【アメリカの教育】人生を切り拓くための“非認知能力”

【アメリカの教育】人生を切り拓くための“非認知能力”

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、『全米最優秀女子高生』を育てたアメリカにお住まいのライフコーチ、ボーク重子さんに話を聞きました。

イノベーターを育てる”正解のない教育”

現代の私たちの生活に欠かせない、Google、Amazon、Facebook、Appleの「GAFA」と呼ばれる存在。世界をけん引し、圧倒的な存在感を持つこれらの巨大IT企業を生んだアメリカでは、子どもたちの教育にどんなことが重視されているのでしょうか。

アメリカの中心となる首都、ワシントンD.C.に住むボーク重子さんのひとり娘・スカイさんは、知力やコミュニケーション力、特技、体力、自己表現力などを競う大学奨学金コンクール「The Distinguished Young Women of America(全米最優秀女子高生)」で、2017年の最優秀賞に選ばれた逸材。現在は米国ニューヨーク市に本部を置く私立の名門、コロンビア大学に在学中です。

写真提供:ボーク重子さん

「私の子育ては、ワシントンD.Cでの娘の学校選びからはじまりました。そこで遭遇したのは、アメリカのエリート教育は英才教育ではないということ。とても驚きました。アメリカでは近年の学術的研究をもとに、こうした早期教育は推奨されていません。

そこで出会ったのが、『子ども時代は子どもらしく』という考え方であり、非認知能力でした」

IQテストや試験で測定できる「認知能力」ではなく、主体性、自己肯定感、想像力、自制心、やり抜く力、社会性など人間としての基本的な力のことを指すこの言葉が注目されるようになったのは、2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授の幼児教育の研究から。

スカイさんが通っていたのは、4歳から小学3年生までは共学の“ボーヴォワール校”、4年生からは男女別学となり、女子は“ナショナル・カテドラル校”に通う幼稚園から高校まで続くワシントンD.C.の私立校。この非認知能力を重視した教育を取り入れている、全米でも有数の進学校です。

非認知能力とはつまり、“正解のない教育”。1990年代以降、アメリカが世界に先駆けて取り組み、今では世界中の教育現場で注力されている教育法について話を聞きました。

ひとりひとりの成長を重視した学校体系

子どものペースに合わせた学年

アメリカでは、教育要領が州や学校にゆだねられている部分が大きく、一概には言えないことも多いようですが、教育制度は一般的にこのようになっています。

義務教育の学年をグレードと呼び、K1~12までの数字で表します。日本と違い、入学式はなく、新学期は9月からはじまる学校が多いのだそう。

「日本では同じ学年に同じ年の子どもがいて、みんないっしょに進級するのが当たり前ですが、アメリカの場合は“その子にとってちょうどいいタイミングで”という価値観なんです」とボークさん。

多くの場合小学校に併設されている、義務教育の最初の年にあたる『キンダーガーデン』は、小学校の初年度という位置づけ。この段階では、子どもの成長に合わせて、入学を遅らせる“Redshirting(レッドショーティング)”という制度もあります。

「子どもの身体の発達や、勉強面、性格など、その子に合った進み方を大切にしているんです。アメリカでは“正解はない”のが当たり前ですから、学校でも、ひとりひとりの成長を見てもらえます」


遊びを通して社会性を身につける

アメリカでは、就学前の小さな子どもが通えるさまざまな選択肢の施設があります。

「0歳児から州の認可校や個人宅で預かる『デイケア』や『ナーサリー』が保育園や幼稚園にあたります。でも、日本では両親が働いている子どもが行くのが保育園、専業主婦や就労時間が短い親の子どもが行くのが幼稚園、と決まっていると思いますがアメリカではそうではありません。

アメリカの義務教育は5歳の『キンダーガーデン』からはじまるので、その前に、日本の年少、年中にあたる3歳頃~4歳までの『プリキンダーガーデン』に通う子どももいます」

「乳幼児の場合は、図書館や教会などの公共施設で遊ばせる『プレイグループ』もあります。うちの娘は2歳のときにプレイグループに行っていました。親の付き添いが必要ですが、早いところだと1歳から始まって、プリスクール入学前の3歳以下の子どもたちが午前中の2時間いっしょに遊びます」

アメリカでは、遊びが子どもの非認知能力を育むという研究結果も数多くあり、子ども同士が遊ぶプレイデートという習慣もあります。12歳以下の子どもがひとりで外出することが禁止されているため、親同士が連絡を取り合って遊ぶ時間をつくることも多いのだそう。

「幼児期には知識を詰め込むより、遊びを通して社会性や情動面を育てる方が、生涯的な成功につながりやすいといわれています。子どもたちは遊ぶことによって、ルールを守る大切さを学び、そうした中で他者への共感力や倫理観などを身につけるのです」

また、子どもを遊ばせるパパやママが大切にしているのは、『It takes a village(子育ては村のみんなでする)』という考え方。

「つまり、子どもはみんなで育てるものだ、社会で育てるものだという価値観です。プレイグループではみんなで本を読んだりおもちゃで遊んだり、歌を歌ったりするんですけど、2歳の娘は訳も分からず(笑)。それでも大事なのはみんなで何かをいっしょにやる、要するに社会性を身に付けるっていう視点なんですね。

保育園や幼稚園に預けることに対しても、日本のママ友たちからは『ママがいっしょにいてあげられないのはかわいそう』と言わることもありますが、アメリカでは『子どもを社会の中に入れよう』『子どもの仕事は遊ぶことだ』というポジティブな感覚がありますね」

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個を確立していくための授業

教えずに自分で学ばせるレスポンシブ・クラスルーム

スカイさんが通っていたボーヴォワール校で実践されていたのは「レスポンシブ・クラスルーム」。教えるのではなく自分で学ばせることで考える力を養う教育法です。

日本では、先生が黒板に書いたことをノートに写す、というのが一般的な授業風景ですが、この学校の小学3年生までの初等部では、子どもたちは好きなように各々の時間を過ごします。

授業では“手本を見せる”“体験させる”“自分で発見させる”の3つが基本です。どの教科においても、インタラクティブ(双方向)・モデリングという手法を用いて、子どもたちを机に座らせて一方的に教えるのではなく、子どもたちに手本を見せながら、気づいたことを尋ね、ひとつひとつ子どもたちに発見させているのです。

「小学校の低学年までは、勉強を詰め込むような英才教育は一切なし。教科書すらありませんでした。子どもは子どもらしくのびのび育てるという教育方針のもと、コミュニケーション力、自信、自制心、協働力、責任感、共感力といった非認知能力を重視されていました。

最初は、なんてのろのろと授業が進むのだ。教えてあげればいいじゃない。と思っていたのですが、この過程を『無駄な時間』『非合理的』として省略するのではなく、子どもたちが学ぶ楽しさを知るために、ゆっくり時間をかけることで子どもの思考力が育っていくのだと先生から聞きました」


“できるようになる”より“楽しい”を優先

「授業の中で私が驚いたのは、娘が5歳くらいの頃に、英語を鏡文字で書いていても先生が注意しなかったこと。

先生に『直さなくていいんですか?』と聞いたら、『そのうち、友だちが書いている字を見たり、絵本を読んだりして何か違うと自分で気が付いて直すようになるから大丈夫です』と言うんです。言われて直すのは効率がいいけど、それでは自分で学んでないから喜びがなくなると。

つまり、もう5歳なのにこのままではだめなんじゃないかとか、他の子に負けちゃうんじゃないかということではなく、まずは学ぶことが楽しいと感じることが大切なんです。そもそも楽しいと感じなかったら、自分から学ぼうと思わないですから。

その先生は、『まずは自分にとって楽しいと感じることが何なのか、これを子ども自ら発見してほしい。私たち学校はそういう環境を作るんです。鏡文字であっても、書きたいから書くという気持ちが大切なんです』と言っていました」


幼稚園からプレゼンテーションの練習

「アメリカは対話社会ともいわれていて、自分の意見を持っていることが何より重視されます。だけど持っているだけで表現できなかったら持っていないのと同じになってしまいます」

娘さんの通った学校では、小学校3年生まで宿題がでなかったそう。高学年になって宿題が出るようになってもボークさんは、『勉強しなさい』と言ったことは一度もないと言います。

「アメリカでは、宿題はやってこないと授業に参加できないようになってるんです。自分の意見を発表することが当たり前なので、手を上げない子はいないも同然と扱われてしまう。

そのため、宿題の内容も『明日は水についての授業をするから、自分の周りの水について、いくつか調べて考えてきてください』と身の回りから発見を探すようなものになっています。

自分なりに、事前に考えたり調べておくことで授業に参加できるようにしているんです。参加できないと楽しくないから、子どもたちは自発的に宿題をやるようになっていきます」

授業中に自分の意見を発表するだけでなく、『ショー&テル』というプレゼンテーションを行うのもアメリカの大きな特徴です。

「娘は幼稚園から『ショー&テル』の練習をしていました。子どもたちが家から自分のお気に入りのものを持ってきて、みんなの前で発表をするんです。

聞いている子どもたちにも役割があり、絶対に批判しない。スピーカーが話し終わったら拍手をする。だから話している子どもの自信にもつながるんですね。

娘が参加した大学奨学金コンクールでも『表現』が求められました。それはどれだけ自分の意見を持っているか、どれだけ論理立てて人に分かるように伝え納得させられるかが重要なんです。

日本でもディスカッション能力が重視されていますが、求められているのは『ディスカッションスキル』だと思っている人が多いかもしれません。でも本当に大切なのは考える力と自信です。論理的に考える力がなければどこかで話の辻褄が合わなくなり説得力に欠けます。自信がなければ自分の言いたいことは言えないし、自分の意見が間違っていてもいいんだという自己肯定感がないと流されてしまいます。

日本の場合、先生は『正解を知っている人』とされていることが多いようですが、アメリカの先生は教える人ではなく子どもを観察し、方法を示すように『導く人』

子ども自ら気付くように導くことが役割です。だから先生も交えて授業がディスカッションで進むんですよ」

協働力が次世代のリーダーをつくる

違いを乗り越え、力を合わせる社会をつくる

「アメリカでは、“協働力”も大切にされています。学校でも、ひとり勝ち、自分ひとりがよければいいわけではないということを教えますし、小さな子どもに夢をたずねるときは『大きくなったら何になる?』ではなく『ご近所のみんなのためにどんなことができると思う?どんなことがしたい?』と聞く人が多いのです。

アメリカでは、ボランティアなどの課外活動をすることが一般的。入試でも重要視され、特に学校やコミュニティのために目的意識を持ち、リーダーシップを発揮して成し遂げたことが評価されます。

「地域社会の一員としての自覚を生み、自分のできることで社会に貢献するため、学校でもボランティアがカリキュラムに組まれています。

娘の学校では、幼稚園の4歳からボランティア活動をはじめます。小さい子どもでもできるように、参加費を払って校庭を何周か歩く収益金を寄付するウォーカーソンというボランティアをしたり、おやつや洋服などを施設に寄付したりします。これは施しを与えるということではなく、みんなが属しているコミュニティをより良くするために、自分ができることで貢献するということです。

娘が小学4年生から通ったナショナル・カテドラル校では、学校外でボランティア活動を60時間、プラス学校内での20時間のボランティアをしていないと卒業できませんでした。

協働力には、相手の立場に立って考えることが大切です。娘は貧困層が必要とする衣類や食料などの物資の寄付を募る非営利団体でのボランティアや企業でのインターン、イタリア食材店でのアルバイトをしていました。娘の友人の中には、音楽を通じたチャリティ活動やホームレスの食事支援をしている子もいました」

また、娘スカイさんが優勝した大学奨学金コンクール「The Distinguished Young Women of America(全米最優秀女子高生)」では、優勝者はその後1年間アメリカの小中学校を回り、女子の高等教育の大切さを話すという仕事を任命されます。

「この体験もスカイに大きな影響を与えました。アメリカという一つの国の中でさえ、人種や政治、宗教、経済、仕事、女性活躍など、あらゆる背景や考え方が違っていて、それがときに対立や偏見、格差を生んでいることに驚いたそうです。

教育に関しても、貧富の差による教育格差や、公立校の場合、住んでいる地域によって学校のレベルに大きく差があるなど問題はたくさんあります。

だけど、グローバル社会で生きる人々の生い立ちや環境、考え方などが違うのは当然。そこで必要になるのが協働力です。違いを乗り越えて力を合わせていける社会をつくることが大切であると、娘は考え、政治家を志すようになりました」

先生が生徒に一方的に教えるスタイルで、同じ内容を、同じペースで身につけるのではなく、どんなときでも子どもの個性を尊重し、遊ぶように学び、自分で考える力を養う初等教育。その結果、高校卒業時には全米トップクラスの大学に入り、社会に貢献する大人に育っていくとボークさんは言います。

そんなアメリカの“非認知能力”を育む教育法が、新しい価値を生み出すイノベーターを、そして正解のない問題を解決するリーダーを生むのでしょう。

 
ボーク重子/作家、ICF会員ライフコーチ。福島県出身。英国の大学院で現代美術史の修士号を取得後、1998年ワシントンD.C.に移住、出産。2004年ワシントンD.C.初のアジア現代アート専門ギャラリーをオープン。現在はライフコーチとして、全米と日本各地で子育て・キャリア構築・ワークライフバランスについて講演会やワークショップを行なう。近著に 『「パッション」の見つけ方』(小学館)がある。

<イラスト>大角アスカ
<取材・執筆>KIDSNA編集部

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