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【未来の教室】授業はプレゼンや議論。社会も算数もPCで学ぶ公立小学校
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グローバル化やAI社会を見据え、2020年にスタートした教育改革。最先端の教育改革に取り組んでいる自治体として、埼玉県戸田市が注目を集めている。今回はその実態を知るべく、戸田市教育委員会 教育長の戸ヶ﨑勤氏と、実践校のひとつ、芦原小学校 校長の藤川英子氏にインタビュー。第1回は芦原小学校の見学を通して見えたICT教育のリアルについてお届けする。
小学校の授業と聞いて、私たち親世代が思い浮かべるのはどんな光景だろうか。決められた席にじっと座って黒板に向かい、先生の板書を黙々とノートに書き写す。そんなイメージを持つ人も多いかもしれない。
しかし現代の小学校ではすでに、授業のあり方は大きく変わり始めている。
今年入学したばかりの小学1年生たちが、1人1台のパソコンを抱えて教室を移動する。クラウド型ツールの操作方法を習う授業では、デジタルデバイスを使い慣れている様子が伝わってくる。
別の教室では、5年生の児童たちが社会科の授業でパソコンを開く。習った内容についての考えをツールで入力し、集まったクラス全員の意見が教室のモニターに映し出され、活発に言葉が交わされる。
子どもの学びにICTを活用したこれらの先進的な授業は、埼玉県戸田市にある小学校で現在、通常の学習として実践されているものだ。
「ICT教育はコロナ禍の臨時休校をきっかけに、教員の熱意と地道な努力、そして保護者とのパートナーシップによって実現されたもの。この流れを止めず、子どもたちが変化に対応する力を身につけられる学びを提供し続けたい」と話すのは、戸田市立芦原小学校(以下、芦原小学校)の校長 藤川英子氏(以下、藤川校長)。
芦原小学校で実践されているオンラインとオフラインを掛け合わせた学びと、コロナ禍でのオンライン学習の発展を振り返りながら、戸田市が取り組む最先端の教育改革について迫っていく。
コロナ禍でICT教育が加速した芦原小学校の今
校内を歩いてまず最初に感じたのは、明るさと開放感。各教室の廊下に接する面には壁と扉がなく、窓から入った光が教室から廊下までを照らす。廊下に立つと複数の教室で授業に取り組む先生と児童たちの様子がわかり、従来の教室にある閉塞感は存在しない。
戸田市では、新型コロナウイルス感染拡大防止に係る国からの要請を受け、3月4日から5月31日までの約3カ月間、臨時休業とした。その間、4月末からオンライン学習を始め、5月には各学年の教員が作成した動画を次々に配信した。
6月に学校が再開されてからは、休校中のオンライン学習のノウハウを生かし、教科書や黒板で行う従来の授業とICTを組み合わせた学習を実践している。
KIDSNA編集部が芦原小学校を取材したのは7月下旬。学校再開から2カ月近くが経ち、児童たちはオンラインとオフライン両方を活用する授業にすでに順応しているように見えた。
国語の授業を行っていたのは6年3組。教科担任である6年2組の先生が授業を担当していた。
この日は“私と本”というテーマに沿って、本を選びプレゼンテーションを行う“ブックトーク”の時間。一人ひとりが自分で考えながら、パソコンルームの隣にある図書ルームへ行って本を選び、またパソコンルームへ戻ってプレゼンシートを作成する。
ここで使われていたのは、テキストや手書き文字、Web検索や写真、動画などでプレゼン資料を作ったり、情報を共有したりできるクラウド型授業支援ツールのロイロノートだ。
他にも、教科の特性に合わせ、ビジネスでも使われるグループウェアサービスのG Suiteなどのツールも導入し、オンラインとオフラインを組み合わせた“ハイブリッド学習”に取り組んでいる。
ある児童が持ち出したのは、好きな映画のノベライズ本。先生が「この本にテーマをつけるとしたら何かな?」と問いかけ、その題材に向き合う。
児童が自由に立って歩きまわり、教室間を往復したりパソコンで個人作業に臨んだりする様子は、黒板と教科書のみで行われる従来の小学生の授業からは考えられない光景だ。
廊下に面した教室のオープンな形を生かして実施されていたのは、4年生の総合的な学習の時間での福祉の授業。はじめは教室の机に座りパソコンを開いて、Googleフォームで作成した福祉体験に関するアンケートに回答する。
回答が終わった児童から、足元にマットで段差を作った廊下スペースへ移動。目隠しをした児童が介護役を務める児童の手を借りながら、杖を頼りに歩き視覚障がいの体験を行っていた。
6年生の社会科の授業では、授業の後半でパソコンを開きロイロノートを活用。授業に関するクラス全員の意見がツールを通じて集められ、大型モニターに表示される。
テーマごとに背景色が分かれているため、どんな意見が多いかということが視覚的にわかりやすく、児童たちが次々に「この色が多いね」と声をあげる。クラスメイト一人ひとりの考えを知ることができることを児童たちが楽しんでいる様子だ。教員に習うだけの一方向授業ではなく、双方向の学びが実現され、子どもたちは主体的に対話しながら学んでいる。
ICTを文房具レベルで使いこなす子どもたち
さまざまな授業で、さまざまなやり方でノートパソコンを活用する子どもたち。どのようにして、デジタル機器のある授業に慣れていったのか。藤川校長は、子どもたちの手に当たり前のように馴染んでいるのだという。
――複数のクラスを拝見しましたが、完全にパソコンのみで行う授業がある一方、従来通りに教科書とノートを使う授業もあり、学習方法についてバリエーション豊かな印象を受けました。
「授業によって完全にオンラインで行うものや、オフラインと組み合わせて行うものなど、教科の特性に合わせて選択しています。
本市では児童数に応じてChromebookを配置してもらっており、本校の場合は、各教室やオープンスペースに200台あります。その他にメディアルームにWindowsパソコンが40台、教員用に指導用と校務用のパソコンがそれぞれ1人1台、体育館や廊下などどこでも使えるWi-Fiも整備されていて、オンライン学習に取り組める環境は整っていました。
ただ全校でICTを活用した学習に取り組み始めると、これだけでは足りない状況がわかってきました。デバイスの利用状況によっては、やむを得ずオフラインでの学習となる場面もあります。
これは現在国が進めているGIGAスクール構想により、来年から1人1台の環境が実現すれば改善する部分です。今はまだ、本当に効率がよく効果のある学習の形を模索している過渡期なので、いろいろと試行錯誤しつつ授業を行っています」
――1年生の授業ではロイロノートの使い方を教えていましたが、子どもたちは授業のデジタル化をスムーズに受け入れられましたか?
「子どもたちにとって、タブレットはすでに日常で使うもの。鉛筆と同じような感覚で、文房具のように当たり前に使えるようになっています」
芦原小学校を含む戸田市内の小学校では、新学習指導要領が全面実施となった今年度より必修化されたプログラミング教育も、全国に先駆けて2018年度から開始。そのため2年生以上の児童は、休校時にはすでにパソコンの扱い方を習得できていたという。
「スマートフォンは今やどの家庭にもある。保護者の方にお話しているのは、それが何かを検索したり、音楽や動画を楽しんだりする程度の利用にとどまっていませんか?ということです。
子どもたちはこれからいろんなことをやりたい、課題解決したいというときにICTを活用する世の中に生きているのだから、ゲームやメールに使っているだけでなく、知を探究するための基礎的スキルはいくつも持っておく必要がある。使われるオンラインでなく、オンとオフを使い分けるさまざまなツールを使うスキルを育てないと、という話をしています」
教員の熱意がコロナ禍のオンライン学習を加速
――プログラミングなどパソコンに直結するものだけでなく、国語や算数など教科に関係なくICTを活用していることに驚きました。ここまで広く学習に取り入れるには、やはり一定の時間がかかったのでしょうか?
「オンライン学習をスタートしたのは本当にここ最近のこと。きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大における臨時休業でした」
3月4日~5月31日の休業期間中に新学期を迎え、新しいクラスの顔合わせができない中で、教師たちが始めたのが1本の動画の制作だという。
「何の行事もできない、学校の再開もできない、あれもこれもできない中で子どもたちのことを考えたときに、『まずは先生たちの自己紹介動画を作ってみようか』と。最初はそんな思いつきで作ってみたんです。
”子どもたちとのつながりを絶やさない””学びを止めない”という想いで、できることを手探りで進めていきました」
休校期間の途中までは、著作権法上の制約があり、教科書の内容などを学校から発信することはできなかった。それが授業目的公衆送信補償金制度の早期施行によって、4月28日に解禁。一斉に配信をスタートした。
「自己紹介動画のあとは、まだやり方がわからないながらもどんどん授業の動画づくりに着手していきました。
休校が終わるまでの約1カ月で、芦原小学校が作った動画は435本になりました」
――これだけの短期間でそこまで発展していったのはすごいですね。
「実は芦原小学校は、休校前までは市内の他の学校と比べても、パソコンなどの設備を積極的に活用している方ではありませんでした。だから動画の制作を始めた頃は時間もすごくかかりましたね。
だけど作っていくうちに、たとえば学年4クラスの先生たちで合同で作るときは、それぞれがディレクター・カメラマン・シナリオライター・プロデューサーに役割分担するなど、自然とやり方が身についていって。
先生たちが楽しんで動画を作れるようになると、さまざまな手法や見せ方をどんどん吸収していって、まるでYouTuberのように動画づくりが上達していきました。
この授業動画は、新1年生に向けた英語の授業ですね。歌を歌っています。他にも、入学したのに登校できない新1年生に向けて校舎のツアーや、生活科のスタートカリキュラムではえんぴつの持ち方や椅子の座り方をNGとOKで教えるなど工夫しています。
動画も長く作るのではなくて、ご家庭の負担を考えて15分以内にしないとアップできないということで、5分ぐらいのものもあれば、10分や15分のものなど内容にあわせて長さを決めて作っていきました。
私たちは動画づくりのプロではないから、テレビ局などのプロがインターネット上で公開しているものと比べれば、見劣りするかもしれません。でもプロの動画をあえて利用するかというと、意識が高くないと子どもが自ら見ようとしないし、親も誘導しないとならないですよね。
だけど担任の先生が作った動画なら、子どもは『僕の先生が出てる』『私の先生が何かやってる』って興味を持って、自ら見てくれるんです」
教員と保護者の連携で最初の一歩を踏み出した
――休校中に突如オンライン学習に取り組むことになり、下準備のない中で進めるとなると、システム面の整備も大変だったのでは?
「端末などの設備自体はすでに整っていたので、先生たちが動画を作るのと同時並行で、主幹教諭と情報教育主任とでシステム構築をすすめました。
スムーズにオンライン学習を始められた理由としては、戸田市が休校前からICTを活用した教育改革を進めていたことが、やはり大きいと思います」
戸田市では3月にGoogleが提供するビジネスツール・G suiteの研修を市の教育委員会と各学校向けに実施。4月にはオンライン学習開始に向けて、全児童生徒の家庭にGoogleアカウントを配布した。
教員がICT活用の基礎知識を事前に得ていたからこそ、円滑にシステム構築を進められたという。
「教育委員会からそろそろオンライン学習についての連絡が来そうだな、というタイミングで動画を作り始めたり、アカウント配布の準備をしたり、さまざまなことを同時に進めていきました。学年の先生たちは動画を作るごとに輪が深まって、子どもへの思いも募って。
動画づくりやシステム構築のほかにもう一つ重要なのが、保護者との連携。保護者も初めてでシステムのことは全然わからない、さらにコロナ禍で学校にたくさんの人を集めることもできない。そんな中で最良の方法を考え、保護者会を5分割して開催しました。
説明会でもわからない場合には、個別にタブレットやパソコンをもって学校に来てもらってやり方を説明するなど、個々にフォローを行ったうえで動画を配信しました。
――短期間の間にめまぐるしい変化があったんですね。
「本当に日々刻々とでしたね。
オンライン学習について、なんでもかんでもデジタル化しすぎとか、アナログと比べてぬくもりが感じられないという方もいますが、とんでもない。オンライン学習は地道な努力の賜物であり、熱意がなければできることではありません。
この期間に一生懸命取り組んだ結果、思わぬ効果があったのは、先生の強みが活かされたこと。動画制作の中では必要に迫られて“英語の動画は英語が得意なこの先生が撮ろう”というように、自然とその先生のスペシャリティが出てきて、教科担任のように役割が分担されていきました。
新学習指導要領だから教科担任を言われなくても、先生たちが自ずと自分の強みを活かせるものを選択できたのは、オンライン学習に取り組んでよかった点だと思います」
――休校中の家庭学習はすべて動画で行ったのでしょうか?
「プリントも出しましたが、それだけで終わらないように動画も組み合わせたり、コミュニケーションが重視される英語では動画をメインにしたりなど、現在の学校での学習と同じように教科ごとの特性に合わせて、オンラインとオフラインのバランスを考えていました。
提出物のやりとりもオンライン上で行うので、先生からの指示や子どもへの伝達の進捗状況なども瞬時にわかります。
今回の休校期間に実感したのは、家庭と学校で作るつながりが一番大事なんだなということ。オンライン学習は保護者に『できないよ』と言われてしまったら成り立たないし、こちらが動画を配信してもそれを見るかどうかの取捨選択は家庭にある。家庭の支えは必要不可欠です。
お家からは『オンライン学習をやってもらえてよかった』という声が多くてとても励みになりました。皆さんの協力のおかげで学校と各家庭とのつながりは100%になりました」
――ではパソコンやインターネット環境がなくて接続できないという家庭はなかったと。
「そうですね。すべての家庭がオンラインに接続できる環境がありました。また、兄弟で使う家庭などは希望によりタブレットを貸し出しました。160台は貸し出せるよう準備も整えていました。そのような中でも高学年は自分でつなげますが、低学年のうちは保護者といっしょに行う必要がありますよね。学校での動画づくりと同じように、家庭でも最初の一歩がみんな大変だったようです。
そこを乗り越えてつなげてくださって、すごく可能性が広がったと感じています」
こうした取組を通して、教師のスキルもどんどんと高まり、それは通常登校となった現在も日々バージョンアップしているという。
次回は、引き続き藤川校長に、コロナ禍に緊急事態宣言が解除され、学校が再開した後の状況と、どのようにICT教育が急速に浸透していったのかを聞いていく。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部