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【#私の子育て】小島慶子 ~オーストラリアと日本の2拠点生活を送る2児のママ
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KIDSNA編集部の連載企画『#私の子育て』。#07はタレント、エッセイストとして活躍する、小島慶子さんにインタビュー。一家の大黒柱として、自身が生まれ育ったオーストラリアのパースで、夫と2人の息子を育てながら、日本では多忙なスケジュールで仕事をこなす彼女。子育てや家族、仕事の両立についてどのように考えているのだろうか。
「仕事にはいくらでも代わりはいるけど、親の代わりはいない」
「子どもは空っぽの器。勝手に何かを注ぎ込むのではなく、どんな人かを知っていく」
「今、目の前の子どもが笑顔なのか、目がキラキラしているかが最優先」
こう語るのは、タレントの小島慶子さん。元アナウンサーで、テレビやラジオに多数出演。2010年には独立し、エッセイストとしての執筆や講演活動など、現在も活動の幅を広げている。
2013年にはオーストラリアのパースに「教育移住」。自身は日本で働きながら、数週間ごとに夫と2人の息子が住むオーストラリアとを行き来する日々を送っている。
子育てや仕事、生き方についての連載や著書を多数持つ彼女がどのような考えを持っているのか、直接話を聞く機会を得た。
時間の使い方は「6割上等」
小島慶子さんに会ってみると、何事に対しても真摯に向き合い、まっすぐに言葉を届ける人だと感じた。以下のアンケートに書いてくれた「今に感謝」という言葉も、そんな彼女のイメージにぴったりだと感じた。
この中でも目についたのが「6割上等」というマイルール。「両立のためには、子育ても仕事も6割でいい、という風に頭を切り替えたんです」と語る。
オーストラリアと日本を行き来する忙しい日常を楽しむために、彼女が編み出した生きていくスキルなのかもしれない。子育てや仕事、家事に対して「60点取れたから、今日はもうここまでにしよう」と考えることにしているという。
ほとんどの母親が、仕事も家事も育児も100点を目指してつらい気持ちになった経験があるのではないか。60点でいい、という言葉はとても同じ母親の立場からすると心強い。
どのようにして小島さんがそう考えるに至ったのか、その背景について詳しく話を聞いた。
大人の世界は膝から上。膝から下は見ない
現在、ふたりの息子は高2と中2だが、まずは幼児期の子育てについて振り返ってもらった。
膝から下は子どもの領域
屈託のない笑顔で、「部屋の中で、膝から下は見ないようにしていました」と言う小島さん。
――膝から下、というと…?
「子どもが小さいときって、どうしても大人の領域に子どものモノがどんどん入り込んできちゃいますよね。カラフルなおもちゃとか。そういうのを気にし始めるときりがないので、大人の世界は膝から上だから、膝から下は子どもの世界として、気にしないことにしていたんです」
膝の高さを大人と子どもの世界の境界性とみなすユニークな発想は、さすが言葉を扱う仕事をしている彼女らしいと感じた。たしかに、子育てを経験した人には足元が子どものモノでいっぱいの風景を思い浮かべることができるのではないか。
「この“みなす”ということが大事なんです」と、小島さんはさらに続ける。
洗濯物をたたんでいるとみなす
「本当に忙しい時期は、洗濯物もたたみませんでした。夫は家事全般をやってくれていますが、洗濯物をたたむことだけは苦手みたいで。私はどちらかというと整理整頓が得意で、洗濯物をたたむのも得意ですが、忙しいときは本当に時間がなくて。
だから、大きなかごを買ってきてソファーに置いて、“そこに入っている衣類はたたんでいるとみなす”ということに決めたんです」
――なるほど。みなし力、大事ですね。
「だって、白黒つけてたらきりがないですよね。かごが空になることはないですけどね。掃除も、子どもたちが何かをこぼして、どうしてもやらなきゃいけないときにしかやらないって決めていました」
うらやましいほどの潔さ。たしかに、常にピカピカに掃除されている状態を目指さなくていいと考えると気が楽になる。
しかし、小島さんも最初からこのような考え方ができたわけではないという。
少ない睡眠時間をやりくりする、小島慶子さんの一日
オーストラリアと日本を行き来する小島さんは、どのようなスケジュールで1日を過ごしているのだろうか。今回は家族と一緒にオーストラリアの自宅で過ごす場合について教えてもらった。
「オンオフの切り替えが下手です」
――睡眠時間、少ないですね。
「自分でもびっくりしました。でも、原稿は3時に終わることもあるし、もっと早く終わることもあるので、そういうときは寝るようにしています。日中に時間を見つけて少し睡眠を取ることもありますね」
――パースのご自宅にいらっしゃるときも忙しそうです。
「そうですね。原稿や番組の資料を読んだり、部屋にこもることもあるし徹夜することもあります。1日中パソコンの前に座っている感じ。オンとオフの切り替えが下手なんですよ、すごく。
どうしても調子が悪いときは、夫にお願いして車でビーチまで連れて行ってもらいます。それで足だけ海に入って、30分ぐらいしたらまた家に戻って仕事に戻ります」
共働き時代は自転車操業
――自宅でお仕事しているときにお子さんに話しかけられたら、頭の中をどう切り替えていますか?
「今は子どもの話を聞くタイミングだと自分に一生懸命言い聞かせています。ちゃんと意識してないと、つい仕事に没頭してしまって、話の内容を忘れちゃうこともあります。子どもに『ママ、それ前にも言ったじゃん』って指摘されたりしますけど。
だけど、どんなに忙しいときでも、子どものことはちゃんと見ていようと思っています。日本とオーストラリアで子どもと離れているときは、『いってきます』『ただいま』『おやすみ』の時間に、タブレット端末でテレビ電話をするのですが、たとえば次男が食事をしながらつなぎっぱなしでいるときがあって、私もいろいろ動きながら、ふと画面に目をやると、食べながらでもやっぱりこちらを見ているんですよね。
子どもって、成長するうちに親からどんどん離れて進んでいくし、それを親が捕まえておくのはもちろんいけないんだけど、子どもが時々、こちらを振り返ったときにちゃんと目が合うようにしておきたい。子どもは親を見ているから、私もちゃんと見ていてあげたいと思っています」
――お子さんが小さいころは、仕事と子育てをどう両立していましたか?
「アナウンサーは、穴があけられない仕事だったので大変でした。でも、そのころは日本で私と夫が共働きをしていて、ふたりで家事と育児を分担していたので助かりました。保育園とベビーシッターと病児保育で、夫婦でスケジュールをやりくりして自転車操業で乗り切ったという感じです」
少ない睡眠時間、苦手なオンオフの切り替え、共働き夫婦の自転車操業…。テレビや雑誌など一見華やかな世界にいるようでも、コツコツと積み上げてきたものは、私たちと変わらない。働く母親たちにとって、小島さんの存在はとても心強い。
育児と仕事と家事、両立のためのマイルール
オーストラリアと日本の2拠点生活、そして数年前からは共働きではなく「一家の大黒柱」として働く小島さん。どのように子育てや家族、仕事のバランスを取っているのだろうか。
仕事は代わりがいるけど、親の代わりはいない
――お子さんが小さいころと今とではちょっと子育ての段階がちがうかもしれませんが、「これだけは変わってない」という心がけはありますか?
「子育てを始めて16年たちますが、仕事には代わりがいるけど、親の代わりはいないという考えは変わっていません。タレントっていくらでも代わりがいるんです。どんなに有名な人でも。でも、子どもたちの親は私と夫しかいない。
子どもが小さいときは、時間が不規則になりがちな報道のお仕事を外してもらったり、子育てを優先するように心がけていました」
――当時だと、そういう考え方は、周囲の目が今より厳しかったのではないでしょうか。
「そうですね。子どもを産んだ同僚たちが、女性の上司に『やる気がない人たち』と言われていたこともあったし、私が33歳で次男を出産して職場に復帰した時には、レギュラー番組がほとんどなくなりました。毎日アナウンス部で電話取りをしていたら、ある男性アナウンサーに『このさき仕事なんてないかもしれないのに、いつまで会社にいる気ですか』とマタハラ(マタニティ・ハラスメント)をされたこともあって。
ものすごく悔しかったのですが、このころは労働組合の副委員長として、社内の育児支援制度などに携わっていたので、『会社で整った制度を使って何が悪いんだ!と割り切れました。『私は堂々と子育てをしていこう』と思えるようになったんです。
それと、私がラッキーだったのは、私より少し先に出産して職場復帰していた同期の一人に『小島、全然大丈夫だよ』と言ってもらえたこと。子どもを産む前と同じ仕事じゃないかもしれないけど、ちゃんと仕事は来るよ。楽しいよって」
子育ては永遠には続かない
――でもきっと、葛藤もありましたよね。
「ありました。当時、もっと報道の仕事をしたいって思っていたんですけど、子どものお迎えもあるし、やっぱり子どもがいると難しい気がして。せっかく仕事の依頼があっても受けられなかったり、子どもが急に熱を出して先輩に仕事を代わってもらうことが何度か続いたときは、ちょっとつらかったです。
このままどんどん仕事が減っちゃうのかな…という焦りは常にありましたが、子どもを産んだら仕事がなくなる社会なんておかしいと思いました。仕事も子育てもできることを当たり前にしたい、と。今は子育てを一番優先しているけれど、これは永遠には続かないから今はこれでいいんだと思っていました。
また、子どもを産む前は自分の仕事に不満があったり、こんな仕事がやりたいという思いもありましたが、出産後は来る仕事のすべてがありがたいと思うように。そう思って仕事をしていると、不思議なことにどんどんおもしろくなってくるんです」
子育てと仕事のバランスの難しさを日々感じている母親は多い。小島さんもそんな悩みや葛藤と向き合い、乗り越えてきたのだと感じた。
子育てのターニングポイント
子どもが生まれてから考え方にも時間の使い方にも変化があったと語る小島さん。その変化について聞いた。
――子育てのターニングポイントはありましたか?
「ターニングポイントは、わりと早い段階だったような気がします。まだ長男が小さいとき、周りの友人たちが子どもをある有名な幼児教育スクールに入れていて、私も誘われて面接を受けたら合格したんです。
でも、子どもの心に自然に生じるものがどんなものなのか、どんなことをやりたいって言いだすかを見たかったのに、その前に大人が何かを与えてしまうのはもったいないと感じました。子どもって本来すごくおもしろいものを持っているはずなのに。だから、入学させるのをやめました。
その時に、自分の勘ってけっこう大事で、これ、大丈夫かな?って思ったときは、自分の勘を信じていいんじゃないかなって思いました」
ーーご自身の勘を信じた結果、オーストラリアに引っ越すことになったのでしょうか。
「はい。あの時、あっちの方向に進んでいたら、今とは全然ちがう子育てになっていたと思います。お受験ママになっていたかもしれないし、オーストラリアに引っ越すこともなかったかもしれません。
今思うと、子どもって空っぽの器で、そこに早いうちにいいものを注ぎ込まないといけない、という考え方に流されていましたね。でも、初心に戻って、自分が妊娠した時のことを思い出してみたら、この中に誰が入ってるんだろう?という感覚だったなって。
実際に産んだ子どもの顔を見た時、『これは誰?』と思ったんです。だから、まずは自分の子どもが誰なのかを知っていかなきゃ。子どもがどんな人なのかわからないのに、勝手にいろいろなものを注ぎ込んではいけないと思いました」
今、目の前にいる子どもが答えを持っている
「あと、みなさん子どもが生まれると、まだふにゃふにゃの赤ちゃんのうちから、将来はどんな大学に入れようとか、やっぱりプログラミングを学ばせたほうがいいとか、すごく先のことを考えてしまうこともありますよね。
でも、そんな先のことよりも、今、お互いが生きていることがラッキーなんだというところに、立ち返るようにしたいと私は思います。親がどんどん先のことを考えて習い事をたくさんやらせて、子どもが休みがないほど忙しくなって…。そんなときは、未来のために必死にがんばっている“今”の生活が本当に幸せかを考えたほうがいい」
そう語る小島さんは、冒頭のアンケートでも、ふだんの生活の中で「今に感謝」という持論を培ったと回答している。
――そう考えるようになったのは、なにかきっかけがあるのですか?
「東日本大震災の時に、人はいつ死ぬかわからないと感じました。考えたくないことだけど、自分の子どもだって、どんなに気をつけていても、いつ何があるかわからない。
もし万が一、子どもが4歳だとして、5歳までしか生きられないってなったときに、その短い人生が幸せなものなのか、今日1日が幸せかどうかって、常に考えていました。人生、いつ終わるかわからないなら、今現在のクオリティ・オブ・ライフを高めてあげないと。今、この瞬間に、生きることを楽しいと思えるかどうかって大切なことですよね。
特に小さい子どもって、“今、この瞬間”しか生きてないと思うんです。育児に関する情報や書籍はたくさん出ていますが、すべての答えは子ども自身が持ってる。
だから、今、目の前の子どもが笑顔なのか、目がキラキラしているかということを最優先させたい。そんなハッピーな毎日を積み重ねて到達した場所なら、きっと子ども本人にとってもハッピーだと思うんですよね」
仕事、子育て、家事。慌ただしい毎日の中で、本来ならいちばん近くにいるはずの子どもをちゃんと見る余裕がなくなることもある。でも本当は、今、目の前にいる子どもがいちばん情報を持っていて、答えを持っている。そのことを毎日意識するだけで、子どもとの向き合い方が少し変わるような気がした。
「君はノーと言っていいし、私があげた地図を捨ててもいい」
「うちは息子が2人なのですが、長男が中学3年生のときに反抗期があって。部屋に入ろうとすると私を追い出そうとするので、無理矢理入っていって、『やっかいなことを追い出せると思うなよ! どんなにしんどくても話し合うんだよ!』と言いました。今は次男がこれです(笑)」と話す小島さん。日々成長していく子どもたちに、どういう思いを抱いているのだろうか。
「自分が親である以上、この世界のことをまだ知らない子どもに、まず“地図”を渡さなければなりませんよね。子どもも最初はその地図を手に世界を見ますが、そのうち、いろいろなことを知って、『この地図、ちょっと違うぞ』と感じることもあると思うんです。そして、いつかはその地図は破られてしまう。でも、それが大人になるということ。
親は、どうしても最初は、自分の描いた地図を渡さないといけないから、自分の思い込みに子どもを引きずり込まざるを得ない。これは宿命なのかもしれません。
だからこそ、君はノーと言ってもいいし、この地図が違うと思ったら捨ててもいいよというメッセージを、地図とセットで渡したいなって思います」
編集後記
自分の気持ちにまっすぐで、常に本質を見極めようとする小島さんの話に、取材現場にいる全員が引き込まれた。明るく、笑いの絶えない現場だったが、語られている言葉は真摯で奥行きがあった。
働く母親、そして女性の新しいロールモデルを果敢に塗り替えていく小島慶子さん。これからも彼女の背中から目が離せないと感じた取材だった。
<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部