「母性=女性だけが持つ本能」ではない…脳科学研究でわかった「男性は育児が苦手」の大間違い
「子供のことがわからない」と悩む父親に足りていないこと
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母性とは何か。ジャーナリストのチェルシー・コナボイさんは「さまざまな最新研究を見るに、母性は女性特有の本能ではない。子供の世話を積極的にする中で、母性は誰にでも生まれていくことがわかっている」という――。 ※本稿は、チェルシー・コナボイ『奇跡の母親脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
「母性」は女性特有の本能ではない
ジェイ・S・ローゼンブラットは動物心理学者T・C・シュナイラーの影響を受けており、母性が生得的なもので本能だとするオーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツの考えを否定した。
シュナイラーは、個体の発達は人生の初期段階であっても、遺伝子で決定される身体的成熟だけでなく、個体の広い意味での「全体的な経験」にも左右されると考えていた。
発達とは人生のある段階が次の段階に影響を与えながら段階的に進行するもので、遺伝子や環境要因を含むあらゆる種類の刺激の影響が「切り離せない形で融合される」と述べた。
今日では基本的なことと見なされているが、環境の複雑さが遺伝子の発現に影響をおよぼし、特定の遺伝子セット(遺伝子型)は状況に応じて様々な特性と行動(表現型)をもたらすのだとした。
こうした理論が成り立つためには、生後数日の哺乳類でも環境に意味のある反応を示すという事実がなければならない。ローゼンブラットとシュナイラーらは子猫の行動を研究し、まず通常の効率的な授乳と離乳のパターンを記録した。
次に一部の子猫をフワフワの給餌器という人工的な母親がいるケージに一定期間隔離した。生後1週目で隔離された子猫は給餌器での授乳に簡単に適応したが、仲間のもとに戻されると、母猫の身体に沿って自分の向きを変えて乳首を見つけるのに苦労した。
子猫の行動研究からわかった母と子の関係
もう少し大きくなってから隔離された子猫は母親を易々と特定できたが、母猫の顔など全身に鼻をすりつけて乳首を探した。およそ5週間で隔離された子猫は、戻ってきた時の適応にさらに苦労した。
隔離の間、母猫はより活動的に、他の子猫はより積極的になっていたから戻ってきた子猫は苦労したのだ。群れの習慣が変わったのにそこにいなかった。ゴロゴロと喉を鳴らす生身の母猫の毛の模様や匂い、微妙なサインに導かれて乳を飲む方法を学ぶ機会を逸し、きょうだいと一緒に段階的に、典型的な発達を遂げることができなかったのだ。
子猫の研究はローゼンブラットの母親観にも影響を与えた。母親を、地面にうがたれ、赤ちゃんがその周りをグルグル回りながら成長していく杭ではなく、赤ちゃんと二人三脚で成長し、変化していく一個の生命体として見るようになったのだ。
1959年、彼はダニエル・レーマンが設立したラトガース大学の動物行動研究所に加わった。その数年前、ローレンツが米国で人気を博していたちょうど同じ頃、レーマンはローレンツが人間の行動について導き出した結論の多くは「明らかに底が浅い」とする鋭い分析を発表している。
ローゼンブラットとレーマンはラットを使った一連の研究で、ローレンツが断定的に仮定した理論とは全く異なる母親の行動の理論を体系的に導きだした。