だから新聞離れが止まらない…10日間「隅から隅まで新聞を読んだ」大学教授が気づいた日本の報道の決定的問題
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新聞の購読者数が激減している。何が原因なのか。神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「10日ほど入院している間、新聞を隅から隅まで読んだ。そして深い吐息をついた。これでは購読者がいなくなって当然だと思った」という――。 ※本稿は、内田樹『沈む祖国を救うには』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。
文脈のない速報記事では今起きていることはわからない
10日ほど入院していた。部屋にはテレビがあったが、テレビを観る習慣がないので一度もつけなかった。新聞は朝夕部屋に届けられた。暇なのでこれは隅から隅まで読んだ。そして深い吐息をついた。なんと無内容なのか。日本有数の全国紙なのに、一つとして再読したくなる記事がなかった。
たしかに何が起きたのかは伝えられている。けれども、その出来事が「何を意味するのか」についてはみごとに何も書かれていない。いや、昨日今日の間に生じた変化についてなら多少は書いてある。「昨日と今日では言うことが変わった」とか「先週予想されていたのとは違う展開になった」くらいのことは書かれている。けれど、一年前から、あるいは10年前から、あるいは100年前からの歴史的文脈の中で今起きている出来事を俯瞰するという記事にはついに一度も出会わなかった。日本のジャーナリズムにそういう知的習慣がないということは身に浸みてわかった。
だが、かなり長いタイムスパンの中において見ないと、出来事の意味というのはわからない。だから、文脈が示されないままに速報記事をいくら読まされても、今何が起きているのかはわからない。10日間新聞を読んでそれがよくわかった。これでは購読者がいなくなって当然である。
日本のメディアが放棄してきた「知的プロセス」
2024年6月の調査で、朝日新聞は発行部数340万部、読売新聞は586万部だった。15年前に朝日は800万部、読売は1000万部を称していたからすさまじい部数減である。
2013年に私が朝日新聞の紙面審議委員をしていた当時、毎年5万の部数減だという報告を聞いた。危機的な数字ではないかと私が質したら、当時の編集幹部に鼻先で嗤われた。「内田さん計算してみてくださいよ。年間5万部なら800万部がゼロになるまで160年かかるんですよ」。
でも、実際には10年で60%部数を減らした。新聞記者は自分の足元で起きていることについてよく理解できていないということをその時知った。自分の足元で起きていることについて理解できない人間が、それ以外のトピックについては例外的に高い分析能力を発揮するということを私は信じない。
おそらくもうずいぶん前から日本のメディアは「現実を観察し、解釈し、その意味を明らかにし、これから起きることを予測する」といった一連の知的プロセスを放棄してきたのだと思う。