無理にオンライン化する必要はない。そのバランスを考えながら進めていきたいと考えています」
第3回は、戸田市の教育改革の要となった産官学連携についてのエピソードと、日本の教育の未来について聞いていく。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部