【教育移住/前編】東京から軽井沢へ。幼小中一貫校に移った子どもの変化

【教育移住/前編】東京から軽井沢へ。幼小中一貫校に移った子どもの変化

コロナ禍で「教育移住」を決意する人々が増える一方で、親の働き方や子どもの学校について悩む方も多い。そこで、実際に教育移住をした家族に、移住に至るまでのきっかけや経緯、その後の変化を聞いていく。今回は、2020年3月に、5人のお子さんとともに東京都三鷹市より長野県軽井沢町へ移住した、探究学舎代表の宝槻泰伸・圭美夫妻にインタビュー。

コロナ流行のタイミングでいろんな懸念がクリアになった

――自然に囲まれた環境で子どもをのびのび育てながら、学力も一緒に身に着けてほしいと考える親御さんは多いですよね。とはいえ、実行するには勇気のいることだと思います。宝槻さんご家族の場合は、どういうきっかけで移住の話が持ち上がりましたか?

泰伸さん:きっかけは、ほぼ100%妻です。

夫婦では以前から「軽井沢は森が美しくていいね」「こういう場所に暮らせたらいいね」と話してはいたものの、現実的な話として真剣に考えるトピックではなかった。でも、2018年の春か夏くらいに、妻から本格的に移住の相談がありました。

圭美さん:家族の住む場所という観点では、オフィスと家と保育園と学校が全部近かったので、近いってすごくよさそうにも思えるんですが、近いがゆえに隙間時間のなさが辛く感じるようになっていました。

家から自転車で10分くらいの保育園に行って、また10分くらいかけて会社に行って、また10分くらいかけて帰るという生活で、なんの隙間時間もなくて、慌ただしく忙しくて、ちょっとしんどいなと思っていて。なんとなく、森があって自然にあふれた場所に、というイメージがありました。
 
右:宝槻泰伸(ほうつき・やすのぶ)/探究学舎代表。高校も塾も行かずに京都大学に進学、という特異な経歴を持つ。幅広い年齢層に対して提供する授業や研修は、世代を問わず聴衆を惹きつける魅力が評判。著書に『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』。左:宝槻圭美(ほうつき・たまみ)/探究学舎を運営する株式会社「ワイズポケット」取締役。国際基督教大学、英国サセックス大学大学院修了後、バングラデシュNGO、JICAエチオピア事務所、ユニセフブータン事務所などにて国際教育協力に従事。
泰伸さん:そんな時に、2020年に開校する軽井沢風越学園(以後、風越学園)の新規生徒募集のタイミングがあったんですね。

そこで妻は、うちは5人子どもがいるから、もし全員を通わせるなら、一番最初の生徒募集の時に行かないと絶対無理だと判断して。それで、「このタイミングしかない」と面接を受け始めたのですが、僕は正直「落っこちてくれ」と思っていましたね(笑)。

森や自然のある場所で暮らしたいという気持ちには同意するけれど、別に「この学校に通わせたから人生が変わる」というほどの直感的なものはなかった。

それに、自分たち夫婦の仕事やライフスタイルを大きく変えることにもなるので、あまり気乗りしていなかったというのが正直なところです。

そんなことを思っていたら、子どもたち3人が全員受かってしまったんです。これはもう腹をくくるしかないなと思って、2019年の11月くらいに決めて、2020年の3月に軽井沢に引っ越してきました。

ちょうど、新型コロナウイルスの流行とタイミングが重なり、世の中がリモートワークに一気に移行したので、僕たち夫婦は地域という制約のない状態で仕事ができるようになりました。僕が当初懸念していたことはすべて心配いらなくなった。
 
iStock.com/Maryna Andriichenko
これは最初から予想できていなかったことなので、ふたを開けてみてびっくり。むしろ今では、風越学園を推してくれた妻に「でかした!」と思うほどです。

風越学園を選んだ理由は「みんなでつくる学校」だったから

――圭美さんがそこまで風越学園に惹かれた理由はどこにありましたか?

圭美さん:風越学園は、スタッフも保護者も子どもも、つまり学校にかかわる人たちが、みんなで対話しながらゼロから学校を作っていけると聞いて、その点に強く惹かれましたね。

私はもともとオルタナティブ教育を専攻していて、モンテッソーリ教育やシュタイナー教育、サドベリー・スクールなどそれぞれに魅力を感じていましたが、自分の子どもを通わせようと思うまでには至りませんでした。

教育方法をひとつに絞ってしまうのはもったいなく、それは自分の望んでいることではなさそうだなと。

その点、風越学園の場合は、何かひとつの決まった教育哲学に基づいてそれを実践するということではなくて、先生たちが試行錯誤しながら、子どもも保護者も含めて対話を重ねて、みんなで作っていく学校だと聞いて、それはすごくいいなぁって。
 
泰伸さん:僕は学校ごとにそんなに大きな差はないと考えるほうで、「学校なんて、おにぎりの具を選ぶくらい気楽に選んでいい」と思っていました。

妻も、子どもの学習環境として、「A学校よりもB学校」とか「B学校よりもC学校」という相対的な差に対して魅力を感じる方ではなかったので、お互い、学校ごとのカルチャーはどんぐりの背比べ程度だろう、と。

でも、風越学園に関しては、これまでの学校教育からは異質な、異世界的な魅力を感じましたね。

圭美さん:もともと、未就学児は保育園か幼稚園に通っていて、小学生は小学校、中学生は中学校、それで大人は働いて、っていうのは残念だなと思っていて。風越学園では、幼児から中学生まで同じところで学んでいて、大人も学校のなかでコワーキングできるスペースが試験的に開かれたりしたんですよ。

泰伸さん:そうそう! 風越学園は、年齢や所属、ステータスの区切りがすごく曖昧になるように意図して設計されています。幼稚園と小学校と中学校が同じ校舎。都内の一貫校でも、普通、校舎は分かれているでしょ?
 
泰伸さん:しかも、学校の真ん中が図書館兼共有スペースになっていて、その周辺を取り囲むように部屋があるのですが、それが全部ガラス張り。壁がないんですよ。ひとつの空間に3歳から15歳までの子どもと、先生、保護者が、ごちゃまぜの状態でいる。そんなの見たことないですよね(笑)。

圭美さん:いまだに、「あの人は先生かな?保護者かな?」ってわからないんですよね。

先日も、学校の先生と保護者のミーティングがありました。新年度に入っていらっしゃる方のための学校のオープンデーがあるんですけど、そこでどんな企画をするかをいっしょに考えて決めました。

スタッフの方と一緒に、軽井沢の地域のおすすめ情報をまとめたり、ご近所さんが誰か全然わからないので、ご近所さんと知り合える時間をつくろうか、といった話をしました。こんなふうに、学校の行事を保護者も一緒に作っていける余白があったり。

遠足の行き先も決まってなくて、子どもたちが行きたいタイミングで、子どもたち自身に企画してもらうんです。

こんなにいい学校があるのに、そこに飛び込まないでいる数年後の自分を想像したらすごく残念に思えて(笑)。外から見ているだけじゃなく、実行しようと思いました。
 
――ちなみに、移住先として海外は検討されましたか?

泰伸さん:海外は、家族の未来を考えたときに選択肢には入らなかったです。日本にはない環境には興味がありますが、旅行でいいのかなと思っています。

圭美さん:教育移住というよりは、子ども一人ひとりが留学先として選ぶのがいいと思っています。子ども5人の個性もそれぞれちがうので、ひとつの国に決めてしまうにはリスクが大きいですし、全員に与えるインパクトも大きいかなと。

そもそも我が家では、中学を卒業したら家を出て、それぞれ寮などで生活してほしいという方針があるんです。それぞれに、自分の場所を探して自立してほしいので、その時に自分で行きたいと思う場所が海外だったら、それは本人の意思を尊重して送り出したいです。

泰伸さん:海外ではないけど、風越学園がたとえば新潟にできていたとしたら、僕らは行かなかったと思います。

自然に囲まれた暮らしはできるだろうけど、東京から遠すぎるのがネックですよね。

その点でも軽井沢は都心からアクセスしやすいし、標高が高く森が美しい。景観を作りこんだ街にも魅力を感じていたので、土地ありきの教育移住でしたね。
 
iStock.com/CHUNYIP WONG

嫌いだった学校が、安心して通える場所に変わった

――軽井沢へ引っ越す案が出た時、子どもたちの反応はいかがでしたか?

圭美さん:下の子たちは、まだ小さくてあまり自分の意思がないので、「ママが行くなら行く」という反応でしたが、今年小学6年生になる長男だけが最初は渋っていました。

泰伸さん:でも、ある日をきっかけに「超行きたい!」に変わったよね。

圭美さん:そうそう。長男といっしょに探究学舎の授業を受けた帰り道でした。

自転車の後ろに長男を乗せながら、風越学園の話をして「どう思う?」と聞いたら、その日は「ええっ、なにそれめっちゃいいじゃん」と初めて聞いたかのように反応してくれて。私としてはそれまでも、同じ話を何度かしていたつもりだったんですけど(笑)。

彼にとっては、勉強ややりたいことを、自分で自由に組み立てられることにすごく心を惹かれたみたいです。

実際に、長男は最初からうまく新しい学校になじんでいるように見えました。たとえば1学期に「アニマル・ネイチャー・レスキュー」というプロジェクトを友だちと立ち上げ、軽井沢で活動しているNPO法人の方々が実際に熊を捕獲する瞬間に立ち合わせてもらうなど、この土地ならではの学びを体験していました。

ところが、その後、3学期が終わった春休みに本人と話していたら「1年間かけて、ようやくここでの学び方のコツを掴んだ気がする。来年度はうまくやれそう!」と言っていたので、本人なりの試行錯誤の1年だったのだろうと思います。
 
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東京での友だちと離れてしまうことについても、移住前には「距離は離れるけど、友だちであることには変わりがない」と言っていて、当時の友だちとは今でもオンラインゲーム上でつながって、楽しそうにゲームをしています。

良し悪しにはご家庭の判断もありそうですが、私としては「ゲームだから」と一律に禁止するつもりはなく、オンラインで遠くの友だちとつながり、共通の目的に向かって指示を出したり協力しあったりしている姿を見ると、まるで次世代の働き方を体現しているみたいだなあ、と眺めています(笑)。

――ほかのお子さんはいかがでしょうか?

圭美さん:長女には大きな変化があったんです。東京にいるころは、学校が嫌で、行きたくないという日がよくあって。よくよく聞くと、何かほかにやりたいことがあるとか、友だちとケンカしたことなどが理由でした。

風越学園に来てからは、子ども同士にトラブルがあった時に、スタッフさんが「加害者/被害者」に分けて対応することがないので、親としても安心感がありますね。子どもたちの話をとても丁寧に聞いてくださるおかげで、長女も学校に対する苦手意識が薄れてきているように感じます。

それと、長女はとにかく勉強が苦手で、その代わりに図工の時間は大好きなんです。風越学園には、決まった時間割はなく、自由に使える時間があります。その時間はラボという図工室のようなところで、のびのびと工作をしているようです。
 
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圭美さん:その自由な校風が功を奏したのか、つい先日、小学校に入って初めて「勉強したいから、いっしょにやろうよ」と言って、一番苦手な算数のテキストを持ってきたんです。わからないなりに、「このページまではやるんだ」と決めてがんばる姿を見て、すごく衝撃でした。

学校への苦手意識が払拭されていって、安心して通える場所になっていったのがよかったんだと思います。

また、第3子の次女は、のびのびと自分らしく過ごすことができるようになっていきました。

もともと、泣いたり笑ったり感情表現が豊かな子でしたが、そのことを担任の先生は「涙もたくさん流すけれど、その分、相手の感情も同じように感じられる」「めいっぱい生きている」とそのまま受け止めてくださいました。

さらに、風越学園では“つくる”ということを大事にしていますが、次女は、その場を共感しながら見守っていることが多かったようです。そのことも「自らつくっていない」ではなく「誰かの挑戦を応援している」と捉えてくださったことも嬉しかったです。

保育園では、文字の読み書きに興味を持たず、先生から「もう少し興味を持つように働きかけてみませんか」と提案を受けたこともありましたが、風越学園に入って数カ月で3~4年生向けの本を読むようになっていて、「あれ?1年生ってこんなに小さい文字の長文を読めるんだっけ?」と驚いたものです。

学園では「作家の時間」「読書家の時間」という、教科書を暗記したりドリルの問題を解いたりするのではないワークショップの時間があり、それによって知らず知らずのうちに身についていたようです。

――後編では、ご夫妻の働き方や暮らしの変化、宝槻さんの考える学校のあり方の未来教育の展望について伺います。

<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

2021年04月22日

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