母親の前で10歳男児が刺殺…日本人学校への登校中に起きた"ヘイトクライム"を外務省がスルーする理由
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まやかしの建国神話を人民に刷り込む共産党
中国で日本人が襲われる不幸な事件が相次いだ。偶発的なものとして片づけて、事件の背景にあるものから目を背けていると、また似たような悲劇が繰り返される。
今年9月18日、広東省の深圳日本人学校に登校中だった日本人の10歳の男子児童が中国人の男に刺されて、翌日に亡くなった。約3カ月前には、江蘇省蘇州市で、スクールバスを待つ日本人の母子が男に刃物で襲われた。このときスクールバスの案内係をしていた中国人女性が男を止めようとしたが、刺されて犠牲になった。どちらも痛ましい事件である。蘇州の事件で中国外務省は「偶発的な事件」と見解を表明した。深圳の事件でも地元警察は「偶発的な事件」との説明に終始して、犯行の動機を明らかにしていない。
しかし、状況から見て強盗や性犯罪の類いではない。個人的な怨恨なら、火消ししたい当局はそのように発表するはずだ。立て続けに起きた2つの事件は、日本人を狙ったヘイトクライムである可能性が高い。ある意味で、これらの事件は起こるべくして起きた。そのことを理解するには、まず中国の土地制度について説明する必要がある。
中国では数年前まで不動産バブルが続いていたが、そのとき売買されていたのは土地の所有権ではない。中国では法律上、都市部の土地は国家所有、農村部および都市郊外は集団所有になっている。集団所有といっても多くは地方政府が収用し、都市部も農村部も土地は共産党のものである。中国に私有地は存在しない。一見、民間が持っているように見えても、共産党から土地を借りているだけであり、売買されているのも所有権ではなく使用権だ。
なぜ土地の所有権を共産党が独占しているのか。その正当性を、共産党は抗日戦争(日中戦争。本稿では中国側の視点で「抗日戦争」と呼ぶ)に勝利したことに置いている。毛沢東が日本軍を中国から追い払って土地を取り戻したのだから、土地が共産党に帰属するのは当然というわけだ。
しかし、これはイカサマだ。まず日本が降伏した相手は、毛沢東ではない。日本軍が直接戦っていたのは蒋介石率いる国民党の中華民国だ。また、日本軍が中国沿岸部の主要都市を支配していたころ、共産党は大陸の奥地へと撤退している。抗日戦争で毛沢東は八路軍を組織して日本軍と戦ったが、目覚ましい戦果などない。
連合国の反攻が始まり、戦後処理について話し合われたカイロ会議に出席したのも蒋介石だった。1945年のヤルタ会談に蒋介石は招かれなかったものの代理が参加している。抗日戦争の主役は蒋介石の国民党であり、毛沢東の共産党は脇役にすぎなかった。
戦後の国共内戦に勝利した共産党は49年、中華人民共和国を建国。蒋介石が日本から取り戻した土地を毛沢東が横取りしたが、同じ中国人から奪い取った形だときまりが悪い。そこで「共産党が日本から中国を取り戻した」という建国神話を人民に刷り込むことにした。それが抗日教育なのだ。
時の政府の正統性を主張するために多少のイカサマを言う国は少なくないが、共産党はやりすぎた。私が中国によく訪問していた当時、深夜になると毎晩のように穴埋めで抗日映画が放送されていた。いずれも極悪非道のかぎりを尽くす日本兵を中国軍がやっつけるストーリーだ。なかにはカンフーアクションで日本兵をやっつけるという荒唐無稽なものもあった。
抗日映画は普段、深夜の時間帯に流れるが、中国には朝から一日中、日本軍への憎しみをメディアで煽る「国辱の日」が数日ある。その一つが、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件が起きた9月18日。まさに深圳で日本人児童が刺された日だった。
抗日教育を受けたからといって、全員が日本人に憎しみを抱くわけではない。また、憎しみを抱いたとしても、普通の中国人は子どもを刺すという非道な行為に至らない。しかし人口が14億人もいれば、なかには常識がない人間もいる。共産党の反日キャンペーンが、そうした人間に犯行の理由を与えて背中を押してきたのだ。「愛国無罪」という誤ったスローガンもそうした行為を正当化するときに使われる。
実際に日本はひどいことをしたのだから、中国が抗日教育をするのは当然だという見方もある。もちろん歴史を直視することは大切である。しかし、戦争や植民地化でつらい思いをした国々の多くは、その被害を歴史の一コマとして冷静に教えており、プロパガンダに利用していない。