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【オーストラリア留学】子どもの選択で学校が変わる「Enkindle Village School」
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教育コンサルタント
教育コンサルタント
学校見学と図書館が好きなフリーランスの教育コンサルタント。元留学カウンセラー。東京大学教育学部卒。二児の母。インター歴7年、アメリカに4年単身留学していた帰国子女。子どもが自分より英語をできるようになった保護者から進路・教育相談をよく受けます。
フリーランス教育コンサルタントの萩原麻友さんが、短期・長期で小学生から入学できる世界各国の学校をセレクトする「世界の学校ガイド」。インターナショナルスクールやボーディングスクール、国際バカロレア認定校など、グローバルな環境に身を置いて子どもに学んでほしいと思う保護者に向け、特徴的なカリキュラムや費用などをご紹介します。第4回は、オーストラリアのEnkindle Village School(エンキンドル・ビレッジ・スクール)です。
みなさんはデモクラティック・スクールという学校を聞いたことはありますか?
「デモクラティック」とは直訳すると「民主主義的」。デモクラティック・スクールとは「その教育や運営において民主主義的な意思決定プロセスを重視する学校」ということになります。つまり学校に関わることは生徒も含む学校関係者が話し合いで決めていく学校となります。
わかりやすいように具体的なデモクラティック・スクールに共通する特徴を挙げてみましょう。
- オルタナティブ教育の一種(主流とは異なる非伝統的な学習方法を取り入れている)
- 教育や運営に関わる意思決定に、学校関係者(生徒、保護者、先生、スタッフ、地域など)が“等しく”参画できる仕組みがある
- 生徒の意見は大人のものと同等に尊重される
- クラスや学年の枠組みはなく、異年齢学級であることが多い
- 生徒自身に教育内容への発言権があるため、生徒の興味関心に沿った学習内容とスタイルをとることが多い
デモクラティック・スクール全般に共通する特徴を抽出するとこのようになります
今回はデモクラティック・スクールの中でも新設校であり世界から注目を集める、2019年に開校したオーストラリアのエンキンドル・ビレッジ・スクール(Enkindle Village School, 以下エンキンドル)を紹介します。
デモクラティック・スクールに共通する特徴は先ほど述べましたがエンキンドルのデモクラティック・スクールらしさはどのような部分にあるのでしょうか。細かく見ていきましょう。
学びに没頭できる環境を”合意”で作る
エンキンドルが学校の運営手法として着目したのは、民主主義的な組織のたくさんの型の一つ「ソシオクラシー」という形でした。
ではエンキンドルにおけるソシオクラシーの「意思決定」を例にしてソシオクラシーを説明してみます。
たとえば、多くの学校現場では「投票」を使って大小様々なことを決めます。「投票」も民主主義のひとつの型です。しかし多数決でものごとが決まる裏では、少数派の意見が無視されている可能性があります。
一方ソシオクラシーでは、少数派も取りこぼさずに「全員」が賛成できることを目指しています。多数決に頼らないところが特徴です。
エンキンドルが目指すのは、「構成員一人ひとりに発言権と拒否権があり、その全員の合意が認められるまで議案を改良していく」というソシオクラシーのスタイルです。
試験がない授業
少数派も取りこぼさずに「全員」が賛成できることを目指しているとはどういうことなのでしょうか?エンキンドルの生徒、先生、そのほか学校にかかわる人たちがどのようにソシオクラシ―的日常を送っているのか見てみましょう。
エンキンドルは「学年制」がありません。学年制ではないので、決まった年齢で学ぶ「単元」や「範囲」もありません。そして「試験」や「プリント」などの型にはめるような評価手法もありません。
これは学校がそう決めたから、ではありません。学校の先生・生徒・保護者など、子どもの教育に関わる全員がそのことに「合意」したからです。
仮にそれでうまく行かなくなったり、よりよい案が浮上したりしたら、新たな合意形成を経て制度が変更していくこともありえます。
子どものニーズに応える時間割
「全員」が合意することを大切にしているエンキンドルですが、だからといって団体行動を良しとしているわけではありません。
たとえばエンキンドルの一日には、おおまかな流れはあっても時間割はありません。決まった時間にみんなで決まったことをしません。各生徒の学習計画や、その日の先生や生徒それぞれのニーズや希望に合わせて時間も内容も大きく変動します。
エンキンドルは、子どもたちが「自律した学習者」になることが将来のために必要だと考えています。
そのために生徒7人に対して先生かアシスタントが1人という少人数制で、各生徒の学習スタイルや嗜好、性格やペースに合わせて最適化された「自学自習(self-directed learning)」を実現しています。
学習計画を立てるときは、生徒本人、指導する先生、そして保護者の三者が連携します。つまり、学びたいことや順番を子ども任せにするのではなく、生徒一人ひとりの学習に密に関わる関係者が一緒になって学びをデザインするのです。
エンキンドルは、「Liberty(自由)」、「Curiosity(好奇心)」、「Joy(喜び)」を尊重しながら「自律した学習者」を育てることを目指しています。子どもが学びに喜びを見出せるように、そして学習意欲がいつでも”点火中”であること、またいつでも学びに没頭できるように、先生は常に気を配っています。
その過程において効果的とわかれば、モンテッソーリやシュタイナーなど、様々な教育手法やアプローチの”いいとこどり”をすることもあるそうです。
グループ学習をすることもあります。また、顔や手や服が汚れたり、怪我をするかもしれないプロジェクトのこともあります。
ジェームズ・クック大学の施設なども利用できますが、もし計画の実行に追加費用がかかる場合は、その調達方法も含めて話し合いをします。
先生は、生徒が読み書き計算などの基礎スキルを優先的に習得してから、より実践的で総合的な学習機会でそのスキルを発揮し、学びながらさらに磨いていけるようにアドバイスします。
参考までに、エンキンドルのある一日の例を挙げます。
エンキンドルでの一日の流れ
昼食さえも自己責任
エンキンドルでは、生徒が食事をするタイミングも個人の欲求や事情に任せています。
昼食を早く食べすぎると、後半でお腹がすく。遅く食べすぎると、帰宅後のご飯が入らない。生徒のひとつひとつの“選択”には、常に“結果”が伴います。
生徒たちは学校での過ごし方に自由が与えられていると同時に、自分の選択が招く結果の責任も背負っていることにすぐに気がつきます。
学校の清掃や庭の手入れなど学校運営に主体的に取り組むのも、自分たちの環境を大事にすることが自分にも関係すると自覚しているからです。
生徒ひとりひとりが、自身の学習内容と計画に主体性と責任感を持ち、保護者や先生と連携を取りながら、ときには変化や苦難に適応しながら、学習の道のりを歩んでいきます。
エンキンドルではそれぞれが違う道を歩むことが前提なので、他の子と比べたりすることはありません。一人ひとりが大人と力を合わせて、パッションや才能、技能を伸ばしています。
自由な教育は政府も公認
ここまで自由に学校運営をしているので意外かもしれませんが、エンキンドルは政府の認証を受けている正規の学校として、国の公式なカリキュラム(日本でいう文科省の学習指導要領)を採用しています。つまり、転校や進学の際もエンキンドルでの修学が問題なく認められます。
ちなみにオーストラリアの初等部カリキュラムでは、以下のような教科を学びます。
- Literacy リテラシー
- Numeracy 数的知識
- Science 理科
- History and Social Sciences (HASS) 歴史・社会
- Design and Technologies デザインと技術
- The Arts 美術・芸術
- Auslan オーストラリア手話
- Health and Physical Sciences (HPE) 保健体育
オーストラリア手話が“外国語”授業として認められていることは新鮮に感じますが、全体的にはエンキンドルの生徒がオーストラリアの他の子どもたちと同じことを学んでいます。
エンキンドルのように「ソシオクラシー」的で特殊な学校でも基準を満たしていれば公認する政府の受け皿の広さが伺えます。
トップダウンでもボトムアップでもない学校
ソシオクラシーという仕組みで運営されているエンキンドルでは、意思決定の際に「全員」の「合意」を目指していることは、すでに述べたとおりです。
意思決定のための合意形成は、関係者ごとの「サークル」と呼ばれる分科会で行われます。
一番人数が多いのは「生徒サークル(Student Circle)」です。生徒たちは、校長や一部の先生と輪になって座り、一人ひとりの顔を見ながら話し合います。
議題は、そのサークルメンバーが関わる学習や学内でのできごと、購買や校則などについてです。最低限の安全性に関わることに大人が口を出す以外は、5歳から11歳の生徒45名と少人数の大人で話し合います。
このソシオクラシー・モデルでは、決定権が一部のメンバーに偏りはなく立場や年齢による区別はありません。大人から子どもまで、どの意見も限りなく平等に扱われます。責任と権力が一部に集中することもなく、同時に「子ども中心」でもありません。
生徒たちは、このように小さなコミュニティのようなサークルを行き来しながら、お互いの意見が呼応するのを見て感じて、自らの言動の影響力、さらに外のコミュニティとのつながり、そして自分や他者への敬意を意識するようになります。
エンキンドルの「サークル」例
- 生徒サークル(Student Circle)
- 理事サークル (School Board Circle)
- 地域サークル(Community Circle)
- 従業員サークル(School Employee Circle)
- 保護者サークル(Parents Circle)
合意形成から他者への尊重を学ぶ
とはいえ本当に子どもに合意の形成ができるのか、と疑問に思われるかもしれません。
校長のピアース先生いわく、生徒たちが「誰にも等しく発言権がある」「一人ひとりの声を聞く場がある」ということを認識するようになると、むしろ争いごとが減り、みんなが合意形成に集中できるようになったそうです。
「合意」のなかに濃淡が入り交じることも織り込み済みです。たとえば「大賛成」と「許容できる」の間には温度差がありますが、どちらも「合意」の範疇とみなされます。サークルでの話し合いでは、全員がこの広い「合意」の範囲に収まることを目標としています。
自分の意見が他人のと同様に尊重され、大事に検討されているという共通認識と公平感は、生徒たちに強く根付いています。
良薬は口に苦し
エンキンドルという学校を一言でまとめると「生徒に“発言権”と“選択の自由”と“同時に責任”を与える学習環境」です。
生徒やその他のメンバーのニーズも満たすため、エンキンドルは変化を歓迎し、適応と成長を続けています。
それはときに困難も生みます。メンバーは考えを試されたり、お互いの意見が対立して難しい対話に迫られたりします。当然、その苦労が報われないと感じるときもあるでしょう。
それでも全員の合意を得るためのプロセスを繰り返すことで、子どもたちにはしなやかな調整力や判断力、忍耐力や柔軟な適応力が身につきます。
この経験と力は、今後変化がますます著しく、より複雑になるであろう将来に、必ず役立つ財産となるでしょう。
エンキンドルをすすめるとしたらこんな親子
どんな学校にも、子どもの向き不向きがあります。学校を選ぶときは、学校と家族と子どものことをそれぞれよく知る時間をたっぷり取ってベストフィットを見つけましょう。
特に、エンキンドルには類まれなフレキシブルさがある一方で、保護者にも意思決定に参画したり、適応したり、学び続けたりする姿勢が求められます。
公式HPでも、この学校は万人にお勧めできないから理解を深めて熟考するように、と言い切っています。そんなところも「合意」を大事にするエンキンドルらしさです。
ではもし私がエンキンドルをおすすめするとしたら、こんな親子です。(著者の主観です)
- 一般的な学校では満たせない教育上のニーズがある
- 常に今を問い直し、変化を歓迎するコミュニティの一員になれることにワクワクする
- 学校とオープンで建設的なコミュニケーションが取れる
- 固定観念や価値観が試されることに抵抗が少ない
- 成績や進学実績で人生の成功や幸せを定義しない
- (子)自分の意見を主張し、尊重されたい
- (親)子どもの自主性に全幅の信頼をおける、もしくはおきたい
※現時点では、エンキンドルでは学生ビザをサポートしてもらうことはできません。子どもが永住権所持者か帯同者の場合は、出願が可能です。
学校の詳細情報
※取材当時(2021年1月時点のものです)
名称
Enkindle Village School(エンキンドル・ビレッジ・スクール)
創立年
2019年
学年
Prep(年長)〜Year 5 (小5)
※今後、在校生の進級に合わせて高3まで広げる予定
(2028年に最初の卒業生が出る予定)
児童数
45名
※今後、150人程度まで増やす予定
学費
[通学生(2020年度)]
AU$4,400
※兄弟割引あり
所在地
オーストラリアのクイーンズランド州、海岸沿いのタウンズビルにあるジェームズ・クック大学の緑豊かな敷地内にあります。
James Cook University, Australia, Townsville, Douglas Campus, Building 30,
James Cook Dr, Douglas QLD 4814
Profile
萩原麻友
学校見学と図書館が好きなフリーランスの教育コンサルタント。元留学カウンセラー。東京大学教育学部卒。二児の母。インター歴7年、アメリカに4年単身留学していた帰国子女。子どもが自分より英語をできるようになった保護者から進路・教育相談をよく受けます。