出生率の高いフランス、不妊治療はどうなっている?【世界の不妊治療最前線】

出生率の高いフランス、不妊治療はどうなっている?【世界の不妊治療最前線】

2021.11.29

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髙崎 順子

髙崎 順子

ライター

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て2000年に渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)など。

2020年、日本の特殊合計出生率は1.34となり、5年連続低下している。その背景にはライフスタイルや経済の変化といった外的要因だけでなく、さまざまな理由で不妊治療を断念する人々の存在も無視できない。では、世界に目を向けてみるとどうだろう。先進国の中では高い数値である1.84を示すフランスの取り組みについて、2000年に渡仏して以降現地でライターとして活動、『フランスはどう少子化を克服したか』などの著書を持つ髙崎順子さんがレポート。

日本の不妊治療には、費用の自己負担が多い。夫婦の貯金をあっという間に減らしていく高額な医療費が、子を持つことを望む人の高い障壁となっている現状だ。その医療費を支援するため、2022年からをめどに、医療保険の適用範囲の拡大が議論されている。

広く世界を見渡せば、不妊治療に公的医療保険が適用されている国は少なくない。たとえばフランスでは1990年代から保険適用が始まり、年間15万周期を超える人工授精・体外受精が、原則自己負担なし・国家負担100%で実現されている。

フランスの不妊治療の国家的な整備と拡充は、この国で少子化が改善された時期に重なっていることも興味深い。フランスでは1993年に合計特殊出生率が1.66と最低値を記録し、国としての不妊治療の制度化は1994年に始まった。

その後合計特殊出生率は上向きになり、2010年には2.0を超えている。不妊治療関連制度は2004年、2011年と改正を重ね、現在では人工授精・体外受精の生殖補助医療から生まれる子どもは、年間出生数の3%を超えている(データは2019年)。

そのフランスでの不妊治療の現状を、制度の概略や成り立ちの歴史、当事者の言葉を交えて見ていこう。

 
※写真はイメージ(iStock.com/insta_photos)

不妊治療にかかる自己負担はゼロ、でも制限があるフランス

フランスで不妊治療を望む場合、二つの段階を踏んでいくのが通例だ。

まずは産婦人科医の問診から始まり(カップルの場合は男女揃って行う)、各種の検査・診断を経て、薬学および外科治療までが第一段階。それでも妊娠が叶わない場合は、フランス語で「生殖補助医療 Assistance medicale à la procréation」と呼ばれる人工授精・体外受精の第二段階へ入っていく。

第一段階の治療はかかりつけの産婦人科や近隣の病院でも受けられ、医療費の自己負担は3割。第二段階は大学病院や専門病院など国の認可施設でのみ可能だが、医療費は国の医療保険で100%カバーされ、自己負担ゼロが原則だ。

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※写真はイメージ(iStock.com/Kriangsak Koopattanakij)

「自己負担ゼロ」と訊くと、フランスの不妊治療はかなり手厚く補助されているように思えるだろう。しかし国の保険の範囲内で高度な治療を受けるには、いくつかの制限が課されている。

まず医療保険で治療を受けられるのは、女性は満43歳の誕生日まで。男性側は原則60歳の誕生日までと勧告されているが、ケースバイケースの例外がある。自己負担ゼロの治療範囲は人工授精6回・体外受精4回までと定められている。

それ以上の治療を望む場合、治療自体は禁止されてはいないが、費用は自己負担となる。また年齢面では、提供卵子による治療であれば満49歳までは可能だが、こちらも満43歳以上であれば費用は自己負担だ。

生殖補助医療を提供できる認可制施設は、国内111のクリニックと大病院、それらの病院と提携する研究所(数字は2020年)のみ。第二段階の治療を決めても、実際に始められるまで1年以上待たねばならない施設もある。この順番待ちや年齢制限に耐えられず、隣国ベルギーやスペインなど、より迅速に対応できる国での自費治療を選ぶ人は少なくない。

フランス国内での治療実績は、不妊治療の制度・情報面を管轄する公的機関「生物医学局 Agende de biomédécine」に毎年各施設から報告され、公式サイトで公表される。2019年度実績表を以下、和訳して紹介しよう。

フランスでは凍結胚移植を含めた顕微授精が多く、出産数も顕微授精・凍結融解胚移植で約1万6千人と、生殖補助医療による出産の63%を占めているのが分かる。

子どもを望む人を支援し、子育てを「無理ゲー」にしないフランス社会

このフランスの不妊治療制度は、どんな文脈で公的医療保険の中に組み込まれているのだろう。フランスで親子関係や不妊治療を社会学研究する学者セヴェリーヌ・マチュー氏に尋ねた。

日本の不妊治療は少子化対策として医療保険対象化が議論されている……と話を切り出すと、「フランスではそれはないですね」とマチュー氏は明言する。

セヴェリーヌ・マチュー氏(提供:本人)

「フランスの不妊治療制度の根底にあるのは、『子を持ちたいという願いを支援する』との国の意志です。フランスでは『子を持つ権利』というものは存在しませんが、持ちたいと願う人に医療面や金銭面での困難があるなら、国がそれをカバーしよう、と。『保健面での国ぐるみの連帯意識』と表すこともできますね」

その背景には、「子どもは家庭と社会にとって大切な存在である」との認識がある。その認識は子どもを持たない人にも共有されているので、不妊治療を国が支援することに反対する声は、ほとんどないそうだ。

この「子どもは家庭と社会にとって大切な存在である」との認識は、その他の子育て支援策や公教育制度にも通底する。フランス政府が家族政策に充てる公的資金の支出は先進国でもトップクラスを誇り、働き方・医療・教育保育・納税など各面で多角的なサポートが編まれている。フランスでの子育ては、日本で言われるような「無理ゲー」ではないのだ。

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※写真はイメージ(iStock.com/jacoblund)

そのような社会では、子を持つことに希望を抱きやすい。そして不妊治療の公的支援は、その希望が叶う可能性を上げてくれる。結果としてフランスでは年間73万人(2020年)超の新生児が誕生し、合計特殊出生率が1.8付近で維持されているのだ。少子化対策という政策パッケージが、フランスにはないにも関わらず。

同2020年の日本の出生数は約84万人で、合計特殊出生率は1.34。20歳から44歳の女性の人口は、日本の方がフランスより約700万人多い。

1990年代から不妊治療の枠組みを国が制定

フランスで初の不妊治療が行われたのは、19世紀の初頭。今から200年ほど前、夫婦間の人工授精から始まった。その後の技術革新と医学の進歩に従って、1973年、凍結精子の無償提供を管轄する公的機関が作られた。国内初の体外受精ベビーが誕生したのは1982年のことだ。それを大きな転機として、不妊治療の国家的な枠組みが整えられていった。出典:フランス保健省サイト「不妊治療の歴史

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※写真はイメージ(iStock.com/Andrei Orlov)

まず行われたのが、不妊治療を施す医療機関を国の認可制とすること(1988年)。その後1994年に不妊治療を国として整備する初の法案が可決され、医療保険適用・対象は配偶者の男女・妊娠可能性を考慮した年齢制限・配偶子提供は匿名無償・代理母出産の禁止などの原則が定められた。

それからの30年は、胚移植など不妊治療の技術革新の法整備、配偶子提供と親子関係の位置付け、その提供によって生まれた子の「出自を知る権利」などが議論されてきた。近年は不妊治療当事者の声が高まり、治療と日常生活の両立の取り組みが進んでいる。2016年には妊婦検診と同様の休業が、不妊治療にも認められるようになった。妊娠中の診療・治療に公休が認められるなら、妊娠するための治療にも認めるべきだ、と。

法整備が進む過程で、一般社会では「子を持ちたい」という親たちの切実な願いが、時間をかけて緩やかに理解されていった。不妊治療の進歩に反対を表明してきたのはカトリック教徒団体で、「生殖は神の領域で、生殖補助医療は教義に反する」と主張するが、フランス社会全体では多数派ではないという。

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不妊治療を独身女性と女性カップルにも

そして2021年の今年、フランスの不妊治療制度について、大きな法改正が実現した。それまで男女のカップルに限定されてきた不妊治療をすべての女性、つまり独身女性や女性同士のカップルにも拡大することになったのだ。

この前提には、2013年の同性婚法制化がある。フランソワ・オランド前大統領が任期中の公約として掲げた同性婚法制化には、不妊治療の対象を同性カップルにも拡大することが含まれていた。しかしカトリック系有権者の強い反対からオランド氏任期中の実現は叶わず、後任のエマニュエル・マクロン大統領が引き継いで議論を重ね、法改正に至った。

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※写真はイメージ(iStock.com/Ridofranz)

「子どもを持ちたいと願う人への支援を、よりユニバーサルなものにすること。それが今回の改正の基盤にあります。この改正により、不妊治療は医学的な理由のほか、社会的な理由で妊娠が難しい人にもアクセスできるものになりました 」

前出の社会学者・マチューさんはそう説明する。

一方、代理母出産の禁止は変わらないため、男性同士のカップルが彼らだけで不妊治療を行うことはできない。が、彼らが自ら妊娠出産を望む女性とともに、父親・母親として協力しながら子を養育する「家庭計画」を立てるならば、不妊治療を受けることは可能だそうだ。

この法改正では上記に加え、大きな二点の改革があった。

一点目は、これまで遺伝病など医学的な必要に限られていた精子・卵子凍結を、非営利施設で行う場合のみ、すべての男女に可能にすること。

二点目は配偶子提供で生まれた子どもたちの「出自を知る権利」に関してで、彼らが成人した際、提供者の情報へのアクセスを可能にした。アクセス可能な情報は提供者の意向で決まり、生物医学局によって厳密に管理される。提供者情報の記録と保存の開始は2022年9月を目指しており、現在、現場との調整が進んでいる。出典:フランス生物医学局公式サイト

当事者たちが声を上げ、変えてきたこと

初の法制化から約30年が経過し、拡充を続けるフランスの不妊治療制度。当事者たちはこの制度下で、どのように不妊治療の日々を生きているのだろう。

「不妊治療は今でも、つらい経験であり続けています。現状の不妊治療はまだ効果が高くなく、失敗が続くことが多い。採血やホルモン投与など、痛く苦しい医療行為を何度も繰り返さねばならない事実は、変わりません」

そう答えるのは、フランスで不妊治療の当事者団体BAMP!を立ち上げた代表のヴィルジニー・リオさんだ。

ヴィルジニー・リオ氏(提供:本人)

「制度は整い、社会の理解は広がりつつあります。が、まだ不妊を『心理的なもの』と片付ける声も、根強く残っている。考えすぎるから妊娠できないんだ、ストレスだよ、夫婦でリゾートにでも行ってリラックスすればいい……そんな社会の固定観念が、なかなか変わらないんです。不妊は医学と社会の問題なのに、個人の問題として捉えられてしまっている」

それは当事者の側も同様で、不妊治療を受けていることを隠したり、社会問題と捉えたがらない人は少なくない。フランスの職場文化は私生活を尊重するため、不妊治療のための早退や休業に理由の提示を求められないことから、「公表しないで済んでいる」という背景もある。

リオさん自身、人工授精・体外受精を経て卵子提供で双子を授かった経験から、治療を自分のプライベートとして留めたい当事者の思いは、痛いほど理解できると話す。しかしそれでは、当事者の声はいつまでも制度に反映されない。実際フランスの不妊治療制度は、当事者不在で決められてきた経緯があった。

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※写真はイメージ(iStock.com/Prostock-Studio)

「私が不妊治療を行なっていた2010年前後、不妊治療関係の団体は、外国での治療を支援するNPOと、提供配偶子で生まれた子どもたちの支援団体しかありませんでした。日常生活と治療の両立を妨げたり、当事者の苦しみの元になるものは、語られることなく放置されていたんです」

変えるには、私たちが声を上げるしかないーーそうリオさんが決意し、仲間を募って団体を立ち上げたのが2013年。「証言する・情報を集め提供する・行動する・寄り添う・支える」を活動の5本柱に立て、それまでフランスの不妊治療界隈に欠けていた「当事者の目と声」を持ち込んだ。2016年に改正された不妊治療休業制度は、リオさんたちの団体が中心になって訴え、叶えた進歩だ。

「団体の立ち上げ当初は、医療界や行政から多少警戒されていました。これは自分たちを攻撃するための団体ではないか?と。それは大きな誤解で、私たちはフランスの不妊治療を一緒によりよく変えていくための一員になりたかった。そんな私たちの姿勢を説明するマニフェストと提言を、活動の最初期に発信しました」

今ではBAMP!は不妊治療当事者の代表として認められ、生物医学局や国の審議会に参加を求められる存在になっている。のべ会員は3000人ほどに上り、当事者の声は可視化されやすくなった。今年の法改正に当たっては3年間綿密に、国や医療界との協働を続けたという。

不妊の悲しみは大切な感情

リオさんの団体は、フランスの不妊治療をさらに改善するための活動を続けている。今取り組んでいるのは胚移植の際、異常の見られる胚を除くための検査(着床前診断)を可能にすることだ。

現在フランスでの着床前診断は親に重度の遺伝性疾患がある場合のみ可能で、診断を受けるためには生物医学局の許可が必要と、ごく一部のケースでしかアクセスできない運用になっている。

しかし染色体や遺伝子の異常がある胚は、現状で診断対象となっているケース以外でも発生する可能性がある。それらの胚は着床後の流産のリスクが高く、妊娠が継続しても、その後の検診・検査で異常が判明した場合には、悩み苦しみながら中絶を選ぶ人々もいる。

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※写真はイメージ(iStock.com/fizkes)

事前の検査と判断で防げる女性たちの苦しみを、放置しないでほしいーーそう当事者たちは訴えているが、生命倫理の観点から、慎重論も上がっている。

当事者たちが制度作りに参加することで、フランスの不妊治療事情は大きく前進したと言える。その過程を見てきたリオさんは、インタビューの最後に「日本の不妊治療の仲間たちに伝えたいことがある」と語った。

「苦しみや悲しみなど、治療中に覚える大切な感情を表すのを、どうか恐れないでください。それを隠さないことで、親になりたいという思いの強さが社会に伝わります。そうして不妊を個人の問題ではなく、社会全体の健康問題として語り、ともに考えて変えていける人々の数を増やしてほしいです」

国が法整備し、当事者の声を反映して改善されているフランスの不妊治療。その一方、「子を持つこと」の可能性を不妊治療だけに限定せず、養子縁組で子どもを迎える家庭への支援も重視されている。たとえば産休や育休は、子を出産した場合でも養子縁組した場合でも同等に揃えられ、各制度の法文には両方のケースが必ず併記されている。

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※写真はイメージ(iStock.com/Drazen Zigic)

2016年に発表されたフランス国内の体外受精の追跡調査では、初回の治療で妊娠に至らなかった女性の71%が、その後の8年間で子を持つ願いを叶えたことが分かった。うちの41%が再びの体外受精、7%が体外受精以外の不妊治療、12%が自然妊娠、11%が養子縁組で、家庭に子どもを迎えているという。

不妊治療事情に関してフランスに学べることがあるならば、それは制度化の議論に不妊治療の当事者を招き、その声を丹念に聴くことではないだろうか。そうして一人でも多くの人の『子を持ちたい』願いを支える体制を作ることは、日本の少子化問題の改善のためにも、重要な一角をなすはずだ。

(協力:伊藤ひろみ)

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