【上野千鶴子】多様性を生きるための子育て

【上野千鶴子】多様性を生きるための子育て

子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、2019年4月に行われた東京大学の入学式祝辞で大きな注目を集めた社会学者、上野千鶴子さんに話を聞いた。

「これからは多様性の時代」近年、この言葉をよく聞くようになった。

私たちが、自分や他者を尊重する力を子どもに身に着けてほしい、違いを受け入れられる子に育ってほしいと願う一方で、多様性の時代を生きていく子どもたちに立ちはだかる問題を明らかにし、大きな反響を呼んだ人物がいる。

2019年4月、東京大学入学式の祝辞で話題になった、社会学者の上野千鶴子さんだ。

これからより多様化が進むであろう社会を生きるために、親ができることとは何か?

まずは祝辞の中から、多様性の中を生きるためのヒントを読み解いてみよう。

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多様性は、親が変わらないと実現しない

子どもの世界と大人の世界

上野さんは東京大学入学式の祝辞で、学校生活や大学組織、そして社会の中で横行している性差別について問題提起しながら、同時に、親と子のかかわりについても言及している。

“「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。”

“(ノーベル平和賞受賞者の)マララ・ユスフザイさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。”

――親が子どもに伝えていることが、子どもにとって悪影響となることがあるのでしょうか?

子どもは本来、柔軟な存在。だけど、子どもは親を見て育つから、親や社会の価値観を植え付けられてしまうんです」

上野千鶴子
上野千鶴子/社会学者、東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。1995年〜2011年東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は女性学、ジェンダー研究。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。著書に『女ぎらい ニッポンのミソジニー』(紀伊国屋書店)、『おひとりさまの最期』(朝日新聞出版)ほか。共著に『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房)がある。

「子どもの世界と大人の世界は違う。子どもは本来、目の前にどれだけ自分と違う子どもがいたとしても、差別意識なんか持ちません。

肌が黒くても白くても、言葉が通じなくても気にせずいっしょに遊ぶし、クルマ椅子の子がいたら自然に手を差し伸べる。その違いを特別なことだと教えるのは、周囲の大人や親なんです」

――これだけ多様性という言葉が浸透していても、まだまだ大人には差別意識があるということでしょうか?

「大人には日本の歴史や社会のなかで、差別意識や同調圧力が深く根付いている。だから、差別的な言動が無意識に表れる場面は日常の中にたくさんあります。

たとえば昔は、クルマ椅子の障害者を指さしながら『言うことをきかないとあんな風になるのよ』と親が平気で言っていた時代があったし、今でも外国人に対して、親が反射的に怖いという反応をするから、子どもはそれを見て学ぶんです」

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「今では、タテマエの上で差別用語を口に出して言ったり、公然と表に出す大人は少なくなったけど、ホンネでどう思っているかは分かりません。でもそんな大人の世界を知らなければ、子どもは何でも受け入れます」

自分の差別意識を完全になくすことは不可能であり、親から子どもへ、子どもから孫へと、学習されるものだと上野さんは言う。家庭や学校でのこれまでの経験から、知らず知らずのうちに刷り込まれ、強化されていく意識は、気づかなかったことを後悔するほどに恐ろしい。

「教育とメディアは洗脳装置です。”ふつう”と”ふつうでない”とが、選別されていきます。”ふつう”であることを強制するのが同調圧力です」


強者と弱者が尊重し合うことが多様性

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「だけど最近は変わってきました。それは、多様性が目に見えるようになり、知識や情報がたくさん出回ったことで、親自身が、いつ自分と自分の子どもが弱者になるか分からなくなった。そしてその可能性を否定できなくなったことです」

自分と他者、差別者と被差別者、マジョリティとマイノリティ。

これまで暗黙の了解のように、人々の心の中にありつづけてきたその境界が、多様性に関するさまざまな事例が知られるにつれ、揺らぐようになった。

「子どもが実は発達障がいかもしれないし、いつ不登校になるかもしれないし、いじめられたりいじめる側にまわったりするかもしれない。あるときLGBTQをカミングアウトするかもしれない。

自分だっていつ離婚してシングルマザーになるかわからないし、いい大学、いい会社に送り込んだ子が引きこもりになるかもしれない。そんなの誰も分からないよね、ということ。

そして、人間は赤ちゃんとして生まれ、やがて高齢者になっていく。そういう意味では等しくみんな、弱者として生まれ、弱者として死んでいくのよ」

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「『親が子どもに期待すること』という意識調査で、父親も母親も、子どもの性別を問わず“競争に勝ちぬくこと”が一位にきているのを見て、愕然としました。親が強者であろうとし、子どもにも強者になることを求めるのでしょう。

強者でいられるうちはいいけれど、強者はいつまでも強者じゃいられない。強者はいずれ必ず弱者になります。だから、強者には弱者に対する想像力が必要だし、弱者には自己肯定感をもってほしい」


子どもに自己差別をさせないこと

――親が強者であろうとし、子どもにも強者になることを求めたら、どうなってしまうんでしょうか?

「私の教えていた東京大学では、2000年代頃から自傷系のメンヘラー(メンタルヘルスに問題のある人)が多くなったと感じました。自己決定・自己責任のネオリベ(ラリズム)社会の価値観を内面化してしまった子どもは、自分を責めるようになってしまう」

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東大生に限らず、親や教師の顔色を見て育ってきた子どもたちは、親の価値観を内面化します。まじめな子ほどそうです。そうすると、自分がうまくいかなかったときの攻撃性が他人ではなく自分自身に向かう。

これを見て、子どもの世界にただ事じゃないことが起きている、と感じました。

差別もいろいろあるけれど、一番きびしいのは他人からの差別よりも自己差別

自分はなんてだめな人間なんだ、生きている価値がない、って自分を責めることで無力化していくから。これは不登校や引きこもりの原因にもなります。

親の価値観を内面化した子どもは、自分が本当は何がしたいのか、何が好きなのか分からないまま、親の期待に応えようとします。子どもってけなげなものよ。そして、自分自身に嘘をついて生きることに耐えられなくなったときは、心や体に危険信号が出ます。

不登校や引きこもりになった子どもの親は、自分自身を傷つける子どもの姿を見て生きた心地がしないでしょう。

いくところまでいって、悔いから立ち直れなくなった親たちが『生きていてくれるだけでいい』ってやっと気づく。子どもも自分も傷ついて、ボロボロにならないと学習しないのかって思います。

東大生を見ていて、まじめで優秀な子ほど、危険信号が出にくい傾向にあると感じます。どうか見逃さないようにしてください」


差別意識から解放される方法

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――差別の構造として、私たちは“ふつう”や“らしさ”という思い込みから逃れられないのはなぜなんでしょうか?

「便利な言葉なんですよ。"ふつう”っていう味方がついてるから隠れ蓑にして強く出られるでしょう。だからそういうことを言われたら、相手を攪乱すればいい。

“ふつう”とか“らしさ”なんて所詮は言語なのだから、『ふつうって何?誰のこと?』、『海外では〜』って言われたら、『海外ってどこの国のこと?』とかね。

そうやって揺さぶれば相手は答えられなくなります。なぜなら“ふつう”という平均値は存在しないから。平均的な日本人なんてどこにいる?いないよね」

――思い返せば、自分も使ってしまっているかもしれないです……。

「子どもが何かをねだってきたときに、『みんな持ってるって、そのみんなって誰?何人?』と聞いたりするでしょう。それと同じ。相手は、黙らせられると思って、ごまかすためにそういう言葉を使ってくる。だから、黙んなきゃいいのよ」

強者であろうという意識は、時として子どもの健全な自我の成長を阻害し、親と同じ固定観念を伝染させてしまう。それは結果として子どもに差別意識をめばえさせ、他人を傷つけることや、または子ども自身の心を追いつめてしまうことにもつながる。

私たちは、親として本当に多様性を意識できているかどうかを、今一度見直すべきなのだ。

親が今すぐできること

これまで、多様性の障壁となる弱者と強者の差別構造、子どもの自己差別について話を聞いてきた。では、親が子どもに対してできることは何だろうか?

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子どもをエンカレッジせよ

――東京大学入学式の祝辞では、“正解のない問いに満ちた世界”という言葉もありましたが、子どもが自分で問いを見つけること、そして親がそれをつぶさないことが大切だと思いました。

「そうなのよ。日本には同調圧力が根付いていると言ったけれど同調性って国民性でもDNAでもないから、何にも染まっていない子どもは大人に『なぜ?』ってたくさん聞いてきますよね。

だけど、親が『そういうもの』『昔からそうなっている』とか、『そんなこと聞くんじゃないの!』とピシャッとおさえこんだらどうなると思う?それこそ考える機会を奪ってしまっていることになります。

私が大学の授業で『答えのない問いを考えてごらん』と学生たちに聞いた時に、『どうやってやるんですか』と返ってきてびっくりしたことがあります。

そうか、この子たちは、小さいころに家庭や学校で黙っておいた方が賢明だと学び、正解のある問いばかりに答えてきたんだなと気づきました」

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「反対に、『よくそんなことに気づいたね』『いい疑問を持ったね』って子どもの肩を押してあげる親や教師もいる。高校を卒業する18歳までの18年間ずーっとそういう関わり方をしてきたら、子どもの人格が完全に変わりますよ」

――まずは、子どもの問いを流さず、受け止めてあげることですね。

「大人が、何でも疑問を持っていいんだよっていう空気をつくることが大事だと思います。まずは家庭の中から。子どもの意欲を、周囲の大人がエンカレッジするかディスカレッジするかで全然違う。その経験が蓄積されていきますから」

励ましたり勇気づけたりするエンカレッジの関わり方と、落胆させたりやる気をそぐようなディスカレッジな関わり方。親は子どもの『なぜ?』を逃さず、疑問を発したことそのものに肯定的な反応をすることが大切だ。


多様性の中に連れ出そう

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「もうひとつ良い方法は、子どもを他人の手に渡すこと。たとえば友だちの家に預けるとか泊まらせてもらうとか、地域のコミュニティに連れていくとか。少し大きくなったら、サマースクールなどで海外にホームステイさせることもできます。

たくさんの大人がいて、それぞれ違う価値観を持ってるんだということを、体感として経験させることが大切。

『うちにはうちのやりかたがある』と一貫性のある子育てにこだわるよりは、さまざまな大人から、新しい考え方やものの見方や、親の言うことの抜け道を教えてもらう。その分、価値観の選択肢が増えるから、それで全然オッケー。

子どもってすごくたくましいから、いろんな価値観に触れて、その中から自分に一番都合のよいものを選びます。子どもはその中でちゃんと批評眼を持つし、器用な子はさまざまな価値観を渡りあるくバイリンガル、トライリンガルになっていきます。

人付き合いが苦手なお母さんでも大丈夫。子どもには先入観も差別意識もないから、他人の家のドアを、まるで自動ドアのように次々と開けていく力があります。そうやって多様な人たちの中で育っていくことで、多様性に対して想像力と感受性は育ちます」

過去、日本では“一人の子どもを育てるには一つの村が必要”といわれ、地域をはじめ、子育てを通じて人と人がつながった共同保育の時代があった。

現代は、テクノロジーの発達のおかげで違った方法で人とつながれる。両親とは違う価値観を持つ大人と触れ合う環境をできるだけたくさん与えることが、多様性を生きる子どものカギになる。

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新しい価値を生み出すために必要なノイズ

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――東大の祝辞で、“学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるから”とお話されていました。これはどういうことですか?

「これはドイツの社会学者のニコラス・ルーマンのシステム論の基本ですが、システムというものは情報をルーティン化し、縮減する効果があります。

たとえば会社というシステムに入ったら、なんでこの業務はこういうやり方をするんだろうとか、いちいち考えなくても済むし、そのほうが全体の効率が上がる。だからひとつのシステムにどっぷりはまればはまるほど、情報生産性は低下します。

ところが別の異なるシステムがあり、それは異なる原理で動いているとする。そうすると他のシステムに接触することで摩擦がおき、それによってノイズが発生します。

ノイズは基本的に不愉快なものだけど、山のようなノイズから、その中のいくつかが意味のある情報に転換する。これが新しい情報が生まれる仕組みです」

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「だから、子どもを多様なシステムの中に連れ出せばいいんです。何もかもが決まりきったシステムの中では、『なんでこうなってるの?』と聞いても、『こういうものなの!』『昔からこうなの!』としか言えない。ノイズが発生しないように作用しているのがシステムだからです。

けれど他のシステムに接触すれば、ノイズが発生します。他人の家もひとつの異なるシステムだし、『なんでこうなってるの?』という異文化を経験するでしょう。よその世界を知っているということは大きな力になります」

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「それから、グローバルに活躍できるようにと、小さいころから語学を習わせる親もいますよね。確かに語学力って生きるためのツールだけど、外国語の能力は必要に迫られればいつでも後から身につけられるもの。

それよりも、どんな場所や環境でも人とつながりをつくって生きていける力の方がよっぽど大事。

能力を身に着けることは身に着けないことよりも良いことかもしれないけれども、能力のない人だっていくらでも生きていける道があるの。

それは、”能力のある人を調達する能力”を身につけること。自分のできないことを伝えることで『助けて』と言えて、助けてくれる人を調達する能力があればどこでも生きていけます。

その点で、赤ちゃんや子どもは人を惹きつける力があると思わない?それって”弱さという資源”でもあるのよ。大人はみんな手を出すし、周りに集まるでしょう。子どもってすごい力を持っている」

多様性の未来

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平等よりも自由

――多様性や差別について、今の子どもが大人になる10年後20年後に向けて、ひとりひとりがどういう考え方をするとよいでしょうか?

「私の専門である女性学を例に出すと、フェミニズムのことを“男女平等思想”と言った時代があった。“平等”という言葉を使うと、到達すべきゴールがあるかのように思えますよね。

これの一番短絡的な理解の例が、男性が『そうか、男女平等ということは、キミたち、ボクらのようになりたいんだね、だったら女を捨ててかかってこい』という受け取り方。これが男女雇用機会均等法でした。

だけど、女は男みたいになりたいわけじゃない。 違いを無くしたいとは思わないし、無くすこともできない。“平等”とは、違っていても差別されない権利を求めることです。

だから、フェミニズムは、弱者が強者になりたいという思想ではなく、弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想だと言ってきたんです。

そこから、“女性解放思想”という言い方が登場してきた。この“解放”という言葉だと、何を解放するかは自分にしか決められないし、解放の先には決まったパターンもない。つまり、自分を縛っているものからの“自由”を求めたということです」

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「この“自由”こそが私の原点。自由にはモデルがない、そう考えたら世界は、今までもそうだったけど、ますますアンプレディクタブル(予測不可能)になっていくと思います」

――まさに“正解のない問いに満ちた世界”ですね。

「予測不可能な社会では、何が自由なのかということは決まっていないし分からない。だけど、決まったモデルがなくても、自分が今、自由かどうかは感じることができます

それは何者にもしばられないし、人の顔色を見る必要もない。判定者は自分自身しかいないんです」

親が考えている親にとっての“自由”と、子どもにとっての“自由”は違う。これは、“幸せ”という言葉にも当てはめられるかもしれない。

予測不可能な未来、人それぞれの自由が阻害されることなく、強者と弱者が差別や支配にとらわれることなく、ひとりひとりが尊重し合って、つながりながら生きていけたらいい。

子どもはもともと、多様性の中を自由に生きていける。自分の先入観や思い込み、差別意識を自覚しながら、子どもの問いや疑問を歓迎し、肯定していくこと。できるだけ多様な環境や、多様な人々と触れ合う経験を与えてあげること。

未来のより良い多様な社会への第一歩は、子どもひとりひとりが、のびのびと“自分自身を形づくっていくこと”なのかもしれない。

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家庭ではこう教えたい「多様性」

子どもが自分なりの価値観を見つけられるような、

多様性にふれる環境や機会を与えよう


<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

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