【ブラジルの教育】格差を乗り越え子どもに教育機会を

【ブラジルの教育】格差を乗り越え子どもに教育機会を

さまざまな歴史や風土をもつ世界の国々では、子どもはどんなふうに育つのでしょうか。この連載では、各国の教育や子育てで大切にされている価値観を、現地から紹介。今回は、ブラジルで保育園を運営する鈴木真由美さんに話を聞きました。

ロシア、カナダ、中国、アメリカに続き世界第5位という広大な国土を持ち、赤道直下から南へ東西に大きく広がるブラジル。

子どもたちの教育は、社会格差、地域格差が大きく、保育園や幼稚園の普及や通園率も地域によって異なるのが現状です。

今回話を聞いた鈴木真由美さんが住むセアラ州のエステーヴァン村は赤道に近い農漁村地域。ブラジル東北部に位置し、私たちのイメージするリオデジャネイロやサンパウロのような都市とは異なる風景が広がります。

鈴木さんは子育て支援体制の強化を目指し、村ではじめての保育園「カノア保育園」を設立。セアラ州が観光地化していく中で、地域に住む人々の生活スタイルが変わったことがきっかけだったといいます。

「地域の人々の生活スタイルが変わり小さな子どもたちを安心して預けられる場が必要とされた背景から、保育園立ち上げを決めました。私が現在活動しているカノア・ケブラーダ地区は、1980年前半頃までは物々交換で生活できてしまうような地域でしたが、観光指定地区となり急激な経済発展を遂げると生活スタイルがガラリと変わりました。

お父さんは変わらず漁へと出る生活ですが、お母さんがホテルやレストランで働くようになり、子どもたちが家に取り残されるようになりました。当時は学校に通っていない10代の子どもも多く、売春や麻薬の売買が問題になっていました。せめて小さな子どもたちだけでも預けられる場所があれば、というニーズは非常に高かったんです。

当時、市の方にかけあったところ、小さな子どもを預かるということ自体が寝耳に水という感じでした」

鈴木真由美/保育園の資格を有し2000年にブラジルへ渡り、セアラ州アラカチ市のエステーヴァン村にカノア保育園を作り園長として運営を開始。2006年には子どもたちへの教育支援と地域住民の生活安定・向上を目指し、日本とブラジルの相互理解や国際交流の発展に寄与することを目的とした「光の子どもたちの会」を設立。子どもの権利条約の委員としても活動している。
鈴木真由美/保育園の資格を有し2000年にブラジルへ渡り、セアラ州アラカチ市のエステーヴァン村にカノア保育園を作り園長として運営を開始。2006年には子どもたちへの教育支援と地域住民の生活安定・向上を目指し、日本とブラジルの相互理解や国際交流の発展に寄与することを目的とした「光の子どもたちの会」を設立。子どもの権利条約の委員としても活動している。

専門家が少なく始まったばかりの幼児教育

セアラ州のエステーヴァン村で初となる保育園を設立した鈴木さんは、ブラジルにおいて幼児教育はまだまだ確立されておらず、概念自体が国内では新しいと語ります。

鈴木さんが住む、ブラジル北東部にある人口300人の小さな農漁村「カノア・ケブラーダ」
鈴木さんが住む、ブラジル北東部にある人口300人の小さな農漁村「カノア・ケブラーダ」

「幼児教育という項目が憲法の中に初めて出たのが2006年。2013年の憲法改変時は4歳以上に義務教育が必要と記され、憲法の中では『幼児教育は教育の基盤である』と記されています。

現在では4歳以上の子どもを学校機関に預けるのは保護者の義務とされていますし、ブラジルでは基本的に保健医療と教育に関しては無償で、すべての子どもが学校に行く権利を持っています。とはいえ、現実には治安の問題もあり、学校に行ったからといって十分な教育が受けられるかというと難しい面もあります。

公立の学校の中には0歳から預かっている学校もありますが、ブラジルには幼稚園や保育園という区分けはなく、基本的には幼児教育でひとまとめ。

教育基本法ではカリキュラムとして年間200日、最低800時間と記されていて、一日4時間以上授業を受けていればOK。これは小学校以降と同じです。

国全体で見ても、今ようやく幼児教育や高等教育に手が伸びてきているところなので、まだまだ小中学校が教育のメイン。やはり貧困層になればなるほど、親自身が子どもの教育に時間を割けなかったり、学校とどう関わっていいかが分からない。けれど、小中学校であれば子どもたちは自分で学校に行って自分で帰ってくることができるからです。特に幼稚園や保育園は、親が送り迎えしなければいけなかったり、親の自主的なつながりが必要になってくるため難しい」

鈴木さんが設立した「カノア保育園」の子どもたち。
鈴木さんが設立した「カノア保育園」の子どもたち。

また、幼児教育が定着していないことで問題になっているのが、幼児教育専門家の不足。2002年の憲法改変により大学の教育学部を卒業し教員資格を有した人のみが教師となれることが決まり、教育学部に幼児教育専門のコースはなく、教員資格を有していれば幼児教育から9年生までのどのクラスの担任にもなることができます。

「たとえば昨年まで小学3年生クラスの担任だった先生が、今年から保育園の4歳児クラスの担任になることも在り得るわけです。この場合どのように子どもたちを指導するかというと、4歳の子どもたちに椅子と机を与え、黒板を使って授業をするんです。

日本の場合、保育士や幼稚園教諭という免許があり幼児教育に特化した知識を持っているので保育のやり方を熟知していますが、幼児教育専門コースを受けていない先生の場合、それが分かりません。

大学の教育学部卒業後に幼児教育専門コースを追加受講する先生もいますが、全員ではないのが現状です」

子どもたちの学ぶ環境を左右する多民族国家

鈴木さんの住む農漁村地域と、その他の地域。国全体を見たときに、子どもたちの暮らしはどのように変わるのでしょうか。

「子どもたちの暮らしに格差が生まれる背景のひとつには、多民族国家であることが挙げられます。ブラジルの歴史は1500年のポルトガル人移民による統率から始まり、白人や黒人、アジア人など、世界各国から流入する移民を同時に受け入れてきました。

※写真はイメージです(iStock.com/skynesher)

それぞれの民族がブラジル各地へと移住し、それぞれの場所で各国の文化を築いていく。現在のリオデジャネイロやサンパウロなどが位置する南部には欧米系の移民が移り住み、都市化が進んでいる一方で、サルバドルなどが位置する東北部には黒人が多く、経済発展は立ち遅れ気味です。

より良い暮らしを求めた人々は、農地や家財道具を売り払い都市へと向かいますが、移住によって安定した職に就くことは難しく、ビルとビルの間や都市郊外にはそうした人々が不法占拠して建てたバラック小屋が立ち並ぶファヴェーラ、いわゆるスラム街が存在します」

この地域による環境が引き起こすのが、子どもたちの教育格差。公立学校と私立学校の教育格差は非常に大きく、無料で通える公立学校よりも月謝を払って通う私立学校の方が教師の質もカリキュラムの網羅性も高く、補講などもあるのだと鈴木さんは話します。

「専門の先生を育成できる私立学校と、専門外の担任の先生が受け持つ公立学校では、教育の質に差が出るのは当然です。

最近では日本と同じく、プログラミングを教科として取り入れ始めていて、農漁村地域の各学校にも電子黒板があり、生徒ひとりにつき一台タブレット端末が与えられてます。ただこれに関しても、授業として有効に使えているかというと難しい段階ですが、先進国を真似してなんとか取り入れようとしています。

※写真はイメージです(iStock.com/skynesher)

また、高校の進学率は最近になってようやく50%を超えたところ。高校に上がるときに『行きたくない』という生徒に『行かないんだね、分かった』で終わってしまうのが現状です。

理由はいろいろあると思いますが、そこで先を見据えて一歩踏み出させてあげれば、将来が変わってくるのに……という場面がたくさんある。そこまで手を回すことができないのが課題だと感じますね」

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教育機会をすべての子どもに与える三部制

小学校以降の教育スタイルのひとつの特徴は、午前・午後・夜間の三部制になっていること。国の出生率がとても高く、子どもの数に教員の数が伴わないことが理由です。

「一人の先生が30人のクラスを2~3クラス担任として持っています。

子どもをどの時間に通わせるかは学校によって違いますが、保護者が子どもの生活リズムに合わせて選ぶランダムなシステムの学校もあれば、低学年は午前中、高学年は午後と決めている学校もあります。

※写真はイメージです(iStock.com/martinedoucet)

夜間は17歳以上の、義務教育課程を終えていない人たちが通うことが多いです。義務教育は誰でも無料で受ける権利があるので、16歳の若者から70歳くらいの方まで、『名前くらいは書けるようになりたい』と言って通われる方もいます。夜間では世代間交流ができるので、若い子は親には話せないことを年配者に相談するなど学ぶことも多いですね。

ただ、国は将来的にきちんと一日中学校で教育を受けられるようにしたいという思いがあり三部制の廃止に向けて進めているようです」

留年制度でドロップアウトする子ども

「ブラジルには留年制度がありますが、日本のそれとは少し異なります。

ブラジルでは1年生から9年生までの間、年度末に必ず進級テストを受け、進級テストに受かって初めて上のクラスに上がることができます。受からなければ留年でもう一度同じ学年を、となりますが、実際には1年生から5年生までは進級テストが赤点でも補習を受けて再テストに受かれば上がることができる。

ブラジルは『年齢に合わせた教育を』という理念を打ち出しているので、補習を繰り返してでも進級させることがほとんどです。

※写真はイメージです(iStock.com/jacoblund)

ただ、5年生から6年生に上がる時期(日本でいう小学校から中学校に上がるタイミング)ではシビアになり、6年生に進級できる学力があるかを見極めなければなりません。1年生の頃から補習を繰り返して進級してきた子は特にベースの学力が身についていないため、6年生に進級できず、そのままドロップアウトしてしまう子がかなり多い。

個性を見極めたうえで必要な子には同じ授業をもう一度受ける機会を与えていると考えると、学びのベースをしっかり作りながら進級できるのでとても良いシステムではあるのですが、留年した子に対するフォロー体制がなく卒業まで進めない子たちがたくさんいるのが現状です」

まだまだ発展途上ですが、ブラジルは法律もどんどん整備され、必要に応じてどんどん改変されていくため、そういう意味ではすごく臨機応変で柔軟な国だと鈴木さん。

「うまくいかない法律は廃止されるので、翌年突然自分の担当教科がなくなることもある。毎年法律や国会審議を確認していないと突然のプログラム変更などにもついていけなくなってしまうため、学校の先生は大変です。

ただ、『今日がよければすべてよし。明日は明日の風が吹く』という国民性があるので、日本人の私からしたら無茶だと思うことも『仕方ないよ、やってみようよ』という風にみなさんクリアしていくので、なんとかなっているのかなと感じるところはあります」

子どもたちの学びと自立のための“ライフスキル”科目

ブラジルが国を挙げて観光産業に力を入れるようになったことで、鈴木さんが活動する地区にも移住者が増え、地域内格差が広がるとともに治安の悪化や売春・麻薬売買などの青少年の問題行動が目立つようになったといいます。

それらを改善し、子どもたちが義務教育を終えた後、進路を自分の力で設計できる力を身に着けられるよう、ライフスキルトレーニングの実施に力を入れています。

「ライフスキルトレーニングは、日本でいう道徳や総合的学習に当たります。教育基本法では2003年に保健体育が教科として追加され、2008年には音楽・美術、2014年には人権、そして2018年には平和について、2019年はいじめについて、2020年は麻薬の使用についての教科が追加されています。

ライフスキルトレーニングでは、科目にとらわれない、日常的に学ぶべきことを子どもたち自身が課題として挙げ、解決策の出し方や考え方を教えていきます。生きていくうえで必要な課題をどのように自分で解決していくか、というところが最大の目的です。

授業形式は机や椅子は取っ払ったフリースタイル。教えるのは学校の先生ではなく、その時の課題に適した人を学校の外から呼んできて、みんなで話し合います。

たとえば看護師さんに来てもらい授業をすると、生徒みんなが意見を言えるようになります。対先生だと受け身だった子どもたちが、自分の気持ちを表現できるようになる。

※写真はイメージです(iStock.com/Ridofranz)

それが他の授業にも良い影響を及ぼしているのを目にしたとき、押さえつけられていた感情を解放できる瞬間の必要性を感じました。やはり、決まった形式の中でただ授業を受けているのはよくないんだなと実感しましたね。

具体的な内容としては、自己認識、コミュニケーションの重要性、いじめ問題、麻薬、性教育、HIVへの対応、インターネット社会についてなど幅広い領域を網羅しています。

ブラジルの現状を考えると、この科目は子どもたちにとってとても良い内容です。

子どものたちの学びのための法律が次々とできている一方で、現場が追いついておらず、まだまだ課題が多いブラジルですが、一人ひとりの子どもたちが将来に向かって学んでいけるよう、きちんと教育のベースを固めていきたいですね」


<取材・執筆>KIDSNA編集部

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