こちらの記事も読まれています
【菊地幸夫】子どもを被害者・加害者にさせないために
子どもをとりまく環境が急激に変化し、時代が求める人材像が大きく変わろうとしている現代。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、弁護士の菊地幸夫さんに話を聞いた。
法律がどのようなものかを知るためには、まず自分の権利について知る必要がある。そして権利には責任と義務が伴うことも忘れてはいけない。
番町法律事務所で弁護士を務め、コメンテーターとしても活躍する菊地幸夫氏(以下、菊地氏)は、前編で法律を語るためには人権から始めることが大事であると話した。
ここからは、子どもに身近な法律と、それをどのようなマインドで考えていくとよいか聞いていく。
時代に合わせて法律は増えている
――法律はどのようにして出来るのですか?時代に合わせてフレキシブルに作れるものなのでしょうか。
「新しい法令は覚えきれないくらい続々と出ています。六法全書もどんどん分厚くなっている。少し前までIT分野の法令はごっそりありませんでしたが、インターネット時代になり圧倒的に増えました。
誰しもが『それは必要だよね』というテクニカルな法案はポンポンできるし、決まるのも早い。
法律が出来上がる手続き自体は簡単です。衆議院、または参議院で法案を自分の属する院の議長に提出します。その法案に対応する委員会で審議しOKが出たら、本会議にかけ衆参一致すれば成立です。
ただ、成人年齢引き下げや少年法の適用、夫婦別姓など、僕たちの生活の土台となる重要な部分に関する法案は審議に時間がかかります。
新しい法案を作成するときも、憲法と照らし合わせヒエラルキーのどこに位置づけられるかを確認します。その法律は上位の法律に反していないか。逆にその法律ができることによって、下位の法律に矛盾する部分があれば廃止するか改正せざるを得ません。
どんな法律が制定されているか、または廃止になっているかを調べるには、かつては年に1回発売される六法全書をめくって調べていましたが、今は内閣法制局ホームページで見ることができます」
内閣法制局ホームページによると、2020年に入ってから今日(7月22日現在)までの間に新たに公布された法律は64件。新型コロナウィルス感染症の蔓延により「新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案」も公布されている。
子どもが被害者にも加害者にもならないための考え方
子どもに身近な法律とは
文部科学省による「平成30年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」では小学校におけるいじめの認知件数は425,844件。少年犯罪は減少傾向にあるが、いじめは2011年の33,124件から爆発的に増加している。
――いじめや、SNSでの誹謗中傷はどんな罪にあたるのでしょうか?
「法律は大きく憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の六法に分かれ、なかでも刑法は社会の安全を守るために犯罪や刑罰について定めたもの。
たとえば、いじめで人を殴れば暴行罪(刑法第208条)。SNS上や公然の場で暴言や誹謗中傷をすれば名誉毀損罪(刑法第230条)や侮辱罪(刑法第231条)にあたります。
子どもでも、刑法に触れる行為をすれば補導されたり保護されたりすることもあり、少年法や児童福祉法では、家庭に関する事件および調停、少年の保護事件などを扱う家庭裁判所で審判することもありますが、基本的には、児童相談所などを中心に更正を図ることになります」
――子どもも、被害者だけでなく、加害者になることがあるということも忘れてはいけませんね。
「権利を主張することには、同時に責任や義務も生じますからね。
たとえば労働法。未成年が『僕には権利があるからお小遣いを稼ぐために働く』と主張したとして、『君が一人前になるまでは親が代わりに労働の契約をするよ』ということになりそうですが、親の搾取を防ぐために、契約は親が代わりに締結を結ぶことはできません」
――ほかにも、わいせつな表現から子どもを守ったり、使用に年齢制限のあるSNSもありますよね。
「子どもを守るという名目のもと、そのような問題表現やSNSから子どもを遠ざけているのですが、子どもを守るという一面がある反面、子どもの権利を制約する面もある。
子どもが何らかの事件の加害者や被害者にならないために、頭ごなしに禁止したり、押さえつけたりするべきなのか。危険が入り混じる社会から隔絶した安全な場所に、ただ閉じ込めておけばよいのか。子どもを守るための権利と制限については、つかず離れずいつも問題になります」
なぜ、人に迷惑をかけてはいけないのだろう?
「子どもへの伝え方としても、法律に触れるからだめ、触れなければやっていい、ということではないですよね。
相手を不当に虐げる言動をしてはいけないという基準を伝えられるとよいと思います。無視や陰口はいけないといった事象だけを捉えるのではなく、自分と同じように尊重される権利のある相手の存在を否定するのはどうなのか、自分が同じような扱いをされたらどうか、そういう姿勢で考えるといいと思いますね」
――現代は、目の前にいる相手だけでなく、存在の見えない、インターネット上の相手に対しても、教える必要があると感じます。最近は、EUの個人データ保護の法律GDPR(General Data Protection Regulation)や、情報を削除してもらう『忘れられる権利』なども知られるようになってきました。
「日本では、著作権法や個人情報保護法などが挙げられます。
たとえば、インターネットでの画像などの創作物を勝手にダウンロードしたり無許可で使うことは、それを生み出すための努力をした人や、才能がある人の権利を考えていないんですね。そこに費やすエネルギー、価値、そういったものが想像できていない。
SNSでの誹謗中傷に関しても同様に、人は誰しも尊重されなければいけない、ということが欠落している。
尊重されるべき個人である以上、その人の社会的価値を低下させるようなことをしていい存在ではないんです。たとえば、なじる、侮辱をする、罵声を浴びせる、よからぬ噂を流すとか。そういう順番で教えたほうが、子どももわかりやすいでしょう」
――以前、スクランブル交差点にベッドを置く様子を撮影した動画が問題になっていました。モラルとしてやってはいけないといことは当然わかるのですが、そういう行為が道路交通法に違反するということは私自身、初めて知ったんです。
「『人に迷惑をかけてはいけない』というのが、やはり基本にあります。それはつまり、自分自身も人権の侵害をされてはいけないし、同じように他人の権利も侵害してはいけないんですよ。
その例でいうと、スクランブル交差点を通る何百、何千という一人ひとりの権利をお互いに尊重しなければならない。青であれば信号内どのコースを歩いたっていいわけです。その真ん中にベッドを置くとどうなるか。これは交通妨害になります」
――なるほど。自分の権利を考えられると、自分以外の権利も守れるということですね。そう考えると、いろいろなことに応用できそうです。歩きスマホがなぜいけないのかも同じですよね。
無人島であれば、いくら歩きスマホをしても一向に問題はありません。でも、人が多く行き交う場所で歩きスマホをすると、流れを阻害する場合もあるし、危険な場合もあります。
歩きスマホ自体は、条例での禁止例はありますが、法律では禁止されていません。けれど、人にぶつかってケガをさせてしまえば過失傷害罪に問われる。罪になるからではなく、同じ空間を共有する人々の権利を少しでも意識できると、端に寄ってスマホをチェックしようかな、という考えに至る。
人が多い場所は、まさに人権センスの勉強の場です。ひとりが大きな場所を取ると他の人が狭くなるとかですね。まずは自分の権利を知り、その向きを変えてみると人に迷惑をかけてはいけない理由がなんとなく分かってくるかもしれませんね」
自分と相手の権利を尊重し合い、共生するためのルール
法律は、社会で発生するさまざまな問題から私たちの生活を支え、守ってくれている。
一方で、さまざまな法律は私たちの自由や権利を制限するという捉え方をすることもできる。ある意味、権利のあり方を私たちが等しく理解していたならば、ここまでたくさんの法律はいらなかったのではないだろうか。
「そうかもしれません。権利についてのリテラシーを持っている人もいれば、全く持っていない人もいる。みんなの認識がバラバラだから、ルールとして法律があるという見方もできます。
自分が相手の権利を尊重していても、全ての人が全ての人の人権を尊重するわけではない。なかには他人の権利を尊重しない人間がどうしてもいるんです。人を殺す人もいれば、誘拐する人もいる。
特にインターネットの中は顔が見えない分、権利を脅かす人が潜んでいる可能性がより高くなる。そこは権利が保障されていない世界だということを認識する必要があります」
人が社会で共生し、互いの権利を認めるためのルールである法律。そのスタートラインは日本国憲法に基づく人権にある。
私たちを縛るものではなく、自分の存在を尊重し、相手の存在を尊重して共生するための社会のルール。
『君は、ひとりの人格者であり人間であり、人権を持つ、法律的にはベースは大人と変わらない。個人として尊重されるべき存在なんだよ』
子ども自身が、おかしいことにはおかしいと声を上げ、被害者にならず助けを求められるように。知らず知らずのうちに、加害者にならないように、この言葉を投げかけること。
親がサポートをしながら、子ども自身が、自分の権利と責任、義務を考えられるよういっしょに向き合っていきたい。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部