「出光は社員を1人もクビにしない」経営難でも1000人以上を雇い続けた出光佐三の不動の"経営哲学"

「出光は社員を1人もクビにしない」経営難でも1000人以上を雇い続けた出光佐三の不動の"経営哲学"

5つの柱の最初が「黄金の奴隷たるなかれ」

出光興産の創業者・出光佐三は、25歳で前身となる出光商会を立ち上げ、石油事業で戦後日本の復興に尽力した。一体どんな人物だったのか。別冊宝島編集部『出光佐三 人生と仕事の心得』(宝島社新書)より、一部を紹介する――。

出光の「憲法」に書かれた5つの主義方針

「黄金の奴隷になるな」
金儲けを目標にしてはならない

従業員も1000人が数えるまでになった昭和15年(1940)、出光佐三は自らの思いを一人ひとりの従業員に直接伝えたいと『紀元二千六百年を迎えて店員諸君と共に』と題する文章をまとめた。

『紀元二千六百年を迎えて店員諸君と共に』には、出光の主義方針が掲げられている。「人間尊重」「大家族主義」「独立自治」「黄金の奴隷たるなかれ」「生産者より消費者へ」という五つで、それぞれに細かな注釈が入っている。はしがきを添えて年々書き溜めていた草案をまとめた社内教育資料である。

その他にもさまざまな著作を残した佐三だが、中でもこの文書を「出光の憲法だね」とのちに振り返ったという。

「事業が主、資本蓄積は従」

憲法と称された五つの主義方針のうち「黄金の奴隷たるなかれ」は、佐三が最も早い段階で掲げたスローガンである。

「出光商会は事業を目標とせよ。金を目標とするな。しかしながら決して金を侮蔑し軽視せよというのではない。事業資金として大いに金を儲けねばならぬ。(略)ただ将来の事業の進展を邪魔するような儲け方をしてはならぬ。あくまでも事業を主とし、資本蓄積を従とし、この本末を誤ってはならぬ」と述べている。

根底にあるのは、学生時代に居住していた関西地方が、昔から商売気質に富み「黄金万能」とでもいうべき風潮があったことへの反発だろう。「私の学生時代は日露戦争直後で、欧米物質文明横溢おういつの黄金万能の時代でありました。人よりは金が偉い時代でありました」と語っている。

創業当時の出光佐三の机。出光の主義方針は昭和15年(1940)に5つに集約されるが、「黄金の奴隷たるなかれ」は創業当時から佐三が掲げたスローガンだった。

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2025.11.01

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