【教育熱心はどこまで?#3】早期教育は本当に子どものためになるのか?

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不安定な社会情勢やSNSなどを通じて得る過剰な教育情報によって、子どもの教育に奔走し、過干渉な子育てをする親(ハイパーペアレンティング)が増加している。行き過ぎた「教育熱心」が及ぼす危険性とは。そして子どもを疲弊させないために、親はどう在るべきなのだろうか。今回は青山学院大学教授で小児精神科医の古荘純一氏に話を聞いた。

第2回では、過剰な教育を与えられた子どもの傾向として、受け身の体験に疲弊感を抱え、達成感を得にくかったり、自尊感情が低下しやすいということを、青山学院大学教育人間科学部教授で小児精神科医の古荘純一さんに教えてもらった。

第3回では、教育熱心な親が考える早期教育や英才教育について、教育虐待に陥る可能性や子どもへの影響などを聞いた。

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親が子どもに必要と考えるものと、本当に子どもが必要としていることのギャップ

――早期教育や英才教育に関して、子どもへの影響をどのようにお考えでしょうか。

「教育を早くスタートすればいい結果が得られる」というのは、どうしても日本人が考えがちなところかもしれません。でもその効果を証明するのは難しいですよね。

子どもの発達を無視した教育の押しつけというのは、子どもの主体性を侵害し、感性や脳の発達にもよくないと私は考えています。

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古荘純一(ふるしょう・じゅんいち)/青山学院大学 教育人間科学部教授。小児科医、小児精神科医、医学博士。日本小児精神神経学会常務理事、日本小児科学会学術委員、日本発達障害連盟理事、日本知的障害福祉協会専門員なども務める。著書に『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』『教育虐待・教育ネグレクト 日本の教育システムと親が抱える問題』(ともに光文社新書)などがある

たとえば0歳から1歳くらいのときに、本来受けるべき親の愛情やスキンシップの時間が、早期教育を行うことによって不足することもある。

親に抱っこされたときに得られるよい皮膚感覚やさまざまな感覚刺激というものがなくなる代わりに、子どもにとって必要かどうか分からない視覚情報や聴覚情報、人工的な刺激がどんどん与えられてよいのか。

その答えについては、まだ研究でも明らかになっていないんです。

もちろんプラスの面もあるかもしれませんが、マイナス面で大きな影響が出る可能性もある。そこに危機感を持って研究を進めている先生もいます。

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iStock.com/kohei_hara

――ということは、早期教育をしていても、親からの愛情やスキンシップが充実していれば悪影響はない、ともいえるでしょうか?

そう信じたいですね。しかし残念ながら確証はありません。

たとえば「体罰をしていても親が愛情を持って一生懸命育てていればいいじゃないか」「励ますのに罵倒や強い言葉を使っているけれど子どもがそれに応えて成長しているならいいじゃないか」という考え方がある。

これに関してこれまで明確な答えはなかったのですが、飴と鞭があっても、子どもにとって飴の方がはっきりしている場合と鞭の方がはっきりしている場合を比較すると、後者のほうが子どもの行動に問題が表れやすいという研究結果も出てきています。

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英才教育にはセーフティネットが必要

――英才教育では特に、ひとつのことを極めさせようとする親が多いかもしれません。

英才教育によって、スポーツ、音楽、芸能関係の練習や活動を学校や家庭教育よりも優先していくことで、協調性が乏しく、人格的にも、さまざまな能力のバランスとしても、極めて偏りのある子どもたちが存在するようになっていることは事実で、それを問題視する意見も出てきています。

つまり、子ども本人自身はそうは思っていない、気づいていなくとも、周囲から見ると子どもに有害な行為がなされている。これも教育虐待と考えられるのではないかということです。

精神科医として臨床の場で子どもたちを診ていたとき、こんなケースがありました。

ひとりの才能ある野球少年がいたのですが、両親の指導のもと毎日野球に打ち込み、練習や試合の日に学校を休むことが当たり前になっている中で、本人はその環境に疑問を持ち、「特別扱いはいやだ、同級生と同じようにもう少し自由に過ごしたい」と感じるようになったんです。

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Suzanne Tucker/Shutterstock.com

けれども周囲の大人が「才能があるんだから野球を頑張って」と応援のつもりでかけた言葉によって、本人は「どうせ学校に行ってもいい成績はとれないから、野球をやるしかないんだ」と思い込んでしまったのですね。

そうした環境で育った彼は、チックの症状が出るようになってしまったのです。

――大人が野球以外の選択肢を与えなかったのですね。

「それしかない」と子どもに思わせてしまうと、挫折したときのセーフティーネットが全くなくなってしまうんですね。

「スポーツをやっているならメンタルも強いはず」という精神論で考える方も多いのですが、そのプレッシャーは子どもを追いつめることになりかねません。

「野球ができなくなっても友だちがいっぱいいるからいい」とか「親が守ってくれるからいい」という安心感があれば挫折しても立ち直りが早いのですが、それが全くない状態だとどうしていいか分からず、途方に暮れてしまう。

子どもに限らず人間には“立ち直る力”、つまりレジリエンスが備わっていないといけない。

その立ち直る力の源というのは、乳幼児期に親から愛情を貰ったという経験、愛着なんです。

親という心の安全基地があって、失敗しても受けとめてくれる存在がいるとわかっているから、子どもは外の世界で能動的にいろいろなことに挑戦できる。

逆に「自分は守られてる」「これをやっても認めてもらえる」という安心感がないと、「失敗したら見放されるんじゃないか」「これをやってもいいのか」と常に猜疑的になってしまいます。

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親の期待に応えたときにだけ与えられる“条件つきの愛”しか得られないと、それを求める子どもは自分自身の人生を生きることができなくなってしまう。

そうなると、親からの自立がうまくいかなくなったり、成長してからも抑うつなどの精神症状を抱えることが多くなります。

英才教育の挫折に限らず、中学受験や教室内のいじめなど、子どもはいずれさまざまな困難に立ち向かっていかなければいけないときが来る。

そういうときに「どんなときでも親が守ってくれる」とか「何かができなくても、ありのままの自分を愛してくれた」という確信を子どもが持てないとつらいですね。

連鎖する教育虐待にピリオドを打つ

――盲目的に早期教育や英才教育をよしとして子どもに施す親には、どのような傾向があると感じますか?

キャリアを追い求めて邁進している親や、共働きの親ほど多いという印象がありますね。

目の前の子どもよりも他者からの評価を重視していたり、自分の成功体験や満たされない感情をそのまま子どもに投影してしまうことがあります。

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iStock.com/fizkes

「努力をすれば報われる」「自分ができたのだから子どももできて当然」と考えて期待をかける。

子どもがその期待に応えられればいいのですが、応えられる保証は全くないですよね。

応えられないときに「子どもにとって何がいいか」「どこまでだったらさせていいか」というように柔軟に考えを修正する力が親にないと、子どもが受験のときに教育虐待の体験を持ったり、思春期になって荒れたりする可能性が十分にあります。

また、子どもに教育虐待をする親の中には、自身が教育虐待を受けてきた方も多い。

世代間での連鎖がしやすく、親も自分がされてきた教育の枠組みから外れてしまうとどうしたらいいか分からないので、よりどころがなくなってしまうんです。

――自分が育てられてきた方法が自分の中で一番リアルだから、同じことを子どもにもしてしまう。

そのことに親自身がどのタイミングで気づけるかはそれぞれですが、できることなら早い方がいい。

5歳を過ぎてしまうと学習も進んでいますし、集団生活をしながらということになるので、もう一回愛着形成をしようとしても、かなり大変だと思います。

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それなりにキャリアを積んでいる親も、子どもへの接し方がわからず、仕事の方が楽しくて子育てを負担に感じたり、被害者意識を持ってしまうことがあるのです。

「自分はこんなに忙しい中で、これだけ子どもに時間を割いてるのに、子どもが応えないのは許せない」というふうに、全部マイナスな思考になってしまう場合もあります。

――そのマイナス思考や自分が育てられてきた方法を断ち切り、新しく子育てをやり直すというのはものすごく困難なことに感じますが、何か手立てはあるのでしょうか?

「断ち切る」ということまで思い切る必要はなくて、自分の経験と子どもの教育は別物だと考えて、「自分はこうだったんだな」と振り返って一回ピリオドを打つ。

そのあとに子ども個人と向き合って、「この子にとって何がいいんだろう」ということを考えて、失敗してもいいから対応してみることが大事だと思います。

すぐに成功できなくてもいいんです。ちょっと怒ったりとか傷つけてしまったと思っても、それをまた修正しようとすることができれば十分だと思います。

――第4回では、教育虐待や教育ネグレクトに陥らないために、子どもの主体性を尊重し自尊感情を育てる接し方について、具体的な話を聞いていく。

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<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

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