【教育移住/後編】ワーケーションの進化形。仕事・休暇・教育は融合する
コロナ禍で「教育移住」を決意する人々が増える一方で、親の働き方や子どもの学校について悩む方も多い。そこで、実際に教育移住をした家族に、移住に至るまでのきっかけや経緯、その後の変化を聞いていく。今回は、2020年3月に、5人のお子さんとともに東京都三鷹市より長野県軽井沢町へ移住した、探究学舎代表の宝槻泰伸・圭美夫妻にインタビュー。
自然に囲まれた暮らしが、クリエイティビティを刺激する
――移住してみて、おふたりの仕事や生活はどう変わりましたか?
泰伸さん:それは僕が最初、移住に気乗りしなかった理由にも関係する話ですね。
僕は自分のライフスタイルとして、職住近接のほうがいいと思っていました。
長野県の軽井沢から東京の三鷹まで新幹線通勤をしたり、単身赴任生活をしたりするのは、すごく大変ですよね。妻も一緒に探究学舎で働いているので、コストが増えるイメージしかなかったんです。子どもはともかく、自分たちのことを考えると嫌だなと。
ところが、こちらに来たタイミングが2020年の3月で、たまたま新型コロナウイルスが感染拡大し始めた時期と重なって、世の中がリモートワークに一気に移行しました。それで、当初懸念していたことはすべてなくなったんです。
東京から風越学園のために移住した、僕ら以外の家族も、最初は遠距離通勤を覚悟していたようですが、ほとんど全員リモートワークに移行していますね。
僕の経営者としての仕事も、社員とのコミュニケーションも、いざやってみるとオンラインで代替可能でした。これまでは、教室を持っていて、そこに集まるスタイルでしたが、いまの授業は動画配信がメインです。
軽井沢にも探究学舎のスタジオをつくったので、そこからビデオカメラを通してオンラインで配信しています。このやり方であれば、働く土地を選びません。授業を提供する側も、受ける側も、場所の制約がない時代が一気に訪れました。
まさか子どもたちの教育移住のタイミングで、場所の制約を取っ払って仕事ができるようになるとは思っていたかったので、妻の英断には改めて感謝していますね。
――遠距離通勤の必要がなくなり、落ち着いて軽井沢で暮らせるようになったんですね。ワークライフバランスにはどんな変化がありましたか?
泰伸さん:時間の使い方については、大きく変わりました。
満員電車に揺られながら通勤して、朝9~10時にデスクにつくのが都心部のサラリーマンの基本のスタイルですよね。
一方で僕たちは朝5時半に起きて、ドライブやゴルフに出かけて、景色のいいカフェで社員とオンラインミーティングして、そのままランチして。それから午後の仕事が21時半に終わって温泉に行って、そのあとにまた22時からオンラインミーティング、という一日を過ごしています。
東京にいたら奇跡みたいな話ですが、軽井沢にいると特別なことではないんですよ。
森を散歩していたり、温泉に入っていたりする時にアイディアがひらめくこともよく体験します。
つまり、休むことと、働くことの境界線がない生活ですよね。そうなるとさらに、クリエイティビティが問われます。プライベートと仕事の境界線がないということは、創造力を発揮できないとむしろ生産性が落ちてしまうからです。
逆に、暮らしのなかでクリエイティビティを発揮できると、ありえないことも組み立てられるようになります。仕事でもこれまでにない発想が生まれます。
――仕事への悪影響を心配していたのに、むしろよい影響ばかりだったんですね。家族との過ごし方にもよいことはありましたか。
泰伸さん:僕が外に飲みに行くことは明確に減りました。軽井沢で1年暮らして、夜にひとりで飲みに行った回数は、指を数えるほどしかありません。東京にいた時は、週の半分以上は家に帰らずどこかで飲んでいたので。
その代わりに、家族でBBQや焚火をするようになりました。あたたかい時期には、週2回くらいはやっていますね。
夫婦で焚火を囲んで、シャンパンを飲みながら語るようにもなりましたし。今ではそれが日常ですが、これまでの生活では、そんなの旅行でしかありえないことですよね。
圭美さん:私は、もともと「森に囲まれて暮らしたい」という気持ちがあったので、今の暮らしに満足しています。
以前に比べても、生活がシンプルになった実感がありますね。これまでは休みのたびに無駄な買い物をしていたんだなって気づきました。
子どもたちも、スノーボードやスケートを楽しんでいます。小学生だと無料で使える場所も多いですし。
一方で、移住したことで大変になったこともあります。
以前は私の両親が東京に住んでいたので、祖父母も含めて家族の時間を楽しむことや、大変な時に手伝ってもらうことができたのですが、それが難しくなってしまいました。
コロナ禍ではなかなか難しいですが、両親には可能な範囲で軽井沢に遊びに来てもらったり、保護者友だち同士で家事育児を助け合ったり、移住者向けのサポートを積極的に行っている会社さんと知り合い、助けてもらったりしています。
また、夫は現在、軽井沢と東京・三鷹の会社とを行き来していますが、私は夫ほど行き来はしていないため、会社の仲間とのコミュニケーションにはさらなる工夫が必要だと感じています。まだまだ手探りですが、軽井沢のオフィス兼スタジオに泊まれるスペースを用意してワーケーションとして来れるようにするなど、私たちだけでなく、社員一人ひとりが自分たちの望むライフスタイルを実現しながら働けるように新たな可能性を模索中です。
働き方と教育の変化が「移住」を自由にする
――ご自身の移住体験を踏まえ、これからの未来、「親の働き方」と「子どもの教育」はどのように変化するとお考えですか?
泰伸さん:20世紀は分断の歴史だと言われていますよね。
会社では部屋を区切る、組織の所属を切る、学校では学ぶ科目やをクラスを年齢ごとに切る、あるいは、仕事とプライベートを切るなど、物事は区分されるようになった。
でも本来は、そんなに壁は多くないはずなんです。たとえば江戸時代の商店では、暮らすことと仕事することと、お客さんと友だちになること、いっしょにご飯を食べることが一連の行為としてつながっていたはずです。
そう考えると、ひとつの場所にしかいられなかったり、肩書きで区別されたりというこれまでの「分断の世界」の揺り戻しで、溶け合って融合していく未来もあるのかなと思っています。
たとえば僕が軽井沢に移住して、仕事とプライベートの境界線なく毎日を過ごすようになったこともそのひとつの例です。
今までは新しいことをはじめるときに、東京都の23区内でやることが「かっこいい」ことでしたし、本社は東京や大阪などの都市に置くのが当たり前でした。
しかしリモートワークが主流になった今、その場所がもしかすると都会ではなく、地域とつながり、自然にあふれた田舎に代わっていくかもしれない。
その移行期間が、今流行っている「ワーケーション」だと思っています。リゾート地や「ワーク(労働)」と「バケーション(休暇)」をつなげるという意味ですが、この発想自体、都会で働いていることが前提の話ですよね。軽井沢で暮らし働いている人たちにとって、ワーケーションは日常に当たり前にあるものです。
このように、働き方や暮らしは場所の制約から自由になっていく流れがありますが、唯一、教育だけが取り残されつつあります。実際問題、都心部と地方で受けられる教育の質には埋まらない差がありますよね。
そこで考えられる解決策として、ひとつは風越学園のように魅力的な学校が他の地域にも続々開校することです。
前編で話したように、子どもたちが転校した風越学園は、区切りのない教育システムが特徴です。
幼稚園生、小学生、中学生が混合で在籍していて、年齢ごとにクラスも分かれてなければ時間割もなく、教室の壁もないオープンな場所で、先生、生徒、保護者がごちゃまぜになって学校をいっしょにつくっていくという新しい教育のあり方です。
もうひとつはオンラインスクールです。
リモートラーニングというサービスや形式は今後もさらに開発され、クオリティが高まっていくことが見込まれます。
地方の学校に在籍しつつ、オンラインの教育サービスも組み合わせることができれば、地方に暮らしていても、教育レベルを保つことができるでしょう。
――教育のオンライン化で気になるのは、子どもの集中力が持つのかなという点です。
泰伸さん:たしかにそこはひとつの壁です。しかし探究学舎は、実はその壁を突破していて。
圭美さん:コロナが広まる1年前からオンライン授業を試行錯誤していたんですよね。
泰伸さん:そう、「オンラインでの学習体験とは何なのか」をコロナが広まる1年前から必死に研究していて。その蓄積があったので、去年3月の学校休校措置を受けてすぐ、探究学舎の授業を平日に毎日無料で動画配信できました。
コロナが収束したとしても、オンラインの学習体験を選択しつづける顧客が確実にいると見込んでいます。今はまだ、オンラインからリアルに戻っていく層も少なからずいますが、リモートラーニングという教育サービスが選択肢として当たり前になっていくでしょう。
軽井沢だけでなく、地方にはさまざまな魅力的な土地がある。住みたい場所があって、親の仕事的にも問題ないとなっても、子どもにとって良い学校がなくて諦めるという方も多いかもしません。
これから、風越学園のような学校も地方に増えてくると思いますが、同時に、クオリティの高いオンライン学習を提供し続けられる機関が増えれば、リモートラーニングはより定着していくはず。
だからこそ、「教育移住」と考えたときに、学校の有無にも依存しなくなってくるんじゃないかと思いますし、移住すること自体が、親の働き方の面でも子どもの教育の面でも、一般的になっていくのではないかと思います。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部