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デンマークとドイツの「自然保育」が子どもの「生きる力」を育む理由
Profile
保育士/共育者
保育士/共育者
保育士・共育者。 東京都大田区出身。私立保育園に7年間勤務後、夫婦で600日間25カ国の世界一周に出かける。「世界の子育て、保育を知る旅」をテーマに掲げ、保育教育施設の視察・海外在住日本人保護者へのインタビューを実施。帰国後、保育現場に戻ると同時に、団体「aurora journey -保育の世界を旅してみよう-」を発足。「保育者の専門性が高まることで、社会がより良くなる」を理念に、講演会・研究会・動画配信を精力的に行なっている。2019年には待望の書籍を発売。昨年9月19日《新しいカタチの保育・子育てフェス》「第1回えどぴフォーラム」を開催。現在、3歳児担当。
計600日間で25カ国、「世界の子育てと保育を知るため」の世界一周の旅を行った保育士の久保田修平さん。さまざまな国の保育園や幼稚園を訪ね、保育・教育施設の視察やボランティア、また海外在住の日本人保護者へのインタビューで見えた保育の特徴とは。そしてその経験から、日本の保育や私たち親が学べることを教えてくれます。
「園庭が全体を見渡せないほど広いのは、大人が思う以上に子どもは注意深く賢いから」
「その場の大人自身がリラックスするからこそ、子どもがのびのびする」
日本の保育を離れ、世界の保育をこの目で見てまず驚いたのが「子どもと自然」のかかわり方。
子どもたちの五感を刺激してくれる大自然のなかでの保育は理想的ですが、東京のような都会でもそれがかなうのか、いま自分たちの目の前にある自然環境を生かせないかと思う方は多いと思います。
第一回では、ドイツやデンマークの事例からそのヒントをご紹介します。
子どもを「管理」しないドイツの広大な幼稚園
最初にお話ししたいのは、旅を始めて2カ月目にドイツに訪れたときのこと。
日本生態系協会が開催する「子どもの豊かな感性・協調性を育む 自然とのふれあいを大切にする園づくりツアー」に参加し、ドイツ西部に位置するノルトライン・ヴェストファーレン州の保育園・幼稚園等を約10カ所ほど視察する機会をいただきました。
特にその中でも印象的だった保育・教育施設をご紹介します。
1つ目はドルトムント市営オスルフ通り保育所・幼稚園です。まず驚いたのは、8000㎡もある園庭。大木や枝・花に溢れ、大きな砂場や井戸、隠れ家のような茂みもあり、一見森に見えるほど。
これだけ広いと、一箇所から全体を見渡すことが難しく、子どもの安全を考えると心配にもなりました。しかし、この園ではあえてそのような環境を作っているのだそうです。
子どもたちは、保育者に一言声をかければどこで過ごしていても良い。クラフト小屋で制作活動をする子、砂場で水遊びする子、茂みで佇む子など、子どもたちは好きな所で、それぞれのびのびと過ごしていました。
「子どもたちは、自然から多くを学んでいます。危険がある場所ではそれを避け、気をつける術を知っています。私たち大人が思う以上に注意深く、賢いのです」という園長先生の言葉から、子どもに対する信頼を感じました。
子どもたちが自ら考え、選び、行動する「主体性」を大切にすることで、自分の選択に責任を持ち、危機管理能力や身体感覚を高められます。そして、自然は子どもたちに五感をフルに使わせ、「生きる力」を養います。子どもの成長過程において、自然がとても重要な存在であることを改めて教えてもらいました。
実際に森で一緒に過ごして気が付いたことがあります。
それは、森の中はとても静かだということです。雑音が少なく、木々や葉が揺れる音や鳥のさえずりなどの自然が作り出す音と仲間の声が聞こえるだけ。都市部の保育施設と違い、とても静かでより遊びに集中できるのはもちろんですが、なにより森の中では自分の心の声に耳を傾けやすく、僕たち大人とっても居心地の良い空間だなと感じました。
森は僕たち全員を温かく包み込み、その温かさが子どもにも大人にも伝わり、みんなの心を開かせてくれているようでした。
大人もありのままを大切にするデンマークの森の幼稚園
次に紹介したいのは、デンマークのコペンハーゲンにある、森の幼稚園です。
Dyrehavens森の幼稚園には、平屋の園舎があり、その横にはテニスコートくらいの広さの庭があります。朝の会では、先生が一人ひとりの名前を呼び、挨拶をかわした後、園長が弾くギターに合わせてみんなで歌を唄います。朝の会が終わると、森に向かう準備を始めます。
園から徒歩10分ほどのところに森があり、子どもたちは隔日で森へ向かいます。森に着くと、子どもたちは角度のある斜面を登ったり、木登りをしたり基地を作りはじめます。
大自然の中で「ここは僕らの場所だ」と言わんばかりに自由に、そして自然体で過ごす子どもたちの姿がありました。子どもたちだけではなく、先生たちもまた自由に、そして自然体に過ごしていて、僕はそのことに感銘を受けました。
特に僕にとって印象的だったのは、森に着いた時の園長の行動です。
子どもたちが自由に遊びだすと同時に、園長がおもむろに焚き火をはじめたのです。季節は夏。焚き火で何を焼くというわけではなく、ただニコニコと火をおこす園長。何をしているのか尋ねると「焚き火は気持ちがいい。焚き火をするととてもリラックスするんだ」と笑顔で答えてくれました。
僕はその時、彼の姿を見てこう思いました。
大人自身がリラックスする空間を作ると、場の雰囲気がほぐれ、そこで過ごす子どもたちが、さらにのびのびと過ごせるのだと。実際に森で遊ぶ子どもたちの様子からも、園長の思いは伝わってきます。
先生たちに指示されるわけでもなく、それぞれが自分のしたい遊びにのめり込んでいて、表情もやわらかいように感じました。安心できる空間、雰囲気を作ることは、子どもに関わる大人の大切な役割のひとつだと感じさせられたのです。
経済協力開発機構OECDの2019年8月時点のデータによると、保育者ひとりに対する3歳から5歳の子どもの最大数は、日本が30名に対してデンマークは7名。
OECD平均でも15名程度となっており、デンマークだけでなく教育先進国といわれる国の多くの保育施設が、少人数制で空間的にもゆとりをもって過ごしているように感じました。こうすることで、丁寧に一人ひとりの発達や自主性を尊重しながら、子どもたちの記録などもできているのです。
子どもが自然と関わることのメリット
僕は帰国後、旅で得た経験を活かすため、再び保育現場に戻り保育実践を始めました。
現在は地元・東京都大田区の住宅街にある保育所に勤務し、3歳児の担当をしています。大きいとは言えないものの土と水が豊富な園庭で遊んだり、より豊かな自然を求めて多摩川まで散歩をしたり、子どもたちが自然に接する機会を増やす保育を展開しています。
ドイツやデンマークで見たような大自然のなかの保育は理想的ですが、東京のような都会でも出来ることはたくさんあります。いま目の前にある自然環境を、十二分に生かすことが僕ら大人の腕の見せどころです。
さて、ここで改めて、子ども自然と関わることはなぜ大切なのでしょうか?
子どもが自然と触れることには多くのメリットがありますが、その中でも特に僕が重要だと考えるのは、自然が人間に本来備わっている動物的本能を解放させ、身体性や感性を引き出してくれるということ。その状態で、子どもたちは自ら選択、行動し、主体的で能動的な力を発揮することが、子どもたちの「生きる力」へとつながるのだと考えています。
冬の気温が低いときに出会う太陽のぬくもりに感謝したり、夏の火照った身体を冷やしてくれる川の水に喜んだり。自然がくれる喜びは、私たちの感性を刺激します。
また、自然が与えてくれるのは、「快適」な喜びばかりではありません。雨に打たれ、泥にまみれて気持ち悪く感じることだってあるでしょう。でもそんな喜怒哀楽が大切で、困ることや嫌な体験に出会い、それを乗り越えることが、結果的には喜びにも繋がります。
身近な自然から「なんとかする、なんとかなる気持ち」を育む
「生きる力」にはさまざまな要素がありますが、これからの時代に必要なのは「レジリエンス(復元力)」だと考えます。
わかりやすく言い換えれば困難に直面した時に「なんとかなる、なんとかする」ことです。人生では様々なことが起こりますが、いつどこでどんなことがあるか、誰も予測できません。
特に災害国家といわれる日本では、いつだれがどんな大きな被害に遭うかわかりません。震災以外にも、人生には失敗や挫折がつきものです。そんなときにも「なんとかなる、なんとかする」という気持ち、力を持っていれば、きっともう一度立ち上がり、歩み始めることができるはずです。
そのためにも、決して予測通りにいかない自然のなかに身を置くことに意味があるのです。
そして、それは必ずしも大自然である必要はありません。まずは、家の近くの散策でも自然を見つけることはできます。日常の延長にある自然に触れることで、日々の小さな違いに気付く感性を養うことが大切です。
大自然に身を置き、その偉大さに出会って感動する体験や思い出を持つことも時には大切ですが、まずは足元の草花や生き物に目を向け、自分の小さな感情の揺れに気付く体験をしてみてください。
そして、子どもと過ごす大人も一緒に、自然の中でゆったりと、リラックスしてみてください。子どもを管理する立場という意識をなくし、ともに自然に身をゆだねることが、「子どもを信じ、見守る力」にも繋がるでしょう。
Profile
久保田修平
保育士・共育者。
東京都大田区出身。私立保育園に7年間勤務後、夫婦で600日間25カ国の世界一周に出かける。「世界の子育て、保育を知る旅」をテーマに掲げ、保育教育施設の視察・海外在住日本人保護者へのインタビューを実施。帰国後、保育現場に戻ると同時に、団体「aurora journey -保育の世界を旅してみよう-」を発足。「保育者の専門性が高まることで、社会がより良くなる」を理念に、講演会・研究会・動画配信を精力的に行なっている。2019年には待望の書籍を発売。昨年9月19日《新しいカタチの保育・子育てフェス》「第1回えどぴフォーラム」を開催。現在、3歳児担当。