【学校では教えてくれない】多様性を生きるための子育て

【学校では教えてくれない】多様性を生きるための子育て

子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、2019年4月に行われた東京大学の入学式祝辞で大きな注目を集めた社会学者、上野千鶴子さんに話を聞いた。

<連載企画>学校では教えてくれない
「これからは多様性の時代」近年、この言葉をよく聞くようになった。

私たちが、自分や他者を尊重する力を子どもに身に着けてほしい、違いを受け入れられる子に育ってほしいと願う一方で、多様性の時代を生きていく子どもたちに立ちはだかる問題を明らかにし、大きな反響を呼んだ人物がいる。

2019年4月、東京大学入学式の祝辞で話題になった、社会学者の上野千鶴子さんだ。

これからより多様化が進むであろう社会を生きるために、親ができることとは何か?
まずは祝辞の中から、多様性の中を生きるためのヒントを読み解いてみよう。

多様性は、親が変わらないと実現しない

子どもの世界と大人の世界

上野さんは東京大学入学式の祝辞で、学校生活や大学組織、そして社会の中で横行している性差別について問題提起しながら、同時に、親と子のかかわりについても言及している。

“「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。”

“(ノーベル平和賞受賞者の)マララ・ユスフザイさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。”

――親が子どもに伝えていることが、子どもにとって悪影響となることがあるのでしょうか?

子どもは本来、柔軟な存在。だけど、子どもは親を見て育つから、親や社会の価値観を植え付けられてしまうんです」
社会学者、東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。京都大学大学院社会学博士課程修了。1995年〜2011年東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は女性学、ジェンダー研究。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。著書に『女ぎらい ニッポンのミソジニー』(紀伊国屋書店)、『おひとりさまの最期』(朝日新聞出版)ほか。共著に『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房)がある。
「子どもの世界と大人の世界は違う。子どもは本来、目の前にどれだけ自分と違う子どもがいたとしても、差別意識なんか持ちません。

肌が黒くても白くても、言葉が通じなくても気にせずいっしょに遊ぶし、クルマ椅子の子がいたら自然に手を差し伸べる。その違いを特別なことだと教えるのは、周囲の大人や親なんです」

――これだけ多様性という言葉が浸透していても、まだまだ大人には差別意識があるということでしょうか?

「大人には日本の歴史や社会のなかで、差別意識や同調圧力が深く根付いている。だから、差別的な言動が無意識に表れる場面は日常の中にたくさんあります。

たとえば昔は、クルマ椅子の障害者を指さしながら『言うことをきかないとあんな風になるのよ』と親が平気で言っていた時代があったし、今でも外国人に対して、親が反射的に怖いという反応をするから、子どもはそれを見て学ぶんです」
iStock.com/Rawpixel
「今では、タテマエの上で差別用語を口に出して言ったり、公然と表に出す大人は少なくなったけど、ホンネでどう思っているかは分かりません。でもそんな大人の世界を知らなければ、子どもは何でも受け入れます」

自分の差別意識を完全になくすことは不可能であり、親から子どもへ、子どもから孫へと、学習されるものだと上野さんは言う。家庭や学校でのこれまでの経験から、知らず知らずのうちに刷り込まれ、強化されていく意識は、気づかなかったことを後悔するほどに恐ろしい。

「教育とメディアは洗脳装置です。”ふつう”と”ふつうでない”とが、選別されていきます。”ふつう”であることを強制するのが同調圧力です」

強者と弱者が尊重し合うことが多様性

「だけど最近は変わってきました。それは、多様性が目に見えるようになり、知識や情報がたくさん出回ったことで、親自身が、いつ自分と自分の子どもが弱者になるか分からなくなった。そしてその可能性を否定できなくなったことです」

自分と他者、差別者と被差別者、マジョリティとマイノリティ。

これまで暗黙の了解のように、人々の心の中にありつづけてきたその境界が、多様性に関するさまざまな事例が知られるにつれ、揺らぐようになった。

「子どもが実は発達障がいかもしれないし、いつ不登校になるかもしれないし、いじめられたりいじめる側にまわったりするかもしれない。あるときLGBTQをカミングアウトするかもしれない。

自分だっていつ離婚してシングルマザーになるかわからないし、いい大学、いい会社に送り込んだ子が引きこもりになるかもしれない。そんなの誰も分からないよね、ということ。

そして、人間は赤ちゃんとして生まれ、やがて高齢者になっていく。そういう意味では等しくみんな、弱者として生まれ、弱者として死んでいくのよ」
iStock.com/wikoski
「『親が子どもに期待すること』という意識調査で、父親も母親も、子どもの性別を問わず“競争に勝ちぬくこと”が一位にきているのを見て、愕然としました。親が強者であろうとし、子どもにも強者になることを求めるのでしょう。

強者でいられるうちはいいけれど、強者はいつまでも強者じゃいられない。強者はいずれ必ず弱者になります。だから、強者には弱者に対する想像力が必要だし、弱者には自己肯定感をもってほしい」

子どもに自己差別をさせないこと

――親が強者であろうとし、子どもにも強者になることを求めたら、どうなってしまうんでしょうか?

「私の教えていた東京大学では、2000年代頃から自傷系のメンヘラー(メンタルヘルスに問題のある人)が多くなったと感じました。自己決定・自己責任のネオリベ(ラリズム)社会の価値観を内面化してしまった子どもは、自分を責めるようになってしまう」
東大生に限らず、親や教師の顔色を見て育ってきた子どもたちは、親の価値観を内面化します。まじめな子ほどそうです。そうすると、自分がうまくいかなかったときの攻撃性が他人ではなく自分自身に向かう。

これを見て、子どもの世界にただ事じゃないことが起きている、と感じました。

差別もいろいろあるけれど、一番きびしいのは他人からの差別よりも自己差別

自分はなんてだめな人間なんだ、生きている価値がない、って自分を責めることで無力化していくから。これは不登校や引きこもりの原因にもなります。

親の価値観を内面化した子どもは、自分が本当は何がしたいのか、何が好きなのか分からないまま、親の期待に応えようとします。子どもってけなげなものよ。そして、自分自身に嘘をついて生きることに耐えられなくなったときは、心や体に危険信号が出ます。

不登校や引きこもりになった子どもの親は、自分自身を傷つける子どもの姿を見て生きた心地がしないでしょう。

いくところまでいって、悔いから立ち直れなくなった親たちが『生きていてくれるだけでいい』ってやっと気づく。子どもも自分も傷ついて、ボロボロにならないと学習しないのかって思います。

東大生を見ていて、まじめで優秀な子ほど、危険信号が出にくい傾向にあると感じます。どうか見逃さないようにしてください」

差別意識から解放される方法

adragan- stock.adobe.com
――差別の構造として、私たちは“ふつう”や“らしさ”という思い込みから逃れられないのはなぜなんでしょうか?

「便利な言葉なんですよ。"ふつう”っていう味方がついてるから隠れ蓑にして強く出られるでしょう。だからそういうことを言われたら、相手を攪乱すればいい。

“ふつう”とか“らしさ”なんて所詮は言語なのだから、『ふつうって何?誰のこと?』、『海外では〜』って言われたら、『海外ってどこの国のこと?』とかね。

そうやって揺さぶれば相手は答えられなくなります。なぜなら“ふつう”という平均値は存在しないから。平均的な日本人なんてどこにいる?いないよね」

――思い返せば、自分も使ってしまっているかもしれないです……。

「子どもが何かをねだってきたときに、『みんな持ってるって、そのみんなって誰?何人?』と聞いたりするでしょう。それと同じ。相手は、黙らせられると思って、ごまかすためにそういう言葉を使ってくる。だから、黙んなきゃいいのよ」

強者であろうという意識は、時として子どもの健全な自我の成長を阻害し、親と同じ固定観念を伝染させてしまう。それは結果として子どもに差別意識をめばえさせ、他人を傷つけることや、または子ども自身の心を追いつめてしまうことにもつながる。

私たちは、親として本当に多様性を意識できているかどうかを、今一度見直すべきなのだ。

親が今すぐできること

これまで、多様性の障壁となる弱者と強者の差別構造、子どもの自己差別について話を聞いてきた。では、親が子どもに対してできることは何だろうか?

子どもをエンカレッジせよ

――東京大学入学式の祝辞では、“正解のない問いに満ちた世界”という言葉もありましたが、子どもが自分で問いを見つけること、そして親がそれをつぶさないことが大切だと思いました。

「そうなのよ。日本には同調圧力が根付いていると言ったけれど同調性って国民性でもDNAでもないから、何にも染まっていない子どもは大人に『なぜ?』ってたくさん聞いてきますよね。

だけど、親が『そういうもの』『昔からそうなっている』とか、『そんなこと聞くんじゃないの!』とピシャッとおさえこんだらどうなると思う?それこそ考える機会を奪ってしまっていることになります。

私が大学の授業で『答えのない問いを考えてごらん』と学生たちに聞いた時に、『どうやってやるんですか』と返ってきてびっくりしたことがあります。

そうか、この子たちは、小さいころに家庭や学校で黙っておいた方が賢明だと学び、正解のある問いばかりに答えてきたんだなと気づきました」
takasu- stock.adobe.com
「反対に、『よくそんなことに気づいたね』『いい疑問を持ったね』って子どもの肩を押してあげる親や教師もいる。高校を卒業する18歳までの18年間ずーっとそういう関わり方をしてきたら、子どもの人格が完全に変わりますよ」

――まずは、子どもの問いを流さず、受け止めてあげることですね。

「大人が、何でも疑問を持っていいんだよっていう空気をつくることが大事だと思います。まずは家庭の中から。子どもの意欲を、周囲の大人がエンカレッジするかディスカレッジするかで全然違う。その経験が蓄積されていきますから」

励ましたり勇気づけたりするエンカレッジの関わり方と、落胆させたりやる気をそぐようなディスカレッジな関わり方。親は子どもの『なぜ?』を逃さず、疑問を発したことそのものに肯定的な反応をすることが大切だ。

多様性の中に連れ出そう

「もうひとつ良い方法は、子どもを他人の手に渡すこと。たとえば友だちの家に預けるとか泊まらせてもらうとか、地域のコミュニティに連れていくとか。少し大きくなったら、サマースクールなどで海外にホームステイさせることもできます。

たくさんの大人がいて、それぞれ違う価値観を持ってるんだということを、体感として経験させることが大切。

『うちにはうちのやりかたがある』と一貫性のある子育てにこだわるよりは、さまざまな大人から、新しい考え方やものの見方や、親の言うことの抜け道を教えてもらう。その分、価値観の選択肢が増えるから、それで全然オッケー。

子どもってすごくたくましいから、いろんな価値観に触れて、その中から自分に一番都合のよいものを選びます。子どもはその中でちゃんと批評眼を持つし、器用な子はさまざまな価値観を渡りあるくバイリンガル、トライリンガルになっていきます。

人付き合いが苦手なお母さんでも大丈夫。子どもには先入観も差別意識もないから、他人の家のドアを、まるで自動ドアのように次々と開けていく力があります。そうやって多様な人たちの中で育っていくことで、多様性に対して想像力と感受性は育ちます」

過去、日本では“一人の子どもを育てるには一つの村が必要”といわれ、地域をはじめ、子育てを通じて人と人がつながった共同保育の時代があった。

現代は、テクノロジーの発達のおかげで違った方法で人とつながれる。両親とは違う価値観を持つ大人と触れ合う環境をできるだけたくさん与えることが、多様性を生きる子どものカギになる。

新しい価値を生み出すために必要なノイズ

――東大の祝辞で、“学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるから”とお話されていました。これはどういうことですか?

「これはドイツの社会学者のニコラス・ルーマンのシステム論の基本ですが、システムというものは情報をルーティン化し、縮減する効果があります。

たとえば会社というシステムに入ったら、なんでこの業務はこういうやり方をするんだろうとか、いちいち考えなくても済むし、そのほうが全体の効率が上がる。だからひとつのシステムにどっぷりはまればはまるほど、情報生産性は低下します。

ところが別の異なるシステムがあり、それは異なる原理で動いているとする。そうすると他のシステムに接触することで摩擦がおき、それによってノイズが発生します。

ノイズは基本的に不愉快なものだけど、山のようなノイズから、その中のいくつかが意味のある情報に転換する。これが新しい情報が生まれる仕組みです」
「だから、子どもを多様なシステムの中に連れ出せばいいんです。何もかもが決まりきったシステムの中では、『なんでこうなってるの?』と聞いても、『こういうものなの!』『昔からこうなの!』としか言えない。ノイズが発生しないように作用しているのがシステムだからです。

けれど他のシステムに接触すれば、ノイズが発生します。他人の家もひとつの異なるシステムだし、『なんでこうなってるの?』という異文化を経験するでしょう。よその世界を知っているということは大きな力になります」
「それから、グローバルに活躍できるようにと、小さいころから語学を習わせる親もいますよね。確かに語学力って生きるためのツールだけど、外国語の能力は必要に迫られればいつでも後から身につけられるもの。

それよりも、どんな場所や環境でも人とつながりをつくって生きていける力の方がよっぽど大事。

能力を身に着けることは身に着けないことよりも良いことかもしれないけれども、能力のない人だっていくらでも生きていける道があるの。

それは、”能力のある人を調達する能力”を身につけること。自分のできないことを伝えることで『助けて』と言えて、助けてくれる人を調達する能力があればどこでも生きていけます。

その点で、赤ちゃんや子どもは人を惹きつける力があると思わない?それって”弱さという資源”でもあるのよ。大人はみんな手を出すし、周りに集まるでしょう。子どもってすごい力を持っている」

多様性の未来

平等よりも自由

――多様性や差別について、今の子どもが大人になる10年後20年後に向けて、ひとりひとりがどういう考え方をするとよいでしょうか?

「私の専門である女性学を例に出すと、フェミニズムのことを“男女平等思想”と言った時代があった。“平等”という言葉を使うと、到達すべきゴールがあるかのように思えますよね。

これの一番短絡的な理解の例が、男性が『そうか、男女平等ということは、キミたち、ボクらのようになりたいんだね、だったら女を捨ててかかってこい』という受け取り方。これが男女雇用機会均等法でした。

だけど、女は男みたいになりたいわけじゃない。 違いを無くしたいとは思わないし、無くすこともできない。“平等”とは、違っていても差別されない権利を求めることです。

だから、フェミニズムは、弱者が強者になりたいという思想ではなく、弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想だと言ってきたんです。

そこから、“女性解放思想”という言い方が登場してきた。この“解放”という言葉だと、何を解放するかは自分にしか決められないし、解放の先には決まったパターンもない。つまり、自分を縛っているものからの“自由”を求めたということです」
hakase420- stock.adobe.com
「この“自由”こそが私の原点。自由にはモデルがない、そう考えたら世界は、今までもそうだったけど、ますますアンプレディクタブル(予測不可能)になっていくと思います」

――まさに“正解のない問いに満ちた世界”ですね。

「予測不可能な社会では、何が自由なのかということは決まっていないし分からない。だけど、決まったモデルがなくても、自分が今、自由かどうかは感じることができます

それは何者にもしばられないし、人の顔色を見る必要もない。判定者は自分自身しかいないんです」

親が考えている親にとっての“自由”と、子どもにとっての“自由”は違う。これは、“幸せ”という言葉にも当てはめられるかもしれない。

予測不可能な未来、人それぞれの自由が阻害されることなく、強者と弱者が差別や支配にとらわれることなく、ひとりひとりが尊重し合って、つながりながら生きていけたらいい。

子どもはもともと、多様性の中を自由に生きていける。自分の先入観や思い込み、差別意識を自覚しながら、子どもの問いや疑問を歓迎し、肯定していくこと。できるだけ多様な環境や、多様な人々と触れ合う経験を与えてあげること。

未来のより良い多様な社会への第一歩は、子どもひとりひとりが、のびのびと“自分自身を形づくっていくこと”なのかもしれない。
家庭ではこう教えたい「多様性」
子どもが自分なりの価値観を見つけられるような、
多様性にふれる環境や機会を与えよう

2020年01月22日

専門家のコメント
13
    いちぽ先生 保育士
    子どもは親を見て育つから、親や社会の価値かんを植えつけられてしまう。
    この言葉にドキッとしました。
    そうですよね、知らず知らずにわたしたち親の考えを押し付けているのかなと思いました。
    こうじん先生 保育士
    入学式での祝辞を文字で起こされたものを読ませていただき、自分自身気づかぬうちに差別や勝手な思い込みをしてしまっているとハッとさせられました。
    ゆか先生 保育士
    子どもは真っ白です。
    それに色をつけていくのが親ですね。
    子どもの持っていない感情を親の感情で埋め込んでしまう。
    それによって差別へと繋がってしまう。

    自分自身差別や偏見はないほうですけれど、気づかないうちに発してしまったり表情に出てしまうことはあるかもしれません。
    注意しなければいけないなと思いました。
    さと先生 保育士
    東大入学式祝辞を読んでハッとさせられるものがありました。
    今幸せな生活を送っている人たちは、これは自分の努力でつかんだ結果だと思っていることでしょう。
    しかしそれには多くの場合、親の存在や経済状況など恵まれた環境があったことが前提となっています。
    自分が育った環境が恵まれていたことに感謝をしつつ、世の中のために何か自分にできることはないか、考えなくてはいけないと感じました。
    りお先生 保育士
    この祝辞、ニュースか新聞か何かで見て、すごく心に響いたのmを覚えています。
    確かに、東大に行けたことは、自分の能力だけではないですもんね。
    勉強をできる環境にあったこと、経済的に安定していたこと、家庭が安定していたことなど、恵まれた環境も大きく影響している。

    かたや、能力も環境も恵まれない人たちもいる。

    政治家もそう。恵まれた人たち。
    ぜひ、恵まれない人たちを助けるために使って欲しい。
    そして、我が子もそういう精神を持った子に育てなければと思いました。
    ぽんた先生 保育士
    とりあえず一気に読みましたが、またじっくり読みたい記事です。私が最近考えていた子育てのことにつながるところもあり、男尊女卑でモラハラのパパに苦しむ自分への光でもあり、ありがたい記事でした。
    きょこちゃん先生(KIDSNAシッター) 保育士
    幼児期は子どもの人格形成の基礎となるとても大切な時期。そんな時期だからこそ、この上野先生の東大入学式祝辞の言葉を反芻して、「正解のない問いに満ちた世界の子育て3つのポイント」を胸に置き、子育てに携わりたいなと思いました😌が、なかなか余裕を持てないことも多いですよね。日々の保育に忙殺されることもある現場ですが、そんな余裕を持って子どもと接したいものです。保育の基本に立ち戻った気持ちがしました。
    ご家庭でもそんな余裕ないよ…!とついなりがちかもしれませんが、保護者の方もリフレッシュして心に余裕を持って子どもの問いや心の揺れ動きに寄り添えたらといいですね。
    まな先生 保育士
    子どもにとって、育つ環境はとても重要だと考えられます。
    親の発する言葉や、関わり方の大切さを改めて実感することができました。
    親の偏った考え方などを子どもに植え付けないように、物事には様々な見方があるということを教えられたらなと思いました。
    おはぎ先生 保育士
    疑問を持って良いことを教える。
    すごく大事だと思いました。
    下手に知識があるとこうあるべきだ!と考え方も凝り固まって他のやり方を選べなかったり、子どもにもその方法だけを強いてしまいがちです。色々習い事をさせたのに、結局自分は何がしたいか分からないと言われたというのを先輩のママ先生に聞いたことがあります。結局何をさせるかというより、自分で何を疑問に持って何を見つけて学ぶかですもんね。保護者としても保育者としてもすごく勉強になりました。
    のの先生 保育士
    日本の教育は、先生が〇〇と言ったら子どもたちも〇〇をするのが当たり前。と半強制的な面があると感じています。もう少し伸び伸びと教育できるといいと思います。
    あーちん先生 保育士
    多様性を認められる社会になると、もっと生きやすくなるのかな。。

    子どもたちは純粋にすべてに対して平等に過ごしているのかなと思っています。大きくなるにつれて固定概念を作っていってしまうのは、やはり環境なのでしょう、、

    最低限の礼儀は必要ですが、自由であるべき所は否定されない世界がいいですね。

    親として出来る限り、たくさんの広い世界を知ってほしいと思います!
    ぷん先生 保育士
    こどもは本来柔軟性のある存在。
    どうしても、出来るだけ普通であるように。こんな風に育ってほしい!こんな行動はとらないでほしい!と言葉にはしなくても態度で表してしまっていたかも💦とハッとされる記事でした。
    まあ先生 保育士
    子どもは何も知らない0からスタートする訳で、一番長い時間を共にする親の影響は凄まじいものですよね。押しつける育児には気をつけなければならないですね。
おすすめユーザーのコメント
8
    muuu
    「一番きびしいのは他人からの差別より自己差別」にどきっとした。親の価値観を内面化にも心当たりがある人多いんじゃないかなぁ。
    チーズ
    「たくさんの大人がいて、それぞれ違う価値観を持っているんだということを体感として経験させることが大切」確かになと考えさせられました。やはり学校は家族以外の他人と関われる大事な場所なんじゃないかなと思います。大学に通っていた頃、ぶっ飛んでいる面白い先生がたくさんいて、そういう人たちの話を聞くのは凄く面白かったし、学校は親以外の大人の話を聞けるいい場所なんだなと今改めて感じました。
    SB
    多様性の中に連れ出すっていいですね。

    子どもの世界には、学校と家族の2つのコミュニティしかないので、もう何個かあるといいなぁとちょうど思っていたところです。いろいろ連れ出してみようと思います。
    YK
    「人はみんな弱者として生まれ、弱者として死んでいく」という言葉にハッとさせられました。

    私の母は差別に敏感な人だったので、人と違う特徴のある人を笑い者にするのはダメだと厳しく教えられ、子どもながらに自分でも平等な意識を持っていると思って育っていました。でも小学校高学年のある日、妹とふざけているときに、無意識にクラスメイトがやっていた障がい者のマネをしていました。

    そこで激しく母に怒られたことよりも、「いつのまに自分のなかにも差別意識が植え付けられていたんだろう」とそっちの方がショックでした。

    社会の中で触れるものに影響されることは良くも悪くも止められないですが、認識を改めたり新たな視点をもつ機会を、子どもに作ってあげたいです。
    YSK
    子ども自身にさまざまな世界やカタチを見せるのはとてもいいですよね。

    「自由にはモデルがない、そう考えたら世界は、今までもそうだったけど、ますますアンプレディクタブル(予測不可能)になっていく」

    この言葉だけでワクワクするしこれからどう生きて行こう?と可能性が広がります。

    この言葉を子どもにも伝えてあげよう。
    MARU
    ”能力のある人を調達する能力”を身につけること。

    ときには人に頼り、自らも人に手を差し伸べるような温かい人に育てていきたいです!
    うい先生
    本当にこの通り。
    また、子どもや大人でもその人の存在を認めることも大事。『価値観なんて100%みんな合致するわけがないんから、当然いろんな考え方や価値観を持ってる。けど、性的マイノリティの方々が除け者扱いされるようなのは違うよね』ってのは思うところ。

    自分も悩んで苦しんでたし、大学でありのまま性的マイノリティな私を受け止めてくれる周りの人がいてくれたから学生生活で1番楽しかった。

    学長先生の祝辞はニュースにも挙げられたのを今でも覚えてます。『ごもっとも!』って思いました。

    授業でも取り入れて欲しいし、授業じゃなくても公演でも…認知が広まって浸透していくのがおそい日本でそういうところにもテコ入れ的にやってかないと!とは思います。
    MK
    テストで良い点をとったら親に褒めてもらえる、他人の目を気にして空気を読めばコミュニティになじめる、「ふつう」にしていれば社会で生きていける、そんなふうに毎日を積み重ねていたら自分を見失います。子どものころから、学校や家庭以外のいろんな人々とふれあい、多様性の中で過ごす時間はかけがえのないものなんだなと。。

取材レポートの関連記事

  • 子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、産婦人科医、性科学者であり2児の母でもある宋美玄先生に話を聞いた。

    <連載企画>学校では教えてくれない

  • 個人差があるママの体において、自分にとってのベストな選択はさまざま。助言や迷信を鵜呑みにしたり、「やらなければ」という強迫観念で自己判断のケアをしていないでしょうか?この連載では、専門家を通してママが自分自身の体と向き合うためのガイドとなる正しい知識を発信していきます。第5回は、母乳育児について、日本赤十字社医療センター 産科の笠井靖代先生に聞きました。

    <連載企画>ママの体と向き合う

  • 子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、オランダに住む国際カップル、金由梨さんとベネッサさんに話を聞いた。

    <連載企画>学校では教えてくれない

  • 子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、セクシュアルマイノリティの当事者としてさまざまな活動を行う杉山文野さんに話を聞いた。

    <連載企画>学校では教えてくれない

  • 個人差があるママの体において、自分にとってのベストな選択はさまざま。助言や迷信を鵜呑みにしたり、「やらなければ」という強迫観念で自己判断のケアをしていないでしょうか?この連載では、専門家を通してママが自分自身の体と向き合うためのガイドとなる正しい知識を発信していきます。第4回は、産後なかなか戻らないぽっこりお腹にどうアプローチすべきか、川崎協同病院 婦人科産後骨盤トラブル外来の内山美紀さんに聞きました。

    <連載企画>ママの体と向き合う

  • 子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、小学校教諭として、独自の性教育を実践する星野俊樹さんに話を聞いた。

    <連載企画>学校では教えてくれない

  • 個人差があるママの体において、自分にとってのベストな選択はさまざま。助言や迷信を鵜呑みにしたり、「やらなければ」という強迫観念で自己判断のケアをしていないでしょうか?この連載では、専門家を通してママが自分自身の体と向き合うためのガイドとなる正しい知識を発信していきます。第3回は、妊娠中や産後のママを悩ませる尿漏れについて、川崎協同病院 婦人科 産後骨盤トラブル外来の藤島淑子先生に話を聞きました。

    <連載企画>ママの体と向き合う

  • 子どもをとりまく環境が急激に変化している現代。小学校におけるプログラミング教育と外国語教育の必修化、アクティブ・ラーニングの導入など、時代が求める人材像は大きく変わろうとしている。この連載では、多様化していく未来に向けて、これまで学校教育では深く取り扱われなかったジャンルに焦点を当て多方面から深掘りしていく。今回は、性の健康に関する啓発活動を行うNPO法人ピルコンの染矢明日香さんに話を聞いた。

    <連載企画>学校では教えてくれない

  • KIDSNA編集部の連載企画『#私の子育て』。#07はタレント、エッセイストとして活躍する、小島慶子さんにインタビュー。一家の大黒柱として、自身が生まれ育ったオーストラリアのパースで、夫と2人の息子を育てながら、日本では多忙なスケジュールで仕事をこなす彼女。子育てや家族、仕事の両立についてどのように考えているのだろうか。

    <連載企画>#私の子育て

  • 個人差があるママの体において、自分にとってのベストな選択はさまざま。助言や迷信を鵜呑みにしたり、「やらなければ」という強迫観念で自己判断のケアをしていないでしょうか?この連載では、専門家を通してママが自分自身の体と向き合うためのガイドとなる正しい知識を発信していきます。第2回は、姿勢の観点から見た授乳の盲点について、虎ノ門カイロプラクティック院の碓田紗由里先生に聞きました。

    <連載企画>ママの体と向き合う

  • 個人差があるママの体において、自分にとってのベストな選択はさまざま。助言や迷信を鵜呑みにしたり、「やらなければ」という強迫観念で自己判断のケアをしていないでしょうか?この連載では、専門家を通してママが自分自身の体と向き合うためのガイドとなる正しい知識を発信していきます。第1回は、産後の悩みとして必ず上位にあがる骨盤調整について、虎ノ門カイロプラクティック院の碓田紗由里先生に聞きました。

    <連載企画>ママの体と向き合う

  • 2020年の教育改革を控える新時代には、親である私たちが受けてきた教育があたりまえでなくなるのかもしれない。これからの子どもたちに必要なのは、どのような教育なのか。この連載では、テストや成績、運動神経では計ることのできない独自の分野で子どもの能力を伸ばす、新しい「学びのカタチ」について紹介する。第3回目は、子どもから大人まで年齢を問わない哲学対話を実践する「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」代表、角田将太郎氏に話を聞いた。

    <連載企画>学びのカタチ

カテゴリ一覧