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核家族で全部やるのは限界。石山アンジュに聞く「拡張家族」
ワンオペ育児に産後うつ。家族が密室だからこそ起こる問題を解決するカギが渋谷にある?「拡張家族」をキーワードに社会実験を行うCift(シフト)の連続インタビュー企画。第一回目は、発足当初よりCiftに加入する、社会活動家の石山アンジュさんに「拡張家族」とは何か聞いた。
「家族」と聞いて、どんな姿を想像しますか。
今なお『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』を日本の「普通の家族」と想像する人も少なくないでしょう。
しかし現実に目を向ければ、未婚・単身世帯の増加、平均初婚年齢の上昇、婚姻件数と出生数の減少、離婚件数の増大など、家族や結婚をめぐる状況は大きく変化しています。
にもかかわらず日本の公制度は昭和の家族像を想定して作られたまま。同性婚も、選択的夫婦別姓も先送りされ、国の考える結婚の定義には現実とのギャップがあります。
また、ひとり親世帯の生活苦、ワンオペ育児や産後うつなど、子どもを育てながら直面する困難もまた、血縁をベースとした家族での助け合いに限界があることを示しています。
では仮に、血縁や婚姻関係にない人たちのことを「家族」のように信頼し、支え合うことができたら。これまで「家族」に押し付けられてきた育児や介護の負担と辛さを、信頼する人たちとシェアできたら。
そんな「家族」にまつわる社会実験を行うのが、現在渋谷と京都に拠点を持つCiftです。Ciftが提唱する「拡張家族」は、血縁ではなく意識でつながる「家族」のこと。
2017年に東急電鉄の運営する商業施設「渋谷キャスト」で「拡張家族」というコンセプトを掲げ、家族と仕事のあり方を見直す実践としてスタート。当初38人だったメンバーは現在102人にも増えています。
血縁や婚姻関係のない人たちと意識でつながり「家族」になるとは一体どういうことなのでしょうか。
シェアリングエコノミーの普及に従事しながら、発足当初よりCiftで暮らす社会活動家の石山アンジュさんに伺いました。
なぜ赤の他人と「家族」になるのか
――Ciftには、職種やライフスタイルの異なる、1歳から60代までのメンバーが一緒に暮らしていると聞いています。現在102人で構成されるCiftは、何を「家族」と定義していますか?
石山さん:定義は……ないですね。ないというか、「決めたくない」に近いかもしれません。
育った環境はみんな違うから、クリスマスひとつとっても、毎年みんなで集まるのが普通って人もいれば、全然気にせず普段と同じように過ごす人もいますよね。それなのに、「家族はクリスマスには一緒にお祝いをするもの」と正解をひとつに決めてしまうと、そう思っていない人が無理をすることになる。
そもそもこれまで国が作ってきた制度や法律は昭和に作られた「普通の家族」像がもとになっていて、その範囲からのズレを認めません。同性婚や夫婦別姓がいまだに認められないことは、まさにその例ですよね。
家族の定義を新しくする必要はあるけれど、正解をひとつにしない。定義をひとつに決めない代わりに「家族ってなんだろう」という問いをそれぞれが持ち続けて、対話や行動を続けているのがCiftだと思います。
――家族の定義がないとなると、Ciftに入る人たちはもともとある程度価値観が似た人たちということですか?
石山さん:いえ、価値観もばらばらです。家族の定義と同じで、育った環境がひとりひとり違うので、それぞれにいろんな考えを持っています。ひとりひとり違うなかで、優劣や正解があるわけではないですし。
だからむしろ前提としてメンバーが認識すべきは、「私たちはそれぞれに価値観が異なる」ということです。
つながりが断たれた社会をつなぎなおす「修行」
――どうやったらCiftに入ることができるのでしょうか?
石山さん:サイトへの問い合わせから入った人もいますが、基本はメンバーからの紹介制です。
最初に家族面談の場を持って、そこでいろいろお話をします。102人全員と面談することはできないので、コーディネーターの子が面談する4人を都度組み合わせています。自分が直接お話していなくても、メンバーの4人が大丈夫だと思ったなら大丈夫だろうと信頼して。
――その場ではどんな話をしますか?
石山さん:こちらからお話するのは、大きな理念の部分ですね。
近代化によって人々が集団ではなく個別に生きるようになり、いまや約半数が単身世帯。資本主義社会は、私的所有や経済的な利益を追求するものです。自分と他人の間に境界線を引いて、なるべく多く独り占めしたいという価値観で動いています。
資本主義のおかげで、人は人とつながらなくても生きていけるようになりましたが、その一方で社会での支え合いやつながりを失った。結果として、孤独やむなしさを抱えやすく、幸せを感じにくい社会になってしまいました。
石山さん:そんな中で、その次の豊かな社会の姿を描こうとしたときに、私たちは「相手を家族だと思ってみる」という意識に向き合うことにヒントがあると考えました。
資本主義によって分断された人と人とのつながりを取り戻すためには、人間関係においても、相手のことを自分ごととして捉えてみることに可能性があるんじゃないかと。私はそれを、「意識のイノベーション」とか「修行」と呼んでいます。
――修行!
石山さん:はい(笑)。Ciftで「家族」になったメンバーのことを、「自分だと思ってみる」という社会実験を通じて、人と人との分断をつなぎ直す。世界の端から端までその輪を拡張していくことが、世界平和につながるかもしれないと説明しています。
――言われてみると、社会問題や事件の多くの根本には「相手を敵だと思う」視線がありますよね。そういう話を共有したうえで、どんな基準でメンバーを受け入れますか?
石山さん:これも明確に決めていないのですが、大事にしているのは2つだけです。
それは、対話をあきらめない姿勢と、自己変容していく覚悟。
まず先ほども話したように、それぞれの背景を持つ人たちが価値観をひとつに合わせていくことはしない。「私たちは価値観が違う」ことを前提として認識して、その上で対話をあきらめない姿勢があるかどうか。対話をした上で、自己変容できるかどうか。
石山さん:自分というものを柔軟に捉えて、状況次第で変わる意思をその時々に持つ覚悟があるかどうかを見ています。
そういう意味では、依存する関係や誰かに頼る状態を求めている方や「寂しいから入りたい」という方とは面談でご縁がない形になることが多いかもしれないです。
とはいえ、何か決まったルールがあるわけではありません。そこは決めていないし、決めない方がいいと思っています。
「拡張家族」で得られるのは楽しさよりも安心感
――伺っていく中で、Ciftのメンバーのひとりひとりが個人として自立していることが重要なのかなと思いました。
石山さん:たしかに発足したばかりのころは、「自立していないと」という言葉が会話のなかによく出てきました。でも最近は少し考えが変わって。
これは私の個人的な思いですが、この実験を4年間続けてみるなかで、たとえばメンタルがしんどい年もあれば、余裕があってみんなを助けられた年もあります。生きているとやっぱり波がありますよね。それなのに「ずっと自立しているべき」と考えるのには無理があるなって。
石山さん:Ciftのメンバーは、おばあちゃんやおじいちゃんになるまでかかわっていくことを一旦は合意した仲なので、長い時間軸のなかで捉えたときに、たとえば5年間は自分のことで手一杯だったけど、次の5年間で余裕ができたからお返ししようと考えることもできる。
長い時間をかけて関係を築いていくなら、常に精神的な自立にこだわることもないかなと、考えが変わっていきましたね。
――多くのシェアハウスは、住民の入れ替わりが激しいと聞くので、そのあたりも大きな違いですよね。
石山さん:シェアハウスは写真の印象なんかで「楽しそう」と言われることが多いですよね。私たちももちろん楽しいことはあるけど、それよりも大事なのは安心感だと思っていて。
辛いときに話を聞いてくれそう。自分ごとのように感情を共有してくれそう。実感としてはむしろ、そういうことに大きな価値があるんですよね。
でもやっぱり、大変なことも多いですよ。それこそ自分を修行僧だと思ってないとやってられないことも個人的にはあって(笑)。
それでも、そういう困難に立ち向かう自分も好きだし、そうありたいと思っています。なぜかというと、大変なことの先にこそ幸せがあると思うから。
めんどくさいことと幸せなことは、人間関係においては比例しますよね。相手のことを自分のことだと思って、自分自身の感情が拡張されることは何よりの喜びなので。
それに、家族関係を核家族にとどめたくないんですよ。
Public Meets Innovation ミレニアル政策ペーパー
石山さん:これは私が代表を務めるシンクタンクで作成した資料で、昭和のサザエさん一家が担ってきた家族の役割を挙げて分類したものです。サザエさんの時代に比べて家族の構成員が減ってるのに、この全部をやらなきゃいけないなんて無理ゲーだよねって話で。
その無理をなくすひとつの方法が拡張家族かもしれないですし、家事の機能を代替するために家事代行サービスにお願いすることもひとつですよね。Ciftでも共有キッチンの掃除などを「タスカジ」さんに頼んでいます。
家事だけでなく、育児も同じです。
とはいえ、Ciftのメンバーに「家族だから子育てしよう」「家族だから手伝おう」と強要することは何もありません。
家族観も価値観もばらばらなメンバーが集まっているので、「〇〇すべき」と押し付けるんじゃなくて、お互いを尊重する先に、子どもがいるメンバーへのフォローがあるかもしれない。みんなの家族観がばらばらだからこそ、おのおのが考える範囲でみんなにかかわっていけば、いろんな部分がカバーできるかもしれない。
そういう「家族」のあり方をCiftは目指しています。
――「家族」の定義も価値観もばらばらなメンバーが、「家族」になる。Ciftの社会実験の背景には、現代の日本社会にある問題を解決し、新しい幸せのあり方を模索する理念がありました。
次回は、Cift発足初期に子どもと一緒に入居し「子育てをプロジェクト化した」と語る神田(平本)沙織さんにお話を伺います。
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<取材・執筆・撮影>KIDSNA編集部