「豊臣兄弟」の主人公・秀長がいなければ首都は東京ではなかった…秀吉の弟が日本史に残した偉大過ぎる功績

「豊臣兄弟」の主人公・秀長がいなければ首都は東京ではなかった…秀吉の弟が日本史に残した偉大過ぎる功績

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公の一人、豊臣秀長とはどんな人物だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「前半生は不明なことばかりだが、秀吉配下になってからの活躍は目覚ましい。もし彼が長命であったら豊臣政権の末路は違った形になっていただろう」という――。

天下一統に計り知れないほど大きな役割

羽柴(豊臣)秀長という名前自体は知られていても、「どんな人だったのか?」と問われれば、多くの場合、「秀吉の弟で」といった先が続かないのではないだろうか。実際、これまで秀長にスポットが当たることはあまりなく、史料も少ないために、研究者のあいだでも注目度が高かったとはいえない。

その一方で、羽柴(豊臣)秀吉が「天下一統」を進めるうえで、秀長が果たした役割が、計り知れないほど大きかったことは広く認められている。「秀長が長生きすれば、羽柴(豊臣)政権のその後は違った」とよくいわれるが、秀長の足跡をたどれば、そう思わざるをえない。

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公は、そんな人物である。では、秀長が「長生きすれば」、どうして、なにが「違った」と思われるのか。この兄弟の関係をたどりながら考えてみたい。

ところで、「豊臣」とは天正13年(1585)9月に関白になった秀吉が、今後も一族で関白を独占する目的で、朝廷に申請してもうけた氏族としての姓。だから豊臣秀吉という呼び名は、織田信長を平信長、徳川家康を源家康呼ぶのと同等で、秀吉は家の苗字はその後も「羽柴」を使った。このため、本稿では豊臣という姓はカッコ付で表記している。

第1回「二匹の猿」(1月4日放送)は、尾張国中村(名古屋市中村区)の百姓家が舞台。小一郎(のちの秀長、中野太賀)は唯一の男手で、兄の藤吉郎(のちの秀吉、池松壮亮)は8年前、有力者の屋敷で盗みを働いて村を飛び出し、そのまま行方不明という状況からはじまる。

そこに唐突に現れた藤吉郎は、織田信長の「足軽大将」(実際にはただの足軽)と名乗り、小一郎も次第に信長のもとに引っ張られていく

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