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【わかることはおもしろい】図鑑コレクター・斎木健一に聞く図鑑の世界
2000冊を超える図鑑に囲まれたデスクで、千葉県の植物や中生代の植物などについて研究を進める図鑑コレクターの斎木先生に図鑑の魅力や歴史、デジタル化する図鑑、子育てへの図鑑の取り入れ方について聞きました。
本屋さんに並ぶいくつもの図鑑を見ると、図鑑の人気がうかがえます。実際に、2020年の一年だけでも251点もの図鑑が発行され、その推定発行部数は126万部にのぼるそう。シリーズ累計で数百万部を突破する図鑑もあります。
図鑑はなぜここまで子どもたちに読まれているのか――TBS系テレビ番組『マツコの知らない世界』で、“図鑑の世界”の案内人としての出演も果たした、千葉県立中央博物館 主任上席研究員の斎木健一先生のお話から図鑑の魅力に迫ります。
図鑑コレクターに聞く、子どもの世界を広げる図鑑の魅力
――いつから図鑑を集めるようになったのですか?
小学生になると毎月1冊本を買ってもらえるようになり、『ファーブル昆虫記』から始まって、昆虫から化石、両生類・は虫類といろいろな図鑑を手に入れました。
子どもの頃は図鑑が好きというよりも昆虫が好きで、生き物のことを知りたくて図鑑を買っていたんですよね。
大学では植物系の化石研究をしていたので植物図鑑は買っていましたが、図鑑の数がぐっと増えたのは子どもが生まれてから。子どもと外で遊ぶ中で「魚を捕らせてやろう、鳥も見せてやろう」と思っても、知識がないからわからない。知識を得るために、それぞれの図鑑が増えていきました。
さらに本格的に集めるようになったのは、2014年に「図鑑大好き!〜ダーウィンからはじまる100の図鑑の話〜」という企画展を行ったことがきっかけです。
明治時代の図鑑などを展示するために、古本を探し収集しました。ちなみにほとんどが私物です(笑)。企画展の準備を進める過程で、図鑑の歴史や一冊に込められた思いを知り、図鑑自体のおもしろさに気付きました。
――斎木先生は図鑑の一番の魅力は何だとお考えですか?
目の前にあるものの、知らなかったことがわかることです。
道を歩いて花を見つけても、知らなければ“ただの花”に過ぎません。しかし名前や生態、歴史、生き延びるための工夫などを知り、“わかる”ことはおもしろいですよね。
図鑑には2種類あり、一つは「名前を知るための図鑑」。もう一つはバックグラウンドを含めた「それがどんなものなのか知るための図鑑」です。
同じテーマの図鑑が何冊あってもいい
――数多くある図鑑の中から、どのように子どもに合う図鑑を選べばよいのでしょうか。
当然子どもによって違うので、子ども全員に向けて「この図鑑がいい」というものはありません。ではどうすればよいのかというと、子どもを見るんですよ。子どもが自動車好きだったら車の図鑑を、電車が好きだったら電車の図鑑を買えばいいと思います。
子どもが何に興味があるかわからなければ、図書館や本屋さんに連れて行くといいでしょう。子どもが手放さない本があったら、それは子どもの興味があるものです。
――図鑑を通じて様々なものに興味を持ってほしいからと、いろいろな図鑑を買い与えることについてはどうお考えですか。
「いろいろなものに興味を持ってほしい」というのは、ある意味で無理強いなんですよね。
子どもが興味を持ったものを好きになってもらって、図鑑を読む習慣をつける方が、その後の興味は広がりやすい。だから昆虫の図鑑ばかりが5冊あったっていいし、鉄道の図鑑ばかりが5冊あってもよいのです。
――同じ種類の図鑑が複数冊あってもいいというのは、それぞれの図鑑で特色や切り口が異なるためでしょうか?
そういう場合もありますし、たとえば昆虫図鑑の後にクワガタ虫やチョウチョの図鑑を欲しがるパターンもあります。
親子で本屋さんに行っていくつか図鑑を選んでいくうちに、だんだんと高度な図鑑を選ぶようになるわけです。図鑑のバラエティーは広がらないかもしれませんが、深くはなる。
――子どもが自主的に図鑑を選べる年齢というと、0歳児の赤ちゃんにはまだ早そうですね。
図鑑は何歳から読んでもよいのですが、0歳だと親が読み聞かせすることになりますよね。
絵本図鑑のようなものもありますから、親が楽しく読み聞かせてあげるといいでしょう。たとえば『おすしの図鑑』。
「あかいおすし」が次のページではどんな魚からできているのかを紹介しています。「お寿司って、泳いでいる魚を捕まえてできているんだ!」ということがわかる。
繰り返しが絵本の基本ですが、その次のページでは、「白いおすし」や「ひかるおすし」「そのほかのおすし」がどんなものからできているか絵で見てわかるというわけです。つまり、お寿司というものがどういうものかわからない子どもが見ても、この本を読めばわかる。これも図鑑なんですよ。
――こういった図鑑もあるのですね!
図鑑には決まった定義はなく、個人的には物の絵や写真が並んでいて、それぞれに説明があれば広い意味で図鑑ではないかと思っています。
この本の場合は、解説が絵というわけです。画期的な図鑑ですし、私の大好きな一冊です。
紀元前から現在まで紡がれる図鑑の歴史
――本屋さんに行くとさまざまな種類の図鑑が並んでいて、近年は「図鑑ブーム」といわれることもありますが、なぜ今ブームとなっているのでしょう。
近年の図鑑ブームの火付け役は2009年に刊行した『くらべる図鑑』(小学館)と言われています。子どもに接していると「何が一番?」といった質問が多いので、大きさ、小ささ、速さなどに焦点を当てたこの図鑑は子どもの心理をついていると思います。
実はそれ以前にも図鑑ブームがあり、その時は学校の図書室が大きな影響を与えました。図書館にある図鑑を学校で読んだ子どもが、家でも読みたいからと家庭で図鑑を買うようになったのです。
しかし、昔の図鑑は活字の空きスペースに画像を差し込んでいたため、自由度が低く、どちらかといえば大人のための図鑑が多かった。
その時のブームが落ち着きを見せ、今のブームに繋がるようになった要因にはDTP(Desktop Publishing:パソコン上で印刷物のデータを制作すること)によって、写真やイラストを本の中で自由に扱えるようになったことが大きいでしょう。カラーの美しい画像を自由に配列できるようになり、視覚的に楽しめるようになったのです。
そしてムック本(magazineとbookの中間の本)が増え、薄くて軽い子どもの手に取りやすい図鑑も増えました。つまり、難しいことはわからなくてもパラパラとめくっていれば大体のことがわかる図鑑が増えたということですね。
――図鑑の歴史についても教えてください。図鑑はいつからあるのですか?
図鑑は元々、薬草を探すために作られ紀元前から存在しました。
自然界の中でいつも食べている物は改めて調べなくても、親から聞いてよく知っているので文書に残す必要はありません。ところが、薬草を使う時は非常時です。滅多に使うことはないし、間違えると意味がない。そのため、薬になるものを記録することは命に関わる大事なことだったのです。
紀元前500年頃に図鑑ができて、その後、1596年に『本草綱目(ほんぞうこうもく)』という実用的な図鑑が中国で出版されました。この『本草綱目』は、幾度も改良を重ね今でも使われています。
『本草綱目』は日本にも入ってきたのですが、生えている植物が違うのであまり役に立たなかった。そこで日本の植物を調べて1700年頃に作られたのが『大和本草(やまとほんぞう)』です。葉脈のパターンまで正確に描かれており、今のものと比べてもよくできている図鑑です。
――植物図鑑といえば、朝ドラをきっかけに牧野富太郎博士も話題になりました。
牧野富太郎は西洋の考え方に基づいて日本の植物を調べ上げ、かなり網羅した図鑑を作り上げた人物ですね。
――薬草を始めとした植物に図鑑の起源があったのですね。
『大和本草』も基本的には薬になるものについて記していますが、時を追うごとに「ただ調べたい」という欲求を元に図鑑が作られるようになります。
たとえば虫の図鑑。虫はほとんど薬になりませんが、非常に再現性の高い図鑑が作られました。明治の始めに作られた蝶々図鑑も美しいです。この頃を始めとして、どんどん「趣味の図鑑」が作られるようになったのです。
デジタル時代の図鑑はもっと便利に
――そうして今、私たちが親しんでいる図鑑に至ると。図鑑コレクターの斎木先生は「図鑑のこれから」について、どのように進化すると考えていますか?
やはりデジタル化の影響は大きいです。
スマートフォンで撮影して名前を同定できる図鑑アプリがあるのですが、おそらく、こういったアプリでおおよその名前を調べて後から図鑑で確かめるという方向に進んでいくでしょう。
――画像解析の精度は高いのでしょうか。
無料アプリよりは、専用のものの方がやはり精度は高いです。魚、鳥、昆虫、野生動物などさまざまな図鑑アプリがありますが、中でも精度が高いのが植物。その理由はAIに学習させる画像データが膨大にあるためです。
紙の植物図鑑で調べる時に難しいのは、おおざっぱな分類にたどりつけないところなんですよ。たとえばアブラゼミだったら“セミ”の仲間だと見ればわかりますが、植物の場合はそれがわかりません。
そんな時にこうしたアプリである程度同定できれば、その後も調べやすいですよね。
後編では、植物図鑑監修者である斎木先生に、親子で楽しみながら植物に触れ合うためのアイディアや、フィールドワークと図鑑の上手な活用方法についてお話いただきます。