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【りゅうちぇる】何があっても立ち上がれる「これが自分」の育て方
子どもをとりまく環境が急激に変化し、時代が求める人材像が大きく変わろうとしている現代。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、タレント、歌手、モデルと多方面で活躍する、りゅうちぇるさんに話を聞いた。
「カードゲームやベイブレードなど、当時流行した男の子の遊びが好きで、でもおままごとやバービー人形も大好きだった。昔からこれが自分っていうスタイルがあった」
「Twitterのおかげで、高校では自分を隠さないことに決めた。入学するときにみんなが『同じ学校に入学する派手な子だよ』と認識してくれた。僕の人生はSNSで変わった」
こう語るのは、タレント、モデル、歌手として活躍するりゅうちぇるさん。
高校卒業後に沖縄から上京し、原宿のショップ店員として働くかたわらで読者モデルとしての活動を開始。恋人のぺこさんといっしょに出演したテレビのバラエティ番組をきっかけに、全国区のタレントとなる。
2016年に結婚、2018年には第一子のリンクくんが生まれ、夫婦で協力しあって育児する姿をYouTubeなどで発信。自身のSNSでは、「自分の個性を愛し、多様性を認め合おう」というメッセージがたくさんの人々に支持されている。
デビュー当時から個性を貫きながら歩み続けるりゅうちぇるさんは、どのような経験を経て今に至っているのだろうか。その背景を紐解いていく。
同調圧力に負けた思春期があった
ファッションやメイク、好きなものや価値観など、自分の個性を表現し続けるりゅうちぇるさんの幼少期はどんなものだったのだろうか。
話を聞いていくと、意外にも自分自身を偽り、押し殺していた時期があったという。
「小さいころの僕は、5人兄弟の末っ子で、年も離れていたのですごくかわいがられていて、自分のことが大好きな自信のある子どもでした。
他の男の子と同じくカードゲームやベイブレードなど、当時流行した男の子の遊びもしていたんですが、でもおままごとも変わらず大好きだったんですね。それでおままごとをしていたら、男子から『なんでおままごとしてるの』『男が好きなの?』とに言われたことがあって。
『ちょっと待ってちょっと待って』ってなりますよね。僕がバービー人形を持ってるだけで、なんで好きな人まで決められなきゃいけないの?って。『そのままでいいんだよ』って言ってくれる友達も当時はいなかったので、どうしようって悩む日々もあって、一生このもやもやは続くんだなってあきらめモードに入った時期がありました。
僕のルーツになったのは、スパイスガールズやバックストリートボーイズ、ディズニーチャンネルなど海外の音楽やドラマ。中学生のときにミュージカルドラマ『glee』を大好きになり、メイクに目覚めて、『これが自分だ』と思えたし、自分らしく生きていいんだって思えるようになりました。
でも、周りに肯定してくれる友達がいたらもっと違っただろうなと思います。中学校では本当の自分を隠し、学校ではひたすら“男の子らしく”いることを心がけていたんです」
――自分が好きなものを隠すようになったのは、それまでと何が変わったからなのでしょうか?
「中学校って小学校までとはシステムが違って、上下関係が厳しかったり、目立とうとしたら目をつけられたりするじゃないですか。
僕もみんなと同じでいなきゃいけない、からかわれたくないという欲が出てきて、“利口に生きる”ということをすごく考えるようになったんです」
――個よりも集団が重視される学校ならではのプレッシャーですね。
「男の子らしくするために、声を低くして喋ったり、女の子がする遊びはやめたりして、好きなものを封印しました。
たとえばカラオケの選曲も、本当はディズニーが好きだけど、レゲエやヒップホップを歌う。香水も男子の中で流行っているものを使っていました。
だけど、実際は、ありのままの自分を出したらひとりぼっちになってしまうと思ってみんなに合わせたはずなのに、自分を偽って生きていたら結局友達ができなかったんですよ。
学校生活でつるむひとは何人もいるけど、本当の友達と思える人はいなかった。友達ができないのは、本当の自分じゃなかったからだって思いました。
だから、高校は地元の友達がひとりもいない学校を選びました。入学式からメイクして。小学生ぶりに、自分の個性をさらけ出していくことにしたんです」
Twitterでの発信がセルフブランディングになった
――高校では自分を隠さないことに決めた。そのために入学前に、SNSでセルフブランディングをしたそうですね。
「中学校の卒業式が終わってすぐ、Twitterを始めました。片っ端から同じ高校に行く子をフォローしましたね。
名前を大好きなミュージカルドラマ『glee』の主人公、レイチェルから僕の名前をとってりゅうちぇると名乗って、自分のコーデやメイクの写真を毎日投稿して。『ちぇるちぇるランドの王子様』っていう設定も、興味を持ってもらうきっかけになりました。リツイートされてすぐにフォロワーが1万人くらいになったんです」
――一般人としてはすごい数ですよね。
「時代に助けられた感がありますね。もっと昔のSNSがない時代だったらできなかったことだと思うし。
Twitterがあったからこそ、入学するときにみんなが『Twitterの人だよ』『同じ学校に入学する派手な子だよ』みたいな感じで認識してくれた。もし同級生の子たちが何も知らないまま入学式で初めて僕を見たら、『なんだあいつ!』ってなっていたでしょうね。
当時は沖縄には本当に派手な子がいなくて、特に原宿系なんていなかったからすごく目立てたので、それは時代もタイミングもよかったかなと思います。デコログとかもやってたんですよ。デコログとTwitterでみんなに見てもらえていましたね。このころから、自分を愛せるようになったと思います」
――SNSというツールとりゅうちぇるさんの個性がちょうどマッチしたんですね。
「高校を卒業するときにはフォロワーが2万人くらいになりました。上京のきっかけもTwitterです。『沖縄に派手な子がいる』と原宿のショップの方の目にとまって、働いてみないかとスカウトされました。
SNSがあったから高校では自分の個性を出せて、上京して働いていたショップでぺこりんと出会えて、『派手なカップルがいる』って見つけてもらってテレビに出演できるようになって……僕の人生はSNSで変わりました。
もちろんマイナスな部分もあるだろうけど、今の時代は、SNSに助けられる人が多いことも事実だと思います」
芸能界でも「自分に嘘はつかない」
――上京後はショップで働きながら読者モデルもされていたそうですが、タレントとしてブレイクするきっかけになったのはテレビ出演ですよね。
「僕の上京の目的はショップ店員になるためだったので、テレビに出るなんて1mmも考えたことなかったんですよ。
高校のときからりゅうちぇるとして自分のスタイルを貫いてきて、当時は男子に文句を言われたりしても『はあ?原宿ではこれが流行ってるんだし』みたいな感じで強気で行けてたんだけど、沖縄や原宿というホームから飛び出してテレビに出るとなると、『こんな自分が人前に出るなんていいの?』っていう戸惑いがありました」
――それでも出演を決めたのはどうしてですか?
「ふたりでの出演だったので、ぺこりんが『思い出作りになるし、いつか子どもができたときに“有名な番組に出てたんだよ”って見せよう』って言ってくれて、『じゃあデート感覚で行こう』という気持ちで最初は挑みました。
そしたらそれをきっかけにどんどん仕事が増えて、自分でも向いてるかもと感じるようになって。共演者の方が自分の個性をおもしろおかしくいじってくださって、大変なことももちろんあったんですけど、すごく楽しかったんです」
――芸能界に入って、それまでと何か変わったことはありましたか?
「高校生からずっとSNSを続けていて、インターネット上では自由に発言しつつ、言葉の影響についても身をもって感じてきたので、テレビに出るようになってからは誰も敵にならない発言、誰も傷つかない発言を心がけようと思うようになりました。
あとは自分がいることによってその場がハッピーになること。それだけです」
――自分の個性をテレビのために曲げることは考えなかったのですね。
「そうですね。なので言ってしまえば扱いにくいタレントだったと思います。
たとえば『今この商品が流行っているらしいので、紹介してください』という企画があったとして、『それ流行ってたのもう3カ月くらい前ですよ』と思うことがあるんですよ。そしたら本番で、商品を紹介しながら『でもこれもう流行り終わってるの』って正直に言っちゃって、怒られたこともありました。
期待に応えなきゃいけないと思うけど、でも嘘はつきたくない。自分を曲げなきゃいけない場面もある中で、自分らしく生きるためにはどうしたらいいんだろうっていうことを、迷いながら走ってきた日々でした」
――それは今もですか?
「結婚して子どもが生まれたときに変わりましたね。過去の自分がやってきたことや失敗は自分に非があるし何か言われても仕方がないけど、子どもが僕の言動によって後ろ指を指されるようなことはできないと思うようになりました。
バラエティーでもおバカキャラだけではなく、もう次のステップに行かなきゃなっていう風に考えるようになって、そこでようやく区切りを打てた気がします」
SNSのアドバイスは「自分に合うか」を考える
りゅうちぇるさんは2019年12月、Twitterで自身に寄せられた「男は男らしく、女は女らしくが日本の美徳」というコメントに対して、「日本は思いやり精神の強い美しい国」「多様な生き方や、個性的な考えには何故寄り添えないの?」とつづった投稿が話題になり、現在までに30万近くのいいねを集めている。
さまざまな意見が飛び交うSNS上で、自分を曲げないために、情報をどのように扱っているのだろうか。
――SNSへの反響で印象に残っているものはありますか?
「特に子育てに関しては、Twitterでこうしたほうがいいよ、ああしたほうがいいよってアドバイスをくださる人はたくさんいます。その声はとても大事なものなのですが、言われる側としては“10聞くけど1だけ試す” “9は受け流す”くらいのドライさもすごく必要かなって思います。
アドバイスだけじゃなく、マウントをとってくるような人も結構いるけど、ドライに流せないとこっちがダメになっちゃう。僕たちも何が正解かわからない中で試行錯誤しているんだから。
だからどんな意見も全部を聞くのではなくて、『これだったら僕たち家族にも合うかも』ってきちんと照らし合わせながら決めるようにしています。
たとえば、ぺこりんの妊娠を発表したときに『今のうちに夫婦でいっぱい時間を作ったほうがいいよ、子どもが生まれたら夫婦の会話なんてなくなるから』というコメントがあったとき、別の方から『夫婦の会話は作るものだから、りゅうちぇるとぺこちゃんは意識して作れると思うし、そんな意見気にしなくて大丈夫』というコメントがきたんです。
僕たち夫婦にとっては後者の意見の方が発見だったし、取り入れてみようと思った。実際に子どもが生まれたあともしっかり夫婦の会話を作るようにしたんです。そしたら、会話が減るどころか増えたんですよ。だからみなさんの声からパワーをもらったり、勇気づけられたりすることもたくさんありますね」
――“自分のスタイル”がはっきりしていれば、自分に合う意見とそうでない意見の取捨選択ができると。
「みんなと同じでなければいけないという意見もあるし、そう考える人の気持ちもわかるけど、僕には僕のスタイルがあるので『僕は僕、あなたはあなた』とドライに考えています。
自分のスタイルを保つために取り入れる意見は取捨選択するけれど、自分とは違う意見を真正面から否定したり、自分の意見を強要することはしません。それは多様性ではないんですよね。いろんな意見を受け入れて、『そういう意見もあるんだ』と強要も否定もしないことが、一人ひとりの個性の尊重になるのだと思う」
「これが自分」という自己肯定感が人生の指針になる
――「僕は僕、あなたはあなた」と思えるようになったのって、何かきっかけがありますか?
「僕の出身の沖縄って、一匹狼タイプの人が多いんですよ。東京に来てギャップを感じたのは、東京の子はおソロや双子コーデが好きだけど、沖縄の子ならパーティーで友達とドレスが被ったらもう大喧嘩になります。みんなと同じより、自分がどう抜きんでるかを考える県民性なんです。
それは僕も変わらなくて、圧力を感じるような意見があっても『同調を重視する人たちがいるから、そのなかでおしゃれした自分が目立てる』という風にプラスに考えて割り切っています」
――人と違うのは良いことなんですね。
「そうですね。公園にリンクと遊びに行ったときも、『今この公園にいるパパの中で、一番僕がかわいい』と思っています。
プライベートで出かけるときも『どうにかして目立たないでおこう』なんて思ったことはないです。どうせバレるんだったらおしゃれにしておきたいし、僕は自信があるし自分でメイクもできるから、常にかわいい状態でいられる。いつでもリンクにとって自慢できるパパでいたいって思っています。
僕が今までやってこれたのは、本当に自己肯定感と運だと思うんです。
何があっても、『でも僕かわいいし』『僕おもしろいから大丈夫』と思えて頑張ってこれたので、それがハッピーを生むし、仕事、仲間、友達、運命の人と出会えるきっかけを生んでくれた。
人間って絶対失敗するじゃないですか。僕が失敗して壁にぶち当たったときに立ち上がるスピードが速かったのも、やっぱり自己肯定感が高いから。
『自分が好き』『きっとできる』っていう気持ちって、行動にあらわれて人生にあらわれるので、そこはやっぱりリンクに一番伝えていきたいことです」
後編では、りゅうちぇるさんのメッセージのひとつである自己肯定感について、子育てで心がけていることとともに話を聞いていく。
<撮影>松元絵里子
<取材・執筆>KIDSNA編集部