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【産後うつ】孤立化する母親に必要なのは“包括的つながり”
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個人差があるママの体において、自分にとってのベストな選択はさまざま。助言や迷信を鵜呑みにしたり、「やらなければ」という強迫観念で自己判断のケアをしていないでしょうか?この連載では、専門家を通してママが自分自身の体と向き合うためのガイドとなる正しい知識を発信していきます。第6回は、産後うつについて、東京医科歯科大学医学部附属病院 精神科医の竹内崇先生に聞きました。
医療の進歩によって産後の心の問題が浮き彫りに
産後はホルモンバランスの変化や睡眠時間の減少により、心身にさまざまな変化がある時期。常に不安や孤独感を感じるなど、精神面での不調を感じる方は少なくありません。
「産後ケア」や「メンタルヘルス」といった言葉が昨今多く聞かれるようになった背景には、1985年に制定された男女雇用機会均等法以降の女性の社会進出に伴う晩婚化・晩産化や、仕事と育児の両立で心身の負担が大きいといった要因が考えられます。
その結果、保護者の精神障害をはじめ、乳幼児の心への影響や児童虐待など、周産期をめぐる心理社会的問題が次々と浮上しています。
東京医科歯科大学医学部附属病院 精神科の竹内崇先生(以下、竹内先生)は、「産後うつは死につながる精神疾患。しかも段階を踏んで重症化していくため、適切に精神科医につなげることが重要です」と話します。
「産後うつをはじめとする妊娠中や産後のメンタルヘルスの問題は、ここ数年で増えたものではなく、昔から一定の割合で存在していたところに、医療の進歩によって浮き彫りになってきたもの。
日本の周産期医療は、今や周産期死亡率、新生児死亡率、乳児死亡率、妊産婦死亡率などにおいて世界トップクラスとなり、日本は世界でもっとも安全に出産ができる国になったとも言われています。
つまり、数十年前は出産時に起こる子宮型羊水塞栓症や弛緩出血、脳出血などで命を落とす女性が多かったところ、医療の発展に伴って救えるようになってきた。それにより、メンタルヘルスの問題が浮上し、自ら命を落としてしまう産後のお母さんたちが、より注目されるようになったのです」
近年まで、妊産婦の精神面のケアが置き去りにされてきたことには、メンタルヘルス自体への認知が広まっていなかったのではないかと竹内先生はいいます。
「産後にうつ症状のある方がいても、自分自身が周囲の目を気にして表に出さなかった時代です。家族も知られたくないし、認めたくないし、受け入れられないですよね。今と比べると当時はまだまだ認知が不十分で、産後のうつ症状を病気と認識されずに苦しんでいた方はある程度いたのではないかと思います。
産婦人科医や保健師など産後に接することの多い人たちでも、『産後の疲れが続いているだけ』と見過ごしたり、周囲も『怠けている』と誤解しがちで、気づけば重症化していることも多くあったと考えられます。
その後、社会環境やライフスタイルの変化、その中で起こる事故・事件が問題視されるにつれ、やっとここ数年で産後うつも『怠けているのではなく、心の病気なんだ』と認識されるようになってきました」
日本では、1965年に制定された「母子保健法」が1997年に改正され、母子保健の実施主体を住民に身近な市町村に譲渡することが決まり、各自治体で多岐にわたるサービスがスタート。
これまで行っていた新生児や乳幼児に対する定期的な健診などのケアだけでなく、母親に対しても、助産師や保健師による家庭訪問や相談のできる子育てサロン設置などの各自治体ごとの支援が増えました。
また、2019年には「母子保健法の一部を改正する法律」が生まれ、産後ケア事業の実施を市町村の努力義務とし、出産後1年以内の母親と乳児を対象に助産師や保健師が心のケアや育児に関する相談を行うほか、産後ケアセンターの整備に取り組むことなどが盛り込まれています。
産後のメンタル不調は3種類ある
しかし、いくら医療が進歩し、死亡率が減ったとはいえ、出産は母子共に命がけのもの。歩くことさえままならない体に、昼夜関係なく2、3時間おきに起きての授乳と、毎日の家事。核家族化が進んだことにより、手伝ってくれる親や知人が近くにいないうえ、夫が長時間労働で家にいる時間が少ない場合は、“ワンオペ育児”となってしまう。
心理的にも物理的にもサポートがない状態では、どんどん追い込まれ、母親が孤立化してしまうことが問題視されています。
「産後うつに限らず、うつ病になりやすい方には完璧主義の傾向があります。本来、すべてのことを完璧にすることは難しく、特に育児は予想外のことが発生しがち。そこで『こうしなければいけない』という“べき思考”でいると、思った通りに進まなかったときに『私はだめな母親だ』と自分を責めてしまう。そういったことが積み重なって悪循環になります」
ひと口に産後うつと言っても、どこからが危険信号なのかは迷うところ。3段階あるというメンタル不調の段階ごとの症状と、受診の目安について竹内先生に聞きました。
マタニティブルーズは短期間で治まる
「産後の女性の約半数くらいに起こるといわれているのがマタニティブルーズ。自分でも理由が分からないけれど、涙もろくなって落ち着かないという経験はよくあるかと思います。
このマタニティブルーズの特徴は、一過性であること。気分の変動があっても、医療の介入がなくとも大体1週間程度で落ち着きます」
マタニティブルーズは、その名前から妊娠中になるイメージを持たれがちですが、実際は産後数日から2週間程度の間に症状が出ます。落ち込みながらもなんとか赤ちゃんのお世話はできる状態で、悲しい気分になる、涙もろくなるなどの精神面の不調を感じたら、まずは1週間ほど様子をみてみましょう。
産後うつは2週間以上の不調がサイン
「うつ病と医師が診断する際は、気分が落ち込む、意欲が出ない、眠れない、食べられないなどの、いわゆるうつ症状が2週間以上続くというのが、ひとつの目安。産後うつ病にかかる割合は、軽症のものを含めると大体10%ぐらいと言われています。
2週間を超えて気分の落ち込みが続いたら産後うつの可能性が高いと判断して、医療的な介入をすることが必要になります」
“育児に手がつかない”“赤ちゃんを可愛いと思えない”といった声が聞かれるのもこの段階。不調を感じ始めてから2週間が経っても回復のきざしがなく、育児や日常生活に影響が出そうな場合は、子育て支援センターや保健センター、新生児訪問などで接する地域の保健師、産婦人科や精神科などの医療機関に早めに相談しましょう。
産後うつを含めたうつ病の診断の際に、医師は軽症・中等症・重症の3段階で症状を把握しています。
「まず軽症の場合は、なんとか育児や生活ができているといった状態です。産後うつが疑われる場合は、まず地域の助産師や保健師へ相談をしてみてください。そこで、自治体で行っているさまざまな支援を紹介し、周囲のサポートを得ながら人間関係や家庭内の環境を調整することでよくなっていく方もいます」
軽症から中等症に差し掛かると、日常生活に支障をきたしていくと竹内先生。抑うつ感があり、育児に手がつかないようになると注意が必要です。
「中等症以上になったら、精神科医が介入して、適切な治療やサポートを考えることが大切になります。精神科での治療法は通常のうつ病と変わらず、面接で生活背景を確認し、抗うつ薬や抗不安薬の処方をすることからはじまります。
そして中等症と重症の境目としては、自殺のリスクがあるということ。ちょっと目を離すと危ないという状況であったり、実際に自殺未遂を起こしたりするケースがあります。食事がのどを通らなくなり、体が衰弱して点滴が必要な場合も、重症と判断します。この段階では、できるだけ早期の介入が必要です。つまり、家族や周囲がいかに気づくかが大切になってきます」
また、精神疾患ではないものの、心身の変化や子育てによる疲労で、産後の夫婦関係が悪化してしまう“産後クライシス”の場合は、夫婦間の肉体的・心理的なギャップが元でイライラしたりすることが多くあります。最初は病気ではなくても、気分の落ち込みがあり、イライラする気持ちを自分で制御できない、絶望感があるなどの不調が2週間以上続く場合は、産後うつと同様に病院や地域の支援センターへ相談するとよいとのこと。
産褥期精神病は幻覚や錯乱を伴う
産後うつよりさらに重症なものとして、産褥期精神病があります。
「これは1000人に1人くらいの割合で、産後数日から1カ月ぐらいで急に悪化するのが特徴です。錯乱状態や、興奮して暴れる、幻覚妄想状態になるといったケースがあります。
ここまでくると家族が見守れるような状況ではなくなり、精神科救急で治療するようなレベル。医療の介入がすぐに必要になります」
気分が不安定になるだけでなく、妄想を伴い、危険行動に至ることもあるのが産褥期精神病。不幸な事件へつなげないために、一時的な不調であると判断せず、すぐに病院にかかることが大切です。
産後うつは死につながる精神疾患
「死なせたくない」医師たちの想い
竹内先生が周産期のメンタルヘルスに関わるようになったきっかけにも、産後うつによって自ら命を落としてしまう母親たちの現実があったといいます。
「私自身が周産期メンタルヘルスに関わるようになったのは、日本産婦人科医会の会長に声をかけられたのがきっかけでした。無事出産できたのにも関わらず、自ら命を落としてしまう産後のお母さんたちに対し、『精神科にも力を貸してほしい』と要請をされたのが、6~7年前のことでした」
順天堂大学附属順天堂医院 産科・婦人科 特任教授である竹田省医師による2016年に発表された調査では、東京都監察医務院との共同で、2005~2014年の10年間で東京23区で発生した妊産婦の異常死を分析したところ、妊娠中23例、産褥1年未満40例の計63例の自殺が起こっていたことが分かりました。
この数字は東京都での産科異常による妊産婦死亡率の2倍以上であり、さらに自殺した妊婦の約40%がうつ病または統合失調症であったこと、産婦の60%が産後うつ病をはじめとする精神疾患を有していたことが明らかになり、妊産婦のメンタルヘルスケアの重要性を再認識させたといいます。
「産婦人科医の先生も自殺の多さに対する危機感があり、『なんとか食い止めねばならない』と感じています。自殺というのは産後に限らず、90%以上の方がなんらかの精神疾患の診断がつくようなメンタル面の問題が原因であると言われている。そういう問題に、いかに精神科医が早期に介入して適切な治療ができるかが、非常に大事なんです。
私が勤めている東京医科歯科大学医学部附属病院では、周産期メンタルヘルス外来を設けていて、当院で出産される方のなかでメンタル面の問題があると事前にわかっている方に対して、フォローを行っています。
妊娠中に飲む薬は気になるという方もいるのですが、自己判断で薬を中断すると、精神症状が再発したり悪化することもあります。それを防ぐために、薬を必要な分だけ最小限維持することが大事だということや、自己判断で中断しないようにという指導を妊婦の方に対して行っています。
逆に、もともと精神疾患を持っておらず、産後になって初めてうつ症状が出た方は早期発見が大切。その場合、産後のお母さんたちと初めて接する方々であり、身近な存在である保健師・助産師・看護師が『あ、この人ちょっと危ないぞ』とか『いつもと違う』といったことに気づくことが力になります。
この場合、重症度を評価して、適切な医療機関につなげることが大切なので、話を聞いたり定期的に訪問したりすることで支えていけそうなケースはそのまま対応し、深刻化している場合は精神科につなげてもらえるように、精神科医と日本産婦人科医会の産科医の先生方が協力しながら、シンポジウムやワークショップを行い、産科から精神科へスムーズに患者を受け入れられるような体制づくりを、学会活動を通じて行っています。
一方で、産科や保健所から患者を受け入れることのできる精神科の数が少なく、周産期に関する知識を十分に持たない精神科医もいるという問題や、メンタルクリニックが慢性的に混んでいて今まさに治療を必要としている方が診察を受けられないという課題も早急な対応が必要です」
孤立化しないための“つながり”を作っておくこと
「昔と比べて、近所の方や親に子どもをみてもらうことが当たり前でない分、地域の包括支援が大切になっています。ご自身の住む市区町村で、どんなサポートがあるのかを調べたり、不安なことがあったら、相談窓口に声をかけてください」
現在では、各自治体の相談窓口や子育て支援センターなどのサポートだけではなく、厚生労働省が主体となって行っている事業も。2001年から始まった母子の健康水準を向上させるための様々な取り組みを推進する国民運動計画「健やか親子21」をはじめ、2014年からは“妊娠期から子育て期にわたるまでの切れ目ない支援”を目指した「妊娠・出産包括支援モデル事業」を開始。フィンランドのネウボラ(相談の場)をモデルにした「子育て世代包括支援センター」を各市町村に設置し、2020年度までの全国展開を目指しています。
また、産後うつの早期発見のために、2017年からは産後2週間と1カ月の2回、健診を行う自治体への助成を始め、深刻化する前に適切なケアへとつなげるためのサポートも。現在では、家庭の中だけで解決するのではなく、地域や医療機関へのネットワークによって妊娠中から産後まで包括的な支援が生まれ、周囲の人と気持ちを共有し合ったり、適切な対応へとつなげてもらうことができるようになってきています。
「近くにいる人ほど、産後に落ち込んでいることに対して『赤ちゃんの誕生という嬉しいできごとがあったばかりなのに、どうして?』と疑問に思ってしまい、そういった何気ない言葉によって症状がより深刻化してしまうケースもあります。大事なのは、周囲にも『産後うつが起こりうる』というのを理解してもらうこと。お母さんの不調を感知したら、様子を見て、治療が必要な段階かどうかを適切に判断できるように、周囲の人々に事前に知識を得てもらうことが早期発見・早期介入につながります。
気の持ちようや時間が経てば治るものと思わず、相談できる場所をきちんと確保し、必要な際は適切なサポートを得られるような環境をつくりましょう」
KIDSNA編集部