オランダ、イギリス、イタリアの「市民を育てる教育」とは?

オランダ、イギリス、イタリアの「市民を育てる教育」とは?

計600日間で25カ国、「世界の子育てと保育を知るため」の世界一周の旅を行った保育士の久保田修平さん。第2回は、オランダ、イギリス、イタリアで見た、子どもを「一市民」として育てる保育と、久保田さんの日本での実践についてご紹介いただきます。

「異年齢クラスで子どもの頃から“教える/教わる”の循環を経験することが、社会に出たときに重要」

「社会に出て必要な普遍的な力を身につけ、自分の意思によって行動できる人間を育む」

旅に出る前の僕は、理想と現実の狭間で苦しんでいました。

歌を使ったハンガリーの教育法であるコダーイ教育を活かした保育所に勤めていたので、、旅に出る前から海外の保育に触れる機会には恵まれていました。

しかし、「子どもを尊重する」「子ども一人ひとりを大切に」「子どもを主体とした生活」という考えに共感すると同時に、実際のところはなかなか考え通りには進まないことが多く、モヤモヤを抱える日々を送っていたのです。

だからこそ旅を通して、世界では「どうやって子ども一人ひとりを尊重しているのか」を実際に感じたいと考えるようになりました。

第2回では、オランダやイギリスの保育教育施設を視察する中で、「子どもを一人の市民、人間として大切にしている」と感じた園を紹介したいと思います。

デンマークとドイツの「自然保育」が子どもの「生きる力」を育む理由

デンマークとドイツの「自然保育」が子どもの「生きる力」を育む理由

社会の仕組みを反映したオランダのイエナプラン教育

イエナプランはオランダで広がっている教育方法のひとつです。

もとはドイツのイエナ大学教育学教授のペーター・ペターゼンが提唱したものですが、オランダが教育に力を入れて国を豊かにしようと考えたときに取り入れられた教育方法だと言われています。

特徴のひとつは、クラス編成。4・5・6歳、7・8・9歳、10・11・12歳の3つの異年齢グループで構成されていて、教室はリビングルームのようなしつらえで、子どものコミュニケーションや思考力・創造力が育まれる場として工夫されています。

日本の一般的な小学校には見られない、この異年齢グループのメリットは子ども同士で学び合えるという点。年下の子は、わからないことを年上の子に質問できますし、年上の子は、年下の子に教えるためにより集中して学習内容を自分のものにしようという姿勢が生まれます。

そしてなにより、「教える/教わる」という関わり合いの中で、子ども同士のコミュニケーションが生まれることも素敵だなと感じました。

また、この異年齢グループを9年間で3通りも経験できることも大きな魅力のひとつ。

たとえば、7・8・9歳児グループで、最上級生の9歳児は「教える」立場ですが、10・11・12歳児グループに入ると最下級生になり、また「教わる」立場に戻ります。子どもの頃からこの「教える/教わる」の循環を経験することが、社会に出たときに重要になってきます。

社会にはさまざまな年齢や立場の人がいて、その場に合わせた振る舞いが求められます。小学校のうちに3回も立場の変化を経験できることは、その子の人生にとって大きな財産になると感じました。

個を尊重するから、議論や対話が成り立つ

イエナプランは他にも、輪になってお互いの話に耳を傾ける「サークル対話」や、実際に世界で起きていることについて協力しながら学ぶ「ワールドオリエンテーション」などが取り入れられています。

仲間とともに対話・議論を繰り返しながら総合的に学習する時間があり、この時間もまた他者を「個」として尊重する姿勢を育みます。

仲間と対話し議論する中で他者の意見・考えを知り、一緒に考えていく過程を通して社会性を身に付けます。このような関係性の中で学び合うことで、一市民として仲間と社会を築いていけるのです。これは、日本の一斉活動を重視する保育・教育と大きく異なります。

クラスメイトと一緒に進める時間以外は、基本的には個人学習が中心で、時間割も自分で決めるという日本ではあまり馴染みのない形がとられています。

一人ひとりが自分に合った学習法で勉強を進めるため、机に向かって勉強をしている子もいれば、パソコンに向かう子もいます。それどころか、立っている子や話しをしている子、黒板で文字を書いている子もいて、授業中の風景とは思えないほどみんなちがうことをしています。

そう聞くと一見、ザワザワ、ガヤガヤした雰囲気を想像してしまいますが、一人ひとりが自分の学びに集中しているため、落ち着きがあり思いのほか静かで驚きました。

一方、ネオクラスと呼ばれるIQ130以上の子どもが集まるクラスもあり、個々の学習能力や学習速度を尊重し、その子に合った最善の環境を整えているのだと伺い、子どもを主体におくこの考えに納得し、大きな感銘を受けたことを覚えています。

そして、このような教育を成り立たせるためには、教育者(保育者)の立場はとても重要だと改めて感じました。

イエナプラン教育の先生たちは、黒板の前に立ち一方的に教えるということはほとんどありません。個々の子どもの学習能力・速度を見極め、適切にアドバイス・援助をしていきます。

これは子どもを捉える力が求められ、とても高い専門性が必要とされます。僕も保育者として専門性を高め、子どもたちの興味関心・発達を適切に捉え、援助していきたいと気持ちを新たにしました。

普遍的な力を伸ばすイギリスのシュタイナー教育

その後、僕はイギリス・ロンドンのシュタイナー学校を訪問しました。

シュタイナー教育は「からだ・こころ・あたま」のバランスを大切にする理念で知られています。

0~7歳はからだを、7〜14歳はこころを、最後に14〜21歳はあたまが育つ大事な時期と捉え、0~7歳の時期は遊びの中で手足を十分に使い、思い通りに身体を動かすことで、意思や想像力が発達すると考えられています。

そのため、五感や感性を刺激する効果を見越して、遊具は人工物ではなく自然の素材そのもの。シュタイナー学校はどの教室を見渡しても無機質さを感じることはなく、安心感を生む環境作りにも配慮がなされ自然の温もりと柔らかさが漂っていました。

教室を案内してもらったあと、裏庭で薪割りの練習をしている男の子と美術の先生に出会いました。僕たちが興味深そうに見ていると「やってみる?」と声を掛けてくれ、人生初の薪割りをロンドンで体験することに!

薪割りは想像以上に難しく、苦戦する僕たちにみんなは大盛り上がりでした。

彼らになぜ薪割りをしているかと尋ねると、高校生になると平家を作るからだと教えてくれました。

幼児部から積み重ねてきた経験や知恵を活用して、クラスメイトと一緒に家作りをするそうです。「ここでは彼らが社会に出て、生きる上で必要な術をすべて伝えるのよ」と美術の先生が教えてくれました。

シュタイナー教育は、生きる上で必要な手仕事、コミュニケーション能力、感性を総合的に学び、感じ取ることのできる場です。丁寧な手仕事を学ぶことは、経済社会、便利第一主義、AI、プログラミング教育などが中心となりつつあるこれからの時代に逆行するようにも感じます。

しかし、過去から現在まで受け継がれている普遍的なものに重きをおき、その子の軸となる人間力、そして生きる力を育んでいくことが教育の根っこの部分なのです。

その考え方には、シュタイナーが求めた「自由な生き方ができる人間」つまり「自分の意思によって行動できる人間」を育てていくことへのつながりが感じられました。

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未来のため教育に投資したイタリアのレッジョ・エミリア

僕たちが旅をしていた頃は個人レベルでの視察が難しく実際に訪れることは叶いませんでしたが、とても興味深い教育方法と理念であるレッジョ・エミリアについて最後に紹介したいと思います。 

レッジョ・エミリアとはイタリアにある人口17万人ほどの都市の名前です。今、この街が世界的に注目されている訳は、その教育方法にあります。

イタリア、レッジョ・エミリア(iStock.com/Ekspansio)
イタリア、レッジョ・エミリア(iStock.com/Ekspansio)

4~5名のグループで自分たちで決めたテーマに基づく探求を行う「プロジェクト学習」、大まかな目標設定から子どもたちが自主的に実行、検証を進める「創造的表現活動」、子どもの会話やエピソードを写真や文字で記録・可視化し、保育者・保護者・子どもが振り返るのに使用する「ドキュメンテーション」)などが特徴に挙げられます。

なぜこの街が教育に力を入れるようになったのか。それは子どもを一人の市民として捉え、自分たちの街の未来をより良く描くためだといいます。僕は、その理由に感銘を受けました。

そして教育に力を入れることの一環として、この街の市民が自分たちの街の未来を創造するために、街の予算の半分を子どもへの教育にあて、さらにその半分を幼児教育にあてたという調査結果もあるのです。

ちなみに2017年のOECDの調査によると、日本は2.9%で、 OECD諸国平均は4.0%。(日本の国内総生産(GDP)に占める小学校から大学までに相当する教育機関への公的支出の割合。比較35カ国中最下位。)。 こうして比較してみると、改めてレッジョ・エミリア市の取り組みがの先進的にさを感じます。

※写真はイメージ(iStock.com/SDI Productions)
※写真はイメージ(iStock.com/SDI Productions)

「子どもこそがその地域・国、そして世界の未来そのものであること」を、街全体で理解し、ともに育てている意識を持つ地域は、僕たちの住む日本にはどのくらい存在しているのでしょうか? 今一度、子どもの見方、大人の在り方を見直さなければならない時がきているのではないかと深く考えさせられます。

大切なことは「子どもを信じ、ゆだねる勇気をもつ」こと

ここまでオランダのイエナプラン教育、イギリスのシュタイナー教育、そしてイタリアのレッジョ・エミリア教育を事例に挙げてきました。

また僕が訪れたその他多くの国々では、僕が旅に出る前から共感していた「子どもを尊重し主体性を大切にする保育」を実践する場に出会いました。

それは、大人が子どもに対して、「こうしなさい」「こうするべき」と押し付けるのではなく「あなたはどうしたい?」と子どもを一人の人間、一市民として捉えている姿でした。

オランダのイエナプラン教育を行う教室では、子どもが自分のマークのマグネットを、やりたい活動や遊びの欄に貼っている。
オランダのイエナプラン教育を行う教室では、子どもが自分のマークのマグネットを、やりたい活動や遊びの欄に貼っている。

この「子どもを一市民として捉える」ことは、その国の未来に対してとても大きな意味を持つものだと思っています。

特に乳幼児期から子ども自身が「自分も一市民である」という感覚を感じることは、子ども自らが市民として思考し、発言し、行動する力になり、いずれ大人になったときに社会課題をより身近に感じ、関わり支えていくことにつながります。

では具体的に、日々の暮らしの中でどう子どもと関わっていくことが必要でしょうか?

「失敗は学びの宝庫」というマインドは変化し続ける時代に必要

「転ばぬ先の杖」ということわざがあります。

僕が旅の前に勤めていた保育所では「ここは走ってはいけません」「これは登ってはいけません」などと、子どもの行動を大人が管理するルールがたくさんありました。

※画像はイメージ(iStock.com/Onfokus)
※画像はイメージ(iStock.com/Onfokus)

もちろん、それは怪我をしないでもらいたいという気持ちの表れなのですが、ルールが多いと、子どもは大人の視線ばかり気にして自分の想いに向き合うことが減ります。そんな環境では好奇心や意欲は育ちにくく、指示待ちになってしまいます。

帰国後の保育実践では、日々子ども達の性格や心身の発達を十分に把握していることが前提ですが、極力子どもに制限を掛けないよう心がけました。

すると、子ども達は自ら自分の想いや身体感覚を意識し、さまざまなことにチャレンジし始めます。もちろん、小さな怪我をすることもありますが、大きな怪我をすることはほとんどありません。

小さな失敗を繰り返すことで、自分の身体性や身の丈を知り、その中で創意工夫をしていくことで、自然にチャレンジ精神が芽生えます。ときに仲間と協力し、挑み乗り越えていく姿をたくさん見てきました。改めて「いかに大人が子どもを信じ、託せるか」が重要だと日々肌で感じています。

※画像はイメージ(iStock.com/yamasan)
※画像はイメージ(iStock.com/yamasan)

子どもには「失敗する権利」があります

失敗は大切な経験です。自ら望み、行動し、ときに失敗し、苦悩、葛藤することで、工夫し、ヒントを見つけ、乗り越え成功していくものです。そのプロセスを自ら見つけ行動すれば、次の困難、課題に出会っても、乗り越えた経験を活かし、また立ち上がることが出来ます。これは正解がなく、変化し続ける時代にこそ必要なことだと思います。

我々大人は、目の前の子どもの行動を見守り、想像し、そして子どもに行動の選択・決定を今以上に託すことが重要だと考えています。もちろん、子どもは大人の想像を超える行動もしますし、見守る側はドキドキハラハラさせられることも多いですが、そこはグッとこらえ子どもに責任を委ねましょう。それを託せるかどうか、大人の度量が試されます。

デンマークとドイツの「自然保育」が子どもの「生きる力」を育む理由

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Profile

久保田修平

久保田修平

保育士・共育者 東京都大田区出身。私立保育園に7年間勤務後、夫婦で600日間25カ国の世界一周に出かける。「世界の子育て、保育を知る旅」をテーマに掲げ、保育教育施設の視察・海外在住日本人保護者へのインタビューを実施。帰国後、保育現場に戻ると同時に、団体「aurora journey -保育の世界を旅してみよう-」を発足。「保育者の専門性が高まることで、社会がより良くなる」を理念に、講演会・研究会・動画配信を精力的に行なっている。2019年には待望の書籍を発売。昨年9月19日《新しいカタチの保育・子育てフェス》「第1回えどぴフォーラム」を開催。現在、3歳児担当。

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