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お母さんは睡眠不足で当たり前?無意識に自分をいじめてしまう理由【ハラユキ×星野概念『誰でもみんなうつになる』対談】
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2022年に軽度のうつと診断されたコミックエッセイストのハラユキさん。寛解までの試行錯誤をまとめた『誰でもみんなうつになる』(KADOKAWA)は、うつにまつわる基礎知識を学ぶのに最適な一冊です。今回はハラユキさんと本書の監修を担当された精神科医の星野概念さんを迎え、子育てとうつについて考える対談を実施しました。
出産で心身が不安定になるのは普通のこと
ーー『誰でもみんなうつになる』の監修をされたということで、今回ハラユキさんとの対談に星野先生をお呼びしました。
ハラユキ:そうなんです。星野先生と知り合ったのが、この本にも載せたメンタルヘルススーパー銭湯という、サウナと精神療法ワークショップを掛け合わせたおもしろいイベントで(笑)。
星野:そうでしたね。
ハラユキ:後編でその話にも触れますが、星野先生は精神科医というこころの専門家で、かついろんな取り組みをされているところがすごくいいな、おもしろいなと思っています。
星野:ありがとうございます。
――そんなお二人に「子育てとうつ」というテーマからお話しいただければと思います。
ハラユキ:私がうつになったきっかけはいろいろあって、そのなかには、PTA、中学受験、息子のコロナ後遺症という、子育てに関係する出来事もありました。一般的に、育児にまつわるうつというと、妊娠中や出産直後のイメージがありますが、最近では男性も産後うつになると聞きます。
実際のところ、育児にまつわるうつの定義は? ……と聞きたいのですが、以前星野先生が「定義よりも大事なのは、その人本人の抱えている辛さ」と言っていたのがとても心に残ってるんです。
星野:そうですね。定義も大事といえば大事ですけど、もっと大事なのはその人の感じている辛さの中身ですよね。産後の辛さは、もちろんホルモンバランスの関係もあるけれど、今後への不安という面も大きいんじゃないかと思っています。
星野:初めての子どもが生まれて今後どうなるか不安、とか、2人目だけど今まで通りに行くのか、仕事は続けられるのか、とかそういう不安が次々に出てくると思うんです。
なので、困りごとがうつに定義に当てはまるかどうかよりも、その人が何で困ってるか、何がその困りごとの手助けになるか、その人たちと考えることの方が大事ですよね。
ハラユキ:本当にその通りですね。
星野:「うつ状態」と診断されても、お子さんが1人目の方と3人目の方では、状況が全然違うわけじゃないですか。
ハラユキ:ですよね。家庭環境とか、本人やパートナー、お子さんの特性とか、持病とか、抱える事情が人それぞれに違いますよね。
ただ、自分が落ち込んで病院に行くかどうか判断するときのガイドとして、定義や目安は必要なのかなとも思って。それで、こちらが本にも掲載した定義ですね。
ハラユキ:マタニティ・ブルー(正式名称はマタニティ・ブルーズ)ってずっと妊娠中のことだと思っていたので、実際には産後の症状だと知って意外でした。そう思うと、実は定義そのものも意外と正しく知られてないのかなって。
星野:そうか、たしかにそうかもしれないですね。総合病院に勤めていた時のことを思い出してみても、妊娠中の方から相談されるケースってあまりないんです。それよりも赤ちゃんが生まれた時に状況がガラッと変わるので、その大きな変化に伴う反応が出やすいと言われています。産後10日から2週間くらいは心身が不安定になってもぜんぜんおかしなことではないというか。
目安としては、2週間から1ヶ月経っても不安な状態が全然改善しない場合は、精神科などの専門機関や心の専門家に相談していいかなと思います。
人は無意識に自分をいじめてしまう?
ハラユキ:今回初めてメンタルクリニックに通ってみて、実は子どもが生まれたばかりのころ、育児うつだったんじゃないかと思うようになったんです。当時はメンタルヘルスに関する知識もなかったから、とにかくボロボロだったけどやり過ごしていました。でも今振り返ると片足突っ込んでたと思うし、きっと私みたいな人はいっぱいいるだろうなって。
星野:うん、きっとたくさんいらっしゃると思います。
ハラユキ:つい、子育てって大変なものだからこれくらいバタバタするのが普通、と思っちゃうんですよね。当時はワンオペ育児でとにかくキャパオーバーしてたのに、それにも気づいてなかったんです。フリーランスなので仕事も続けていたのですが、昼間は赤ちゃんのお世話をして、夜に寝かしつけをしてから仕事してって、今考えたらそれは無理だよっていう(笑)。
でも当時は「赤ちゃんかわいい!」「おもしろい!」って赤ちゃんハイみたいな状態で、自分の疲れには全然気づけなかったんです。
それである日、帯状疱疹ができて病院に行ったら、疲れとストレスが原因って言われて、でも「育児楽しんでるのになんで?」って。だけどさらには急性胃腸炎にもかかって、全身に謎の湿疹も出て。それで初めて子どもを預けることにして、産後初めて完全にひとりで2~3時間寝たんです。そうしたら湿疹がすっと消えました。
星野:そこでようやく疲れに気づけたんですね。
ハラユキ:そうなんです。それまで本当に気づけなかった。私が子どもを産んだのは11年前で、今と比べても男性の育児参加が全然進んでなくて、周りにもワンオペのお母さんが多かったんです。だから「みんな頑張ってるしこれがふつう」くらいに思って。
そういう「お母さんは睡眠不足になるもの」みたいな刷り込みがあったから、自分の状況を問題視してなかったんでしょうね。
ーー「お母さんは大変なもの」という刷り込みがあるせいで、自分の疲れや辛さに目が行かないことって、実はけっこうある気がします。なぜ人は自分のしんどさよりも、刷り込みによる「あるべき姿」を優先してしまうのでしょう?
星野:これは育児以外のケースにも当てはまりますが、人って自分を労わったり大事にするよりも、自分をいじめたり無理をさせたりする方が楽なんだと思うんです。
たとえば会社で上司や同僚にあれこれ仕事を振られたとします。内心では「無理なんだけど」と思ってても、文句を言わずに「わかりました」と答えておけば、相手との摩擦は起きません。異議を申し立てると摩擦が生じるので、自分の葛藤は飲み込んでしまう方が簡単なんです。
星野:もし身近な人が自分の立場にいたら「絶対断った方がいいよ」と言えるのに、自分のことになると「まあちょっと我慢すればいいか」と飲み込んでしまう。こういう現象はいろんなところで起きてると思います。
ハラユキ:ああ、すごくわかります。家事育児の話だと、産後にお母さんがいっぱいいっぱいで、夫とか他の家族に「もっと手伝ってほしい」「せめて自分のことは自分でやってほしい」という不満を持っているケースはよくありますが、大体の場合それを相手に伝えてないんですよね。言わずに不満をためてるパターンがすごく多い。
何故伝えないかというと、やっぱり摩擦が起こるからですよね。パートナーの性格によっては、不満を言っても言い返されるだけとか、揉めてさらに疲れるだけとか。
「お母さんは大変で当然」という社会全体の意識が変わらない限り、相手に言いやすくもならないし、言われた側の受け止め方も変わらないですよね。産後うつの問題にもつながってくる話だと思います。
星野:ここが難しいところですよね。人は社会の中で生きていくわけじゃないですか。だから、母親とか上司とか、医者とかプロデューサーとか、いろんな役割を社会に要請されます。だから「私は母親だから大変でも我慢しなきゃ」みたいな役割意識も、自分から出てきているようで、実はそうじゃなかったりするっていう。
ハラユキ:たしかにそうですよね。「母親だから頑張らないと」という意識は、特に日本で強い気がします。
いろんな国の家族を取材する中で知ったのですが、例えばフランスだと、子どもの沐浴の練習をする時、お母さんだけじゃなくてお父さんも必ず一緒に受けるそうなんです。看護師さんがお父さんに「あなたの仕事だからね」って念押しして。
日本だと少し前までは「お父さんの教育もお母さんの仕事」みたいな風潮がありましたよね。最近では、自治体のパンフレットに「ママはパパを褒めて伸ばすのが一番」みたいなことが書かれていると問題視されるようになってきたので、少しずつ意識が変わってますが。
でも、お母さんは本当にそれどころじゃない。産後一ヶ月、女性は血を流しっぱなしだってことがもっと知れ渡ってほしい(笑)。出血しながら赤ちゃん育てて睡眠不足で、その上お父さんの教育までって……それは無理ですよ。
星野:すごく大事な話ですよね。子どもの心理的な発達を考えても、お母さんに余裕がある方がいい。理想論かもしれないけど、お母さんが安定していて、子どもとの時間を楽しめる、味わえるという状況が、子どもにとっても絶対いいので。
だから今ハラユキさんがおっしゃったように、お母さんがお父さんの教育まで担当しなくてよくなる仕組み作りはとても大事だと思います。
男性も育児うつになる
ハラユキ:今は少しずつ育児や家事に参加するパパが増えてきましたよね。誰がやっても育児は大変なので、男性も産後うつになるということがメディアでも取り上げられるようになりました。
ただ、そういう記事が出た時に、「男性が産後うつになるわけない」「ママはつらくても我慢してずっとやってきたことなのに」といった批判的なリプライがワーッとつくのを何回か目にしたんです。
私自身も産後クライシス(出産後の心身の変化によって夫婦間に亀裂が生じること)で、夫と何度もケンカしてきたので、女性側の気持ちもわかる。「自分も我慢してやってきたのに、甘えるな」っていう。でも、女性がずっと「甘えるな」って言われてきて辛かったんだから、それを今度は男性側にやってしまっていいんだろうかっていう。
星野:僕には育児経験がないので想像にはなってしまいますが、育児が大変なのは性別を問わないことですよね。
ハラユキ:いろんな家族を取材する中でおもしろいなと思ったのは、男性が専業主夫で、女性が稼ぎ頭のご家庭だと、パパは家事育児でイライラしたり落ち込んだりしていて、一方のママは「まあまあ、そんなにイライラしないで」って言ったりしている。一般的な家庭の逆ですよね。
もちろん女性には産後の痛みとかホルモンの乱れがあるので、その辛さはケアされるべきです。でも男女がどちらかを責める構図になると解決しないと思うんです。
星野:そうですね。男性が育児にかかわることでうつ状態になるのは、ぜんぜんおかしなことじゃないし、男性も育児でうつになることを知らない限り、辛さを吐き出すきっかけがなくて、孤立してしまいますよね。
あとは、男性が置かれている状況もかかわってくると思います。例えば、勤めている会社が育休を取りやすいか、取りにくいか。そういう点でも、変わってきますよね。
その人を取り巻くいろんなことがうつ状態につながると考えたら、やっぱり産後うつの定義に当てはまるかどうかよりも、辛さをどうしたらいいか考えた方がいいと思うんです。
養育者が男性であれ女性であれ、その人自身が楽にならないと子どもも楽にならない。とにかく子どもをストレスフリーな状態でいてもらうことが大事ですから。