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【アメリカの子育て】“非認知能力”を育む日々の工夫
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さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育てられるのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介していきます。今回は、『全米最優秀女子高生』を育てたアメリカにお住まいのライフコーチ、ボーク重子さんに話を聞きました。
非認知能力を育む家庭でのかかわり
「テストの点数では計れない能力」。これからのAI時代に必要になる能力として、世界中で注目されている“非認知能力”は、アメリカがいち早く教育に取り入れたことで知られています。
アメリカでは1990年代に、それまでの学力偏重主義から非認知能力教育に大きくシフト。2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授の幼児教育の研究「ペリー幼稚園プログラム」の結果、子どもの将来の成功に影響しているとされた能力は、IQテストや学力テストで計測されるような認知能力より、学習意欲や自制心などの非認知能力であったことが明らかになりました。
この非認知能力に出会い、子育てに生かしてきたのが、現在ワシントンD.Cに在住で、ライフコーチとして活躍するボーク重子さん(以下、ボークさん)。
アメリカ人の夫との間に産まれた現在21歳になる娘スカイボークさん(以下、スカイさん)さんは、幼稚園から高校までを一貫して全米でトップレベルの私立校に通いました。
4歳から小学3年生までを過ごす初等学校“ボーヴォワール校”は、「正解のない問題に、自分らしく立ち向かって解決していく力」として、主体性、柔軟性、創造力、自己肯定感、自信、回復力、やり抜く力、社会性、協働力や共感力などを総合した非認知能力の育成に重点を置いています。
さまざまな研究の結果、非認知能力が最も伸びるのは0~10歳といわれています。日々の生活ですぐに簡単に実践できる、非認知能力の伸ばし方について聞きました。
夕食の時間を大切にすることで鍛えられるスキル
ボークさんが、娘スカイさんの子ども時代に大切にしていたのが、毎日必ず夕食を家族全員でとるということ。ボークさんの友人の中には、仕事から帰宅したあと、子どもが眠りにつくまでの時間はメールも電話もしないことを徹底していたり、毎週20分間、子どもとママとのお出かけを習慣にしている方もいるそうです。
対話で思考力と表現力アップ
ボークさんが、夕食時の会話のなかで意識的に行っていたことは、一方通行の命令文を使わないこと。子どもが自分の意見を言うためには、子どもが安心して話せる環境を用意することが最優先です。
「親のいうことを聞きなさい!では、子どもから発言する機会を奪い、『どうせ言っても無駄』という諦めを生むだけです。結果的に主体性のない、指示待ちの子どもが育つことになります。
自分の思っていることを言ってもいいと子どもが思える、否定や批判を受けるのではなく、一生懸命自分の声に耳を傾けてくれる人がいる、そんな環境をつくることが不可欠です」
毎晩夕食のときには、Yes/Noで答えられないオープンクエスチョンをするようにしていたというボークさん。今日はどうだった?ではなく、今日はどんなことがあったの?と質問し、どんなに疲れているときも、わからないという答えはしないというルールを設けました。
毎日、夕食時にその日の出来事をスピーチすることで、自分の意見を発表するプレゼン力も養われたといいます。
「それ以外にも、何かをするときにはいつでも『あなたならどうする?』という質問をすると、子どもは『自分ならどうするか?』と自問する癖がつきます。そのためには、日常のちょっとしたときに、いっしょに何かをやる機会を増やしてみるとお手本を見せながら、自分で方法を模索するようになるのでおすすめです」
ルールづくりで自制心と自立心アップ
子どもの非認知能力を伸ばすために、対話だけでなく家族のルールを作ることも大事にしていたというボークさん。毎日、家族みんなで夕食を食べることをルールのひとつとしていました。
娘スカイさんが幼稚園生のころに決めていたのはこの4つのルール。
・夕食は家族みんなでいっしょに食べる
・夕食の際、テーブルマットを置くお手伝いをする
・必ず、「おはよう」と「おやすみなさい」の挨拶を言うこと
・靴のひもは自分で結ぶ
ルール作りのポイントは2つあります。
①たくさんのルールを作りすぎない
禁止されたり、叱られたりすることばかりでは自己肯定感も低くなってしまうからです。家族にとって本当に大切なことをしっかり守らせ、それほど大切ではないと思うことは子どもの自主性に任せるようにしていました。
②ルールを決める話し合いに子どもも参加させる
もっとも大切なことですが、親が一方的に決めたルールを子どもに押し付けるのではなく、親子でいっしょに考える。それによって自主性が育ちます。
「家族のルールを決めることは、子どもの社会性を育むことにつながります。子どもは常に、自分がどこまでやっていいのか、どこまで許されるのか親を試しています。だからこそ明確な限界を設定することで、子どもはここまでならやってもいいと思える安心感を得ることができるのです。
また、子ども自身に『自分で決めた』という自覚があると、ルールを守ろうとする気持ちも自然にうまれます。そして、決めたことを守れたという自覚が達成感を感じさせます。
『自分も家族の一員なのだ』という自覚も生まれ、家族のために自分に何ができるのかを考えるようになります。何かをやりたくないというときにも、家族の役割を担うことで、責任感や自制心を鍛えることもできます」
スカイさんが小学校に上がると、さらに3つのルールが加わりました。
・日曜日は家族全員の朝食をつくる
・食事の前に、家族全員のテーブルセッティングをする
・学校の準備は自分でする
「日曜の朝食づくりは、小学生なのでガスや火を使わないでつくれる、サンドイッチやサラダ、フルーツのプレートなどを娘なりに工夫してつくってくれました。
こうしたことでも、子どもの想像力を育てたり、自分で計画を立て、方法を考え、行動し、結果を出すといった“実行機能”のスキルを高めることにつながります」
親や家が安全地帯となることが大事
非認知能力のひとつである「正解のない問題に、自分らしく立ち向かって解決していく力」のためには、子どもの心を育むことも大切です。そのためには、親や家が子どもにとって安心していられる安全地帯となることだとボークさんは言います。
家族は上下関係ではなくチーム
「良好な家族の絆をつくり、子どもにとって家が安全地帯となるために、お父さんとお母さん、子どもは横並びの関係であるという意識を徹底していました。つまり、家族は上下関係ではなくて、チームだと思うんです。
上下の関係になると、子どもは言いたいことが言えなくなるんです。学校でも、先生と子どもはいつでも対等。だからこそ、授業でディスカッションをすることができるんですよ。
私は、娘に対して『ママが言うことは正しいのよ』とか『勉強しなさい』と言ったことは一度もなければ、進路についても「こうした方がいいんじゃない?」と言ったこともありません。時には、娘から『ママ、それは変だよ』と教えてくれることもよくあります。横並びのチームだからこそ、子どもも安心して自分の意見を言っていいんだと思えるんです」
1960年代にアメリカで生まれた言葉に、過保護すぎる親や子どもに自分の人生を捧げてしまっているような親の総称として使われるヘリコプターペアレンツというものがあります。
「子どもが失敗しないように、転ぶ前に障害となりそうなものを取り除こうとするヘリコプターペアレンツのもとで育つ子どもは、失敗するのが怖くて行動できない、自信のない子どもになってしまいます。
そうならないために、私もママ友たちもヘリコプターペアレンツとは真逆の、つまり失敗を応援すること。『間違い』『失敗』という言葉を『学びの機会』と置き換え、いろんなことに挑戦しようと言っていました。文化的にも、アメリカでは、失敗したときにみんな『Good try!』と言うんですよ」
レジリエンスを鍛えて失敗や逆境に強くなる
親が子どもの失敗を応援することは、非認知能力のなかでも重要な“レジリエンス”を鍛えることにもつながっています。レジリエンスとは、精神的回復力、折れない心ともいい、困難や逆境に立ち向かえる力、ストレスやトラウマ、予想外のできごとに対応できる力として世界的に注目されています。
「私は、自分が悩みながら進む姿を、躊躇せずにスカイに見せていました。親が成功した姿よりも、そこに至るまでの葛藤や悩み、落胆、自信喪失などのうまくいかない姿を見せることのほうが子どものレジリエンスを高めるのには効果的です」
子どもは親の姿を見て育ちます。だからこそ、失敗から立ち上がる姿も含めてロールモデルにならなければいけないと、ボークさんは語ります。
自分を好きになる力で自信をアップ
物事に自主的に取り組み、やり抜く力をつけるためには、自己肯定感や自信が必要不可欠です。ボークさんは、子どもが「自分は“無条件”に愛されている」と感じさせるためにさまざまなことを実践していました。
「子どもを褒めるときは、結果や能力よりも、努力やプロセスを説明するようにしていましたし、反対にダメと言うときも頭ごなしに否定するのではなく、なぜダメなのかを説明するようにしていました。
子どもに話しかけられて、『ちょっと待ってね』と言うときでも必ず理由を言います。そうすることでしっかり自分のことを見てもらえていると子どもは感じ、自信をつけることができるのです」
さらに、ボークさんが娘スカイさんに伝えていたことは「ありのままのあなたが好き」ということ。健康的な自信を育むためには、誰にでも得意なこと、不得意なことがあり、それらをひっくるめて自分であるということを伝える必要があります。
「『あなたなら何でもできる』『あなたは特別な子』という表現だと自分自身を現実的に見つめることができず、できなかったときに自己嫌悪に陥ってしまう可能性があるので、ありのままの自分を受け入れられるように『あなたはパパとママにとって一番大切な存在』と毎日のように伝えていました。
ほかにも、短所を直すよりも、長所を伸ばすことを意識して、子どもにお手伝いをお願いするときは、その子の得意分野に。子どもが上手にできることをどんどんさせて、自分が役に立つというポジティブな経験を積み重ねていきます。同時に、子どもにきちんと『ありがとう』と伝えることも忘れずに」
誰もが持つパッションの芽を育てる
ボークさんの娘スカイさんの通った初等学校、ボーヴォワール校では、“パッション”をとても大切にし、先生はことあるごとに『あなたは何をしたい?』と聞き、勉強の内容をひとりひとりの「好きなこと」「楽しいと感じること」で決めていたといいます。
「好きだから、楽しいから子どもは自分からやろうとします。失敗しても、もっと良くなるように自分で工夫します。これからは“個”が大切な時代。個性が肯定される時代では“出る杭”になることも素敵なことになってきます。“出る杭”を育てるには、自信、回復力、責任感、やり抜く力、主体性、パッションなどが必要です。特技に合わせて鍛えられたこれらの非認知能力が、その人の魅力になります。
子どもの出る杭を発見し、育てるためには、学校だけでなく、家庭でも親が子どものパッションの種を見つけ、育ててあげることが必要なのです」
習い事で“好き”を見つける機会を増やす
子どものパッションを見つける足がかりになったのが、習い事だったとボークさんは語っています。
「スカイは、小学6年生でバレエひとつに落ち着くまで、ピアノ、器械体操、陶芸、水泳、ミュージカル、スキー、サッカーなど15以上の習い事を経験しました。パッションを見つけるための習い事は、始め方、やめ方のルールを決めておくことが大切です。
我が家は、一度にできる習い事は2つまでと決めて選ばせ、一度自分で決めたら、期間を決めるようにしていました。試行期間が終わるまでは、自分で選んだ責任として全うする。そうすることで、『気に入らないとすぐやめる子』にならず、結果的にやめたとしても達成感を得ることができます」
子どもの得意なことは、実は非常に見つけにくい子どもの長所でもあるとボークさん。努力しなくてもできてしまうものであり、簡単にできてしまうために、特に好きということを意識しないからです。
「子どものパッションが何かを見つけるためには、さまざまなことに挑戦させる中で子どもを観察し、周囲の音がまったく聞こえなくなるくらい、極度の集中状態になる“フロー状態”になっている瞬間を見逃さないようにすることが大切です。
その一方で、気をつけなければならないのが、子どもが自らパッションを発見しなければ意味がないということ。親があれこれと押し付けたのでは、その子にやらないといけないことをこなすだけの辛い毎日になってしまうかもしれません」
好きなことだからこそ誰かの役に立ちたいと思う
「パッションを見つけ、それで自己実現させるだけではなく、そこに“何のためにやるのか”という大きな目的意識が加わったとき、最後までやり抜く力や共感力が発揮されます。
そこで、『何のために』という質問をよくするようにしていました。
娘のパッションはバレエで、娘はよく『バレリーナになりたい』と言っていたので『何のためにバレリーナになりたいの?』と。
すると娘は、『キラキラしたきれいなものを見たら、みんなが楽しい気分になるから』と答えました。美しいものは人の心を豊かにするため、美しい踊りをひとりでも多くの人に見せてあげたいというビジョンを持っていたのです。
実際に、2011年の東日本大震災後には、私の故郷である福島県にボランティアに行き、被災地の子どもたちが安心して遊べる施設でバレエを子どもたちに教えたりもしました。パッションを持つことで、自分の行動が誰かのためになり、より良い社会のために役立てたいという大きなビジョンのもと、非認知能力を駆使して自分らしい人生を生きることができるのです」
最後にボークさんは、娘のスカイさんとの嬉しいエピソードを教えてくれました。
「私が仕事をしているときに、娘が『ママは遊んでいるの』と言ったことがあったんです。仕事=楽しいことだと理解しているんだと、最高のほめ言葉をもらった気持ちでした」
日々の子どもとのかかわりをちょっと工夫するだけで、子どもの非認知能力を伸ばすことができるのだとボークさんは言います。学力テストでは計れない“人間力”を育むことが、さまざまな仕事がAIに取って代わられる未来へ羽ばたいていく子どもたちの人生を切り拓いていくのかもしれません。
<イラスト>大角アスカ
<取材・執筆>KIDSNA編集部