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【防犯/前編】見つかりにくく証拠の残りにくい幼い子どもの性被害
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世界的に安全な国として位置づけられている日本の防犯対策とは?小学生をはじめとする子どもの誘拐や連れ去り、性犯罪被害のニュースは後を絶たない。この連載では、親として認識すべき安全対策、子どもへの安全教育について紹介する。第3回は、弁護士の上谷さくら氏に話を聞いた。
公園やスーパー、通学の電車やバスなど、未就学児や小学生を狙う性犯罪は後を絶たない。
弁護士の上谷さくらさんは、「証拠の残りにくい性犯罪は加害者を罪に問うことが難しく、特に子どもの場合は潜在化して見つかりにくい」という。
性犯罪から小さな子どもを守るには、そしてもし子どもが性被害に遭ってしまったときに親はどうすればよいのだろうか。
子どもへの性犯罪が発覚しにくい理由
――子どもへの性犯罪は、年々増えているのでしょうか?
18歳未満の性被害の現状はこうです。
幼児から小学校低学年くらいだと、性被害を受けていても自分が何をされているのかもよくわからず、それをする大人の行為が性加害であると気づきにくいのです。
また、未就学児の場合は、誰にでもついていってしまう危険があります。
それ以上の年齢になると、学校で行われる防犯教育で、「知らない人が手を引っ張ってきたら」などのシミュレーションが行われたり、保護者から「知らない人についていかないで」と教えられたり、ある程度は安全教育がなされます。
しかし、子どもはよく知っていて信頼する大人が怪しい動きをしても、「いつも優しいおじさんがしてくれることだから」と信じ切ってしまうのです。
性加害は子どもを手なずけることから始まる。グルーミング、あるいは手なずけ行為と呼ばれ、子どもの信頼を得たうえで、これを逆手に取って犯罪に及びます。
子どもを可愛がっているのではなく、狙いはもっと先にあるのです。
被害を受けた子どもが思春期になる頃、記憶と共にフラッシュバックし「あの行為は犯罪だった」と気付いても、そのときには証拠は残っていません。
小学校高学年から中学生くらいになると、学校や塾、スポーツなどの習い事の先生など、恋愛だと思いこまされ、被害者になることも。
それくらいの年齢の子どもだと、いやだと思ったら逃げられる場合もあります。子どもが不快感を示したらそれ以上は手を出さず、上手に手なずけてから「君は特別なんだよ」「期待しているよ」と、うまく取り込んでいるのでしょう。
素直な子どもほど、信頼する大人の期待に応えなければと思ってしまうんです。そして加害者は「特別だから、このことは家族や友だちには内緒ね」と必ず口止めをします。
すると子どもは懸命に約束を守ろうとする。だから子どもの性被害はなかなか発覚しないんです。性被害を恋愛だと思い込んだまま、大学生まで関係が続いていたというケースもありました。
今は子どももスマホを持つ時代。SNSなどで簡単に連絡が取れてしまうし、保護者も管理しきれない。巧妙化した性犯罪に保護者が気付くのは、相当難しいと思います。
――そんな実態がある中、法律は子どもを性犯罪から守ってくれるのでしょうか。
2017年、性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正されました。
性犯罪に関する刑法は主にこの2つ。
- 176条 強制わいせつ
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
- 177条 強制性交等
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
改正されたのは以下の点です。
細かい規定は変わっていたものの、刑法という太い幹は、性犯罪に関わる部分は1907年から変わらず見過ごされてきました。
「恥ずかしくて言えない」「そんなこと知られたらお嫁に行けなくなる」など、いろいろな事情で被害者たちは黙っていたのだと思います。
子どもをどのように保護していくかということは、法律上においても重要な論点となっています。今後も、より法的に子どもを守れるように、刑法を改正する議論がなされています。
身を守り、証拠を残すための予防法
――これだけ性犯罪に巻き込まれる子どもが年々増えていますが、性犯罪は未だ「不起訴処分になることが多い」印象です。
その理由は主にふたつあり、ひとつは起訴にするための証拠が足りないことです。
だからこそ、被害に遭った子どもが健全に回復するためにも、日々の「予防」と、もし被害に遭ってしまったときの「証拠をいかに残すか」が重要なのです。
――予防には、防犯グッズを持たせておいたほうがよいのでしょうか。
催涙スプレーやスタンガンなどの防犯グッズを使った場合、正当防衛になるとは思いますが、加害者に取り上げられてしまう怖さもあります。
お守り代わりにカバンの中に入れていても、いざとなったら、カバンの中の防犯グッズを探っている間に被害に遭ってしまう可能性だってあります。
――いざ被害にあったときにどうすればよいか……。子どもには、身を守るために何と伝えておけばよいのでしょう。
対処法はかなり難しいです。私が過去に強制わいせつで関わった被害者は、武道の有段者でしたが、実際に被害に遭ったときは「体が固まって動けなかった」と。
「痴漢にあったら安全ピンで刺して」と言われることがありますが、正当防衛とはいえ、普段訓練していない人間が他人を攻撃するのは、かなり難しいはず。過剰防衛とみなされる可能性もありますし、満員電車だと他の人を刺してしまうことがあるためおすすめできません。
まずは、親も子どもも「いつ事件に遭ってもおかしくない」という心構えをしておくこと。
みなさん、いつ来るかわからない大地震に備えていますよね。それと同じです。
犯罪に巻き込まれないほうがいいのはもちろんです。けれど、どんなときでも、どんな場所でも巻き込まれてしまうことはあるんです。
いつ巻き込まれてもおかしくない、という気持ちで日頃からシミュレーションしておくことで、いざというときに取れる行動が変わってくると思います。
――そして予防と同時に、もし被害に遭ったときの証拠の残し方ですよね。これはどんなことを覚えておくとよいですか。
身体を触られるなどの場合、できれば触ってくる手を引っかくなどして、犯人の手に証拠を残す。そして自分の爪に犯人の皮膚片を残し、DNA鑑定の可能性を得ましょう。
スマホを持っていた場合、加害者の顔や手を撮影できるといいですね。逃げる後ろ姿を撮影するのも有効です。逃げられても、写真が残っていれば後から捜査に役立つことも。発生場所や日時の特定にも役立ちます。
電車内以外でも、少しでも怪しい気配を感じたら、ボイスレコーダーのスイッチをオンにしておくことも証拠を残すために有効です。正当目的があれば録音の許可は必要なく、違法になることもありません。
――ここまでできると証拠が残りやすいのですね。
ひとりで通学をする子どもでもできる予防策としては、電車通学ならば乗車する時間と車両は毎日変えることですね。
朝の時間帯に乗車する時間は、自宅の最寄りですよね。さらに制服がある場合、制服を見ただけでどの学校に通っているか一目でわかってしまう。
どの辺りに住んでいて、どこに向かうのかという、おおよその一日の行動パターンがわかってしまうため注意が必要です。
示談は相手を許すことが条件ではない
――性犯罪が「不起訴処分になることが多い」理由のもうひとつはなんでしょうか。
もうひとつは示談になっているケースが多くあるということです。
証拠は揃っているにも関わらず、辛い捜査や裁判を回避するためだったり、性被害によって不安定になった生活の保証を望んで、被害届の取り下げと引き換えに示談金を受け取るといったことが理由に挙げられます。
性被害に遭遇してしまったとき、自分で納得したうえで、示談にするという場合はそれでいいのですが、反対に、「絶対に刑務所に行って処罰を受けてほしい」と強く望んでも、証拠がなければ立証できません。けれど性犯罪の現場には証拠が残っていないことがすごく多いんです。
憲法と刑事訴訟法には、自白による冤罪を防ぐための「補強法則」があります。加害者が罪を認めていても、他に証拠がなければ立証できず、有罪とすることができないというルールです。
加害者が大人の場合、証拠を残さないように罪を犯すから、特に難しい。もちろん、被害者の証言も重要な証拠ですが、被害者が子どもの場合は証言が曖昧なことも多いですし、仮に被害者が大人であっても、被害者の供述のみで立件できる事件はとても少ないです。
――示談にするメリットは何ですか?
前提として、示談の捉え方は人によって異なり、法律上もはっきりとした定義があるわけではありません。
「示談が成立した」というと、加害者からお金を受け取ることと思われがちですが、必ずしもそうではないのです。
確かに名目として示談金、慰謝料、解決金、被害弁償など、お金での補償をすることが多いですが、当事者同士の意見が一致すればお金のやり取りをしないこともあります。
ここで重要なのは、お互いが納得すること。
性被害を受けて許す人なんていませんし、許さなくていいんです。「加害者がお金を払ったから許す」なんてことは絶対にない。
刑事事件が起きると、たいていの加害者は被害者に示談を持ちかけます。加害者側の弁護士が間に入り、「これだけ支払いますから被害を取り下げてくださいね」と宥恕(ゆうじょ)を求めてくることが大半です。”宥恕”とは、許すことを意味します。
本当は許す気持ちがないのに、宥恕文言の入った示談が成立すると、警察などから事件として見なされなかったり、裁判になっても刑が軽くなったりします。
それが取り返しのつかない後悔となり、被害回復の遅れにつながることも。本当に宥恕文言を残してもよいのか、慎重に考えましょう。
お金を受け取って許したことを「売春みたい……」と感じてしまう人もいます。示談金を受け取ることで「金目当て」「美人局(つつもたせ)」と非難する人たちもいるかもしれない。そうした非難を避けるために、示談を拒否する被害者も少なくありません。
被害者がお金を優先することは、責められることではありません。むしろ、金銭賠償を受けるのは当然の権利です。
加害者に謝罪させ、お金を払わせることは再犯を防止する観点からも重要です。被害者は何も悪くないのだから、堂々とお金を受け取ってよいのです。
実は知られていない対処法
実はあまり知られていないのですが、お金を受け取ったうえで刑事事件にすることもできます。
私の元に相談に来た被害者の方には、加害者からお金を受け取ったうえで、刑事事件にしていいのだ、と伝えています。
加害者を罪に問わなかったことを後から後悔してほしくないし、加害者を前科者にすることで再犯の抑止を狙う意図もあります。
――なぜ知られていないのでしょうか。
被害者の権利が意識されるようになったのは、「犯罪被害者等基本法」ができた2004年頃から。それ以前は、いつ裁判が行われているか、どんな刑に処されたのかも被害者に知らされることはありませんでした。
2009年に裁判員制度とともに被害者参加制度が開始され、被害者も弁護士を交えて主体的に裁判に関わることができるようになったのです。
けれども、今なお加害者側だけに弁護士がつくことは圧倒的に多い。被害者は素人だから、弁護士に従わなければ示談金を受け取ることができないと思ってしまうのは仕方のないことですよね。
被害者に知識がないことをいいことに、「許さないのであればお金は支払わない」という加害者側の弁護士もいます。
本来であればお金を受け取ったうえで、刑事事件にすることができたのに、もみ消されてしまった性被害はすごく多いと思います。
ただし、自分が納得しているのであれば示談は悪いことではありません。被害回復の方法は人それぞれですから、相手に罪を認めて謝罪させ、早く解決して日常生活に戻るために、示談を選ぶという手段もあります。
性犯罪の被害に遭ったのに、もみ消されてしまったり、泣き寝入りしたりすることで、被害回復が遅れPTSD(心的外傷後ストレス障害)などを発症するケースもあります。
そうならないためにも、刑事事件や示談について、正しい知識を持っておきたいですね。
――後編では、実際に子どもが性犯罪の被害に遭ってしまった場合の親の接し方や心のケアについて聞いていきます。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部
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