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【学びのカタチ】熱量高い子どもを育てる興味開発教育
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親である私たちが教わってきた教育があたりまえでなくなる新時代に子どもに合った最適な教育とは何なのか?この連載では、子どものテストや成績、運動神経ではなく多方面で子どもの能力を伸ばす学びのカタチについて紹介をしていく。第1回目は新時代の教育改革者として子どもの興味開発教育を行う探究学舎 宝槻泰伸氏に話を聞いた。
勉強を教えない教室
「僕らのミッションは、教育の進化を100年早めること」
今回取材させてもらったのは、東京・三鷹にある「受験も勉強も教えない教室」探究学舎。成績アップや合格を目指す一般的な学習塾ではない。子どもの探究心に火をつけ、「学びたい!」と子どもを熱狂させる教室だ。
代表であり講師も務める宝槻氏は、テレビ番組「情熱大陸」にも取り上げられた新進気鋭の教育者。
彼が探究学舎を設立したのは2011年。「元素」「宇宙」「戦国英雄」などの独自のカリキュラムを持つ教室で、季節ごとの特別授業「探究スペシャル」は、日本だけでなく海外から参加する子どももいるという。
この紹介動画を見てもらえばわかるように、熱量の高い教室で、子どもたちはのびのびと、本来持っている好奇心を思い切り開放させている。この熱量は、子どもの未来にどのようにつながっていくのだろうか。
探究心に火をつける興味開発教育
「心に火がつく教育」を掲げる探究学舎のスタイルの源流は、宝槻氏が育まれた家庭環境にある。
高校を中退して、独学で京都大学に入学
同じく教育者だった宝槻氏の父は、息子たちの教育に熱心で、その方法がかなりユニークだったという。宝槻氏らは、新しい知識を得ることや未知の世界に飛び込む喜びをどんどん体験した。
宝槻氏が高校を中退後に大検を取得して京都大学に進学したのは「探究心に火がつけば、子どもは自ら学び始める」という父親独自の教育論が、彼の生き方を決めたのだろう。宝槻氏の次男、三男も高校に進学せず、同じく大検を取得して京都大学に入学し「京大三兄弟」となる。
学生時代に既存の教育に問題意識を持ち始め、塾の講師をしながら、父親の教育論を継いで起業を決意。紆余曲折ありながらも、2011年に探究学舎を立ち上げ、現在に至る。
20年後、スキルより大事なもの
――探究心に火をつけることが、子どもの未来を大きく左右するのですね。
「将来どうなるかを見越して、20年後に有利なスキルやポジションをゲットしようという準備より、自分の熱量を高める準備をするほうがいい。なぜなら、その熱量こそが他人の喜びを作り出す原動力になるから。
人が歩んできた道にはそれぞれのストーリーがあり、一点もの。だからこそ、探究学舎はそれを応援することで、価値を認めてもらえていると感じています」
「子どもたちが驚き、感動している姿を見るのがとにかく好き。特に、どういう授業にしようかなって考えて、それを見つけた瞬間がたまらない。
これ絶対みんな感動して泣くわーと思いながら、自分も泣いてます(笑)」
そう語る宝槻氏は本当にいきいきとしていて、喜びが伝わってくる。つい話に引き込まれ、宝槻泰伸という人間から目が離せなくなる。
生身の人間っておもしろい、と改めて感じさせられる。本当に好きなこと、やりたいことが見つかった人の毎日は、とても幸せなのかもしれない。
決定打は、元素
国語や算数などの「能力」を開発する教育ではなく、子どもが自ら知りたいことを探究していく「興味」を開発していく探究学舎。カリキュラムには「戦国英雄」「生命進化」「宇宙」「元素」…とユニークなものが並んでいる。
ーーたとえば「元素」がどんな授業なのか、教えてください。
「元素って聞くと、大人でも普通はわくわくしないですよね。でも、探究学舎の元素編の授業をやると、子どもたちは元素の周期表を見て『美しい…』と言うのです。
僕の中で決定打になったのは、これです!」
と、宝槻氏が見せてくれたのは、元素のリアル周期表。
小学校高学年だけでなく1年生や2年生の子どもたちも、この元素のリアル周期表を見て美しいと感じ、わくわくするという。そこには探究学舎ならではの「興味」を開発する授業にあった。
――「元素」を美しい…!と感じる授業とは、どのような内容なのですか?
「記号をただ丸暗記するんじゃなくて、元素のカケラに実際に触らせたり、匂わせるところから始めます。
従来の教育では、『水素の元素記号はH、ヘリウムの元素記号はHe』と暗記するだけだったと思います。それ以上のことを教えられる機会は少ないのではないでしょうか。
でも探究学舎では、実際に元素を手に取ることで、まずは子どもたちに興味を持たせます。たとえば、これ」
そう言って、宝槻氏が見せてくれたのが「ビスマス」という元素のカケラ。その造形の美しさと不思議さに、私たちも思わず「これ、本物ですか?」と驚いた。
「本物です。そして、メンデレーフという元素を並べ替えた人物がいるのですが、彼が、どうやって元素を並べかえたのかを説明し、、子どもたちにも実際に、『どういうふうに並んでいたら納得がいく?』と考えてもらいます。
そうすることで、メンデレーフや他の科学者たちが200年ぐらいかけて形づくってきた周期表の素晴らしさを理解できるんです。その一連全てを体感した後で整列された周期表を見て、美しいという言葉がでるのです」
――なんだか、科学のロマンを感じますね。
「ノンフィクションの驚きや感動が重要だと思っています。
作り物ではない、現実世界にちゃんと存在しているテーマや事実、その業界の人。さまざまな事実の中で『これ、めっちゃおもしろい!』というのを集めて、探究学舎の学習は形づくっています。
子どもって、そういうノンフィクションのおもしろさをあまり知る機会なく生きているんです。でも、この出会いをたくさん積み重ねていけば、『やってみたい』という興味に自然につながると思います」
探究学舎が描く、子どもの未来の景色
探究学舎のミッションを「教育の進化を100年早める」と掲げる宝槻氏。子どもや教育の未来についてどんな考えを持っているのだろうか。
未来には通知表がなくなる
――教育の進化を100年早めるとは、具体的にどういうことなのでしょうか?
「医療や農業など他の分野に比べ、教育だけ進化が取り残されているように感じます。たとえば学校という装置が、いまだに当たり前に存在していることとか。
たしかに学校は、『読み・書き・そろばん』といった基礎学力を学ぶには効率がいいのかもしれない。でも、今の子どもたちが大人になった頃に必要な力は、それだけじゃありません」
「きっと未来には、通知表なんてなくなっていますよ。
評価の基準が自分になる。たとえば過去の自分との比較。会社の評価制度はすでに変化が起きていますよね?
いちばん探究すべきなのは、自分。自分の未来。
それを共通認識として、『興味開発』が大切だと考えています。
優秀な労働者か、優等生かということではなく、興味があることや好きなことをライフワークにしながら生きていくために。
そういう意味では、未来の教育は、興味開発ありきになっていくのではないかと思ってます。先に『磨くべきもの』を決めて、そこからモチベーションを高く持って、新しいことをどんどん学んでいく。それが教育の未来の景色ではないでしょうか」
今の子どもたちが大人になる頃、今でさえこれだけ目まぐるしく世界が変化しているのだから、きっと私たちの想像がつかない変化がたくさんあるのだろう。
そんな不確実な未来だからこそ、「好きなもの」という軸はシンプルで強いのかもしれない。
「エモーショナル」な仕事が増える
――今の子どもたちは、大人になったらどんな仕事をするようになると思いますか?
「未来には、ざっくり分けると『ファンクショナルな価値を届ける仕事』と、『エモーショナルな価値を届ける仕事』の2種類になっていると思います」
「ファンクショナル(機能的)な仕事とは、生活に必要な物事に従事する仕事。社会の利便性や効率性を高めていくような、わかりやすく言えば電気とか水道。
一方、生活必需品ではないけれど人の感情を動かすような、エモーショナル(感情的)な仕事は、たとえば、ミュージカルとかアートとか、虫とかおもちゃとか音楽とかスポーツとか恐竜とか。好きなことをライフワークにしていく人が今より増えると思います」
――エモーショナルな仕事って、どんなものでしょうか?
「わかりやすい例で言うと、さかなクン。魚の専門知識に加えて、魚が好きっていうすごい熱量がある。みんなその熱量に惹かれるんです。自分の好きなことや驚きや感動を他人にシェアできるという強みを持った人。未来には、こういうエモーショナルな仕事の担い手が増えて、市場ができると思います。
これまで、経済はファンクショナルな物事をたくさん生産してきたけど、もうだいたい満たされつつありますよね。だから、これからはエモーショナルな価値を大事にしていく社会になります」
――そうなると当然、働き方も変わりそうですね。
「従来の大企業みたいな、ひとつの組織にフルコミットするような働き方は、未来には珍しくなるかもしれません。
ひとつのプロジェクトが終わったら、次のプロジェクトに向けてまた新しいチームをつくって仕事をするような、プロジェクトベースの働き方がメインになるのでは。フリーランスの働き方ですね」
もし、宝槻氏の言う「エモーショナルな仕事の担い手が増える未来」が来るとしたら、子どもの興味や好きなことを追求する力が、結果的にそれが子どもの生きる力につながるのかもしれない。
種まきの達人になりたい
宝槻氏は、「探究学舎では、子どもという畑に驚きと感動の種を蒔いている」と語る。それについて詳しく話を聞いてみた。
昔は大木主義、今は満開主義
「子どもが畑だとしたら、そこに種が蒔かれて、芽が出て、花が咲く。芽が出たあとに自分の力で育っていかなければならないのは、今も昔も同じだと思うんです。でも、大事なのは種まきです」
――どうして種まきが大事なのですか?
「子どもという畑に、どの種が合うのか、どんな資質や才能を持っているのかはなかなかわからないものですよね。だからたくさんの種を蒔く必要があるんです。そうするうちにいくつかの種から芽が出てくる。その芽こそが、子どもの個性であり資質と言えるでしょう。
今までの教育は、畑の土壌をよくして、どんな種が蒔かれてもすぐに芽が出るような状態にしておくこと、つまり汎用的で柔軟な人間を育てることに力を注いでいました。でも、『自分の畑から芽が出ていない』『やりたいことがわからない』ということが起こっていました」
――つまり、土壌がいい畑があっても、そこに種が蒔かれていなかったんですね。
「種がないところに芽は出ませんよね。さらに、昔は『大木主義』で、大きな木になるのがいい、小さな木は残念、みたいな雰囲気もありました。
今は、『満開主義』というか、人との比較じゃなくてその子らしい花を咲かせられるかどうか、その子らしさを発揮して、花が満開に咲いたらおめでとう!という感覚。
そのために、種をたくさん蒔いておく必要があるのです。だから、僕たちの目標は種まきの達人になることです。驚きと感動の種をまく達人です」
探究学舎は「水を得た魚」になれる場所
――さっきの元素の話もですけど、宝槻さんのお話や探究学舎の授業動画からは、高い熱量を感じます。
「驚いたり感動したりすることって、たまにちょっと照れくさかったりするじゃないですか。でもここは、そういう人間のピュアな部分、純粋に感動することが素晴らしいという価値観が前提にある場所です。素直に『ブラボー!』って感動できる場所が探究学舎なんです」
――実際に、子どもたちの変化を感じますか?
「体験授業に来たある子どもがいて、その子は最初もじもじしていて、お母さんも困っているようでした。でも、授業を聞いているうちに、少しずつ前の席に移動してきた。授業の最後には一番前の席で『はーい!』って手を挙げてましたね(笑)」
――90分の授業のあいだにそんなことが起こるなんて、その子のお母さんもうれしかったでしょうね。
「既存の学校に行って、宿題もちゃんとして、よい成績を修める子を育てるのが、子育ての成功モデルみたいに考えられているけど、『うちの子、それに乗りにくいな』って感じている親もいると思います。その成功モデルしか知らないと親もしんどいですよね。
探究学舎を知ることで、こっちのやり方もあるのか!って、わが子に対する『もやもや』が『わくわく』に変わります。
そして、そんな子どもが満開に花を咲かせる瞬間を見るのが最高に好きです。
水を得た魚のようになれる探究学舎という場所があるから、学校生活もがんばれるようになった子もいます」
驚きや感動に出会い、素直に心を震わせることができる場所では、子どもはきらきらと目を輝かせるのだろう。
そこからどんな芽が出るのかが見られるのは、少し先のことかもしれない。でもその芽が育ち、花が満開になった景色はきっと素晴らしいものではないだろうか。
探究学舎の学びのカタチ
今回、取材をさせてもらって改めて感じたことは、熱量を高く持って驚きや感動することの大切さ。宝槻氏の話を聞いていると大人の私たちでも素直にわくわくし、もっと知りたい!と感じた。この世界には、私たちが知らないことがまだまだたくさんあり、フィクションではないおもしろい物事がたくさんあることに、改めて気づくことができた。
探究学舎に通う子どもたちは日々この場所で、驚きと感動をたくさん浴びながら、「こんな大人になりたい!」と明るい未来に胸を躍らせているのはないだろうか。
そして子どもたちの心が動いたたくさんの瞬間は、未来で点と点をつなげ、大きな線を描くのだろう。「興味開発」という新しい分野が、教育のメインストリームになる日は、そう遠くないのかもしれない。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部
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