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【金由梨】LGBT先進国の多様な家族のかたち
子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、オランダに住む国際カップル、金由梨さんとベネッサさんに話を聞いた。
日本では同性での結婚が認められていない。そしてそれは、世界の主要先進7カ国(G7)の中で日本だけ。この事実を知っている日本人はどれだけいるだろうか。
地方自治体が独自の証明書を発行するパートナーシップ制度は2015年の東京都渋谷区を皮切りに全国に広がっているが、法律で結婚できないということは、パートナーや子どもは、結婚した家族に与えられる法的保護、税金や社会保障上の権利や給付から排除されるということになる。
もし今後、自分の子どもが同じような立場に遭遇したら、どうしたらよいか。何も知らないでは済まされない。世界では、同性愛者をはじめ、LGBTについての認知や理解が大きく進んでいる。
ママが2人の家族も“ふつう”
同性での結婚が法的に認められていない日本。それでも近年は、「LGBT」への認知が広まってきている。
Lesbian(レズビアン/女性同性愛者)
Gay(ゲイ/男性同性愛者)
Bisexual(バイセクシュアル/両性愛者)
Transgender(トランスジェンダー/性別越境者)
LGBTとはこれらの頭文字をとった単語で、セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称のひとつとして使われている。
日本では、自身のセクシュアリティを公表する芸能人や著名人も見られるようになった一方で、両親や友人など、周囲から理解してもらえず苦しんでいる人々や、学校や職場での差別やいじめ、性的指向や性自認を本人の同意なしに第三者に暴露してしまうアウティングの被害も問題視されている。
2018年には、LGBTやその他のセクシュアリティを持つ人々は人口の8.9%という調査結果が出た。これは、約11人にひとり、左利きの割合とほぼ同じで、2015年の7.6%から増加している。
最近では、LGBTという特定の性的少数者という見方ではなく、みんなそれぞれにある「Sexual Orientation Gender Identity:性的指向、性自認」という意味のSOGI(ソジ)という新しい概念で語られることもあり、「男性」「女性」の垣根を超え、すべての人が当事者となり、自分らしいセクシュアリティを生きることが当たり前の社会が目指されていくだろう。
「どんなセクシュアリティの人でも、びっくりするほど特別扱いされないのがオランダ。家族の形もさまざまだし、私たちのようにママが2人の家族も社会の中で“ふつうに”生活しています」と話すのは、オランダで2人の女の子を育てる金由梨さん&ベネッサさん。
セクシュアルマイノリティをとりまくさまざまなトピックについて、世界一LGBTに優しい国と言われるオランダについて教えてもらった。
ハーフでLGBT、移民で国際結婚の私
――オランダといえば、LGBTフレンドリーで知られ、世界で一番最初に同性婚が認められた国ですね。
「2001年に同性結婚法が施行され、2005年の国勢調査では5万3千もの同性カップルがいることが分かり、そのうち9%が以前の異性結婚でうまれた子どもや生殖補助で同性パートナーとの間にもうけた子どもと暮らしていました。
オランダは戦後すぐに、世界で初めてLGBT運動をはじめ、同性婚が認められるまで約50年かかっています。私たちは無視されたり追いやられたりするような存在ではなく、たまたま同性を好きになっただけ。そんなふうに当事者が声をあげ続けたことで、今の色とりどりの多様な国ができた。
欧米や日本をはじめ、世界の主要都市で開催されるセクシュアルマイノリティのプライドパレードも、オランダでは最大の都市、アムステルダムで毎年夏に開催され、約50万人が集まっています」
韓国と日本のハーフであり、レズビアンである金さんは、オランダにくるまでは、人種と性別の2つのカテゴリーでマイノリティとして生きることに苦しんだこともあると語る。
「日本にいたとき、特に思春期は在日韓国人でレズビアンである自分を強く意識していて、『ダブルで終わってるなー』くらいに思っていました。
小学校3、4年生くらいから、かっこいい男の子の話題に興味がわかなかったり、小学校高学年になると自分の体に違和感が出てきたりして。私が小さいころはまだ日本にLGBTに関する情報が全然なかった時代で、それでも、雰囲気で私はみんなと違うんだと感じていた。
親に『女の子らしくしなさい』と言われたり、学校では『オトコオンナ』とからかわれたこともあって、周囲に理解されないなら隠さなければいけないと思っていました。
大人になってからは、さまざまな嘘をつき続けることが精神的な負担だと思ったので、家族や友人、職場ではカミングアウトしていましたが、それでもどこかで壁をつくっていた気がします」
――そんな日本での生活から、金さんがオランダに来たときはどうでしたか?
「2010年にオランダの大学院に入学しましたが、私のコースは145名で、その出身国は35か国にものぼる多国籍クラスでした。結婚してるの?という質問に『彼女がいるんだよ』と答えると『あ、そうなんだ。彼女はオランダ人?』と、ふつうに会話が進んでいくことが居心地がよかった。
だからこそ、オランダ人は『私は同性愛者です』という言い方はせず、『妻がいる』『ガールフレンドがいる』と言います。それは、同性愛者がいてふつうであるという周囲の理解や、現に社会の一員として生活しているという事実があるからこそ。
オランダは数十年にわたって移民を受け入れてきた国であり、現在もあらゆる国から短期的、長期的に滞在する人たちがいます。さらに、LGBT運動の歴史が長いことや、宗教や人種、性別などの差別が憲法によって禁止されていることから、多様な価値観を受け入れ、共生することは国民にとって当たり前のこと。
自分はその多くの人たちの一人に過ぎず、自分が『背負っていた』(と思っていた)在日韓国人やレズビアンというラベルは、この国にいる限りは、メリットでもデメリットでもないということを実感したんです」
――ベネッサさんと結婚をされたときも、スムーズだったんですか?
「2010年にアメリカのワシントンDCでベネッサと結婚し、翌年、彼女がオランダに引っ越してきたときには、アメリカで発行された結婚証明書を市役所に提出する必要があって。
ドキドキしながら『あの~、同性結婚なんですけど』と書類を出したところ、『?』という表情をされ、『同性でも異性でも書いていただく書類は一緒ですが?』と。
同性愛者だからといって特別扱いはないですよ、と正された気がして、恥ずかしく思った記憶があります」
――LGBTに対して、オランダは国の法律や制度としてはどんな配慮がなされているんですか?
「私もベネッサも、お互い子どもがほしいという気持ちがあり、オランダ人の友人が精子を提供してくれました。私が35歳のときに、妻と精子提供者である友人とともに病院で生殖カウンセリングを受けて体の状態をチェックし、タイミング法から妊活をスタート。
オランダでは、このような生殖医療は異性カップル・同性カップルともに保険でカバーされていて、金銭的な負担がほとんどありません。
さらに、結婚制度だけではなくパートナーシップ制度を選ぶ同性カップルもいますし、養子縁組をして、子どもをむかえるカップルもいます。
また、セクシュアリティだけでなく人種や年齢などの多様性を尊重しあうことを重視した『ダイバーシティ&インクルージョン』を理念に掲げる企業では、社内のトイレひとつとってもすべての人が入れるという意味の『Inclusive』『All gender restroom』と書かれた標識が基本です」
多様性の中での子育て
オランダは日本の九州地方くらいの大きさの小国でありながら、多様な人種が集まる移民大国であることでも知られている。金さん&ベネッサさん家族が住むアムステルダムは、約190以上の国籍の人々が生活しているのだそう。
「長女の通う保育園には0歳から4歳までの約15人の子どもたちがいます。その中で、両親ともオランダ人の子どもは約半分。
そのほかは、ドイツ、スペイン、ポルトガル、フランス、アルゼンチン、エジプト、ブラジルなど本当にいろいろです。パパとママの国籍が違う家族も多くいます。
私たちがどちらも移民でレズビアンの婦婦(ふうふ)であることについても、ほとんど何も聞かれなくて逆に肩透かしを食らったくらいで(笑)。それくらいオランダは、個人の多様な価値観や文化を尊重し、平等に接することが当たり前だという共通認識と、それを支える制度があるんです」
さまざまなセクシュアリティ、さまざまな国の人々がマイノリティとして分断されずに生きていけるオランダの社会。日本はどうだろうか?
男性は女性を、女性は男性を好きになるのが“ふつう”で、男性と女性が結婚するのが“ふつう”、パパとママはひとりずついるのが“ふつう”。子ども自身や、友だちやパートナーがセクシュアルマイノリティであった場合、どう思うだろうか。私たちの思う当たり前は当たり前ではないということを、改めて実感させられる。
シンプルに答えることが大切
「どうしてママが2人なの?」
保育園に通う娘さんが、クラスメイトに聞かれた質問だ。娘さんは「ママ(ベネッサさん)とお母さん(金さん)がいるから、2人なんだよ」と答えたそう。
金さんが、このクラスメイトのお母さんにそのことを伝えると、そのお母さんはこう言ったそうだ。『分かった。由梨とベネッサが結婚したから、ママが2人なのよって言っておくわ』。
――そのお友だちが娘さんに質問したのは、「どうしてパパがいないの?」というニュアンスですよね。
「そう思ってそのお友だちのママに言ってみたら、『でもそれを言うと、彼女に“ふつうは”ママとパパがいるものだと思わせちゃうから、それは避けたいの』と。いろんな家族がいることを教えたいって。
私自身が、自分で自分の家族を“ふつうじゃない”と決めつけていたんだと恥ずかしくなりました。子どもに聞かれたことに対して、説明をすればするほど親が培ってしまった偏見を子どもに植え付けてしまう。そうではなく、シンプルに答えることが大切なんですよね」
ほかにもオランダでは、幼稚園や保育園、小学校から絵本などの教材を用いてLGBTについて子どもに教えるケースもあるのだそう。『パパが2人の家族もあるし、ママが2人の家族もある』といった多様な家族の例を見せながら、さまざまな「色」や「形」の家族があり、そのどれもが特別であることを伝えることができる。
ジェンダーバイアスが子どもを苦しめる
金さんとベネッサさんが子育てにおいて気をつけていることは、「男らしさ」「女らしさ」のジェンダーバイアスを子どもに植え付けないようにすること。
「オランダの病院でさえ、女の子が産まれるとピンクの帽子、男の子だと青の帽子をかぶせられます。最近は親御さんの気持ちを配慮してか、青とピンクの縞々だったりします。うちも長女、次女ともに、縞模様でした」
ベネッサさんは、おもちゃにも男女の違いがはっきり出ていると話す。
「おもちゃ屋さんで見るのは、男の子は乗り物系、女の子は家事系です。アメリカや日本、ヨーロッパでは特にそういう傾向があるように感じます。今は娘に粘土を与えていて、日本ならではの凧やけん玉などのおもちゃは男女差がなくて素敵だと思います」
そのほかにも、絵本はかなり吟味して買っていると金さん。特に長く読まれているクラシックな絵本は、登場人物の多くが男の子のため、あえて「He」を「She」におきかえて読み聞かせをしているのだそう。
LGBTの人々の中でも、小さいころにこのような男性や女性の枠組みに苦しんだり、悩んだりする人がいる。女の子なのにスカートを履きたがらない、男の子なのにピンクが好き…そこで親が“らしさ”を押し付けてしまったら、子どもは傷ついてしまう。子どもをひとりの個人として向き合い、尊重する姿勢が大切であると気づかされた。
日本でも認知が広まってきている
「日本に滞在中、実家の近くの幼稚園に長女を預けています。通う前に園長先生と面談する機会があったので、私たち家族のことを伝えたら、『今の時代はいろんな家族がいますから』と、オランダからやってきたレズビアンの両親に、驚きもしませんでした」
「インターナショナルスクールではなく、ふつうの区立の幼稚園ですよ。すごくびっくりしました。よく聞いてみると、その幼稚園は、中国人のママがいたり、アメリカ人やイスラエル人の子どもたちがいたり、多文化なクラス構成でした。
ほかにも、お迎えのあとに近くの公園で遊んでいたら他のお母さんたちが話しかけてくれたり、良い意味でふつうの反応。日本も変わってきているんだなと感じました」
日本では、法の整備や社会的な認知・偏見の問題はまだまだありつつも、事実、セクシュアルマイノリティやその家族は社会の中に存在し、日々生活している。それぞれのあり方や生き方を、オランダの人々のように良い意味でも悪い意味でも“特別扱い”しないことが、私たちが今すぐにできることなのだと感じた。
恋愛も、家族の形にも正解はない
海外に行ったから分かったこと
「私たちは今は、娘のことを“娘”だと思っているけれど、大きくなって彼女が何かを感じる時がくるかもしれない。でも、それでいい。オランダでさまざまな人々と関わる中で、性別や人種をはじめ、その人の“いち属性”は『何でもいいじゃん』と考えるようになりました。
海外での経験や、外国人の友だちと会話することが、自分のアイデンティティに新たな視点を持つきっかけになります。そして誰もがみんな、自分たちの国を出て世界のどこかへ行けば、どこかでマジョリティーに、またはマイノリティーに属する経験をするはず。
だから、親としても、同調圧力に負けず、未来に受け継がない方がいい固定観念や偏見からは解放されたいですね」
“自分はふつうじゃない”を子どもに背負わせない
――“多様化”といわれる現代ですが、親が、子どもに対してどんな姿勢でいるとよいと思いますか?
「まずは、親自身が、LGBTやセクシュアルマイノリティの人たちは、『好きな人が同性というだけで何も変わらない』という価値観を持つことじゃないかと思います。
親がそういう姿勢でいると、子どもが同性を好きになったりすることについて『いけないことなんだ』『隠さなきゃいけない』と思わずに済みます。
隠すということは、自分たちが“ふつうじゃない”と認めることになるし、周囲に知られないままでいるということは自分たちのような人たちがいないということになってしまうので、悪循環なんです」
――子どもが親に話しやすい関係を作っておくということですね。
「まずは、どんなことでも聞いてあげること。すぐに受け入れられなかったとしてもです。子どものありのままは変えられないから、『どうしてそうなったの?』と聞いたり、むりに変えようとすることに意味はありません」
金さんは、10代後半で母親にカミングアウトをしたときに、すぐには受け入れてもらえなかった経験があるという。子どもをとりまく環境は、家庭以外にも、学校や地域とさまざまだけれど、本来一番身近な存在であるはずの親が、子どもの心にとってもきちんと身近でいることが大切なのだ。
「親に、自分のセクシュアリティについてひとつ嘘をつくと、ずっとつき続けなければいけなくなる。そうすると、自然と心の距離は遠くなっていきます。
だけど、親が一番近くで受け入れ、見守っていてくれていたら、そのほかのどんな相手とでも、溝をつくらずに接することができると思うんです」
ベネッサさんは、子どもたちの“自由の権利”が何よりも大切だと語る。
「親が決めたこと、買い与えた物ではなく、子どもが自分で興味のあるものを見つけて、選ぶこと。男か女か、マジョリティかマイノリティかは関係ありません。子どもたちが、自分のセクシュアリティや気持ちに自由に生きられることが私たちの幸せです」
他者との違いを当たり前のこととして受け入れることができているか、子どもに“ふつう”を教えていないか。
親である私たちは、今一度、問う必要がある。
性別やセクシュアリティはその人のひとつの側面に過ぎず、いくら法律で認められていないとしても、多様な価値観や文化を持つ人々は、事実、私たちと同じ社会に生き、暮らしている。
恋愛や家族の“ふつうの形”にとらわれず、子どもたちの多様な幸せを理解し、喜べる存在でありたい。
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受け入れられなくても、まずは聞く。
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<取材・執筆>KIDSNA編集部