【辻愛沙子/後編】これまでの社会の「普通」に問いを立て続ける

【辻愛沙子/後編】これまでの社会の「普通」に問いを立て続ける

1995/1996年以降に生まれ、スマートフォンやSNSが当たり前にある中で育ったソーシャルネイティブである「Z世代」は、これからの時代をどう切り拓き、どんな革命を起こしていくのか。世代のギャップを超え、親自身の考え方をアップデートするため、その価値観に迫っていく。第1回は、株式会社arca(アルカ)代表取締役社長で、広告クリエイティブディレクターとして活躍する辻愛沙子氏が登場する。

<連載企画>Z世代革命
幼稚園から高校までの一貫校という環境から、自身で情報収集し13歳で海外留学へ。イギリス、スイス、アメリカの国々で音楽やアートなどものづくりに没頭した。

その一方で、どの環境に身を置いても、周囲に馴染めず、変わり者だった自分に生きづらさを感じていた。

中編でそう話してくれたのは、arca(アルカ)代表取締役社長で、クリエイティブディレクターとして活躍する辻愛沙子氏(以下、辻さん)。

ここからは、広告の仕事との出会いと、社会に対してアクションを起こし続ける原動力について聞いていく。

「変わり者」だった私が広告業界に居場所を見つけた

――さまざまなものづくりに取り組んできた学生時代から、広告のクリエイティブディレクターになるまでの道のりははどのようなものでしたか?
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辻愛沙子(つじ・あさこ)/1995年生まれ。株式会社arca(アルカ)CEO。社会派クリエイティブを掲げ、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。慶應義塾大学の在学中に株式会社エードットに入社し、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。女性のエンパワメントやヘルスケアを促す「Ladyknows」プロジェクト代表や、報道番組 news zero の水曜パートナーとして、レギュラー出演も務める。
「大学で日本に帰ってきました。慶応のSFCというキャンパスには、ちょっと変わった面白い人がたくさんいると聞いて、入学を決めたんです。 友だちには恵まれたのですが、その環境にも刺激が足りないと感じるようになって。刺激と学びを求めて外の世界に出ねばと思い、インターンを探し始めまし た。

在学中に、アパレルでプレスやデザインの仕事をやってみたのですが、大量生産・大量消費、気軽に行われる別ブランドのデザインの模倣など、業界ならではの裏側を知り、自分のやりたかったものづくりと違うと感じて、1年間務めた後に退職しました。

そんな状況から、『ここが自分の能力が活かせる場所かも』『自分の居場所はここかも』と思えるようになったのが、大学在学中に始めた、広告会社エードットのインターンでした」

広告業界の勉強のためにと応募したエードットのインターンでは、学生でありながら、開始後まもなく自分のプロジェクトを任されるようになったという辻さん。それから“若者文脈”を読み取った視点や斬新なアイデアを評価され、契約社員、正社員とキャリアアップした。

「当時はまだ社員も少なく、インターン用のプログラムがあったわけでもないので、開始二日で上司がクライアントとの打ち合わせに私を同行させてくれました。

行ってみたら、そのクライアントが大学生向けのサービスを手掛けている企業で。『私のフィールド来た!』って思って。初めはずっと黙って話をきいていたんですけど、話を振られたタイミングで『今の大学生はそうじゃないと思います』ってはっきり言ったんです」

――思い切った発言ですね。それを叱られたりしませんでしたか?
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「それが全然なかった。そういう発言を『生意気だ』と出る杭を打ったりせず、『それおもしろいね』と社長が言ってくれて。

現役の大学生だからこそターゲット層の“生の声”がわかるという私の強みを、当たり前のようにひとつの価値として受けとめて、意見に耳を傾けてくれる大人がいるんだって思って、そのことがすごくうれしかったんです。

それまでの環境だと、思ったことを率直に言ったり、自分がやりたいことをすると、異分子的に見られることが多かったので、それをこんなにおもしろがってもらえるんだっていうことも驚きで。

中学生で日本を出て、イギリス、スイス、アメリカとさまざまな環境に身をおいても『ここじゃないどこかに行きたい』『物足りない』『生きづらい』と思っていた私が、そこで初めて自分の居場所を感じました。

そういった経験があって、インターンを始めて2週間くらいで社長から声をかけてもらい、入社することを決めました。そのきっかけがあったからこそ、今のarcaという会社があるんだと思っています。

広告業界で仕事をはじめてみて、これまでさまざまな世界を見てきた経験、没頭した音楽やファッション、アートなどのコンテンツ、その中で考えてきたことが全て0から作り上げる仕事のアイディアやアクションにつながっている実感があります」

生きづらかったからこそ、“普通”に問いを立て続ける

――さまざまな環境に身を置いても焦燥感や物足りなさを感じていた辻さんが、広告という仕事に出会った今、活動の原動力はどんなものですか?
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「小中高大を通してずっと、『なんでみんなこんなに楽しそうに過ごせてるんだろう』って思ってたんですよ。

外から見たら、パワフルにいろんなことに挑戦したり、ものを作ったり、派手な服を着てショップにも行ったりしていたので、『明るくポジティブでエネルギッシュで、自分がしたいことをやっている子』と思われがちでした。

でも実際は『なんでみんなが当たり前にできることが私にできないんだろう』という自己嫌悪や、『ここではないどこか』へ行けば自分の突出した部分が認められるかもしれないという渇望感。その陽と陰のギャップにもめちゃくちゃ苦しんでいて、そういう生きづらさって、総じて“普通”というものの対比として常にあったなと。

私が海外に行ったのも“普通”という抑圧からの反動だったし、学校での過ごしにくさの理由も、学校が求める“普通”に対するギャップだったりした。

こうした自分の幼少期からの経験から、社会に対する課題意識が強くなったのだと思います」
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――その課題意識が、今のお仕事で発信されるメッセージにつながっているんですね。

「私の仕事では、性別や年齢などの偏見や不均等に対して、“普通”って何ですか?と問うような表現も多く、当時の私と同じように、自分の置かれた環境での“普通”という固定観念や偏見に苦しんでいる人たちに、今の生き方とは違う別の選択肢を世の中に作りたい。私がいろんなことに挑戦し、前進していくことで、世の中に『これが普通』というルールなんてないし、『変わり者』と感じる人たちも輝ける場所があるということを証明していきたいんです。

それはクリエイターとして仕事で表現するものや、私自身の生き方で表現するもの、そしてメディアやSNSで発信することでもあると思います」
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「女子力ってなんだろう」と問いかけるメッセージ広告を原宿駅に掲出するところから始まった、ヘア化粧品会社「ミルボン」のキャンペーン。(出典:arca HP)

多くの人をエンパワメントできるクリエイターになる

――最後に、辻さんご自身の今後の展望や目標をお聞かせください。
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「一生を通じて実現したい目標はクリエイティブの力で、そして自分が作ったもので、少しでも世界平和や差別なき世界に寄与したいという思いです。たとえば、クリエイティブディレクター初のノーベル平和賞をとれるくらい、社会の前進に寄与するクリエイターでありたいと思います。 

そして短期的な目標は、『常に新しい挑戦をしていたい』ということです。

若者は実感として気づき始めていると思いますが、従来の価値観で推し量る、社会での『優秀さ』からは外れている人であっても、『個』としての強みを持っていれば活躍する場所がある時代。

私のような、どの環境に身を置いても“普通”にできず、生きづらいと思っていた存在がさまざまな挑戦をして前進していくことで、同じように感じている子たちをエンパワメントできたらと思っています。

だからこそ、広告クリエイターという本流でもきちんと結果を出していきたい。

私自身も今ちょうど転換期で、本来“黒子”とされてきたクリエイターが地上波の番組に出演して表に出るということは今まであまりなかったので、この機会を生かして、いい広告を作って業界に認められることと、社会に対してプラスの影響を与えることを叶えていきたいです。

そして、インターンから始まり、私の可能性を信じて迎え入れてくれたエードットという会社や、育ててくれた師匠、多様な人間に寛容な広告業界への恩返しとして、自分自身の可能性を見つけてほしい、居場所を見つけたいと思っている人を、受け入れられる存在になりたい。

私自身がこれからいろんなことをできるようになって、当時の彼らのように下の世代を迎え入れられるようになることもひとつの目標です」
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<取材・撮影・執筆>KIDSNA編集部

2020年10月22日

おすすめユーザーのコメント
1
    Atsuki Komuro
    「クリエイティブディレクター初のノーベル平和賞をとれるくらい、社会の前進に寄与するクリエイ
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