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【教育熱心はどこまで?#4】必要なのは競争原理から抜け出し子どもに向き合う勇気
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不安定な社会情勢やSNSなどを通じて得る過剰な教育情報によって、子どもの教育に奔走し、過干渉な子育てをする親(ハイパーペアレンティング)が増加している。行き過ぎた「教育熱心」が及ぼす危険性とは。そして子どもを疲弊させないために、親はどう在るべきなのだろうか。今回は青山学院大学教授で小児精神科医の古荘純一氏に話を聞いた。
第3回で、早期教育と英才教育それぞれの問題点について語ってくれた、青山学院大学教育人間科学部教授で小児精神科医の古荘純一氏(以下、古荘氏)。
古荘氏に聞く全4回のうち最終回となる今回は、教育虐待や教育ネグレクトに陥らないために、子どもの主体性を尊重し自尊感情を育てる接し方について、具体的な話を聞いた。
子どもの「褒めてほしい」サインを見逃さない
――ここまで過剰な教育の押しつけや、早期教育・英才教育の問題点を聞いてきましたが、子どもにストレスを与えずに才能を伸ばしてあげたいと考える親は、どのようなことに気をつければよいのでしょうか?
大切なのは、子どもの主体性を尊重すること。
そのひとつとして「子どもが褒めてほしいことを褒めてあげる」ということを心がけてほしいと思います。
自尊心を育てるためには褒めることが大切ですが、「子どもが褒めてほしいポイント」については、親自身も私たち専門家も、子どもに本心を聞いてみないと分からない。
私が実際に子どもにうれしかったことを聞いてみた中で印象に残っているのは、「ひとりでバスに乗って家まで帰ってこれた」と答えた子どもがいたこと。
勉強ができたとか親から与えられたことができたということよりも、初めて何かができたとかが、意外と普通のことを子どもはうれしいと感じるんですね。
そういうところを理解して褒めてあげられると、子どもも「あ、お母さんとお父さんは分かってくれてるな」って思える。
親が要求したことや望んだことができたから褒めるということでは決してなく、目の前にいるその子自身が、今どんなことを褒めてほしいのかを見極める必要があるのです。
――子どもがどんなことを褒めてほしいのか、それを知るためにはどうするとよいですか。
たとえば0歳~2歳くらいで、まだ自我が芽生えていない時期や言葉で伝えられない時期の場合、愛着形成段階で考えると、必ず子どもの方から表情や発声で働きかけがあるんです。
親の顔を見て「これをやっていいか」とか「今やったことを褒めてほしい」というメッセージを伝えてきます。
子どもが親の顔を見たりするということは、やはりなにかメッセージを伝えたい、そして返してほしいということなんです。
親が毎回それに気づくというのは難しいかもしれませんが、よく見ていればそういうメッセージを出しているはずなので、それを見逃さないようにできればよいですね。
――子どものサインを受け取り損ねてしまうと、愛着が形成されなかったりということにもつながるのでしょうか。
そうですね。
子育ての本に「こう接しましょう」と書いてあることを優先したり、周りの人に気を遣って「こうしなきゃ」ということにとらわれていると、目の前の子どもからの情報を全然キャッチできないことになりますよね。
今は心配事をインターネットで検索すればいろいろな答えが出てきますが、それはその通りかもしれないし、全然違うかもしれない。
情報が溢れていてなかなか難しい世の中になっていると感じますが、やはり子育てというのはもともと難しいものなんです。
昔はお爺ちゃんお婆ちゃんだとか、他者の知恵というのを直接聞きながら判断できていたのが、今は核家族化によって子育てする方が自分で判断しなきゃいけない。
だからこそ「目の前の子どもからのサインを見逃さない」「子どもにとってどうなのかを客観的に考える」、このふたつの軸が一番大切になると思います。
本音の対話はノートを通じて
――ある程度大きくなった子どもの場合は、どうでしょうか。
私が取り組んでいるあるプロジェクトでは、直接会話をするのではなく、交換ノートに書き込んでやり取りをする試みを行っています。
はじめに「うれしい気持ち」「悲しい気持ち」「普通の気持ち」を表現したキャラクターのマークを載せておくと、そのときの気持ちを選んで丸をつけるだけで「これはこういう気持ちの話を伝えようとしているんだ」というのがお互いに分かりやすい。
「うれしい気持ち」のマークを選んだうえで「こんなできごとがあったよ」と書いてあったら、そこで「これが褒めてほしいことなんだ」と気づいて声かけをすることができますよね。
いやなことや悲しいこともあらかじめキャラクターで伝えられると、それが子どもの気持ちやストレスの原因を読み解く手立てになります。
未就学児の場合でも、まだ文字だけで自分の気持ちを十分に表現できない子どもは、キャラクターの表情をイラストで読み取れるので直感的に取り組みやすい。
親にとっても子どもの前でネガティブな気持ちを隠し続けるのは大変だと思いますが、つらいときがあったら素直に「悲しい気持ち」に丸をつけて、「今日お仕事でこんなことがあった」と書くと、子どもだって親の気持ちを理解しやすいですよね。
お互いに本音で書きやすいし分かりやすいので、文字媒体でやりとりするというのはひとつの方法だと思います。
――ある程度文字が書けるようになれば幼児期でも試すことができそうですね。
そうですね。単純に会話で本音を引き出すとなると、聞き方も難しいと思います。
今まで「忙しいからあとにして」といっていたのが、いきなり「今日は話を全部聞くから」といわれても子どもは身構えてしまいますよね。
デジタルデバイスが使える年齢であったとしても、絵文字やスタンプだけで中身のないやり取りをするよりは、ノートに書きこんで渡すときにお互いの顔を見たりする方がよいですし、それが直接の対話のきっかけになれば、なおよいと思います。
文章を書くというのは、精神学的な視点でいえば「認知行動療法」にもつながります。書くだけで自分の気持ちを客観的に整理できるし、それを人に見てもらうというのはよい効果があります。
競争原理から離脱する勇気を持つ
――自分の子育てを客観的に考え、子どものためになっていないと気づくためにはどのような心構えでいればよいのでしょうか。
まずは「親がよかれと思ってやっていることでも、子どものためになっていない可能性がある」ということを常に頭の中に入れておくことが必要だと思います。
結局、子どもとの関係や教育において親が根本に持つべき考えは「子どもは親の付属物ではない」ということに尽きます。
子どもは子ども、親は親というふうに開き直って、世の中の競争原理から一旦降りる勇気も大切です。
たとえば最近は小さい頃から英会話を習わせる親が増えていますが、英語を習得していればひとつのメリットにはなります。しかし習わせている理由を「あの強みもこの強みも身につけて、弱みを残しちゃいけない」というふうに考えていると、親も子どももつらくなる。
子どもが中国語を話したければ中国語を習えばいいし、得意にしたいことは語学じゃなくアートかもしれません。
もし苦手なことがあってもそれを否定的に受けとめるのではなく、認められるようになってほしい。
まずは子どもに選択肢を提示して選ばせてみたり、目標を子ども自身に設定させるということもいいでしょう。
親からすれば子どもの選択に対して「何でそんな簡単な方を選ぶの」とか、就職なら「何で待遇がよくない方を選ぶの」と感じることもあるかもしれません。ですが親は世の中の競争原理に惑わされずに、子どもの主体的な選択を尊重してあげる。
子どもに対して「認めたくない」「こうあるべき」というメッセージを押しつけていないか?ということも、自分に問うてみてください。
目の前にいる子どもがどんな性格か、どんなことが好きなのかということについては、その子をよく見ている親なら分かっていると思いますが、自分が望む子どもの理想像と異なっていると、それをあえて理解しようとしない親もいます。
そういったメッセージは必ず子どもに伝わり、プレッシャーやストレスを与えます。
「自分がしていることは子どものためになっていないのかもしれない」「親とは違うひとりの個人として子どもを尊重すべき」と認める勇気があれば、そういった事態を避けられる。
どうか「認めることが負け」というような考え方をしない世の中であってほしいし、世の中がそうならなくても、せめて親だけは「負けたっていいんだよ」「そのままでいいんだよ」と子どもに伝えてあげられる関係でいてほしいです。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部