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「知的好奇心は学力を伸ばす礎になる」図鑑は育脳の土台【脳科学者 瀧靖之】
図鑑は読んでいる時の楽しさだけではなく、生涯にわたり健康な脳を育むために重要な「知的好奇心」を育むといいます。東北大学加齢医学研究所 教授の瀧靖之先生に、図鑑はなぜ知的好奇心を育むのか、また、なぜ私たちが幸せに生きるうえで知的好奇心が重要なのかについて聞きました。
「子どものために図鑑を買った」「図鑑を読むのは子どもだけ」という方は少なくないのではないでしょうか? 知的好奇心を伸ばす図鑑は子どもの脳の発達はもちろん、私たち保護者の脳も健やかに保つ可能性を秘めているそう。
多数の図鑑の監修を務め、「図鑑が私を医者にしてくれた」と話す東北大学加齢医学研究所 教授の瀧靖之先生に、脳科学的な観点から図鑑の魅力を教えてもらいました。
図鑑は「知的好奇心≒学力」を伸ばす最初のきっかけ
――瀧先生は脳の機能を高めるツールとして図鑑の活用を勧めていますが、写真やイラストが豊富な図鑑を読むことで脳はどのような働きをするのでしょうか?
図鑑がなぜよいのか。一言で表すならば知的好奇心が伸びやすいからということに尽きます。なぜ図鑑が子どもたちの知的好奇心を伸ばすのか、そして知的好奇心が伸びるとどのようなよいことがあるのか、順番にお話をしますね。
まず、子どもたちが何かに興味関心を持つしくみは、単純接触効果と言われていて、見たり、聞いたり、食べたり、会ったり、頻回に接触することでその対象に興味関心が持てるようになるのです。
親しみを高めるためには、まずは一度図鑑などで接触し、さらに何度もその図鑑を見ることで単純接触効果が高まっていくのです。図鑑を見て本物を見に行く、あるいは本物を見てから図鑑を見ることで単純接触効果が増強されやすいサイクルが作られるというわけです。
――子どもたちの身近にあるものだと、よりそのサイクルを作りやすそうです。
もう一つ、大事なことがあります。それは流暢(りゅうちょう)性効果というもので、私たちは何も知らないことよりも、ほんの少しでも知っていると、その対象に対して興味関心が湧きやすいということです。
たとえば、白いチョウが飛んでいたとして、何も知らなければ「白いチョウが飛んでいるな」という感想で終わりじゃないですか。でも、白いチョウといってもモンシロチョウやスジグロシロチョウ、モンキチョウのメスなど実際にはたくさんの種類があり、興味を持っていれば「これは何だろう?」と関心が湧きやすい。
少しでも知っていることがあれば、興味が広がり次につながる。世の中に興味関心を持つ最初のきっかけとなるのが、まさに図鑑なのです。
――図鑑なら季節や場所を問わず、自宅にいながら、いろいろなものを見せてあげることができますよね。知的好奇心を育むことの重要性についても教えていただけますか。
知的好奇心とは、「多少の困難を伴ってでも対象のことをもっと知りたい」と思う気持ちのことです。
たとえば、私は趣味で釣りをするのですが「この場所、この棚の深さ、このエサをつければこの魚が釣れるはずだ」と思いながらやるものの、まぁ釣れない(笑)。
ゲームではないので、そこに行けば絶対に釣れるなんてことはありません。そうすると「エサが悪いのか、時間帯や天気がよくないのか……」と試行錯誤することになります。釣り糸を垂らして簡単に釣れるばかりではおもしろくありませんしね。
このように、何の苦労もせずに得られるものより、苦労してでももっと知りたい、もっと体験したい、もっと上を目指したいというものが知的好奇心なのです。
端的に言うと、それは勉強そのものなんですよね。実際に、知的好奇心は学業成績と相関があるという報告がいくつもあります。
――瀧先生も多趣味で知的好奇心が旺盛な印象です。
アウトドア全般好きですね。会社の経営者などトップにいらっしゃる方は、みなさん忙しいにも関わらず知的好奇心旺盛です。
「一芸に秀でる者は多芸に通ず」という言葉がありますが、一つのことに熱中できる人は他のことにも熱中できるんですよ。つまり、ハマり方を知っているんですよね。
――知的好奇心は小さい頃の方が育みやすい傾向にあるのでしょうか?
「周りからの誘惑が少ない」という言い方が正しいかもしれませんね。
ここで大事なのは、子どもは大人の模倣でいろいろな能力を獲得するということ。3歳の子どもなら、たった3年間しか世の中を知らないので、世界には楽しいことがたくさんあることを知っているはずがない。
子どもは自分の経験の中でしか見つけられないので、大人が楽しむ姿を見せて一緒に取り組み、ハマり方を教えてあげることが大事だと思います。
知的好奇心を伸ばす図鑑デビューは2、3歳が効果的
――子どもの脳の発達に合わせて、効果的に図鑑を取り入れる方法を教えてください。
子どもも大人も、脳には可塑性といった変化をする力があるため、いつから何を始めてもきちんと能力が伸びることは確かです。
ただ、よりよいタイミングというものも存在します。たとえば語学力は8歳から10歳ごろに最も伸びやすいと言われているように、脳の発達には臨界期と呼ばれるものがあるのです。
知的好奇心を伸ばすのであれば、なぜなぜ期といわれる2歳から3歳くらいがよいと思います。この時期の子どもは、自分と他者は、気持ちや感情も含めて異なる存在だということがわかってくるのです。つまり、世の中と自他の区別がつくようになるのですね。
自分の周りに興味を持ち始めるこの時期に図鑑を取り入れてあげると、すごくよいと思いますよ。
――2、3歳以前にできることもありますか?
脳の発達の全ての土台になるのは愛着形成です。できるだけ温もりを感じさせ、笑顔でたくさん話しかけてあげてください。
生後半年から2歳くらいになると母国語の獲得のピークを迎えると言われています。絵本の読み聞かせと一緒に図鑑をたくさん見せると、単純接触効果で好きになる可能性が高まるでしょう。
――図鑑と本の違いでいうと、特に子どもは絵で見る方が理解しやすいですよね。
たとえば小説を読むときは、文字から心象風景を描きます。テキストから自分の頭でイメージを作り上げなければならないのが、いわゆる小説などの本です。
子どもたちは世の中で積んでいる経験が非常に少ないので、心象を作り上げるのが難しい。そのため図鑑や絵本などからイメージを作る経験が必要なのです。
――小学生以上になると、調べものをする際にインターネットを使う子も多いと思いますが、図鑑を使った調べものならではのよさはありますか?
どちらのよさもあるといえますが、私たちは何かを覚えるときに、周辺の様々な情報と共に覚えるんですよ。図鑑の質感、重さ、ページをめくった時の感触など物理的な情報とともに覚えるので、記憶に残りやすいとされています。
また、ネットサーフィンでは興味が拡散しやすい一方、図鑑は自分で考えながらキーワードやページを探る必要があり、知識が深まりやすいと思いますよ。
前頭前野は思春期くらいになってからピークが訪れるため、子どもは大人以上に我慢ができなくて当然です。ネットの世界には興味を引く誘惑が多いですが、図鑑であれば芸能人のゴシップネタが飛び込んでくることもありません(笑)。子どもであれば余計に図鑑サーフィンはよいと思います。
図鑑は脳を健康に保ち、家族を幸せにする
――図鑑を読んで本物体験を回すサイクルをつかむ他、保護者ができることはありますか。
大事なのは会話です。表情、しぐさ、声の抑揚……私たちは会話というコミュニケーションを通じてただ言葉を投げかけているのではなく、感情を伝えています。感情認知や表情理解、言語、社会性、共感性など、脳のありとあらゆる領域を使う会話はとても大事なものです。
親子の会話の頻度は将来の学業成績につながるともいわれています。ここで重要になってくるのが共通の話題なんですよね。
アウトドアが共通の趣味ならどうやってオニヤンマを捕まえるかを話したり、星を見たり、山に登ったり。一緒にスポーツをしたり、一緒に楽器を演奏したり、共通の話題が生まれれば何だっていいのです。
親子で共通の趣味を持つことで、2倍、3倍、4倍と会話が広がっていくのでとてもおすすめです。
――だからこそ、その入り口として保護者が楽しんで図鑑を読むことが大事なのですね。瀧先生もお子さんと共通の話題があるのでしょうか?
息子が1歳半の頃から一緒に虫を捕まえに行っていましたし、スキーや釣りなどのアウトドアを一緒に楽しむ他、ピアノの連弾もしました。ピアノは息子の方がミスが少ないです(笑)。最近は一緒に勉強していますが、一緒にやるってすごく幸せなんですよ。会話が本当に尽きないんですよね。
――子どもが中高生になってから同じ趣味を作るよりも、小さい頃に図鑑で共通の興味関心を見つけて趣味に発展させることの方が簡単そうです。「図鑑は子どものため」と思っていましたが、よりよい親子関係を築くツールでもあるのだなと。
図鑑は家族全員を幸せにしますよ。
それというのも、知的好奇心を伸ばすことで、コグニティブ・リザーブといって将来の脳の健康の維持が保たれることが分かっています。いろいろなことに興味関心を持つことは子どもの脳の発達はもちろん、私たち大人が生涯にわたって健康な脳を保つうえでも重要なのです。
図鑑を読むことで知的好奇心が広がり、結果として学力が伸びる。学力は自己実現や職業選択をするうえで邪魔になることはありません。その学力の土台を作るのが図鑑なんですね。
私自身、図鑑があったからこそ今の自分があると思っています。
――瀧先生は子どもの頃、どのように図鑑を読んでいたのですか?
最初はチョウが好きだったので、朝から晩まで、ご飯を食べながらでもチョウの図鑑を読んでいました。カラーコピーもない時代でしたから、図鑑を切り抜いて並べたりして。
――ご両親に止められることはなかったのですか。
全くありませんでした。あまりにも図鑑がボロボロになったので2、3回同じ図鑑を買い換えてもらったと記憶しています。
それから幼稚園児の頃、父の部屋に分厚い百科事典があって、これもよく読んでいたんです。それをきっかけに小中学生の頃には単純接触効果と流暢性効果で自然科学が大好きになって。
結局、自然科学を極めると医学になるわけで、図鑑が私を医者にしてくれたと思っています。
子どもたちには機会を与えてあげることが大事なんですよね。好きなものを見つけるまで少し伴走してあげれば、子どもは走り出しますから。そのあとは背中をゆっくり押してあげればいいと思います。