愛子さまに残酷な二択を迫ってもいいのか…「三笠宮家新当主に彬子さま」認めた政府が真っ先にすべきこと

愛子さまに残酷な二択を迫ってもいいのか…「三笠宮家新当主に彬子さま」認めた政府が真っ先にすべきこと

皇室研究家が読み解く愛子さまの皇室にとどまる"ご覚悟"

三笠宮妃百合子さまが2024年11月に逝去されてから不在だった三笠宮家当主を、孫の彬子さまが継ぐことになった。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「未婚の女性皇族が宮家の当主になられたことは異例。これに同意した首相や衆参正副議長は、懸案のまま“たなざらし”になっている、『未婚の内親王・女王がご結婚後も皇籍を保持できる制度改正』に向けた責任がより重くなったと言えるのではないか」という――。

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2019年、天皇即位式に臨む三笠宮彬子女王殿下(写真=首相官邸 from YouTube/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

三笠宮家の当主に彬子さま

三笠宮家の「当主」に、故・寛仁ともひと親王のご長女、彬子あきこ女王殿下がつかれることが、9月30日の「皇室経済会議」で決まった。併せて、寛仁親王妃の信子殿下が別に「三笠宮寛仁親王妃家」を新設されることも、同じ会議で決定された。

これらはさまざまな点で異例の出来事だった。そのために人びとの関心をより一層集めた。

まず、未婚の女性皇族が宮家の当主になられたこと。

これまで、宮家の当主が亡くなられた後に、妃殿下が当主になられるケースが、普通だった。

秩父宮が亡くなられた後に勢津子妃が当主になられたり、高松宮が亡くなられた後に喜久子妃が当主になられたり、高円宮が亡くなられた後に久子妃殿下が当主になられたりしてきた。

以上の例からすれば、平成24年(2012年)に寛仁親王が亡くなられた後は、信子妃殿下が「寛仁親王家」の次の当主になられるのが、一般的なあり方だったはずだ。しかし、信子妃殿下の場合は長年にわたり家庭内の不和を抱え、宮邸を出て宮内庁分庁舎に移っておられる(ただし今は改修工事のため、しばらく高輪皇族邸にお住まい)。結局、妃殿下は当主になられずに、同家自体が三笠宮家に吸収される形になった。

なお寛仁親王はご長男ながら、父親の崇仁親王より早く亡くなられた。だから生前、「三笠宮」の宮号を継承されていない。

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2025.10.18

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