あえてインクルーシブ遊具と伝える必要はない。子どもの創造性を育てる、余白のあるデザインの重要性

あえてインクルーシブ遊具と伝える必要はない。子どもの創造性を育てる、余白のあるデザインの重要性

2024.01.12

障がいの有無、国籍、性別、ジェンダー、年齢。これらの「違い」によって、遊びから排除されてきた子も同じ空間で遊べることを目的に作られた「インクルーシブ遊具」を知っていますか? 行政でも力を入れ、ここ数年でインクルーシブ遊具のある公園が増えています。この記事では、インクルーシブ遊具を開発する株式会社ジャクエツのデザイナー田嶋さんに話を聞き、インクルーシブとはなにかを考えます。

「障がいがあったりネガティブな状況があると遊ぶことはできない、と先入観を持っているのは大人です」

「違いがあっても子どもは垣根を飛び越える力を持っているから、大人の役割は見守ること」

こう語るのは、株式会社ジャクエツで3年間の月日をかけインクルーシブ遊具の開発を行ったデザイナーの田嶋宏行さん。「車いすの子でも遊べる遊具」「赤ちゃんでも遊べる遊具」ではなく、どんなに重い障がいがあっても年齢が違っても、誰もがいっしょに同じ空間で楽しむことができることを目指して遊具開発をしたといいます。

遊具開発を監修したのは地域医療を専門とする医師である紅谷浩之先生。医療ケア児の暮らしや生活をサポートする「オレンジキッズケアラボ」の代表理事も務めている。

紅谷先生とジャクエツ社が開発した「寝たきりの子でも遊べるトランポリン」「感覚が過敏な子でも怖くないブランコ」などの遊具から、これからの時代の「真のインクルーシブ」とはなにかについて考えます。


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左:オレンジホームケアクリニック 理事長/医師 紅谷浩之 右:株式会社ジャクエツ スペースデザイン開発課 田嶋宏行

どんな人も排除しない。インクルーシブな遊具とは

ーー私は1年くらい前に家の近くにインクルーシブ遊具のある公園ができて初めてその存在を知りましたが、インクルーシブ遊具とはどのようにして作られたものなのでしょうか?

田嶋さん:日本では某遊具メーカーが5年以上前にインクルーシブ遊具の開発を始めたのではないかと思います。「ユニバーサルデザイン」というトレンドがそれ以前にありましたが、今はインクルーシブデザインが主流です。

ーー思っていたよりも古くからあるんですね。ユニバーサルデザインとインクルーシブデザインは何が違うのでしょうか?

田嶋さん:ユニバーサルデザインは先進国、インクルーシブデザインは開発途上国から生まれたといわれています。「車いすの人は階段を上がれないからスロープを作ろう」という健常者主体の考えはユニバーサルデザイン的なアプローチです。


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※写真はイメージ(iStock.com/CYCLONEPROJECT)

一方でインクルーシブデザインはデザインをするプロセスを重視していて、そもそも排除されている人はなんで排除されているのか、当事者を巻き込んでワークショップ等をしながら、もっと広い意味ですべての人々のために包括的なデザインをすることだと捉えています。

我々の遊具開発でも、車いすの子でも遊べるブランコや、心が整いにくい子のためのハウス遊具などのアイディアが出ていました。しかし、車いす専用のブランコには健常児は乗れなくて、車いすの子と健常児の遊びが分断されてしまいます。結局、車いすの子はひとりぼっちで遊ぶしかなくなってしまう。

さらに、医療的ケア児と呼ばれる寝たきりの子は車いす用のブランコでは遊べないので、結局遊びから排除されたままなんです。ではどうすればいいのかと考えたときに、障がいがもっとも重い寝たきりの子から健常児までが遊べる遊具を開発することで、遊びのインクルーシブは実現できるのではないかとたどり着きました。

もちろんインクルーシブデザインの世界は障がいの有無だけではなく、言語や年齢や性別などの違いを超えて使えるデザインであることが必要ですが、遊びの世界では言語や年齢や性別の違いは大きな障壁にはならないので。


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ワークショップの様子

ーーそのようにして貴社のインクルーシブ遊具「RESILIENCE PLAYGROUND」シリーズが生まれたのですね。

田嶋さん:はい。紅谷先生のご協力のもと、これまで遊びから排除されてきた子たちを徹底的にリサーチして生まれた製品です。寝たきりの子を理解するために、一年間かけてフィールドワークを行いました。そこでは、これまで社会から排除されてきて、遊びに参加できなかった課題がダイレクトに伝わってきました。

たとえば寝たきりで身体の一部だけを動かせる子のご両親は、公園で遊ばせるのは危ないからと安全な家のなかで動画ばかりを見せるような生活で、子どもには笑顔が一切なかったり。逆に、ケアしてくれる人に対して笑っておいたらケアしてもらえるからと、作り笑いだけが上手になってしまった子もいたり。このような状況を紅谷先生から伺いました。

我々も最初はこのような寝たきりの子どもたちに対して「遊ぶことはできない」という先入観がありました。しかしフィールドワークを進めるにつれて、遊ぶことはできるし、どんな子だって楽しむことができると知りました。本当は遊ぶことができるのに、社会から取り残されているだけだと。


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遊具開発の様子

例をあげると、機械につながれ寝たきりで生活しているけれど足は動かすことができて、寝た姿勢のまま足を使ってぐるぐる回ることが好きな子がいたり。自分の世界のなかで、足で音を出すことを楽しんでいる子がいたり。障がいがあって寝たきりという状況はネガティブに見えるかもしれないけれど、そのなかで自分なりの遊びの世界は広がっていたのです。


「揺れる」楽しさを共有できる3つの遊具

ーーそのような発見によってインクルーシブ遊具開発が行われていったのですね。

田嶋さん:「RESILIENCE PLAYGROUND」というシリーズで3種類の遊具を開発しました。まずは、こもり型ブランコ「KOMORI」です。


ジャクエツ社のKOMORI 寝たきりの子でも乗れるブランコ

田嶋さん:寝たきりの子や、姿勢が安定できない赤ちゃんでも楽しめるブランコです。まん丸の形状で座面がお皿のようにくぼんでいるので落下しづらく、球状のため身体が丸まりやすく姿勢が安定しやすいことで、どんな子でも安心して乗ることができます。

また、感覚刺激に敏感でブランコが苦手な子を研究した結果、生まれた遊具でもあります。感覚刺激に敏感な子というのは、景色の大きな変化や、鎖のにおいや冷たい感触といったブランコ特有の感覚が苦手です。そのような課題を解決するために”こもり型”にして視界をできるだけ狭めたり、刺激の少ない素材を採用したり、こだわって設計しました。

自分だけの空間ができるので、外部からの刺激に反応して心が整いにくい子にも効果的だというお声もいただいています。

次に、ドーナッツ型のトランポリン「YURAGI」です。


ジャクエツ社のYURAGI 寝たきりの子でも遊べるトランポリン

田嶋さん:これは、医療的ケア児の子と健常児がいっしょに遊べる場所や空間がすごく少なく、どうしたらいっしょに遊べるのだろうと研究した結果生まれた製品です。健常児が跳ねていると横に寝そべった子も揺れをいっしょに感じて楽しむことができます。

普通のトランポリンは高く跳ねることができて楽しいけれど、そこに寝ている子がいたら真ん中にどんどん吸い寄せられて踏みつぶされてしまう危険があります。YURAGIはあえて穴をあけたことで高くは跳べないけれど、誰もが安心して揺れのつながりを楽しむことができます。

ーーたとえば赤ちゃんと小学生がいっしょに遊ぶことができるのもいいですね!

田嶋さん:導入いただいたある幼稚園では障がいのある子はいないのですが、子どもたちがドーナッツ状に走り回って遊んでいるようです。揺れが大きい一般的なトランポリンでは走る動作は起きないけれど、このトランポリンでは走り回るといった副次的な遊び方も生まれていて、子どもの遊びを作り出す力にはいつも驚きます。

3つ目がスプリング遊具「UKABI」です。


ジャクエツ社のUKABI 寝たきりの子でも乗れるスプリング遊具

田嶋さん:一般のスプリング遊具は動物や乗り物の形をしており、上にまたがるタイプが多いです。そのため、寝たきりの子は遊ぶことができませんでしたが、UKABIは寝た姿勢でも乗ることができる形状をしています。

アイディアの発端は、医療的ケア児のお母さんが「いつかこの子を海で遊ばせてあげるのが夢」だと話していたことが印象に残っていて、浮き輪が陸にあったらいいなと思ったことです。

UKABIを検証していたときに感動したエピソードがあります。我々は一般のスプリング遊具と同様に前後に揺らして楽しむということを想定して作っていたのですが、寝たきりで足だけ自由に動かせる子が乗ったときに、この座面の上でくるくる回って遊んだり、座面をバンバン叩いて楽器みたいにして楽しんだりしていたのです。

これは健常児の遊びのなかでは全く見られなかったことです。障がいのある子だからこそ発見できた新しい使い方を見て、すごく心が動かされました。遊具開発の仕事をしていると、子どもたちが我々の想定外の遊び方をすることはあるのですが、自分で楽しみや幸せを見いだせる能力は素晴らしいと、あらためて思いました。


ジャクエツ社のYURAGI 寝たきりの子でも遊べるトランポリン

ーーまさに遊びの天才ですね! 3つの遊具に共通して、シンプルなデザインなだけに「遊びの余白」のようなものが大きいのかなと感じました。

田嶋さん:そうですね。寝たきりの子は、健常児と比べて狭い視界の中でしか遊べません。たとえば馬の形のスプリング遊具に乗ることができたとしても、乗馬するといった意匠によって形づくられた世界でしか遊べない。余白のあるデザインにすることで、想像力を使って浮輪にも雲にもマシュマロにだって化けてしまうような遊びの世界が広がることを目指しました。


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ーー他に「RESILIENCE PLAYGROUND」シリーズのこだわりはどのようなものがありますか?

田嶋さん:色刺激や感覚刺激を少なくするようにこだわっています。子どもの遊具は原色系のものが多く、もちろんそこに理由はあると思うのですが、色刺激が苦手な子どもにとっては目がチカチカして辛いのです。

また、UKABIの座面の中央にネットを使ったら楽しそうだと当初考えたのですが、ネットは身体が食い込むため感覚刺激がかなり強いということがわかり、使わなかった経緯もあります。

あとは円形や球状にこだわっています。四角形なら4方向からしか入っていけないけれど、円形や球状であればどこからでも入っていける。そのようなデザインも含めて、インクルーシブといえるのかなと考えています。


遊具開発
遊具開発中の紅谷先生とジャクエツ社員(写真中央が紅谷先生)

ーーなるほど。3つの遊具は揺れる感覚を楽しむものだと思いますが、子どもにとって揺れる感覚というのは面白いのでしょうか?

田嶋さん:そうだと思います。ただ、障がいの重い子をリサーチしているなかで、これまでは揺れる遊びから排除されてきたことがわかりました。ブランコやスプリング遊具、ターザンロープなどは全部乗ることができないから、やったことがないのです。

また、医療的ケア児の遊びの世界は、フィードバック感がとても大事なんです。寝たきりの子のなかでも手だけ、足だけなど部分的には身体を動かせる子が多いのですが、たとえば赤ちゃんのガラガラを身につけて音を鳴らすことを楽しんでいる様子が見られます。

医療ケア児だけではなく赤ちゃんでも同様ですが、単純にガラガラをずっと鳴らしているように見えて、実は彼らなりに音を出す方法を変えて実験するなど、小さな成功体験を蓄積して成長しているのです。

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※写真はイメージ(iStock.com/Pavlina Popovska)

この3つの遊具は、自分の動きがどのような揺れにつながるのか、フィードバック感覚を自然と養えることも特徴のひとつです。

ーー実際に遊んでいる子どもたちの反応はどうですか?

田嶋さん:撮影のために健常児と医療ケア児がいっしょに遊んでいる様子を見ていたのですが、子どもたちは想像以上に混ざりあって遊んでいました。身体を動かせない子のためにトランポリンを揺らしてあげたり、子どもたちなりに想像力を使いながら、寝たきりの子にも興味を持って関わり合う様子が見られました。

もちろん自分だけで遊ぶ子もいますが、それはそれでいいと思います。このような遊具を作ったことが健常児と障がいのある子を結びつける媒体になりつつも、そんなことを飛び越えて自分たちなりの遊び方を創造しながらいっしょに関わり合って遊ぶ能力が子どもにはあるんだなと、感動を覚えました。

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健常児と障がいのある子が公園でいっしょに遊んでいるのを見たことがなかったのは事実ですが、だからといってそれはできないことだと思い込むのは、大人が持つ先入観の危険なところだと気が付きましたね。

ーー子どもたちがもともと持っている「他者とつながる能力」をより発揮できるように、遊具には余白があることが大切なのかもしれませんね。

今後増えていくインクルーシブ遊具で子どもたちが遊ぶ機会は増えていくと思いますが、親としてインクルーシブの意味をどのように子どもに伝えるのがいいと考えますか?

田嶋さん:個人の考えですが、「これはインクルーシブ遊具っていうんだよ」「障がいのある子といっしょに遊べるんだよ」という話は、あえてしなくてもいいかなと思います。子どもたちはいっしょの空間にいたら難しく考えなくても遊ぶことができるから。


寝たきりの子でも遊べるトランポリン YURAGI

大人からなにか言葉で伝えるのではなくて、生活のなかでありのままに受け入れることが大切だと思います。たとえば車いすの人を見た子どもは「なにに乗っているの?」などと純粋に話しかけたり、垣根を飛び越えることができる。

子どもがその能力を失わないように、大人は先入観なく適切に見守ってあげることが大事なのかなと、インクルーシブ遊具開発者の立場で考えています。

ーー編集後記

インクルーシブ遊具から見えた「インクルーシブに必要なこと」は、すべての人を排除しないためには先入観にとらわれないこと。

人はそれぞれ違う特徴や個性を持つことを大人が教えるのではなく、子どもがそれを日常的に体感できる場が身近にあることが必要なのだろう。そしてそのことで、子どもが持つ「垣根を飛び越える力」を最大限に引き出せるような社会をみんなで作っていきたい。


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