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【イギリス留学】デジタルフリー・農場で学ぶ「The Elms School」
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教育コンサルタント
教育コンサルタント
学校見学と図書館が好きなフリーランスの教育コンサルタント。元留学カウンセラー。東京大学教育学部卒。二児の母。インター歴7年、アメリカに4年単身留学していた帰国子女。子どもが自分より英語をできるようになった保護者から進路・教育相談をよく受けます。
フリーランス教育コンサルタントの萩原麻友さんが、短期・長期で小学生から入学できる世界各国の学校をセレクトする「世界の学校ガイド」。インターナショナルスクールやボーディングスクール、国際バカロレア認定校など、グローバルな環境に身を置いて子どもに学んでほしいと思う保護者に向け、特徴的なカリキュラムや費用などをご紹介します。第3回は、イギリスのThe Elms School(ジ・エルムズ・スクール)です。
1614年の創立当初から同じ土地で存続しているプレップ・スクールとしてイングランドでは最古のジ・エルムズ・スクール(The Elms School、以下エルムズ)をご紹介します。
イギリスの「プレップ・スクール」とは、私立の小中学校のことを指し、教育の選択肢のひとつとして支持されています。伝統的には8歳から13歳の男児を名門中学や高校に送るための初等教育機関でしたが、今では共学や女子校ができ、その内容も多様化しています。
プレップ・スクールでは、少人数制指導や洗練された教育メソッド、最新の技術、そして課外活動を豊富に提供している傾向があります。また、規則や学業が厳しいことも珍しくない一方で、人間的な成長や共感力などのソフトスキルの習得を謳う学校も多いです。
エルムズは年少から中1までの男女9学年を抱えながら定員は189名のみという小規模な寮付きのプレップ・スクールです。東京ドーム3つ分の広さを余す敷地に、自然、農場、校舎、スポーツ施設、寮などを構えています。
エルムズの生徒たちからは、プレップ・スクールっぽい堅苦しさよりも、どこか温かい人間らしさを感じられます。
子どもが子どもらしく過ごすには
エルムズの生徒は野外で過ごすことが奨励されており、授業以外のタブレットやパソコンも極力排除されています。いまの時代とちょっと逆行しているように感じられるかもしれません。
エルムズが学校としてあえて提供しているのは、子どもがなるべく「本来の子どもらしく、自然体で過ごせる」場所です。
エルムズの先生は、生徒が強制されずにただ子どもらしく遊んでいるなかでひらめきや、きっかけ、楽しさ、充足感を自然に得ることを狙っています。このような偶発的な刺激は、体系化された教科学習では得にくいでしょう。このような活動のことを「裏庭学習(backdoor learning)」と呼んでいます。
生徒がなるべく子どもらしく過ごせる仕掛けとして、エルムズの敷地内では子どもたちに安全に自由に遊ばせるほかに、農作業や乗馬の施設もあります。
たとえば、生徒は農場で動植物の世話や製品づくりなどの一連の作業に関われます。牛や豚、放し飼いの鶏、馬や羊などにただ餌をあげて可愛がるだけではなく、服や手を汚すような重労働もあります。そしてそこで育てられた農作物や家畜は、食堂で実際に食べられています。
作業に関わる子どもたちは強制されているからではなく、ただやりたいから、楽しそうだからやっているそうです。
校長のクリス・ハッタム先生曰く「子どもが初めて産みたての卵を手に取り、その暖かさや重さを感じた瞬間といったら、それに代わる教育体験はないだろう」とのこと。このような実体験から命の多様さ、尊さや冷酷さを学べるプレップ・スクールは珍しく、このためにエルムズを選んだ親子も少なくないそうです。
自立した学習者を育てるモンテッソーリ幼稚園
エルムズの年少(Nursery)と年中(Recption)にあたる2学年は、異年齢のモンテッソーリ学級です。
モンテッソーリの基本領域である日常生活の練習、五感を使う教具、読み書きなどの言語教育、数の概念、地理や歴史を含む文化教育をベースとしながら、さらに音楽や演劇、美術や工作、身体活動、自然活動、保健/道徳(イギリスのPSHE科目)、子ども哲学(イギリスのP4C科目)も取り入れています。
モンテッソーリ・メソッドを通じて、子どもは知らずのうちに自分の学びに主導権を持ち、自立した学習者として探究心を満たすことを覚えていきます。
モンテッソーリから授業型へ2年かけて移行
年長の年になると、モンテッソーリ式の環境から従来型の学校授業へと段階的にシフトしていきます。なんと小2に上がるまでの2年間をこの移行期間に費やすというので、かなり慎重で手厚いことがわかります。
その裏には、どの学年においても、どの子どもにとっても、学校での体験がポジティブであることを保障したいという学校ならではの想いがあります。
授業が結びつける学びと遊び
小学校1年生からは、音楽、フランス語、コンピューター、農村学(Rural Studies)、デザイン&技術(Design and Technology, 通称DT)などの専門教科が始まります。
2年生に上がるとモンテッソーリ式から離れますが、それでも授業は双方向の対話形式が多いです。一部の教科には専任講師が就きますが、小3までは学級担任制をとっています。
授業教科一覧
小2から中1までにエルムズで履修する授業教科をご紹介します。一部の教科は小1から始まります。
算数 Maths/国語 English/理科 Science
保健・道徳 Personal, Social and Health Education, 通称PSHE
地理 Geography/歴史 History
コンピューターとコーディング Computing
ラテン/ギリシャ語と文化 Latin and Greek
フランス語 French/農村学 (園芸、畜産、自然と環境保護)Rural Studies
美術 Art/演劇 Drama/音楽 Music
デザインと技術 Design and Technology, 通称DT
小学生にしては教科が多いと感じられるかもしれません。早くからこれだけ多様な分野について学び、慣れ親しむなかで、生徒たちの得意・不得意が明らかになってくるといいます。エルムズの教師陣は、各生徒の得意な部分を伸ばし、不足している部分をきめ細やかにサポートします。
学校のサポートの範囲は学業、生活や情緒面など幅広いです。生徒それぞれに違った個性があることを前提として、先生による理解・支援体制が整っています。英語を母国語としない生徒への語学補習レッスンもあり、実際にヨーロッパやアジアなど海外からも生徒を受け入れています。
パソコンなどの画面に一人で向かう時間は制限されていますが、ITはこれからの時代の必須スキルです。授業では、コミュニケーションやチームワークのスキルとセットで身につけられるように組み込まれています。
校長のハッタム先生は、低学年の生徒たちをたまに学内の自宅に招いてランチを振る舞うそうです。
食事を囲みながら小学生の間で飛び交う話題は、集約農業(intensive farming)が土壌に与える影響や、化学製品の適切な利用や気候変動など、8~10歳児とは思えないようなものだそうです。教室の内外で起きている学びや遊びの刺激が子どもたちのなかで自然に結びついている様子が垣間見えます。
豊富なスポーツや課外活動
エルムズでは多様なスポーツと課外活動のセレクションを用意しています。この点は、他のプレップ・スクールと非常に共通しています。
女子はホッケー、ネットボール、ラウンダー、クリケット。男子はラグビー、ホッケー、サッカー、クリケット。男女混合では陸上競技、クロスカントリー、水泳、テニスなどもあり、それぞれ初心者から経験者までどのレベルにも対応しています。
他にも、クラブ活動の選択肢は上記の競技スポーツ以外に水球、石膏模型づくり、フェンシング、編み物、演劇、レゴとボードゲーム、ダンス、ディベート、クラフト、パソコン、ドッジボール、美術、クッキングなど多岐にわたります。
また、小学生レベルでライフルやピストル射撃(いずれも空弾)も選択肢にあります。日本人の多くには衝撃的かもしれませんが、弓道やアーチェリーのような競技としても捉えられます。射撃は、トライアスロンのような複合競技の一種目として取り扱われています。
子どもがなにに反応するかは、試してみるまでわかりません。たとえそれがどんなことであれ、道具や施設を丁寧に扱うことや、ルールや技術を通してスポーツマンシップや責任感が養われることが期待されています。
生徒全員にとっての我が家であること
エルムズでは、通学生であっても遠慮なく学校に泊まれるように、対象学年の全生徒にベッドが一台ずつ標準で用意されています。学校は寮生・通学生を区別せず、全員にとっての「我が家」である姿勢を貫いているのです。
学校が生徒にとって「我が家」であることで、生徒は安心して遊び、学び、育つことができる。年齢に応じた学業や情操を大事にしながら、卒業後も本人らしく活躍できるように準備(プレップ)していくことが、エルムズの理想とする教育です。
こんな子になって巣立つ
ハッタム校長によると、エルムズの生徒は個性と自信に満ちていて、お互いと良質な友好関係を築くことができるそうです。
たとえば舞台やコンサートなどに出演している友達が間違えたとしても、そのことについて笑ったりからかったりはしません。観客としての良識を備えているだけでなく、出演者を支えたい、仲間に成功してほしい、という心から応援する気持ちがあるそうです。
足の引っ張りあいもなく、安心できる環境で充分やりきった生徒たちは、なんでも試す自信がつき、むしろ試さずに諦めることこそが失敗だと思うようになります。ハッタム校長の言葉を借りると「やればできる(can-do attitude)」が身についているのです。
実際に、卒業生たちはザ・ナインを含むイギリスの優秀な中等教育校に進学していきます。卒業生を特定の進学先に多く送ることを目指すプレップ・スクールも少なくないなかで、エルムズ卒業生の進路は比較的分散されています。
エルムズは特定の進学先にこだわらず、卒業生それぞれのベストフィット校を提案しているからです。子ども本来の個性を重視した教育方針がここにも現れています。
エルムズをすすめるとしたらこんな親子
どんな学校にも、子どもの向き不向きがあります。学校を選ぶときは、学校と家族と子どものことをそれぞれよく知る時間をたっぷり取ってベストフィットを見つけましょう。
もしエルムズをおすすめするとしたら、こんな親子です。(著者の主観です)
エルムズに合う子ども像
エルムズはとても温かい環境で、いろんな楽しみが待っている学校です。こんな特徴を持っていたり、こうなりたいと思う子には特におすすめです。
- 勉強も大事だけど、リアルな学びもしたい
- 田舎で動物や自然とたくさん接しながら過ごしたい
- 画一的で一方向な授業よりも、対話型で個性を発揮したい
- 小学生から寮生活で自立の練習をしたい
- 優秀で献身的な教師陣のもとで学びたい
エルムズに合う親像
このような希望がある保護者には、エルムズをぜひおすすめしたいです。
- なにかに秀でるための教育も大事だけど、まずは安心できる環境で子ども自身が挑戦する自由を与えたい
- イギリスの教育に興味があるけど、規律や成績に厳格すぎる学校は避けたい
- スポーツ、乗馬、農業、舞台芸術、美術、音楽など、教室の内外でいろんなことにバランス良く挑戦させたい
- 小学生時代にしかない自由や感性を存分に満喫させたい
学校の詳細情報
※取材当時(2020年12月時点のものです)
名称
The Elms School(ジ・エルムズ・スクール)
創立年
1614年(徳川家康がまだ生きていた頃)
学年
Nursery:年少
Reception:年中
Pre-prep(Year 1~2):年長〜小1
Main School(Year 3~8):小2〜中1
児童数
152名
うち寮生(Year 4~8)は64名
Full boarders(週7日の寮生):20名
Flexi-boarders(週2以上の寮生):44名
Day pupils(通学生):88名
学費
通学生、フル・ボーディング(週7日の寮生)、フレキシ・ボーディング(週2日以上の寮生)のいずれかによって異なる。
[通学生の場合(2020年度)]
年少(Nursery)〜年中(Reception): £7,800
年長(Year 1):£9,300
小1(Year 2): £10,350
小2(Year 3): £13,050
小3(Year 4): £15,600
小4(Year 5)〜小5(Year 6): £17,550
小6(Year 7)〜中1(Year 8): £18,150
[フル・ボーディング生の場合(2020年度)]
小3(Year 4)〜中1(Year 8): £25,605
所在地
イギリスの首都ロンドンから車で北西に3時間ほどにあるMalvern Hillsというのどかな田園地帯にあります。
執筆者
Profile
萩原麻友
学校見学と図書館が好きなフリーランスの教育コンサルタント。元留学カウンセラー。東京大学教育学部卒。二児の母。インター歴7年、アメリカに4年単身留学していた帰国子女。子どもが自分より英語をできるようになった保護者から進路・教育相談をよく受けます。