グローバル人材が持つべき「リスペクトされる日本の価値観」【後編】

グローバル人材が持つべき「リスペクトされる日本の価値観」【後編】

世界のなかで日本は尊重されていた歴史があると前回わかったが、グローバル化が加速するなかで日本人として持ち続けたい価値や捨てるべきものは何なのだろうか。引き続き東京カレッジ長の羽田正さんとタレントの福田萌さんに話をお伺いし、真のグローバル社会について考えていく。

前回は、グローバルヒストリーやアイデンティティについて研究する東京カレッジ長の羽田正さんとシンガポールへの移住をした福田萌さんに、国外に出たときに日本人はどのように見られているのか、歴史を交えて話を聞いた。

また、日本語とは日本特有の美徳や価値を含んだ特殊な体系を持つことを教えてもらった。

グローバル社会で「注目され続ける」日本というアイデンティティ【前編】

グローバル社会で「注目され続ける」日本というアイデンティティ【前編】

今回は、そもそも国がアイデンティティを持つとはどのようなことなのか、日本人が大切にすべきアイデンティティとはどのようなものか話を聞き、グローバル社会で生き抜くためのヒントを考えていく。

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東京大学理事・副学長・国際本部長・東洋文化研究所長等を歴任。現在、東京大学東京カレッジ長、東京大学名誉教授、トヨタ財団、三島海雲記念財団理事長。世界史・グローバルヒストリー研究の第一人者として、世界の研究者と連携し、新しい世界史の描き方について議論を深めている。『新しい世界史へ―地球市民のための構想』(2011)、『グローバル化と世界史』(2018)等、著書多数。角川まんが学習シリーズ『世界の歴史』全20巻(2021)監修。2017年紫綬褒章、2020年フランス教育功労章を受章。

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1985年6月5日生まれ。岩手県出身。横浜国立大学卒業。2006年ミス横浜国立大学。同年芸能界デビュー。現在2児の母。タレントとしてだけではなく、母親同士がつながるサロンを提案や、防災士の資格取得、ボイスメディア<Voicy>「福田萌のIziUラジオ」、FRaU web 連載「自分の人生を歩く」、youtubeチャンネル「もえチャン」など幅広く活動中。現在は生活の拠点をシンガポールへ移している。近著に『「中田敦彦の妻」になってわかった、自分らしい生き方』(講談社)が発売中。

日本人の控えめさは美徳とされるのか

ーー福田さんの娘さんは小学1年生までは日本、2年生からシンガポールで学校に通われていますが、日本とシンガポールの教育を比べて感じることはありますか?

福田さん:たとえば算数の九九など、日本には素晴らしい教育があると思います。シンガポールや多くの国では九九がないので、九九が染みついていることはとても有利だし、継続すべき部分だと思っています。

※写真はイメージ(iStock.com/Wavebreakmedia)
※写真はイメージ(iStock.com/Wavebreakmedia)

福田さん:一方で、日本の学校では子どもたちが授業中に発言することのハードルが高いことが気になります。なにか意見を言ったときに、正解か不正解という捉え方が多い。シンガポールでは間違えても「そういう視点があって面白いね」と受け入れられやすいし、発言すること自体が評価につながる。そこは日本も見習っていきたい部分だと思います。

シンガポールで働いている日本人は「国際会議に出ても、他の国の人にうまく主張することはどうしても難しい」とよく言います。英語がいくら堪能でも、この日本人的な気質が変わらないと国際的には通用しない場面が多いですよね。

どんなに間違えてもどんなに突飛でも、発言することが大切というグローバル基準さえ身につけたら、日本人は勤勉で時間を守るし休まないし、すごく世界で活躍する人材になれるような気がします。だから、子どもの頃からもっと気軽に安心して発言できる環境が整うといいなと思います。

※写真はイメージ(iStock.com/BraunS)
※写真はイメージ(iStock.com/BraunS)

羽田さん:日本ではよいこととされる「控えめさ」が外国では価値として認められにくいですね。私個人としては、相手を慮って相手が喋り終わるまで待つことは悪いことではないと思います。私も国際会議の場では他の人の話を聞いていることが多く、ここだけはしっかりと主張すべきというときに意見を言うと、けっこう尊重してもらえますよ。

みんながワーワーと喋るから言い争いになるわけだし、もう少し相手の言うことを聞いて、なるほどなと考える日本的なやり方が認められてもいいとは思いますね。ただ世界基準ではないことはたしかですよね。

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「国」がアイデンティティを持ち得るのか

ーー日本人は帰属意識が強いのでしょうか?

羽田さん:強いです。帰属意識とは「ある集団に自分が属している、その集団の一員であるという意識」を指す言葉ですが、なぜ日本人はこれが強いかというと日本人には「日本人」という括りを超えるものがないから。日本と外国と区別したがるのも、帰属意識の高さからきていると考えます。

※写真はイメージ(iStock.com/Lightguard)
※写真はイメージ(iStock.com/Lightguard)

羽田さん:たとえばフランス人だったら「ヨーロッパ人」という括りがあったり、国の枠を越えて共通に信仰されている宗教があります。外からどんどん人が入ってくるアメリカでは祖先がそれぞれ違うから、顔つきも違えば言葉も違うことだってある。フランスやアメリカが絶対的な枠組みとは言えません。

シンガポールも、純粋にシンガポールだけがルーツという方はかなり少ないかもしれない。日本の場合は、ルーツが日本だけという人が大多数を占めているところが特徴なのです。

ーー日本には日本という括りしかないから帰属意識が高いというのは納得です。それはアイデンティティの形成にも関係しているのでしょうか?

羽田さん:そうですね。メキシコに行ったときに国としてのアイデンティティについて考えるきっかけになった出来事があるので紹介しますね。

※写真はイメージ(iStock.com/Marek Bubenik)
※写真はイメージ(iStock.com/Marek Bubenik)

羽田さん:メキシコには本当にいろいろな顔つきの人がいて、共通言語はスペイン語ですが、50以上もの先住民の言葉があったりスペイン語がわからない人もいるのです。そのうえスペイン語はその名の通りスペインの言葉なので、メキシコ独自の言葉というわけでもない。

じゃあここに住んでいる人のアイデンティティは何なんだろうと、友人である現地の大学の学長に聞いてみたんです。すると「メキシコのナショナルアイデンティティは多様性」と言うのです。「多様性」というのはアイデンティティになり得るのかと、すごく驚きました。

「同一性」を持つことがアイデンティティだと思っていたので、よく理解できなくて。アメリカだって多様だし、福田さんが住むシンガポールだって多様。

※写真はイメージ(iStock.com/scanrail)
※写真はイメージ(iStock.com/scanrail)

羽田さん:だとすると、同一性を持つことをアイデンティティだと考えること自体が、世界のなかで見たらけっこう特殊なのかもしれない。世界の多くの地域にはいろいろな人が共存していて、身体的特徴や言語などでアイデンティティは作れない。でも、日本は依然として日本語があり独自の文化があり顔つきも似ているという現実があるのです。

福田さん:たしかにシンガポール人も、多様性がアイデンティティだと答えると思います。シンガポールにはリトル中国、リトルインド、リトルマレーシア、リトル日本などがあって、欲しいものがあったら買えるし、レストランに行こうと思えば行ける。そのようにそれぞれの文化を尊重し合っていることが多様性なんでしょうね。

私も自分の子には、日本人であることをルーツとして思っていてほしい。だから日本に一時帰国したときには、神社に行ったり年中行事を楽しんだり、そういうことを日本に住んでいたときよりも大事にしています。ハーフの人も周りに多いけれど、両方のルーツをそれぞれ辿って大事にしている印象がありますね。

※写真はイメージ(iStock.com/joka2000)
※写真はイメージ(iStock.com/joka2000)

福田さん:我が家は2年前に移住したとき、娘が2年生で息子は4歳だったんです。息子は友だちは気が合えばどこの国の人かは関係ないし、たとえばYouTubeを見ていても英語や他の言語でも関係なく見ていて。

一方で娘は日本語ファーストだし作る友だちも日本人が多いし、日本人としてのアイデンティティが形成されているように思います。

年末に3人目が生まれる予定ですが、その子は最初からシンガポールで育つので、どのようなアイデンティティを形成していくのか、楽しみであり不安も少しありますね。

※サッカーワールドカップで日本の応援をする福田さん(福田萌公式インスタグラムより)
※サッカーワールドカップで日本の応援をする福田さん(福田萌公式インスタグラムより)

日本人のアイデンティティとして残すものと捨てるもの

ーーこれからの時代に不必要だと感じる日本の文化や価値観はありますか?

福田さん:最近夫が茶道を始めたのですが、茶道とは美味しいお茶をたてることではなく、型で動作を覚えてその美しさを追求することだと初めて知りました。そこで思ったのは、たとえば日本のコンビニで店員が「いらっしゃいませ、こんにちは」とみんなが同じように言うことも、ある意味では型なのかなと。

だけど、日本は型にこだわりすぎる部分があるとも思っていて。たとえば「ごみ捨ては朝8時だと決まっているから夜に出したら絶対にダメ」というルールがあったら、例外は認められない。正論だし秩序を守るうえでは必要なことだけれど、場合によってはルールに縛られすぎなのかなと感じます。

※写真はイメージ(iStock.com/gryo)
※写真はイメージ(iStock.com/gryo)

福田さん:型にはめるやり方の美しい部分は残していきながら、そうではない価値観も受け入れること。そのような寛容さがあれば「日本か外国」と二分する考えも取り払われていくのかなと感じました。

羽田さん:朝、テレビのニュースを見ていると「今日の服装は半袖にしましょう」とか「傘を持って行きましょう」とか、わざわざ丁寧に言うんですよ(笑)。暑さ寒さなんて人によって感じ方が違うし何を着ても構わないのに、まさに型にはまっていますよね。

電車やバスに乗っていても「これはご遠慮ください」「これをしてください」とうるさいくらいにアナウンスが流れていて。強制ではないけれど、その型にはまらない人は具合悪さを感じるでしょうね。

※写真はイメージ(iStock.com/Tsuji)
※写真はイメージ(iStock.com/Tsuji)

福田さん:わかります。すごくきれいな建物の前で写真を撮って見返してみたら、壁のいたるところに「入口はこちらです」とラミネートされた掲示が貼ってあって、せっかくきれいな建物なのに残念だったこともありました。

羽田さん:そうそう。あとは書類関係では必ず「等」を入れるのも特徴。例外があったら困るから、なんでも「等」をつけるんですよね。完璧になろうとしすぎるあまり、プレッシャーが強くなっているのかもしれない。学校教育でも間違えたことを言ってはいけないという雰囲気があると先ほどおっしゃっていましたが、その話にもつながりそうですよね。

福田さん:一回でも道を外れたらもう脱落みたいな雰囲気が息苦しさにつながっているのかもしれませんね。

羽田さん:日本人は何事にも丁寧で相手を慮る気持ちがベースにあることはたしかだけど、やり過ぎないでほどほどで行けるとよいですね。

※写真はイメージ(iStock.com/monzenmachi)
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ーーグローバル社会のなかで日本はこの先どのような存在になると思いますか?

福田さん:シンガポールで生活しているなかで、日本人というと尊敬の気持ちで接していただくことが多く、それはこの先も変わらないような気がします。外国の人は日本人の誇り高い部分をしっかりと感じ取ってくれている。だからこそ、その尊敬に値する人物にならないといけないし、子どもたちも誇りを持って生きていけるように育てていきたいです。

羽田さん:歴史の中でも概ね日本は評判のよい国だったとお話しましたが、世界的に見たら今でも変わっていないと、私もそう思います。私たちの行動様式はきっと大きく間違ってはいない。グローバル基準に合わせて言いたい意見をワーッと喋るようになったら、それこそ日本人としてリスペクトされている部分がなくなってしまうかもしれない。

日本の産業や経済が衰退して人口もどんどん減っていき、不安に思っている人が多いようです。しかし、勢いがあった1970年代のように戻ることはおそらくない。であれば、土俵を変えるか価値観を変えるしかないと思います。

※写真はイメージ(iStock.com/atlantic-kid)
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羽田さん:そもそも日本はもうダメだと言っても、人口でいったら今でも世界で12位なんですよ。たしかに減ってはいるけど、今はその人口なのであれば、その枠組みのなかで満足できるように工夫すればいい。経済的に過去の栄光を取り戻したいという気持ちもわかるけど、そうではなく今の自分たちにあった幸せを考えたほうがいい。

そのような文脈では教育が本当に大切だし、福田さんがおっしゃっていたように教育が変われば、日本人の幸せの価値観もだんだんと変わってくるのではないでしょうか。

福田さん:そうなってほしいです。

※写真はイメージ(iStock.com/Milatas)
※写真はイメージ(iStock.com/Milatas)

羽田さん:グローバル化とは、アメリカ式に合わせて言語や価値観を標準化し、文化を同一化することではありません。それぞれの地域や人々が今まで培ってきたような価値観や行動様式をリスペクトしながら、違いを認め合うこと。

地球という貴重な星に住んでる仲間だという意識を持って、相互理解をすすめていくことで、本当の意味でのグローバル社会になっていくのではないでしょうか。


※出典:世界人口白書2023/UNFPA(https://tokyo.unfpa.org/ja/SWOP

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2023.11.02

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