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子どもの探究心を育むために大人が忘れてはいけないこと【前編】
IQや学校のテストのように数値化できる認知能力に対し、数値化しにくく、人間力や生きる力とも呼ばれる「非認知能力」。幼児教育の分野で注目を集めるこの能力は、どのように身に付けていけばよいのだろうか?第2回目は、昨年12月に『探究する学びをつくるー社会とつながるプロジェクト型学習』を上梓した一般社団法人 こたえのない学校代表理事の 藤原さとさんに話を聞いた。
人の目を気にしてやりたいことを諦めたり、本当の気持ちに蓋をするような「誰かの期待に沿った他人の人生」ではなく、自分の子どもには「自分の人生」を歩んでほしい。多くの保護者がそう願うのではないでしょうか。
人間力とも呼ばれる「非認知能力」は、子どもの人生を切り拓く力になるはずです。
非認知能力とは、意欲や協調性、クリエイティビティ、コミュニケーション能力、諦めない力など、数値化できない人間の持つさまざまな力のこと。
そんな非認知能力の要素のひとつに、「探究心」があります。
今回は、「こたえのない学校」を立ち上げ、小学校や幼稚園・保育園、学童などの先生たちに「探究する学び」のつくりかたを伝えている藤原さとさんに、幼児期に探究心を育むことについて話を聞きました。
“普通の母親”が探究に出会い学校を立ち上げ
――「こたえのない学校」の立ち上げの経緯と、プログラムについて教えてください。
私は教師ではない、普通の母親でした。政府系金融機関を経て、メーカーで海外アライアンス、新規事業立ち上げなどを行い、長女出産後はヘルスケア領域のコンサルタントとして医療機関再生、海外への医療輸出プロジェクト、製薬企業へのアドバイザリーなどに従事していました。
しかし娘が保育園に通っていたころ、ママ友たちとの話をきっかけに「こたえのない学校」を立ち上げることに。
当時、その友人とさまざまなアイディアを出し合い、仕事を楽しんでいる大人と子どもを繋ぐようなことをしたらおもしろいかもしれない、と考えました。しかし、大人が子どもにただ話を聞かせるだけでは子どもは喜びそうにありません。
そこで、既存の教育から活用できそうなフレームワークはないか探したところ、「探究」という言葉に出会ったのです。
「探究」という言葉を、今の教育の文脈で使われているような意味合いで最初に定義したのは、米国の哲学者チャールズ・パースです。
パースは「真理というものは探究をつづけることによって見出される信念であり、永遠に問い直されるもの」だと言いました。また、パースの友人であったウイリアム・ジェイムズは、「そうした信念は単なる言葉ではなく、現実の世界で行為となって現れて初めて真」だとしました。こうした思想をアメリカの哲学者、ジョン・デューイが引き継ぎ、教育に応用しました。
デューイは「子どもの教育は、過去の価値の伝達にはなく、未来の新しい価値の創造にある」と考えました。これはつまり、もともと決まった価値をそのまま受け取るのではなく、子ども自身が価値を問い直し、新たに意味づけるということですね。
刺激や環境は提供するけれど、何かを教えるのではなく、子ども自身が意味を掴み取る。これがすごくおもしろいと感じて、「探究」をテーマにしようと決めました。
私たちがはじめにモデルとして参照したのは、国際バカロレア機構の初等教育プログラム「Primary Years Programme(PYP)」が採用する、概念をベースとした探究学習(Concept-based Inquiry)でした。
仕事を楽しみ、成果を出している大人は、例外なく自分が大事にしている「仕事への想い」を持っているものです。その「想い」を、子どもたちがさまざまな活動やプロジェクトを通じて共有し、学ぶことはできないのか。
「想い」は「コンセプト(概念)」に置き換えられます。こうした「大切な想い」つまり、“コンセプト(概念)”を中心に探究するようなワークショップを組み立ててみたいと思ったのです。
そうして、小学校中学年以上のキャリア教育と探究学習を組み合わせたプログラムが始まりました。
話を聞くだけでなく体験と創造で探究サイクルを回す
プログラムは、社会的価値を生み出し仕事を楽しむ大人が大事にしている「想い=コンセプト」をヒアリングするところからスタートします。
そして、そのヒアリングの中から一番大事だと思われるたったひとつの「想い=コンセプト」を抜き出し、その「想い」が最大限に伝わるようにアクティビティを絡めながらプログラムをつくっていきました。子どもたちの年齢は、発達の境目とされている10歳前後を対象としました。
今まであらゆる分野の第一線で活躍する方々に講師をお願いしてきました。ビジネス分野では、商品開発、デザイン、インターネットビジネスに携わる人。
科学・技術分野では、人工知能、量子論、ロボティクスに携わる人。演劇や音楽、国際ボランティア、救急医療や小児医療で活躍する方もいました。
アクティビティも講師の方といっしょに考えます。
たとえばデザイナーの方が講師であれば、自分たちで「お母さんのために考えたコースター」をデザインし、レーザーカッターを使って実際に作品にしてみる。医者の方が来れば、「命」をテーマに気管挿管のために実際に医師がトレーニングに使っている機器を使わせていただき、救命救急の医療技術を体験して、自分のおじいさんやおばあさんが同じ立場になったらどうするか、考え対話します。音楽家が来れば、自分たちで作曲し、演奏します。
「発明」をテーマとしたプログラムでは過去何件も実際に特許申請を出し、今年はいよいよ特許を取得したお子さんが出ました。
こうしたアクティビティを通じながら講師の方にお話を聞く過程で、子どもたちはモヤモヤしたり、はっとしたり、不思議に思ったり。きっといろいろなことを思うのだけれど、それは当然子ども一人ひとり違っています。
私たちファシリテーターは、最初に設定したワンコンセプトから、どのように収束するかという見通しのようなものは持っていますが、子どもに「こういうふうに感じて欲しい」と定めることはありません。
そして最後に、違う学校から来た多様なバックグラウンドの異年齢の子どもたちが4、5人ほどのチームを作ってプレゼンテーションします。
ここでは、子どもが何を感じようと、どう表現しようと、どう振舞おうと自由な場なのです。
探究には、興味を育み、疑問を持ち、検証し、振り返るといったサイクルがあります。でも、子どものが本当にそのことに興味を持っていて、自分ごととして考えていなければ、探究学習の形だけが回ってしまいます。
なので、こたえのない学校で実施していたキャリアプログラムでは、ひとつのコンセプトに平均約9時間をかけていました。でも本当のことをいうと、すべての子どもの興味関心を十分に引き出すには、この時間でも足りないと感じています。
その子がその子らしくいられることが「探究」
――探究的な生き方をする先生や大人が子どもの周りにいることで子どもが変わる、と。「探究」することで子どもはどのような力を育むのですか?
先ほど紹介した子ども向けプログラムの中でも、10歳前後の子どもたちであっても、「こういうことを言えば褒められる」というマインドを持ってしまっているケースは少なからずあります。
「正解を当てることによって大人から承認を得る」ことを求めているのです。
でも、社会に出てからの現実の世界では「答えがない」ことに取り組むことが多くはないでしょうか。だからこそ、私たちが子どもたちから聞きたいのは、型にはめられた誰かが期待する応えではなく、その子自身の言葉なのです。
なので、子どもたちにも「あなた自身の意見や、あなた自身の表現、あなた自身がどういう人なのかを知りたい」と伝えるようにしています。
そうすると、子どもたちはだんだん「突拍子がないことを言ってもこの人たちは受け入れてくれるんだ」と思うようになり、自由に自分の思いや考えを表現できるようになっていきます。
探究的な学びを通して、宇宙のことをどれだけ理解したかということよりも、「その子がその子らしくある」ことを認められるようになることの方がずっと効果が大きかったですね。
まずは、「その子らしさ」を認めることから始める。そうすることで、子どもは自分自身で探究のサイクルを回し出すのかもしれません。
――後編では、子どもの探究心を伸ばすために、保護者が家でできる接し方について聞いていきます。