【非認知能力/後編】子どもの探究心を育むプロジェクトのつくり方

【非認知能力/後編】子どもの探究心を育むプロジェクトのつくり方

IQや学校のテストのように数値化できる認知能力に対し、数値化しにくく、人間力や生きる力とも呼ばれる「非認知能力」。幼児教育の分野で注目を集めるこの能力は、どのように身に付けていけばよいのだろうか?第1回目は、一般社団法人 FutureEdu 代表理事の竹村詠美さんに話を聞いた。

旧世代の正解だけに頼るわけにはいかない、これからを生きる子どもたち。それぞれの問いを立て、考え抜き、実行する力が求められています。

数字で測ることのできない、人間力とも言い換え可能である”非認知能力”。これを育む鍵は「探究的な学び」にあるとするのは、100校を越える欧米やアジアのトップ校・先端校の実践を学び、30を越える欧米の学校を訪問してきた竹村詠美さん。

前編では、非認知能力を育むための、保護者自身のあり方を聞いてきました。ここからは、非認知能力を育む子どもへの接し方について聞いていきます。

竹村詠美(たけむら・えみ)

竹村詠美(たけむら・えみ)/一般社団法人 FutureEdu 代表理事、一般社団法人 Learn by Creation 代表理事、Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 共同創業者。マッキンゼー米国本社、日本のアマゾンやディズニーなど外資系7社を経て、2011年にPeatix.comを共同創業。 2016年以来グローバルなビジネス経験を生かした教育活動に取り組み、教育ドキュメンタリー映画「Most Likely to Succeed」上映・対話会の普及、 2日間に2500名が集った「創る」から学ぶ未来を考える祭典、「Learn by Creation」の主催や研修も行う。『新・エリート教育~混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?』(日本経済新聞出版)を2020年7月23日に上梓。クリエイティブリーダーを育むための学習者中心の学びや、ホール・チャイルドを育む環境をテーマに活動中。総務省情報通信審議会委員など公職も務める。経済産業省の未来の教室での研修採択実績。講演や執筆も多数。2児の母。

【非認知能力/前編】子どもの能力を伸ばす前に見直すべき「親のマインド」とは

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アメリカで幼児期から行われる横断的な「プロジェクト型学習」

日本では「探究学習」と呼ばれることも多いですが、プロジェクト型学習(PBL=Project Based Learning)は、プロジェクトを通じて探究的な学びを実践する指導法で、現在世界の先端校の多くがさまざまな形で取り入れています。

サンフランシスコ近郊の名門私学であるヌエバ・スクール(The Nueva School)では、PBLという言葉が生まれる前から、プロジェクトを核とした探究型の授業を導入しています。

私が視察に伺ったとき、幼稚園児のプロジェクトとして海洋ゴミと海洋生物に関するプロジェクトが展示されていました。子どもたちが見つけたプラスチックなどのゴミが「今日の収穫」と題され、オブジェとして壁面に貼ってありました。

iStock.com/Lisovskaya
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そして海洋生物について学んだり、お気に入りの生き物の絵や詩を書く中で、子どもたちは国語や社会、図工などの学びを横断的に行っていたのです。

もうひとつの例は、4つのキャンパスで16の幼少中高を運営するチャータースクールという公立の学校ネットワーク、カリフォルニア州のハイ・テック・ハイ(High Tech High)という学校での実践です。

ハイ・テック・ハイはどのような環境の子どもでも主体的に深い学びを実現するために、PBLを中心とした授業による教育を行っているユニークな学校です。

この学校の高校のプロジェクトのひとつでは、海軍パイロットを表彰する祭典の100周年を記念するプロジェクトを実施。子どもたちは退役軍人のインタビュー内容を次世代に伝えるだけでなく、航空学の歴史、航空工学を学びました。

iStock.com/JGalione
iStock.com/JGalione

PBLはプロジェクトに明確な目的があるために、何のために学ぶのか納得して学習できることに加え、子どもの関心やスキルレベルなどに応じた個別化ができるという点がポイントです。

さらに、子どもたちは、仲間とプロジェクトを組んで作ったものを社会にお披露目する過程で、学びへのモチベーションを向上するだけでなく、自分と社会の繋がりを感じていくことになります。

自らの感情が揺さぶられるほど興味関心を持って何かに取り組むことができる子どもは、物理や数学などの認知学習においても差がつくと脳科学分野での研究結果も出ています。PBLは今までの教科書中心の教科学習に比べると時間がかかりますが、良質なPBLで学んだことは長期記憶に残りやすく、グリット、成長マインドセット、批判的思考能力、コミュニケーションスキルなど、さまざまな非認知能力の向上にもつながっています。

 
 

アメリカの例からわかるように、小学校や幼稚園でもPBLは実践可能です。多くの子どもにとって、誰かの役に立っていると感じたり、自分の行動によって誰かを笑顔にできたら嬉しいものです。

それは立派な成功体験ですし、教科書を読んでいるだけでは感じることができないことでもあります。

実は、日本にも実践的で探究的な学びは古くから存在しています。

たとえば、江戸時代に庶民の初等教育機関として機能していた寺子屋は、村役人、神職、僧侶、裕福な町人など、地域の大人たちが複数出入りすることで理論と実践が融合した総合学習を行っていました。

また、山羊を飼育する中でさまざまな学びを掴み取っていくといった総合学習を60年以上も実施している長野県の伊那小学校や、中高の6年間を通じて探究的な学びを実践している青翔開智中学校・高等学校、そして企業とコラボしたプロジェクト型学習を提供する広域通信制高校「N高等学校」の通学コースなど、探求学習やPBLを実践する学校も増えています。新学習指導要領で探究的な学びに焦点があたっていることもあり、今後特に中高では浸透していくでしょう。

子どもの興味から家庭でのプロジェクトをつくる

――PBLを実践している場を積極的に探さなければ、子どもがプロジェクト学習に触れることは難しいのでしょうか。


最近は民間のお稽古で探究学習を取り入れていることもあるようですが、幼児期から低学年にかけては家庭でも十分に対応できるはずです。

子どものニーズや家庭のニーズから、何かに取り組むこともひとつのプロジェクト。たとえば、自宅を使いやすくするために、ものづくりのプロジェクトをやってみてもいいと思います。

iStock.com/StefaNikolic
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あるいは自由研究のように、魚や昆虫など、子どもの興味に沿って調べてみてもいいわけです。周囲にいる詳しい人に話を聞きに言ったり、まとめたり。気になっているけれど子どもだけでは解決できないことをサポートしてあげましょう。

「うちの学校ではプロジェクト型学習をやってくれないからできない」というゼロイチの考え方ではなく、生活の中に組み込み、家庭で楽しみながら探究心を育めると良いですよね。

ふだんは仕事で忙しくしていて子どもとどのように休日を過ごしたらいいかわからなくても、子どもといっしょにプロジェクトを立てて実行してみる、という思考だと取り組みやすいかもしれません。難しく考えずに、子どもの何気ない疑問や「あったらいいな」といった声からアイデアをふくらませていきましょう。

プロジェクトの問が見えてきたら、目標や目的を設定して、「どうやってみようか?」と話し合ってみてください。解決方法のアイデアは大人の方が引き出しは多いので、「こんなのはどう?ためしにやってみようか?」といった形でサポートしてみましょう。プロジェクトはやり続ける必要はないですが、四半期に一回、半年に一回だけでもいいですし、テーマを設けて家族旅行に行くのも思い出づくりになっていいですよね。

子どもをよく観察してみると、対象は変わったとしても、子どもががどういう状況や状態のときにどんなふうに夢中になるかということは幼児期から意外と変わらないんですよね。幼児期に表出したその部分を、子どもの根っこだと思ってよく観察してみてください。

 
 

お子さんは多種多様なので、その子に何が刺さるかわかりませんから、さまざまな機会を保護者が提示してあげられるといいですね。仕事上においては、上司が部下を観察することで円滑に仕事が回りますよね。子育てにおいても、たくさんの体験機会を提示したうえで、よく観察することが保護者の役目。高密度な時間をいっしょに過ごすことで、その子の光るものが見えてくるはずです。

たとえばヒーロー好きな子どもが3人いたとしても、よくよく観察すると、それぞれ好きなポイントは異なると思います。ひとりはアクションが好きかもしれないし、ひとりはヒーローの造形が好きなのかもしれない、もうひとりはストーリーに惹かれているのかもしれません。

iStock.com/freemixer
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「うちの子は内気だから集団の習い事を」はNG

――プロジェクトは親が決めるのではなく、子どもといっしょに決めることが大事なのですね。

子どもが求めていないのに、「うちの子は内気だから集団のお稽古事を習わせなければ」など、大人の意図で動いてしまいがちですが、それよりも子どもの興味の「つながり」が大事です。

集団のお泊り行事が嫌だったとしても、子どもが興味を持っていることが行事の中に含まれていれば、そこをきっかけにすればいい。苦手なことへの挑戦も、ワクワクすることの延長線上にあれば子どもが納得して「それならやってみる」と思うときもあります。

やってみて合わないことだってあるでしょう。それはそれで、どういうところが合わなかったか、子どもと話し合えばいいのです。

子どもに納得感なく「やらされた」という印象が高まりすぎてしまうと、「どうせ……」という気持ちが強い子どもに育ってしまいます。意思表示を抑えつけられると、子どもは保護者の機嫌や顔色を見て、どんどん言いたいことを言えなくなってしまうんですよね。

 
 

子どもは、あっという間に大きくなります。気付いたときには親子の関係性ができあがりすぎてしまっていて、対話ができないということはよくあること。だからこそ土台づくりの時期である幼少期の関わりがとても大事なのです。

そして子どもは幼少期で大きく変わるからこそ、子育てを3年から6年サイクルのプロジェクトだと考えてみてはいかがでしょう。

モンテッソーリ教育では、子どもから24歳までの発達を6年刻みの4段階の発達であると説明しています。6年の間は急激に吸収する前半の3年間と、次の発達に向けて徐々にその発達段階から移行していく後半の3年間として捉えられています。

iStock.com/kohei_hara
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もちろん、子どもは「今」を生きていますが、保護者は目の前にある「今」だけでなく、中長期的な発達の視点を持って子どもの成長を見守ると子育ての視点も変わってくるはずです。

メタな考え方を頭の片隅に置き、少し俯瞰してみると、「これをやりなさい、あれをやりなさい」と発達段階に合わない過度な早期教育や、短期的な成果を追い求めることもなくなり、日々の接し方が少し柔らかくなってくると思うんですよね。

幼児期のプロジェクトのつみ重ねと対話が重要

――子育てを中長期プロジェクトと捉え、家庭で探究心を育む小さなプロジェクトをつみ重ねることを考えると、非認知能力もすぐに身につくものと考えない方がよいですね。

小学校のアクティブラーニングで問題になりがちなのは、大人をうかがって正解を当てにいく子どもが多いということ。そのときは正解をもらえるかもしれないけれど、その子らしさを発揮できているかどうかは疑問が残ります。

 
 

これからは個の時代です。さまざまな体験の連鎖から、自分が何者で、どういったことが好きで、どういったことが得意なのかということを知っていくことができます。

高校生になってから突然、「SDGsを解決するにはどうすればいいか調べよう」と言われても難しいですよね。テスト対策をすれば成果が見える、認知能力のようにわかりやすいものではなく、日々の積み重ねなのです。

ドリルを3枚こなしたら完了、言われたことをこなしたら完了、テストで100点取れればいいというわけではなく、学びは100点では終わりません。100点に収まらない学びこそが探究的な学びの本質なのです。

iStock.com/Hakase_
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興味があるなら小学生だって幼児だって、分子や原子について学んでもいいわけですよね。けれど、「まだ早いから」「テストに出ないから」という考え方では探究心は育まれない。

家庭で探究的な学びの楽しさを身に付けていると、じっくり思考する耐久力が身に付きます。すぐに答えが出なくても、考え続けることのできるタフさがあれば、高校、大学に進んでも、社会に出てからも怖いものはないと思いますよ。

――家庭で身につけたことが、学校で抑圧されてしまうという矛盾も心配です。

家庭で話し合いができる環境があることが大切です。

「先生はこう考えた。お母さんはこう考える。あなたはどう思う?」と話し合うことで批判的思考能力が身に付いていきます。子どもは純粋だけど、だからといって先生や保護者が絶対的な存在であると思い込んでしまうと、苦しくなってしまいます。

疑心暗鬼になるということではなくて、先生だって保護者だって間違うことがある、人間誰しも完璧ではないということに気付けると、子どもは楽になる。

 
 

学校、家庭、お稽古のトライアングルで、子どもの世界はすごく狭いです。そのトライアングルが崩れ、サードプレイスがなく、どの場所も辛い場所になってしまうと子どもはしんどくなってしまいます。

家庭は、お子さんが無条件の愛や受容を感じることができ、自分らしさを存分に発揮することができる場所であってほしいと願っています。しかしすべてのお子さんがそのような状況にない現状を考えると、学校や福祉の役割は大きいですし、子ども食堂をはじめ、地域のサードプレイスの力も日本の子どもたちの健やかな成長のためにはとても大切だと思います。

「子どもひとり育てるには愛を持った村中の大人の協力が欠かせない」というアフリカのことわざがありますが、より多くの大人に子育てに関心を持っていただき、さまざまな人たちに可愛がられて、特には厳しくされて育つという環境が、非認知能力の向上にも大きく寄与します。

20~30年後の日本を支えるのは子どもたちです。自分は子育てがもう終わったから、子どもがいないから、という大人の方々にもぜひ、地域のお子さんの成長に関心を持っていただけると嬉しいです。

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新・エリート教育~混沌を生き抜くためにつかみたい力とは?

竹村詠美 著

1,980円(税込)日本経済新聞出版


<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部


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2021.03.18

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