こちらの記事も読まれています
【専門家監修】フィンランドと日本の教育の違いは?世界トップクラスの教育との共通点
Profile
長野県立大学こども学科准教授/日本保育学会/日本保育文化学会/フィンランド音楽学学会/日本乳幼児教育学会/フィンランド教育学会
長野県立大学こども学科准教授/日本保育学会/日本保育文化学会/フィンランド音楽学学会/日本乳幼児教育学会/フィンランド教育学会
長野県立大学 こども学科 准教授。フィンランド 国立ヘルシンキ大学人文学部哲学歴史文化芸術研究学科 博士課程 修了。専門は比較教育学、フィンランド、保育とICT教育、保育と記号学、音楽記号学。日本保育学会、日本保育文化学会、フィンランド音楽学学会、日本乳幼児教育学会、フィンランド教育学会に所属。
PISAのランキングでトップクラスの成績を収めて以降、世界中から注目を集めているフィンランドの教育。日本の教育との違いはどこにあるのでしょうか。フィンランドと日本の教育制度、カリキュラム、教員の質などの違いから紐解きます。
PISA順位は下降気味でも幸福度は高いフィンランド、日本との違いは?
フィンランドの教育が世界的に注目されるようになったきっかけは、2000年から3年ごとに実施されているOECDの国際学力調査「PISA」で、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの分野でトップクラスの成績を収めたことにあります。
2000年代のPISAの結果は、フィンランドの教育が優れていることを広く知らしめ、日本を含めた世界中から注目されるようになりました。
しかし、近年は得点の低下が続き、2022年に行なわれた調査では、前回よりも数学が23点減(20位)、読解力が30点減(14位)、科学が11点減(9位)と大きく数字を落としています。
日本の様子を見てみると、2022年の調査では、数学的リテラシーが5位、読解力は3位、科学的リテラシーは2位とトップクラスの結果を得ています。
フィンランドと日本の子どもが置かれる状況にはどのような違いがあるのでしょうか。教育の違いから紐解いてみましょう。
フィンランドと日本の教育の違い
フィンランドと日本の教育の違いについて詳しく見ていきましょう。
教育制度
フィンランドの義務教育は、2018年に2年間延長され、7~18歳が義務教育の対象となりました。教科書や学校に関する備品、学食の費用が18歳まで全て無料で提供されます。
義務教育期間の終盤には「高等学校」と「職業学校」に分かれ、大学への進学を希望する子どもと、就職のための専門的な学びを深めたい子どもの進路が分かれます。
日本でも実践的な職業教育により、プロフェッショナルを育てる環境として専門学校がありますが、大学と同じ「高等教育機関」として位置付けられています。
フィンランドでは、日本の専門学校に相当するものとして、さらに実践的な内容を学ぶ「応用科学大学」に進む子どももいます。
日本でも2025年から子どもが3人以上いる世帯は大学の授業料などが無償になる予定ですが、フィンランドでは義務教育終了後も全ての子どもが大学院を卒業するまで、無償で通うことができるのです。
カリキュラム
フィンランドでは、2016年から「phenomenon-based learning(現象ベース学習)」という教育法が取り入れられています。「クロスカリキュラム」とも呼ばれ、教科の枠を越えた実社会での「現象」について学び、子ども自身と世界との関係を探る手法です。
日本でも似たような取り組みとして、「問題解決型学習」「課題解決型学習」と呼ばれるPBL(Project Based Learning)により、教科にとらわれず子ども自身が課題を発見し、自ら解決する能力を身に付ける学習方法が取り入れられています。
また、フィンランドでは2016年から義務教育内でプログラミングを学ぶカリキュラムが組まれています。プレスクール(就学前教育)から小学校2年までは、遊びを通じてプログラミング的思考を育くみます。そのため、日本よりもフィンランドの子どもたちの方が一足早くプログラミングに触れていることになります。
その後、3~6年生ではビジュアルプログラミングを学び、7~9年生ではプログラミング言語を学ぶカリキュラムとなっているようです。
日本では、2017年に小学校学習指導要領の改訂が行われ、2020年度から小学校段階におけるプログラミング教育が全面実施となりました。
教員の質、労働環境
フィンランドでは教員には修士号の取得が必須とされています。また、毎年研修を受ける義務があり、教育観や知識の更新が常に求められています。
フィンランドでは大学の教員養成学科の入学倍率が十数倍の地域もあり、高い学力に加えて面接を通して厳しい審査が行なわれます。教員の待遇や社会的地位が保証されているため、優れた人材が集まりやすくなっています。
フィンランドの教師の社会的地位は、昔から高く、人口の少ない村などでは、知識と教養のある牧師と教師を、人々は「ろうそくの火」と呼んでいました。教養と人格が周りを照らす、光を与える存在だったためです。
教師は伝統的に人々の信頼を得ており、教育法と修士号が必須という教育制度によって教師の裁量権が保障されているのです。
では、日本の状況はどうでしょうか。2023年度に採用された日本の公立学校の教員の採用倍率は3.4倍で、2年連続で過去最低を記録しました。中でも小学校は2.3倍と5年連続低い状態が続き、1.3倍の採用倍率となった自治体もありました。
特別支援教育などで一定の教員数が必要となっているため、倍率の低下には教員の採用数が拡大していることなども関係しているようですが、いずれにしても低倍率で採用されることにより教員の質の低下が危ぶまれています。
また、教員の労働時間においてもフィンランドと日本では違いがあるようです。『OECD 国際教員指導環境調査(TALIS)2018 報告書』によると、フィンランドの教員の1週間当たりの仕事時間合計は33.3時間で、参加国平均(38.3時間)を下回る結果となりました。
それに対し、日本の小中学校教員の仕事時間は調査参加国の中で最長の56時間。課外活動、事務業務、授業計画準備等にかかる時間が最も長いということがわかり、日本の教員の労働環境改善が急務とされています。
出典:「OECD 国際教員指導環境調査(TALIS)2018 報告書」/国立教育政策研究所
フィンランドと日本の幼児教育
ここまで義務教育を中心にフィンランドと日本の教育の違いを見てきましたが、幼児教育ではどのような違いがあるのでしょうか。
女性の社会進出が進むフィンランドでは、1970年代に児童保育法が施行され現在の保育制度の基盤が整えられました。0歳から5歳の子どもは、保育と幼児教育・就学前教育が統合された「エデュケア(Education+Care)」と呼ばれる、日本でいう認定こども園のような施設に通います。
また、子どもの早期および基礎教育を生涯学習の一部ととらえるフィンランドでは、就学前の全ての子どもに保育を受けることを「権利」として保証し、6歳児(※)を対象に就学前教育(エシコウル)を組み入れました。エシコウルでは、遊びを通してアルファベットや数字に親しんだり、数の概念や豊かな言語表現、感情リテラシーを学んだりと小学校入学前の準備をします。
日本では、2019年から幼稚園、保育所、認定こども園等を利用する3歳から5歳までの全ての子どもの利用料が無料になりました。2023年4月にこども家庭庁が発足し、成育部門で保育園や幼稚園など小学校に通う前の子どもの育ちをサポートしています。
※数年内に就学前教育が5歳児までに拡大予定。義務教育が5~18歳までとなる。
高い幸福度を誇るフィンランド
2024年版の世界幸福度ランキングではフィンランドは1位に輝き、7年連続トップに立ったことが発表されました。日本はというと、2022年54位、2023年47位、2024年は51位と、幸福度が高いとはいえない順位が続いています。
一方で、OECDの国際学力調査PISAによる学習到達度の比較では、近年日本がフィンランドを上回る結果を得ています。
PISAのランキングが落ちつつあった2016年、フィンランドは小中学校の教育課程「ナショナル・コアカリキュラム」を改訂しましたが、授業数を増やしたり休みを短縮したり、詰め込み型教育を行うことはありませんでした。
PISAの結果に左右されることなくウェルビーイングを大切にしているからこそ、高い幸福度を維持しているのかもしれません。
フィンランドと日本の教育の共通点
日本も教員の労働環境や幸福度の低さなどの課題がありますが、少しずつ改善に向けた動きが見られています。2017年から2019年にかけて行なわれた学習指導要領の改定では
“
学校で学んだことが、子どもたちの「生きる力」となって、明日に、そしてその先の人生につながってほしい。これからの社会が、どんなに変化して予測困難な時代になっても、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい。
出典: 「学習指導要領」/文部科学省
という思いを込め、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)の視点から「何を学ぶか」だけでなく「どのように学ぶか」を重視した授業へと変わってきました。
日本の「生きる力」を育む教育は、フィンランドの実社会と地続きの知識を学ぶ教育と共通している点といえるのかもしれません。
また、フィンランド国立教育庁は「教育の平等」を掲げています。
“
フィンランド教育の基本的な原則は、全ての人が平等に質の高い教育や訓練を受けられるということ。民族的背景や年齢、貧富の差や居住地に関係なく、全ての人に同じ教育の機会が可能でなければならない。
出典: 「フィンランド教育概要」/フィンランド国立教育庁
日本ではどうかというと、文部科学統計が始まった1948年から今日まで義務教育の就学率は99%を超えています。
また、2019年には中央教育審議会が「新しい時代の初等中等教育の在り方」として、2020年代を通じて実現を目指すイメージを取りまとめました。その中で「多様な子どもたちを誰一人取り残すことのない個別最適化された学び」として、ICT教育の推進や、特別な支援が必要な子どもの支援の充実、一人ひとりに応じた探究的・協働的な学びの実現を掲げています。
教育の制度やカリキュラムに細かな違いはありますが、日本もフィンランドも、全ての子どもたちがよりよく生きるためにどうすればよいか、試行錯誤しながら最適な教育を追い求めている点で共通していることがわかります。
フィンランドも日本もよりよい教育を追求している
フィンランドと日本はそれぞれ異なる教育システムを採用していますが、どちらの国も子どもたちがより良く生きるための教育を追求していることに変わりはありません。
両国の教育制度にはそれぞれの文化や社会背景に基づく特徴がありますが、最適な教育を目指す姿勢は共通しているようです。
監修:匝瑳 岳美
Profile
匝瑳 岳美
長野県立大学 こども学科 准教授。フィンランド 国立ヘルシンキ大学人文学部哲学歴史文化芸術研究学科 博士課程 修了。専門は比較教育学、フィンランド、保育とICT教育、保育と記号学、音楽記号学。日本保育学会、日本保育文化学会、フィンランド音楽学学会、日本乳幼児教育学会、フィンランド教育学会に所属。