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【スウェーデンの教育】社会に問いを立てる民主主義教育
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さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、スウェーデンに住み、環境教育を推進する森のムッレ財団の理事を務める、高見幸子さんに話を聞きました。
人口1000万人余の北欧最大の国であり、工業国・福祉国家として有名なスウェーデン。
国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)による「世界幸福度ランキング」では毎年上位に入っており、2020年度は他の北欧諸国に続き7位でした。
1974年からスウェーデンに住み、ご自身と娘さんもスウェーデンで出産と育児を経験している高見幸子さんは、スウェーデンでは未就学児からの“民主主義教育”が特徴であると話します。
「1998年に、保育園と幼稚園が統合して『就学前学校』となり、社会福祉省から日本の文部科学省に類似する教育省の管轄に変更。教育と保育を融合させたエデュケアを目指したシステムになり、カリキュラムができました。その中で、特に重要視されているのが、民主主義の価値観を浸透させること。
現在では、育児休暇が480日もあり、ほとんどの親は最低1年間育児休暇をとるため、就学前学校は0歳児は受け入れていません。すべての子どもが1歳~1歳6カ月で入るようになりますが、1~5歳の85%が就学前学校に通っています。
1クラスに15、16人、子どもの多いストックホルムでも18人程度で、先生が3人つきます。保育費の上限は1425kr(約17,000円)で、安くて質の高い保育に国は力を入れています」
幼児教育から民主主義の土台を築く
未就学児から民主主義教育を行うスウェーデンの就業前学校の多くが取り入れているのが、レッジョエミリアアプローチです。
「1980年代ごろから各学校が決定権を持ち、中央集権的だった教育から自由度の高い教育へと転換する中で、多くの学校が採用したのがレッジョエミリア教育。
スウェーデンの求めていた民主主義と平等、そして多様性を大事にするという子ども観と合致したレッジョエミリアアプローチは、発祥の地であるイタリアよりも普及しているそうです。
自立性・創造性・問題解決能力などを育むことに高い評価を受けているこの教育アプローチでは、子どもの主体性を重視したプロジェクトをすることで、具体的に意見の違う友だちといっしょに話し合いながら、物事を決め、協力して、プロジェクトを達成する体験をすることで民主主義の価値観を学んでいきます。
また、子どもたちの活動を文章や絵、写真などで紙に表現し記録するドキュメンテーションも行います。これは保護者が子どもたちの活動を振り返り、次の活動に発展させる役割もあります。一日2回ほど、プロジェクトを振り返りながら『どう感じた?』と思っていることを言葉にするサムリングという時間もとっています。
これらによって、子どもの意見、主体性を尊重することができ、幼児のころから自分の意見が活動に反映される体験を通して、民主主義の意味を体感として学んでいけるのです」
教師は「批判的」な考えができる子どもを育てる
「教育における学校の役割は、一人ひとりの生徒が自分の個性を見つけ、責任ある自由の中でベストを尽くし、社会に参画できるようにすること。
つまり子どもたちは、社会で起きていることをただ傍観しているのではなく、理解したうえで、自分の意見を発言することが大切なのです。
『個人の心身の発達を目指す』という日本のカリキュラムと基本的には変わりませんが、スウェーデンでは『社会全体の持続可能な発展に貢献する』というところまで示しています。
学校は社会の縮図。選挙前には学校で模擬選挙をしたりと、子どもたちも受け身ではなく、自ら参画するという民主主義の姿勢を教育を通して身に付けることを狙いとしています」
「また、私が1980年代にストックホルム市で基礎学校の母国語教師をしていて先生たちのカンファレンスに出席したとき、会議の前の代表者の挨拶で『私たち教師の目標は、批判的な考えができる子どもを育てること』といわれたことが今でも強く印象に残っています。
つまり、先生の話をそのまま鵜呑みにするのではなく、まず疑って自分でそれが正しいか考えることができること。スウェーデンでは暗算ができることより、自分の考えを持ち、社会の問題を議論できることを重要視してきました。それは、民主主義社会で必要なことだからです。
もし、誰かが自分のやることを決めて、それで失敗したら、他人に決められたことだから不幸になりますが、自分の決めたことであればたとえ失敗してもそうならないはず。
だから、民主主義の社会は完璧でなくても、できるだけ多くの国民が幸せになる社会のシステムは民主主義だという考えなのです」
また一方で、スウェーデンの教育上の課題として、難民の問題があると高見さんはいいます。
「スウェーデン語ではない母国語を学ぶ権利を持っている生徒は27%で、アラブ語とソマリア語が最も多い。新しく難民として移住した生徒は5.6%。シリア、アフガニスタン、ソマリアと、100カ国以上の言語が使われています。
そのため、イスラム教の国からの移民の子どもの結婚や家庭内暴力など宗教の問題や、難民としてきた生徒たちが中学校を卒業できないケースが多く、高校に入っても中退して失業したり、組織的な犯罪に利用されるリスクがあります。
コロナ禍においても、難民の子どもや、特別な援助を必要とする子ども、問題を抱える子どもたちにとって学校は救いの場であるということ、そして医療機関勤務者のうち、10%が子育て世代に当たることから、スウェーデンは学校を休校しませんでした」
より多くの国民が幸せになるための「国の基盤」
スウェーデンが民主主義を重んじるようになった背景には、どんな歴史があったのでしょうか。
「もともとスウェーデンはキリスト教でプロテスタントの国。牧師さんに権力があり、宗教の力がものすごく強かったんです。
1930年代に資本主義が入ってきて、資本家と労働者の対立が起こり労働運動が盛んになりました。
その労働運動から、『国民みんなで決める』という民主主義を理念とする社会民主党が生まれました。1969年には、国民の約50%が投票。それ以前も40%台の支持を受けていました。最近では、30%前後に下がっていますが、最大の党で、スウェーデンの思想を形づくってきたと言ってよいでしょう。
しかし、『国民みんなで決める』という民主主義の考え方を支持する場合、宗教と矛盾するシーンが出てきてしまいました。たとえば、キリスト教では中絶を禁止していたり、女性は家庭を守っていたほうがよいとする考え方だったりといったことです。
合理的に考えると、民主主義の理念を大事にしたほうがよりよい社会を築いていけるだろう。排除するわけではありませんが、国民が決める社会を理想としたときに、宗教が強いのはよくないと。
たとえば日本だったら儒教など、国には基盤というか、国民の規範、心のよりどころが必要です。それまで基盤となっていたキリスト教を除くと、その代わりとなる基盤が必要になり、スウェーデンの場合はそれが民主主義だった。だから、民主主義を取り除いたら今のスウェーデンはなくなりますよ。それくらい重要なんです、かつてのキリスト教と同じくらい。
民主主義が社会システムとして一番優れているかどうかはわかりません。けれど、今のところ民主主義以上によい考えはないと多くのスウェーデン人が思っています。
コロナ対応でロックダウンをせず、感染防止を主導する公衆衛生庁の勧告に従い、お店は経営を続けるか、企業は社員を出勤をさせるかという判断を各人や民間に委ねたことにも表れています。強制はしない、けれど責任を持って行動しなさいねということです」
国際プロジェクトとして行われている「世界観調査(WVS)」のイングルハート-ヴェルツェル図を見ると、スウェーデンの位置は最も右上で、飛び抜けています。
これは、縦軸が「伝統的・合理的」を表し、上であるほど合理的思考、下であるほど宗教や伝統的価値観を重んじるとされ、横軸が「サバイバル-自己表現」を表し、左であるほど経済的・物質的充足が重要視され、右であるほど精神性・自己実現の充足を重視していることを表しています。
つまりスウェーデンでは、伝統的価値観、つまり宗教や権威への服従よりも合理的であることを重視し、物質的価値よりも自己表現といった精神的自由を大切にしているということです。
Inglehart, R., C. Haerpfer, A. Moreno, C. Welzel, K. Kizilova, J. Diez-Medrano, M. Lagos, P. Norris, E. Ponarin & B. Puranen et al. (eds.). 2014. World Values Survey: Round Six - Country-Pooled Datafile Version: https://www.worldvaluessurvey.org/WVSDocumentationWV6.jsp. Madrid: JD Systems Institute.
社会の問題を”自分ごと”化する意識
「スウェーデン人にとって選挙はものすごく重要。投票率が低いと民主主義は成り立たないと考えています。2年前のスウェーデン総選挙では、87%を超す投票率でした。国民は、投票率が80%を切ったら民主主義は成り立たないと考えているため、若者もちゃんと参加します。
349人の国会議員のうち、65歳以上はわずか6名。18歳から29歳が25名、30歳〜49歳が一番多く201人、50歳~64歳が117名です。それだけ若い世代の声が強く、政治参加の意識も高いのです。
比例代表制なので、投票時は政党に票を投じます。政党の党内で党首から順番に決められるわけですね。そのため政党は、半分を女性に割り当て、若者から年配者まで年齢の幅も広く候補者を挙げます。
46%を越す高い割合で女性議員が多いのはこのためで、同時に貧富の差で政治家になれないということもなく、政治家への門戸も広く開かれています。選挙制度をとってみても民主主義の精神が表れています。
『文句があるなら、自分の意見に沿う政党に入れればいい』『自分の意見に合う政党がなければ自分が党に入って中から変えればいい』という考え方です。
そういう社会を30年、40年と続けてきたから、当時15歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリの登場で成果が実証されたのではないかと思います。彼女は、学校をストライキして政治家に訴えるという方法をとりましたよね」
15歳の環境活動家が受けた教育
2018年8月、当時15歳だったグレタ・トゥーンベリはスウェーデン総選挙までの約3週間、学校に行かないことに決めました。”Skolstrejk för klimatet”(気候のための学校のストライキ)という看板を抱え、彼女はたった一人、スウェーデンの国会議事堂の外で座り込みのストライキを始めたのです。
記録的な猛暑と大規模な山火事をきっかけに、グレタがストライキで訴えたかったのは、スウェーデン政府がパリ協定に従い二酸化炭素排出量を削減すること。
気候変動問題に関する国際的枠組みであるパリ協定と、スウェーデンの環境施策が一致するまで、グレタは毎週金曜日にストライキを続けると発表。その活動は”Fridays For Future”(未来のための金曜日)として、国内に留まらずグレタに賛同した世界中の若者たちに広がり大きなムーブメントを起こしました。
「15歳の少女はなぜ、たった一人ストライキを始め、環境問題を政治の舞台に押し上げることができたのか。
それは彼女が就学前から受けてきた教育で『言いたいことがあるなら声を上げ、話し合いに参画し、行動しなさい』と教わってきたから。
ここまで何度も民主主義という言葉が出てきたと思いますが、私はやはり民主主義教育で育んだ当事者意識がグレタという環境活動家を生んだのだと思います。
社会に影響を与えることに幼すぎるということはありません。今さえよければいいと、自分のことしか考えていない大人たちは、未来を生きる若者の将来を平等に扱っていないのではないか。大人たちの身勝手を回避し、未来を守るには民主主義しかないとグレタは言っています。
気候変動が危機的な状況であるにもかかわらず大人たちは、見えないふりをして動こうとしない。今の若い世代が平等に扱われない、これを回避するためには民主主義しかないと彼女は言っています。だから彼女はストライキという手段で大人たちに訴え、SNSでストの参加者を募りました。
彼女の訴えは世界中に拡散し、600万人に支持され大きな運動になると、さすがに世界中の政治家たちも目を背け続けることはできません。気候変動という深刻な環境問題を政治の舞台に押し出しました。
たとえば、8月20日に、グレタと仲間の3人の若者は、EUの議長国のドイツのメルケル首相と会談をしました。『2年経っても、政治家は気候危機を危機として扱っていない。大きな変革は現実的ではないと言うが、このままで気候変動による大破局が起きないで済むと考えることも非現実的だ』と、EUにリーダシップを取ることを求めたのです。
スウェーデンではグレタに影響を受けた人は多く、彼女に倣って飛行機に乗ることをやめたという人も(笑)。
そして彼女のスピーチを集めた小冊子の表紙には、こんなメッセージが。
『No ne is too small to make a difference(誰も、変化を起こすのに、小さすぎるということはない)』
私たちが続けた民主主義教育の成果が実を結びグレタを生んだのだと、教育者たちも彼女のことを誇りに思っています」
<取材・執筆>KIDSNA編集部