【学びのカタチ】ホンモノを見て対話するミュージアムという学び場
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2020年の教育改革を目の前に、進化の真っ最中を生きる現代の子どもたち。私たち親が受けてきた教育が当たり前ではなくなるこれからの時代に、子どもたちに必要な教育とは何か?この連載では、従来の評価で計ることのできない独自の視点で子どもの能力を伸ばす、新しい「学びのカタチ」について紹介していく。第5回では、上野公園にある9つのミュージアムと連動したプロジェクト「Museum Start あいうえの」の推進役である、東京藝術大学の伊藤達矢さん、東京都美術館の河野佑美さんに話を聞いた。
ミュージアムは“大人と子どもが対等に学び合う場所”
“ミュージアム”と聞くと、どんなイメージがあるだろうか。
「美術館や博物館は、展示物を静かに鑑賞する場所」「子どもが騒いだら周りに迷惑がかかる」という思いから、訪れる機会のない家庭は多いかもしれない。
そんな心配を払拭し、子どもと大人がともにアートに出会い、楽しむことを目的に、2013年に立ち上がったプロジェクトが「Museum Start あいうえの」(以下、ミュージアムスタート)だ。
その舞台は、上野の森美術館、国立西洋美術館、東京都美術館、東京国立博物館、恩賜上野動物園、国立国会図書館 国際子ども図書館、国立科学博物館、東京藝術大学、東京文化会館の9つが集まる上野公園。
美術館や博物館だけでなく、動物園や図書館、音楽ホール、そして芸術大学までが歩いて行かれる場所にあり、世界中から“本物”が集まってくる。豊富な文化資源が子どもや大人の好奇心に応え、学びのスケールが広がるダイナミックなミュージアム連携が行われている。
運営チームとして携わる、東京藝術大学特任准教授であり、プロジェクト・マネージャの伊藤達矢さんと、東京都美術館の学芸員であり、アート・コミュニケーション係の河野佑美さんに話を聞いた。
コミュニケーションを軸にアートを体験
その名にある通り、あいうえのはすべての子どもたちの“ミュージアムスタート”を応援するところから始まった。この“ミュージアムスタート”という概念は、現在全国で展開されている“ブックスタート”に共感する部分があったと伊藤さんは語る。
伊藤さん「イギリスが発祥の読書の体験を広げていく『ブックスタート』というプロジェクトは、キャッチフレーズが“Share books with
your baby”なのだそうです。赤ちゃんと本を開く楽しいひと時を共有しようという趣旨の活動で、日本では各市区町村の乳幼児健診などに合わせて広く導入されています。この取り組みのように、ミュージアムでの体験を子どもも大人も対等な立場でシェア、つまり共有していけるようなことが広げていかれないかと考えて生まれたプロジェクトです。
子どもも大人も対等な立場でミュージアムをシェアする。そのために、あいうえののプログラムの中で一番の特徴となるのが、アート・コミュニケータとの対話を通した美術鑑賞の体験です」
河野さん「アート・コミュニケータのことを、東京都美術館では“とびラー”と呼んでいます。東京都美術館の『都美(とび)』と、『新しい扉(とびら)を開く』の意味が含まれた愛称で、学芸員や大学の教員などの専門家とともに活動する能動的な大人たちです。
現在は、会社員や教員、学生、フリーランサー、専業主婦や退職後の方など、18歳以上のさまざまな年代の約140人で構成されています。保護者や学校の先生でもない大人であるとびラーたちとフラットに対話を重ねることで、多様な価値観に出会うことができます」
伊藤さん「たとえば、教師や学芸員が生徒に何かを教えるという“知識を持っている人から知らない人へ知識を渡す”という一方通行の関係ではないんです。子どもと大人が対等にやりとりをして学べる関係性の中で、アートや文化と出会って得た発見や感動をシェアすることが大切です」
美術館のガイドツアーで展示作品の解説をする学芸員とはまた違った、子どもたちと対話をしながら美術鑑賞をする大人たち。この対話を通した鑑賞によって、子どもたちは何を学ぶのだろうか。
アートを通して子どもは何を学ぶのか?
多角的に対話を行うプログラム
「あいうえのでは、小学校1年生~高校3年生とその保護者を対象としたファミリープログラム、学校と連携した、スクールプログラムの他、児童養護施設や経済的に困難な家庭の子どもを支援しているNPOなどの団体と連携したダイバーシティプログラムがある。
なかでもファミリープログラムは、展覧会を鑑賞したり建築ツアーを行う『デビュー・プログラム』や、テーマに沿って9つのミュージアムをめぐり、鑑賞・冒険・観察・造形など、ミュージアムを縦横無尽に楽しむ『リピーター・プログラム』、映像作家を講師にむかえ、ミュージアムの魅力を映像にまとめる『ムービー部』などバラエティに富んだ内容だ。
伊藤さん「ファミリープログラムはみなさん親子で来られます。ですがプログラム中はあえて親子が別々に活動するようにしていて、子どもたちはアート・コミュニケータと一緒に活動します。先生でも親でもない“今日のパートナー”である大人、それがとびラーです。
どのプログラムも共通して、まず子どもたちはとびラーとともに展示室へ出発し、まずはグループで鑑賞します。1作品に15分間くらいかけて、じっくりと作品を観察して、たとえば色、形、雰囲気など発見したことや気になったことを子どもたちに話してもらいます。
その後、ひとりで観る時間を作ることもあります。そうすることで、自分ひとりだけで見るよりも多様な視点で作品が見られるようになっていくのですね。
とびラーは子どもの言葉の聞き役になります。しっかり聞いてくれる人がいるから、子ども達も話したくなるんです。そして共に考え、発見したことを共有する仲間になります。
そうした大人と対等な目線で活動する体験は、子どもたちの興味や関心を大きく育むだけでなく、子どもたちの自己肯定感を育てることにもつながっています」
――作品を鑑賞するということは、ただ眼で見るものではないということですね。
伊藤さん「物をよく見て、発見したことを誰かと共有することは、実はもっと深い問いにつながっていたり、広い世界につながっていたりするんです。
でも、自分が思ったことを誰かに伝えるって実はとても勇気のいることだったりします。間違ったことを言ったら恥ずかしいとか、人と違うかもって思うと誰でも話すことを躊躇してしまいます。
でも、どんな意見でも話しても大丈夫だと思える安心できる人たちに囲まれていれば、感じたこと、考えたことをどんどん話すことができるものです。とびラーの役割はそんな誰もが安心して話せる場作りをすることにあります。
「この絵の中でどんなことが起きていると思う?」や「どこからそう思った?」という質問をとびラーが子どもたちにすることがあります。でも実はその質問よりももっと大切なのは、子どもたちが話してくれた内容を否定せずに受け止めているという姿勢そのものなんだと思います。
子どもたちにしてみれば、受け止めてくれているかどうかなんて見たらすぐ分かってしまいますから。とびラーたちが持っているのは、子どもたちに何かを伝えるための話す力ではなく、子どもたちの声を聞く力なんです」
知らない人たちの中で、自分を確立していく
――現場で、子どもってすごいと思うことはありますか?
河野さん「子どもたちは親から離れるといきいきとするんですよ(笑)。親がどう子どもの声を聞けるようになるか、保護者の時間が重要。子どもたちがのびのびして戻ってきたとき、親がすごくびっくりしています。
最初のあいさつのときって、子どもたちは少し緊張しているんですね。あいさつのあと、いってらっしゃいって展示室に送りだして、子どもたちはとびラーといっしょに作品を観る時間を過ごして、帰ってくる。
行く前と、帰ってきた後では、温度感がすごく違うんです。表情も、目がきらきらしていたり、頰が紅潮していたり。
これまで学校の教科書や図鑑で見ていたものが、ここでは世界中から集まったホンモノを間近に観られる。そうして好奇心や探求心を刺激されただけではなく、観察力や思考力、コミュニケーション力も育まれます。
親でもない先生でもない味方になってくれる大人がそこにいて、自分の話も聞いてもらえて、人の話も聞ける環境があって。同じ場所に来た他の子どもたちが、自分と全然違うことに気づく。自分じゃない誰かのことをしっかり認識できる。
そんな環境の中で、対話をしながら、よく観て、考え、発見する。それをとびラーや参加した子どもたちと伝え合い、最後は自分の好きな作品や、感じたことなどをブックに書き込んでもらう。アートを通じて、こんな風に子どもたちは学んでいくんです。
毎回、違う子どもたちで、保護者の考えもそれぞれだけど、保護者と離れるときの不安な顔から、プログラムが終わって保護者と再会したときの『なんだ、待ってたんだ』という顔は、本当にビフォー・アフターですね」
後編では、なぜ子どもたちに美術館や博物館などのミュージアム体験が必要なのか、そして対話を通して学ぶあいうえのの未来について話を聞く。
トップ画像:「コートールド美術館展 魅惑の印象派」東京都美術館、2019年
記事内写真:ミュージアム・スタート あいうえの運営チーム提供
※2020年度のプログラムは7月15日(水)に公開予定。詳しくは、公式Webサイトをご確認ください。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部