デンソーがトヨタに指示を出すようなもの…今の戦闘機開発の現場で起きている"主客転倒"
Profile
戦闘機はどのように開発されているのか。防衛省防衛研究所主任研究官の小野圭司氏は「近年の戦闘機や防衛装備品は、電子機器とそれを制御するソフトウェアが性能の鍵を握る。そのため、それらを扱う民間のIT企業が防衛関連の売り上げ上位に位置するようになってきた」という――。 ※本稿は、小野圭司『防衛産業の地政学 これからの世界情勢を読み解くための必須教養』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
主役はハードウェアからソフトウェアへ
防衛装備品はソフトウェアで制御される。その性能はハードウェアとしての出来具合よりも、ソフトウェアの完成度によって大きく左右される。
これについて航空自衛隊の技術幹部(技術開発を任務とする幹部自衛官)が、「必ずしも正確ではありませんが」と断ったうえで、戦闘機開発を例に以下のような面白い話を紹介している(※今福博文「航空自衛隊の技術開発について│航空防衛戦略の観点から」『戦略研究』第29号(2021年10月)7頁)。
「ちょっと昔、スープラとか2000GTのようなスポーツカーが求められていましたけれども、これからはプリウスのように走行性能よりは内装・電子装備品が重視されている車が求められてきた、といった感じです」「トヨタが日本電装(引用者註:株式会社デンソーを指す)に対して『このような車体を開発するので構成品を作ってくれ』という開発形態から、日本電装がトヨタに対して『このような電子装備品を開発したから、この能力が発揮できる車体を設計してくれ』と指示する関係への変化、と捉えることができるかもしれません」。防衛装備品開発における主客転倒が起きているのである。
もちろん実際の戦闘機開発において、電子装備品メーカーが航空機メーカーにあれこれ指図することはない。しかし近年では戦闘機性能の優劣が、空力特性よりはレーダーやセンサから得られる情報の処理能力に大きく依存しているのは確かだ。
さらに言うと空力特性も、機体の形状もさることながら飛行制御プログラムに左右される。かつてはパイロットが操縦桿・ラダーペダルを通して直接機体(補助翼・操舵翼)を操縦していたが、これでは人間の操作精度や認知力、即応性や微妙な操作の限界に直面する。
すべての情報をコンピュータが制御する
ところが現代では、パイロットの操縦桿などの操作量は電気信号化され、各種センサからの情報とともに一旦コンピュータに集められる(※センサから入力される情報は、機体の姿勢、加速度、回転速度、空気圧、エンジンの稼働状況など)。それらを受けて飛行制御プログラムが機体の動きに関する最適値を弾き出し、電気信号として各補助翼・操舵翼に伝える。
こうして人間の操作精度や認知範囲を超えた飛行制御が可能となる(フライ・バイ・ワイヤ)(※(公財)航空機国際共同開発促進基金【解説概要21‐1】「フライ・バイ・ワイヤの技術動向」)。
この方式は民間航空機にも取り入れられている。飛行制御だけではなくエンジンの出力調整も、「人間の操作とセンサの情報」をコンピュータで処理してエンジンに伝わっている。
このような制御は最近の自動車と同じだ。運転者が操作するアクセルはエンジンと直接繫がっておらず、間に電子制御装置(コンピュータ)が入る。運転者によるアクセルの踏み込み具合、センサからの速度・エンジン回転数・冷却水温・吸気流量などの情報は、一旦電子制御装置に入力される。そこでソフトウェアが計算したエンジン出力(燃料噴射量・点火タイミング)やギアポジションの最適値がエンジンと変速機に伝えられる。
軍用機の場合を例に出したが、この傾向は陸海空の防衛装備品一般に当てはまる。センサやコンピュータなどで構成される電子機器、それを制御するソフトウェアが装備品性能の鍵を握っている。