知っておきたい教育バウチャーの制度と仕組み 日本の自治体での取り組みと現状

知っておきたい教育バウチャーの制度と仕組み 日本の自治体での取り組みと現状

2024.01.17

「教育バウチャー」とは、「個人が教育や保育サービスを受けられるよう、政府などが発行する利用券」のことです。日本ではまだ一部で塾や習い事などの支払いに利用できるクーポンが提供されているだけですが、その仕組み、メリットはご存じでしょうか。

教育バウチャーとは

リュックサックを背負って走っていく子どもたちの後ろ姿
※写真はイメージです(iStock.com/monkeybusinessimages)

「教育バウチャー」という言葉は、まだあまり広く浸透しているとはいえず、その内容についても詳しく知らないという人も多いかもしれません。

教育バウチャーとは何か、どんなしくみで、誰がどのように利用するものなのでしょうか。

「教育バウチャー」とは「教育・保育サービスを受けられる利用券」

実は、「教育バウチャー」とは何か、その定義は定まっていません。

ただ、一般的には「個人が教育や保育サービスを受けられるよう、政府などが発行する利用券」を指すと考えてよいでしょう。

ちなみに「バウチャー」は以下のように定義されています。

(1)バウチャーとは ─ 一般的理解  バウチャー(voucher)とは、「教育訓練」や「保育サービス」というように使途が限定されて、個人が政府から受け取る利用券である(図1(1))。  利用券は実際にクーポン券、カードという形状を取る必要もなく、サービスの利用に応じ政府から個人に補助金が出る仕組みも事実上のバウチャースキームである(図1(2))。

出典: 出典:厚生科学研究費補助金 政策科学推進研究事業 平成13年度 総括研究報告書 「準市場原理及びITを使った保育サービス配分マッチングに関する実証的研究」 (駒村康平・和泉徹彦)
バウチャーの仕組み図1

この定義のポイントは、「使途が限定されている」という点です。

つまり、教育バウチャーが使えるのは「教育」に類する事柄に対してだけなのです。

教育バウチャーには「学校教育バウチャー」「学校外教育バウチャー」の2種がある

実は、教育バウチャーは大きく2種に分類されます。

学校教育バウチャー

学校外教育バウチャー

「学校での教育」に使いみちを限定したバウチャー。

支給された子どもと保護者が通いたい学校を選び、授業料のかわりにバウチャーを学校側に渡す。

→学校は集まったバウチャーの数に応じて自治体から補助金を受ける。

「塾や習い事、スポーツ活動など学校外での教育サービス」に使いみちを限定したバウチャー。

支給された子どもと保護者が通いたい塾や習い事教室などを選び、受講料のかわりにバウチャーを塾や教室側に渡す。

→各塾・教室はバウチャーで授業やレッスンを行った分の受講料を自治体から受け取る。

このふたつの違いは、使いみちが「学校」と「学校外の塾や習い事など」にそれぞれわかれているだけではなく、政府や自治体がバウチャーを導入する「目的」も異なります。

学校教育バウチャーの目的

「学校教育バウチャー」の目的のひとつは、子どもたちが学校選択の自由を得られることです。

「地元の公立校より、校区が異なる別の学校に行きたい」

「公立校ではなく私立校に行きたいが、授業料の負担が大きい」

といった事情がある子どもが、支給されたバウチャーを利用して希望の学校に通えるようになります。

さらにもうひとつの目的は、学校における教育の質向上です。

学校教育バウチャーを導入すると、いい教育を行う学校に児童・生徒が集まり、したがって補助金も多く得られます。

そのため、学校間に競争原理が働くようになり、各校がよりよい教育を目指した結果、全体の質向上が期待できるのです。

バウチャーを導入すると、政府の補助金は利用者個人に直接交付されることになります。そうすると、利用者が希望する施設を「選択」し、施設の側では選択されるように公立私立を問わず「競争」が強まり、結果として利用者のニーズに沿ったサービスが提供されやすくなります。このような「選択」と「競争」がバウチャーの本質であり、構造改革を進める世界の国々で続々と導入されている理由です。

出典: 内閣府ホームページ「バウチャー入門コーナー」ページ

学校外教育バウチャーの目的

一方、「学校外教育バウチャー」の目的は、保護者の経済格差によって子どもの間に生じる「教育格差」を是正し、「教育機会」の均等化を図ることです。

「経済的な理由で塾に通えないので、通塾している子に学力が追いつけない」

「ピアノを習いたい、少年サッカーチームに入りたいと思ってもレッスン料を出すのは苦しい」

など、学校外での教育サービス、習い事、スポーツ活動や文化活動に費用を割けない家庭にバウチャーを発行します。

これにより、経済的な事情を抱えた家庭でも、子どもの教育を受ける権利を守ることができるのです。

日本では教育バウチャーを導入する自治体はまだ少ない

子どもの教育格差をなくし、教育機会を増やすことが期待できる教育バウチャーですが、諸外国では導入事例がいろいろとあるのに対して、日本ではなかなか普及していません。

特に「学校教育バウチャー」については、国が推進していないこともあり導入している自治体も少ないようです。

それに対して「学校外教育バウチャー」のほうは、近年、民間でクーポンとして発行する団体や企業が出てきました。

これらのクーポンは、一部の自治体に導入され、地域の子どもたちが塾や習い事などに通えるチャンスを増やしています。

現在のところ、日本での「教育バウチャー」は、どちらかといえばこの「学校外」のほうがメインで進んでいるといえるでしょう。

教育バウチャーの仕組みと利用方法

教育バウチャーとはどんなものかがわかったところで、「もし自分の自治体でもそんな制度があるならくわしく知りたい、利用してみたい」と考える人も多いでしょう。

そこで、教育バウチャーの仕組みや利用のしかたをもう少しくわしく調べてみました。

教育バウチャーの仕組み

教育バウチャーの仕組みにはさまざまな形がありますが、一般的には以下のようなものだと考えればよいでしょう。

教育バウチャーの仕組み図
厚生科学研究費補助金 政策科学推進研究事業 平成13年度 総括研究報告書 「準市場原理及びITを使った保育サービス配分マッチングに関する実証的研究」 (駒村康平・和泉徹彦)

1)子どものいる家庭に、自治体などが教育バウチャーを交付します。

2)子ども・保護者は、バウチャー利用可能なものとして登録されている教育機関・教育サービスの中から、利用したい塾や習い事などを選びます。

  そして、受講料やレッスン料を支払うかわりにバウチャーを渡します。

3)利用された塾や習い事教室は、集まったバウチャーを自治体に提出します。

4)自治体は、バウチャーの量に応じて塾や習い事教室に費用を支払います。

教育バウチャーの利用方法

では、各家庭はどのようにバウチャーを利用すればいいのでしょうか?

細かい制度は自治体ごとに異なりますが、大まかな流れは以下のように考えればいいでしょう。

①自治体のホームページや窓口で、教育バウチャーの対象者に該当するかどうか確認する

②同じく自治体のホームページや窓口で、教育バウチャーで通うことができる塾や習い事教室を確認し、通いたい教室を選ぶ

③自治体に申し込みをする

 ※②と③は前後する場合あり

④教室を利用する

⑤受講料をバウチャーで支払う

たとえば大阪市の学校外教育バウチャー「習い事・塾代助成」の場合、バウチャーを利用できるのは、以下の両方の条件を満たす人です。

・市内に在住で小学5年生から中学3年生を養育する人
・養育者とその配偶者の前年の所得金額合計が、市で定めた限度額未満の人
 または、限度額以上でも生活保護を受給している人
  ※たとえば子ども1人の場合は限度額 360万円

これに該当した場合、市の事務局に「大阪市習い事・塾代助成カード」の利用を申請し、通いたい教室を選んで申し込みをします。

日本における教育バウチャーの現状

本を抱えてひとりで座っている女の子
※写真はイメージです(iStock.com/kool99)

前述したように、日本では教育バウチャーは普及しているとは言えません。

一部の自治体と民間の企業や団体が取り組んでいる状況です。

ここではそのいくつかを紹介しておきましょう。

2-1 自治体の取り組み ── 渋谷区・大阪市・千葉市など

まず、自治体としては、たとえば以下のような取り組みがあります。

自治体

制度

金額

渋谷区

◎次世代育成支援事業による通塾費用助成

→生活保護受給世帯の小1~中3生に、学習塾や習い事などの費用を助成し、定期的に学生ボランティアスタッフが電話で日常生活の相談や学習状況のフォローを行う

1人当たり20万円/年

※2018年度の実績

多摩市

◎被保護者次世代育成支援

→市内在住で生活保護を受給している世帯の小4~高3生に、学習塾や通信教育などで利用できるクーポンを提供する

小4~中2生:10万円/年

高1~2生:15万円/年

中3・高3生:20万円/年

大阪市

◎大阪市習い事・塾代助成事業

→市内在住の小5~中3生の約5割を対象として、学習塾や家庭教師、文化・スポーツ教室等の学校外教育にかかる費用を助成する

 ※現在は所得制限あり

 ※令和6年度後期分(10月~3月利用分)からは、所得制限が撤廃される予定

上限 1万円/月

千葉市

◎こども未来応援クーポン

→次の3つの条件すべてに当てはまる児童に、学習塾や習い事に通うための費用を助成する

・市内在住であること

・生活保護受給世帯または児童扶養手当全部支給世帯であること

・小学5年生または6年生であること

1人あたり最大12万円/年

※申し込みの翌月から年度末までの月数×1万円を支給

福岡市

◎福岡市子ども習い事応援事業

→市内在住で生活保護または児童扶養手当を受給している世帯のうち、小5~中3生までの子どもの保護者に電子クーポンを交付、文化・スポーツ教室、学習塾などの習い事にかかる費用を助成する

1人あたり1万円/月

※毎月初日に交付、有効期間1か月

長野市

◎子どもの体験・学び応援モデル事業(「みらいハッ!ケン」プロジェクト)

→市内に居住している小1~中3生までの子どもの養育者に、学習塾や習い事などの教育サービスやスキーキャンプなどの体験プログラムの費用として利用できる電子ポイントを付与する

1人あたり1万ポイント(1万円相当)

那覇市

◎まなびクーポン

→市内在住の小4~小6生のうち、次のいずれかの世帯に該当した児童に対して、国語、算数、理科、社会、英語のいずれかが学べる教育サービスで、市に登録された学習塾、家庭教師、通信教育の費用を助成する

・生活保護受給世帯

・就学援助世帯

・児童扶養手当受給世帯(ひとり親世帯など)

1人あたり8万4,000円

このほかにも、さまざまな形で学校外教育バウチャーを制度化している自治体があります。

所得制限など条件が設けられている制度もありますが、長野市のように義務教育中の子どもなら誰でももらえるケースや、大阪市のように今後は所得制限をなくして利用の間口を広げるケースも出ています。

今自分が住んでいる自治体に、教育バウチャーやクーポンといった制度があるかどうか、一度確認してみるといいでしょう。

民間企業・団体などの取り組み

一方、民間の企業や団体の中にも、学校外教育バウチャーに取り組んでいる例があります。

たとえばある団体では、寄付金を原資として学校外の教育サービスで利用できるクーポンを、一人あたり年間15万~30万円分支給しています。

さらに、このクーポンの仕組みを自治体に連携して、その地域の子どもたち向けの学校外教育バウチャーとして提供する活動も行っています。

また、大手金融グループの1社も、経済的困難を抱える家庭の中3生と高3生向けに、一人あたり年間20万円の学校外教育バウチャーを提供すると発表しました。

民間ではまだ事例は少ないですが、このように前向きに取り組みを進めているところもあるのが実状といえそうです。

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教育バウチャー制度のメリット・デメリット

色鉛筆で書かれた「MERIT」「DEMERIT」
※写真はイメージです(iStock.com/78image)

教育バウチャー制度が日本でいまひとつ普及しないのは、メリットと同時にデメリットも懸念されていることが原因のようです。

では、どんなメリット・デメリットがあるのでしょうか?

ここでは、日本で主流の「学校外教育バウチャー」について考えてみましょう。

学校外教育バウチャーのメリット

学校外教育バウチャーのメリットとしては、以下のような点があげられます。

・経済的に困難な家庭の子どもも、行きたい塾や習い事に通えるようになり、教育の機会を均等化することができる

・給付金とは異なり教育目的でしか使用できないため、生活費などにまわされることなくきちんと子どもの教育に使われる

・子どもや保護者に「バウチャーをどこで使うか」の選択権があたえられることで、塾や習い事教室の間に「より多くの子どもに選ばれよう」とする競争が生まれ、教育の質が向上する

子どもの教育格差が是正されるのはもちろん、地域全体の教育環境も底上げされる効果が期待されます。


教育バウチャーのデメリット

一方、以下のようなデメリットが生じる恐れもあります。

・バウチャーを利用できる塾や教室は、あらかじめ登録されているところに限られるため、通いたいところに通えないケースもある

・教室間に競争が生まれた結果、営利追求にばかり走ったり、成績のいい子だけを受け入れたりする教室が出てくる恐れがあり、そうなると教育の質の低下、教育格差の拡大につながりかねない

このようなデメリットを軽減するために、登録されていない教室でも、子どもが「通いたい」とリクエストすれば登録して通えるようにするなど、制度設計を工夫する必要がありそうです。

教育バウチャー制度にはまだまだ議論が必要

ここまで、教育バウチャー制度についていろいろな角度から考えてみました。

有識者の間でも、教育バウチャーについては賛否両論さまざまな意見があり、「学校教育バウチャー」を日本で導入するにはまだまだ議論が必要ですが、「学校外教育バウチャー」は自治体によっては利用可能です。

子どもたちが希望する教育を受けられるように、いまお住いの自治体の制度を一度チェックしてみてはいかがでしょうか。

2024.01.17

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