【学びのカタチ】共有と共生。子どもにミュージアムが必要な理由

【学びのカタチ】共有と共生。子どもにミュージアムが必要な理由

2020年の教育改革を目の前に、進化の真っ最中を生きる現代の子どもたち。私たち親が受けてきた教育が当たり前ではなくなるこれからの時代に、子どもたちに必要な教育とは何か?この連載では、従来の評価で計ることのできない独自の視点で子どもの能力を伸ばす、新しい「学びのカタチ」について紹介していく。第5回では、上野公園にある9つのミュージアムと連動したプロジェクト「Museum Start あいうえの」の推進役である、東京藝術大学の伊藤達矢さん、東京都美術館の河野佑美さんに話を聞いた。

<連載企画>学びのカタチ

ミュージアムが子どもに必要な理由

前編では、2013年に立ち上がったプロジェクト「Museum Start あいうえの」(以下、ミュージアムスタート)の運営チームとして携わる、東京藝術大学特任准教授であり、プロジェクト・マネージャの伊藤達矢さんと、東京都美術館の学芸員であり、アート・コミュニケーション係の河野佑美さんに、対話を通して作品を鑑賞するミュージアムでの学びについて話を聞いた。

今回は、そもそも「ミュージアム」という場所は、どんな場所なのか?子どもたちにどんな意義をもたらすのかが語られる。

社会的共有財産をシェアすることの大切さ

伊藤さん「今、ミュージアムの定義が更新されようとしています。昨年、京都で開催された国際博物館会議の京都大会(ICOM KYOTO2019)では、140カ国以上から約4600人ものミュージアム関係者が集まり、ミュージアムの定義、つまり「ミュージアムとは何か?」について熱い議論が交わされました。

ICOMとはミュージアムの進歩発展を目的とした世界で唯一最大のNGO(非政府組織)で、そこでの定義は今後予定されている日本の博物館法にも影響を与える可能性があります。ミュージアムの定義を大きく変えるのは実に45年ぶりと言われるとても大切な議論で、7日間に渡る大会に僕らも参加してきました。

結局、議論は白熱し、結論までは辿りつけずに今年以降も改定に向けて議論を継続することになりましたが、こうした議論に参加することを通して、ミュージアムが果たすべき社会的役割の大きさを改めて実感することができました」

――ミュージアムの定義は、どんなふうに変わろうとしているのですか?
 
「美術館や博物館は、一般的には収集保存・調査研究・展示公開・教育普及といった機能を持っています。

そうした機能を踏まえて新しく提案されたミュージアムの定義案には、『ミュージアムは参加性が高く開かれ、多様なコミュニティーと積極的に連携協力し、世界についての理解を高め、人々の幸福(ウェルビーイング)を目的としている』という内容が書かれていました。

こうした定義案からは、物を介してさまざまな人々が多様性のある社会を連帯して築いてゆくこと、そして、そうした場から生まれる新しい価値や理解こそが、これからの社会を更新させてゆくエネルギーになるという期待が感じ取れました」
東京藝術大学 美術学部保存修復研究室(撮影:中島佑輔)
東京藝術大学 美術学部保存修復研究室(撮影:中島佑輔)
伊藤さん「美術館や博物館に行くのは敷居が高いと思う保護者の方も多くいると思います。

しかし、そもそも美術館や博物館に展示されている作品や文化財は、この社会の中で生きる全ての人たちで共有すべき社会的財産と呼べるものなのです。つまり作品のオーナーシップは市民にこそあるわけです。

そして、それらの作品や文化財が媒介となり、異なった文化や価値観を理解し合うための対話が生まれる場所となることが美術館や博物館の社会的役割なのだと思います。

たとえば、東京国立博物館に行くと何百年も前からあるような作品や文化財が常設で展示されていますが、昔の人が今に伝えようと思い、大事に受け継いできたからこそ、私たちが今それを目にすることができます。

だから今度は、私たちが先人から受け継がれてきたものを、次の世代へと受け渡してゆかなくてはなりません。それは言わば、まだ見ぬ誰かに未来を託すギフトとも言えます。それは学芸員などの専門家だけでできることではありません。

美術館や博物館で感じた驚きや感動、気づきなど、学びを誰かとシェアすることこそが、個々人がする未来への小さなギフトそのものなんだろうと思います」
東京国立博物館 本館
東京国立博物館 本館
伊藤さん「また、そうした歴史とのつながりが縦軸だと考えると、横軸にあるのが同時代的な社会とのつながりだと思います。たとえば今の時代を共に生きる者同士で『今私たちが大事にしている物を、あなたも一緒に大事にしましょう』と、子どもであっても障がいがある方であっても、あるいは文化的背景が違った人であっても、一緒に大事する仲間として迎え入れるというのは、その人たちとともに社会を作り共生する行為でもあると思うんです」

――子どもも社会の一員として、社会的共有財産をシェアする権利があるということですね。

伊藤さん「そうです。子どもだけに限らず、障がいのある人や貧困状況にある人なども、誰もが公平に共有すべきものだから、美術館や博物館という場所ではどんな人でも格差なく利用できる、繋がりをつくれる環境を作っていくということが大切だと思うんです。

そういう中に自分がちゃんと位置づけられているという自覚が、その子にとっての自己肯定感をつくっていくのだと考えています」
ダイバーシティ・学校向けプログラムでは、特別支援学校の生徒たちが参加。(東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2019「子どもへのまなざし」展 2019年)
ダイバーシティ・学校向けプログラムでは、特別支援学校の生徒たちが参加。(東京都美術館 上野アーティストプロジェクト2019「子どもへのまなざし」展 2019年)
作品を観て自分が感じたことと、他の子が感じたことは違う。自分と違った観点の鑑賞のヒントを、とびラーと分かち合う。ホンモノの作品を間近で見ながら、初めて会う人たちの多様性の中で違いを知り、自分も成長していく。この探求型の学びが、子どもたちの視野を広げ、自己を確立していくのだろう。

あいうえのが描く、子どもの未来

正解ではなく “納得解”を見つけていく

――今の子どもたちが大人になっていく未来、社会や学びのあり方はどんな風になっているといいと思いますか?
 
伊藤さん「正解ではなくて、“納得解”を見つけていくっていうのは大きなポイントだと思います。

ひとつの正解を目指していくのではなく、どちらが正解なのか?を決めるのでもなく、お互いの違いや価値を了解した上で、納得解をどう作っていくことができるのか。

そのためには、あいうえのでやっている対話力が非常に重要だと思います。結果的に、それが生きる力になっていく。

多様な価値観を持っている人達と、どうフラットにいられるか。それができる空間っていうのは、やっぱりミュージアムがいいんじゃないかなと思いますね」

あいうえのの学びのカタチ

伊藤さんと河野さんは、あいうえのの未来のビジョンを、「ブックスタートのように、“ミュージアムスタート”という理念が、日本、アジア、世界へ広まってほしい。

文化財に関わることをきっかけに、子どもも大人もいっしょになって多様性を理解し、コミュニティーの中にいろんな人々が入っていけるような関係性ができたらいい」と話す。

今回の取材を通して、アートと触れる楽しさ、ワクワク感、そして感動を改めて実感した。この感覚こそ、常に評価され向上を求められる現代の子どもにとって必要な学びなのかもしれない。子どもたちが一生懸命まとめた冒険ノートからもそれが伝わってくる。
国立西洋美術館の「国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展」を鑑賞した小学生の冒険ノート。
国立西洋美術館の「国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展」を鑑賞した小学生の冒険ノート。
対話によって、自分や世界のあり方を発見する。子どもたちの目線に立ち、ひとつひとつの言葉を大切に語る伊藤さん、河野さんの話を聞いて、どんどんこの世界が楽しく、そして深くなっていくのを感じることができた。

ミュージアムでの体験が、子どもたちの学びにとって強い軸となり、未来をより自由で楽しいものにするのかもしれない。
 
トップ画像:「コートールド美術館展 魅惑の印象派」東京都美術館、2019年
記事内写真:ミュージアム・スタート あいうえの運営チーム提供

※2020年度のプログラムは7月15日(水)に公開予定。詳しくは、公式Webサイトをご確認ください。

ミュージアム・スタート あいうえの/webサイト

<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

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2020年07月15日

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